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『夏ニ祭ル夜空ノ中ノ。 』
九 四郎jb4076)&三島 奏jb5830

 お祭りからの帰り道には、どことはなしに寂しい心地が漂っている気がする。まだ賑やかな興奮覚めやらぬ人混みの中にあっても――否、或いはそれだからこそ、確かに近づいている終わりを感じてしまうのだろうか。
 そんな、賑やかでどこか物悲しい心地のする帰り道を、九 四郎(jb4076)と三島 奏(jb5830)もまた周りの人々と同じように、浴衣の下駄を鳴らしながら歩いていた。流れに乗ってゆっくりと、余韻を楽しむように――賑やかな祭りの雰囲気を、少しでも味わい尽くそうとするように。

「花火、綺麗だったッすね! 見たことないのもあったッす」
「あァ、そうだねェ」

 少し興奮した様子の四郎の言葉に、奏がその光景を思い起こすように頷いた。打ち上げ花火も毎年のように新しいものが生み出されているのだろう、花火、と聞いて誰もが思い浮かべるような丸い形のものはもちろんの事、中には『これが打ち上げ花火なのか』と驚かずには居られないような、あっと驚く形状のものも珍しくはない。
 周りを歩く人々の会話も、半分くらいは先ほどまで空を華やかに彩っていた、打ち上げ花火の事だった。そんな人々の上に両脇に並ぶ出店から、これが最後のかきいれ時とばかりにかき氷だの綿あめだのと、客を呼ぶ声が投げられる。
 そんな、賑やかで寂しげな喧噪の中にあって、ふとそれに気付いて四郎は知らず、足を止めた。シロー? と奏が声をかけてくるのに、応えながらも眼差しは何かを探すように、背後の方へと向けられている。
 何だろう、と奏もまた四郎の眼差しの行方を探すように、背を向けて歩いてきた賑やかな喧噪へと振り返ったのと、あ、と四郎が声を上げたのは、同時。

「やっぱりあったッす! 先輩、ちょっと待ってて下さいッす!」
「シロー? どうしたんだい?」
「りんご飴、買ってくるッす!」

 それを見つけた瞬間、人の流れに逆らい走り出した四郎に奏が、困惑の声を上げた。そんな彼女にそう叫んで、四郎はりんご飴の屋台へとまっすぐに向かっていく。
 ――去年の夏も同じように四郎と奏は、一緒に夏祭りに来た。そうして、あの頃はまだただの先輩と後輩として――少なくともそのつもりで、他愛のない話をしながら巡り歩いて。
 その時に買った、奏に良く似合う可愛いりんご飴は、四郎にとって懐かしくも大切な、かけがえのない思い出の象徴だった。だから実のところ、祭りの間中ずっと屋台を探していて――けれども、普段なら幾らでも見つけられそうなりんご飴の屋台は、いざ探してみるとなかなか見つけられなくて。
 だから、いざ帰ろうというこの時になって見つけたりんご飴に、四郎が脇目もふらず走って行ってしまったのも、無理からぬ事だった。そんな四郎の姿を、しょうがないねェ、と苦笑しながら見守る奏の胸にも同じように、その思い出は大切に宿っている。

(シローも覚えてたんだねェ)

 そう、奏は知らず柔らかな、嬉しそうな笑みを浮かべた。四郎と一緒に夏祭りに行く事になった時、奏が真っ先に思い出したのもりんご飴の思い出だったから――四郎が同じ思い出を抱いていてくれたことに、嬉しい、と思う。
 だから知らず柔らかく笑んで四郎を待つ奏の元に、やがて四郎がまたぱたぱたと、今度は人の流れに乗って駆け戻ってきた。その様子はあたかも、主人の元に駆けてくる大型犬のようで――四郎自身はそんな自分に、どっしりとした落ち着きが出てきたと思っているのだけれども、どこか愛らしい印象があるのは否めない。
 手に持っているのは少しばかり小振りの、けれども祭りの灯りにきらきらと輝く、宝石のように真っ赤なりんご飴。今はスキンヘッドになって、少々厳つい雰囲気にも見える事のある四郎だけれども、奏に向ける笑顔は変わらない。

「先輩、どうぞッす」
「ありがとねェ」

 そんな四郎の笑顔を見ながら、差し出されたりんご飴を受け取った奏に、四郎は眩しく目を細めた。真っ赤な可愛らしいりんご飴は、奏にとても良く似合っていたし――そのりんご飴を見てはにかむように微笑む奏もまた、とても可愛かったから。
 ――四郎が奏に想いを告げたのは、この6月のことだった。ただの先輩、からゆっくりと変化した想いは大きく育ち、胸の中に納めておくことなど到底、出来そうにはなかったから。
 けれども、その言葉に未だ、明確な答えは返されないままで。さりとて四郎の想いが拒絶されたのかと言えば、そう言うわけでもなく。
 もしかしたらこの人もまた、自分を好きでいてくれるのかもしれない。けれどももしかしたらすべては自分の都合の良い思い込みで、ただ奏は仲の良い後輩からの告白を無碍に出来ず、どうしたものかと考え倦ねているだけなのかもしれない。
 そんな思考が四郎の中で、目まぐるしく入れ替わり。そうして、全く可能性がないわけではなさそうだからと自分自身を慰めながら、複雑な想いで夏祭りへとやってきたのだった。
 果たして奏は自分のことを、本当の本当はどう想っているのだろう――幾度となく考えた答えのない問いを、また胸に抱きながら四郎は、先輩、と声をかけた。

「そろそろ行こうッす。ずっとここに居ると迷惑になるッす」
「あァ……ッと」
「あ、先輩!」

 再び人の流れに戻ろうと動きかけて、僅かに流れに逆らってしまった奏が不意に、不安定な下駄の足下のせいもあったのだろう、人にぶつかってしまって軽くよろける。そんな奏の肩を四郎はとっさに、そっと抱いて支えようとして。
 その瞬間、は、と息を飲んで身を堅くした奏に、四郎は気付かない振りをした。――気付かない振りをされているのだろうかと、奏は思った。
 けれどもそれを言葉にはしないまま、四郎は奏を気遣う言葉を紡ぐ。

「先輩。大丈夫ッすか?」
「あァ、うん……悪いねェ、シロー」

 その言葉に、奏は努めて何でもない風に見えるだろう笑みを浮かべながら、ゆるりと首を振った。浴衣越しにも感じる四郎の掌が、ひどく熱く感じられる。
 そう思い、そんな自分の思考になぜだか気恥ずかしさを覚えた。さりとて振り払うほど初な小娘でもないし、何より四郎にそう思われたくもない。
 嬉しいような、恥ずかしいような、もっと続けば良いような、早く終わって欲しいような。自分自身でもこれとは理由の付けられない、複雑な感情を持て余す奏の内心に、気付けるほどの余裕は四郎にもなくて。
 とっさに支えた手を放したくはなくて、けれどもいつまでも放さずにいれば、不自然に思われそうで。とはいえ奏はすでに自分の気持ちを知っているのだから、おかしいとは思わないだろうけれども、それで嫌われても困るし――けれども、嫌がられている風でもないし――
 思考だけは目まぐるしく巡らせながら、2人は結局そのまま並んでまた、人の流れに乗って歩き出した。そこで初めて立ち止まったままの、それでなくても図抜けた長身で目立つ2人に、周りの人々がちらちらと好奇の眼差しを向けていた事に気付いたが、何だかどうでも良いやと思う。
 だからそのまま人の流れに乗って、下駄を鳴らしながらゆっくりと。流れは信号待ちだったり、車の横断待ちだったりで途切れがちで、そんな人混みのことや祭のこと、色んな事をぽつり、ぽつりと言葉を重ねながら歩く。
 まだどことなく祭の余韻を残した、けれども確かに終わりへと近づいていく瞬間。――それはつまり、こうして2人で並び歩くひとときの終わりが、少しずつ近づいているという事。
 それに言いようのない寂しさと、それだけではない感情が同時に胸にこみ上げてくるのを、四郎はもどかしいような気持ちで感じていた。奏と別れるのは寂しいし、それ以上にこのまま、この帰り道が終われば夏が終わってしまうのだろうかという、言うなれば緊張にもスリルにも似た感情も、確かに四郎の中にある。
 1年前の夏祭とは、確かに変わってしまった関係。けれどもその関係にはまだ、明確な名前が付いているわけではない。
 それが、変わるとすればこの夏祭の時だろうと、四郎は漠然と考えていた。告白をした男子とされた女子、しかも明確に断られたわけではなくて、四郎の勘違いでなければ――そうではありませんように、と何度でも願わずにはいられない――きっと、奏もまた自分のことを憎からずは想ってくれているはずで。
 そんな二人の関係が変わるのなら、この夏祭はどう考えても間違いなく、絶好のチャンスのはずだった。何とも思っていない男女だって祭の雰囲気に中てられて良い仲になることもあるというのだから、まして告白までした自分たちに何かがあるとすれば、どんな占い師だって口を揃えて今日以外にはないという事だろう。
 逆を言えば、それでもここまで何もなかったという事は、すべては四郎の都合の良い思い込みだったという事になるのだが、その可能性については努めて頭から押し出すようにしていた。悪い想像をしたところで、事態は決して良くなりはしないのだし。
 まだ帰り道が終わった訳じゃないッす、と己に活を入れる四郎の横で、肝心の奏の意識は実のところ、四郎から向けられる言葉に相づちを打ちながらも、全く別の方向に向けられていた。否、ある意味では四郎と同じ事を、ずっと考えていたのである。

(早く返事をしないと)

 抱かれている肩を自分でも過剰だと思うくらい意識しながら、奏が考えているのはただ、そのこと。――いったいいつ、どうやって、どんな風に四郎に話を切り出せばいいのかと、必死にタイミングを探しているのだった。
 人ごみから庇って抱かれた肩が、まるで自分のものじゃないみたいに思える。それは否応なしに四郎の存在を意識させ、先日の緊張を奏の胸に甦えらせた。
 先日――あの6月の日。折角四郎に想いを告げられたのに、驚きのあまり言葉が出てこなくって、結局保留にしてしまった告白。
 思えば奏が四郎を好きだと自覚し始めたのは、春もまだ早い頃のことだった。それまでも四郎とは、去年の夏祭りに一緒に出かけてからずっと、一緒に色んな事をしたり話したりしていたけれども。
 四郎に向ける想いがただの可愛い後輩へのそれではなくて、もっと特別な存在へと向けるものだと気付いて。嬉しいことに四郎もそう想ってくれていたことを、あの6月の日に知った。
 けれども自分が態度を保留してしまったから、今はまだ友達以上恋人未満な関係のままだ。本当ならあの日からでも恋人同士になれたのだと思うと、過去の自分を殴り倒したい衝動に駆られるが、そうなってしまったものは仕方がない。
 だからこそ、早く返事しなくちゃ、と奏は奏であれ以来、タイミングを見計らい続けてきた。そうして、幾ら何でもこの夏祭には返事をしたい、いやしなければならないと、ずっとずっと考えていて。
 とはいえこれだけ態度に出てたら、言わなくても分かるんじゃ……そう、思わないでもない。我ながら四郎には、何かにつけてこんな風にドキドキしてしまって、身体が強ばってしまったり、ぎこちなく振る舞ってしまったりしていて――かなりあからさまに見えてるんじゃないかと、心配になってしまうほど、で。
 けれども、それではダメだとそのたびに、奏は自分に言い聞かせてきた。こういうのはやっぱり、きちんと言わないと伝わらないものだとも言うし――言葉にしてこそと言うものでもあるだろうし――何より、四郎はきちんと言葉にして自分に伝えてくれたのだから、同じだけの誠意を持って、勇気を持って応えなければならないのだと思うから。
 易い方に流されそうになる意気地のない自分と、必死に戦う。そうして、何とかして『その瞬間』を見つけ出そうと、四郎の言葉に相づちだけを返しながら、必死に神経を張り巡らせる。
 ――そんな奏がようやくタイミングを見つけることが出来たのは、帰り道がまさに終わろうとする頃のことだった。すでに人の波も絶え、僅かに残っていた人影も最後の1人が姿を消した、そんな時。
 もっとも、思い返せばタイミングだけなら何度か、これまでにもなくはなかった気はするのだが、そのたびに『まだ人目が多いから』とか、『こういうのはやっぱり静かなところで雰囲気がないと』とか、やっぱり自分に言い訳をしてしまった訳で。それは間違ってなかったと思いつつ、やっぱり自分の不甲斐なさのような気がしなくもない訳で。
 けれども、それもこれで最後だと、奏は腹の底での覚悟を決めて大きく1つ、深呼吸をした。そんな奏の態度に予感を感じ、四郎が僅かに目を瞬かせて彼女を見る。
 意志を秘めた、強い瞳。けれどもどこか、不安げに揺れているようにも見える眼差し。
 シロー、と奏が呼んだのに。はいッす、と四郎が応える。
 そんな後輩を――誰よりも好きだと思う人を見上げて、奏はありったけの勇気を振り絞った。

「来年もその次も、一緒にお祭り行きたい……そのッ、シローのこと、特別に好きだから!」

 そうして、何度も頭の中で言葉を考えていたわりに、結局どれ1つとして役に立たないままそう言い切った奏は、ついでとばかりにぎゅっ、と目の前の四郎に抱きついた。あわよくばハグの一つでもと、ずっと目論んでいたのだ。
 そんな奏の言葉に――浴衣越しに伝わる奏の体温に、四郎は一瞬、心臓を捕まれたような心地になった。ずっとその言葉を待ち望んでいたはずなのに、いざ耳にすると本当にこれが現実のことなのか、とっさに信じられない。
 何かの間違いではないのだろうかと、奏を見下ろす。そうしているうちにやがて、ゆっくりと、じわじわと実感がこみ上げてきて、四郎は舞い上がるような心地にぎゅっと、瞳を閉じた。
 1年前のあの夏祭の日に、彼女の手を意識した時から思えば、この気持ちは始まっていたのだろうと思う。それに気付くのは遅かったけれども、それはこれから幾らだって、取り戻していけるはずだ。
 だって奏が、奏もまた自分を特別だと言ってくれたから。来年もその次も一緒にと、確かに望んでくれたのだから。
 ――自分達は、これから始まるのだ。それを心の底から実感して、嬉しさに弾む気持ちを到底、抑えられそうにはなかった。

「よろしくお願いしますッす!」

 だから四郎は満面の笑みを浮かべて、愛しさとともに奏をぎゅっと抱き締め返した。そんな四郎の腕の中で、一瞬びくりと身体を震わせた奏が、けれども強く抱き締め返してくれるのを感じて、目眩にも似た心地がする。
 そうして寄り添い抱き合う2人を、夜空に浮かぶ月だけがただ、優しく見守っていたのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名  / 性別 / 年齢 /    職業    】
 jb4076  / 九 四郎 / 男  / 18  / ルインズブレイド
 jb5830  / 三島 奏 / 女  / 20  /   阿修羅

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はまたしてものご指名、本当にありがとうございました。
気付けば1年ぶりなのですね……いえあの、なかなか窓が開けられなくて、本当に申し訳なく……ッ(吐血

友達以上恋人未満なお2人の、夏祭りの夜の終わりの物語、如何でしたでしょうか。
居心地の良いような居心地の悪いような、互いに互いを探り合っているような、そんな感じのイメージで書かせて頂きました。
最後の告白の辺りには、蓮華も何だか恥ずかしくなって1行書くごとにそわそわしていたりしたのは、全力で秘密です(←
どこかイメージが違うところなどございましたら、ご遠慮なくリテイク頂けましたら幸いです。

お2人のイメージ通りの、新たな関係の始まりをくすぐったく紡ぐノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
アクアPCパーティノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年09月08日

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