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『悪夢は叫ぶ、砕け散る躰と共に 』
イアル・ミラール7523)&響・カスミ(NPCA026)

1.
 イアル・ミラールの住むマンションには響(ひびき)カスミが居た。
 野生化してしまったカスミを救うために、イアルは危険を冒した。元のカスミに戻すために。
 しかし、魔女の秘密結社に強襲をかけたイアルは返り討ちにされた。
 氷の像と化し、イアルは生命の危機に陥った。それを助けたのはIO2エージェントの捜査官だった。
「助かったよ。大丈夫」
 その言葉はイアルを安心させた。けれど、イアルの体が癒えるのには時間がかかった。その間、イアルはIO2エージェントの隠れ家に潜まざるを得なかった。
 捜査官の言葉はイアル自身に向けられたものだったが、イアルはその言葉をカスミのことだと思ってしまった。
 それが、イアルの隙を作った。

「ガルル…」
 マンションの一室は、荒れ果てていた。
 真っ暗な室内。散乱した雑貨。風呂場は使った形跡が全くないが、冷蔵庫はぐちゃぐちゃに食い荒らされて足の踏み場がない。
 低く唸る獣の声。けれど、その声は聞きようによっては女性の声にも聞こえる。
「あらん。酷い状態ねぇん」
 突然開かれた扉から、甘い声が聞こえた。その声に反応するように獣の声はより低く威嚇の声を上げる。
「あぁん! いたいた♪」
 獣の声に甘い声は弾む。そして愛おしそうに、声は獣を呼び寄せた。
「やぁっぱり、すっごく可愛いわぁん♪」
 グルルッと獣は低い威嚇を続けるが、声の主はそれを全く意に介さない。それどころか、ますます愛おしそうに獣に近づいていく。
「あの子の館で見たときから欲しいと思ってたけどぉ、こんなチャンスが来るなんて思ってもみなかったわぁん」
 クスクスという笑い声。そして、指先に小さく炎が燃え上がると、小さな魔女の姿が浮かび上がる。
「イアル・ミラールを追ってきただけなのにぃ、私ってばラッキーだわぁん♪」
 その甘えた声とは裏腹に、魔女は野生化したカスミを見下ろして冷笑する。そんな魔女に、カスミは野生の本能から威嚇続ける。
 だが、それはほどなく無駄になる。

「大人しくなさぁい♪」

 甘い声の魔法は、カスミを石に変えた。
 石像になったカスミを、小さな魔女は軽々と持ち上げると闇に消えた。


2.
「カスミ‥‥が‥‥呼んで‥‥る」
 隠れ家でうわ言のように呟くイアルの耳に、聞こえるはずのないカスミの声が聞こえた。
 イアルを介抱しているIO2の捜査員にすらその声は聞こえないのに、イアルは何度もそう言った。

 そのカスミは、イアルのいる捜査官の隠れ家のほど近く、都内山の手にある一流ホテルの地下に存在する魔女の秘密結社にいた。
 魔女が秘密裡に石化したカスミを運び込んだのだ。奇しくもイアルとカスミは同じ建物の中にいたのだ。
「綺麗ねぇん。とっても素敵だわぁ。‥‥美味しそう♪」
 ぺろりと舌なめずりをして、魔女は石化の魔法を解いた。
 野生化したままのカスミは、石化を解かれた途端低い唸り声で魔女を威嚇する。
「さすがあの子がかけた魔法ねぇん。でも、私にはちょっと簡単だわぁん」
 柔らかな指先を威嚇するカスミにかざして、静かに呪文を唱える。すると光る鍵がカスミの中から現れて、その鍵は木端微塵に砕け散った。
 『野生の鍵』と言われるその魔法は、カスミの野生化をより強固にしていた。
 反抗する力が強ければ強いほど、屈服したときに強く魔法の支配下に置かれる。それはどんな魔法でも例にもれなかったが、それでも、それを恒常化しておくにはさらに魔法をかける必要があった。
 それが『野生の鍵』。並大抵の魔力でかけられるものではなく、通常の状態で解呪もできない。しかし魔女、それも高等であるならばその解呪も可能だった。
 カスミを野生化させた魔女と同等、もしくはそれ以上の力を持ってカスミは徐々に理性を取り戻す。
「あ‥‥あ‥‥?」
 威嚇していた声は張りのある美しく知性に満ちた声に。その体から力が抜けて、ぺたんと座り込む。
 きょろきょろと辺りを見回すカスミに、魔女は可愛らしく挨拶をする。
「ぐっもーにん♪」
「え? あ!? な、何これ!?」
 朽ちた服、汚れきって異臭を放つ体、あられもない自分の姿、目の前には見たこともない魔女。
 混乱するカスミに、魔女は優しく語りかける。
「覚えてないのぉ? そうよねぇ、獣に記憶なんかないものねぇん♪」
 くいっとカスミの顎をつまんで、魔女はより一層優しく語りかける。
「あなたの所有権は、先ほど正式に私になったのぉ。ちゃんと結社のお許しもいただいたのぉ」
「な、何の話を‥‥?」
 自分の今の状況すらわからないカスミに、魔女の言葉はさっぱりわからなかった。
 しかし、魔女はそんなカスミには一切構わずに次の支度に取り掛かる。カスミの周りを光る陣円が取り囲む。
「いやっ! 何!? ナニ‥‥コ‥‥!」
「大丈夫よぉん♪ あなたはこれから私の可愛いしもべになるのぉ。ちゃんと綺麗にしてあげるし、いっぱい可愛がってあげるからぁん♪」
 嫌だ! そう思う心はすぐに消えてなくなった。
 魔女は可愛らしいお人形を手に入れて、嬉しそうに歌いだすのだった。


3.
「カスミ! カスミ!!」
 イアルがマンションに戻った時、カスミの気配はどこにもなかった。イアルは狂ったようにカスミを探したが、カスミは見つからなかった。
 元に戻ったのか? いや、それはこの部屋の惨状からでは考えられない。
 では、どこへ? イアルの体は考えるよりも早く動いた。
 帰ってきたはずの道をひたすらに戻る。目指すは魔女の秘密結社。あの場所へ。
 今度こそ、カスミを元に戻すのだ。カスミと帰るのだ。
 再びこっそりと忍び込む秘密結社。先と同じ過ちは犯さない。イアルも必死だった。
 たくさんの部屋の中から人一人を探し出すのは容易ではないが、それでもイアルはカスミを探す。

 と、見覚えのある長い髪にイアルは惹きつけられた。
 廊下を歩いていくその姿。ビキニのようなものを着てはいたが‥‥あれはカスミ!
 イアルはその姿を追って、とある部屋へと忍び込む。
 鏡台の前に座り、鏡を凛と見据える姿はまさしくカスミの姿。そして、瞳には知性的な光も戻っている。
「カスミ! 助かったのね!」
 喜びのあまり抱きつこうとしたイアルに、カスミは俊敏な速さで剣を抜きイアルの喉元に突きつけた。
「魔女様、これは敵ですか?」
「んふふふ〜♪ そうそう。敵よぉん、敵♪」
 カスミの言葉にも驚いたが、それ以上に返事をした者が唐突に部屋に現れたことがイアルを驚愕させた。
「敵? わたしが‥‥カスミの敵!?」
「魔女様の敵であれば、排除いたします」
 イアルの言葉には一切答えずに、カスミはイアルを襲う。
 羽のついた兜、ビキニだと思ったのは鎧だった。汚らしく悪臭もしない体だったが、それは魔女によって洗われたのだとイアルは理解した。
 また、カスミを魔女の手に渡してしまった‥‥。
 絶望がイアルを突き落す。カスミの攻撃は緩まることなく、そしてイアルはそれをかわすことしかできない。
「カスミ‥‥カスミ!!」
「無駄よぉん♪」
 魔女の笑い声が、イアルの心にひびを入れる。
 無駄じゃない。無駄なんかじゃない!!
「‥‥無駄だって言ってるのに、頭の悪い子ねぇん」
 魔女の憎々しげな言葉は呪文となり、イアルの体を石に変える。
「カ‥‥ス‥‥ミッ!?」
 目の前で石化したイアルの体を、カスミは容赦なく打ち砕いた。
「ふふふっ♪ よくやったわぁん♪ カスミ、ベッドでいい子いい子してあげましょうねぇ」
 魔女はカスミをその胸に抱くと、カスミにキスをした。
 イアルの心も体も、粉々に砕け散る。

 涙は出ない。
 わたしは、もう、全てが砕けてしまったのだから‥‥。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
三咲 都李 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年09月08日

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