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『〜たとえそれが道なき道であろうとも〜 』
松浪・静四郎2377)&フガク(3573)&(登場しない)

「七夕…か…」
 聖都で常宿にしている『海鴨亭』の部屋の窓辺に腰かけ、海の上に広がる夜の闇と星々を見つめながら、フガク(ふがく)はふとつぶやいた。
 最近、ほんの少しでも時間ができると、先日、白山羊亭でおこなわれた、招待客だけのための「七夕まつり」のことを自然と思い出すようになっていた。
 あの喧騒に満ちた店の奥で、松浪静四郎(まつなみ・せいしろう)が滔々と語った「七夕」という日についての話、そして義弟が言ってくれた大きな意味を持つ言葉たち――それらがずっと、頭の中をぐるぐると回って離れなかった。
 今まで自分は、魔瞳族への憎しみに捕らわれ、そのことだけしか考えられなかった。
 ある意味それは、戦飼族なら当たり前の感情でもあるのだが、今となってはそれがまちがいだったとしか言えない。
 フガクは肩で大きく息をすると、自分の中に生まれつつある感情に意識を移した。
 魔瞳族と戦飼族、相容れないと思っていたそのふたつの種族が、これから取るべき未来の道――そんなことを考える日が来るなんて、誰が想像できただろう。
 戦飼族は造られた種族だ。
 その寿命は魔瞳族に比べればはるかに短い。
 50歳まで生きれば長命だと言われるくらいだ。
 そうなると、自分に残された時間は、あとどれくらいなのだろうか。
 その短い時間を使って、自分は両種族の未来のために、何ができるのだろう。
 費やしてきた時間の重みに押しつぶされそうになる。
 いったい自分は今まで何をして来たのだろうか。
 考えれば考えるほど何も見えなくなり、フガクは何度も頭をかきむしる。
「どうすりゃいいんだよ…俺にできることって何なんだ…?!」
 答えが用意されていない問いに答えるだなんて、絶望的な気持ちにさえなる。
 何度も何度もため息といらだった声を吐き出し、フガクは何日も自分の部屋にこもっていた。
 そうしたところで、今まで思案などしたことがなかったフガクにはそう簡単に答えは出ないのだが、それ以外に方法が見つからなかった。
 階下で宿の女将が、食事にすら降りて来ないフガクを心配し、そろそろ部屋の扉をたたいてみようかと思い始めた頃、「出かけて来る」と言い残し、ふらりと彼は宿を出て行った。
 
 
 
 その日、少し早めに出勤して店の掃除をしていた静四郎は、通りの向こうから見覚えのある姿がふらふらとこちらに歩いて来るのを見て、驚いた顔で思わず駆け寄った。
「いったいどうしたのですか…?!」
「え…? 静四郎…?」
 自分がどこにいるかもわからないような口ぶりで、フガクは目の前に現れた静四郎の名前をぼんやりと呼んだ。
 静四郎はあわててフガクを抱きかかえるようにしながら、白山羊亭へと彼を導いた。
 開店前でがらんとした店の中へ連れて行き、手近なテーブルに座らせる。
「もしかして空腹なのではありませんか?! 何か作っていただきますから、少しそこで待っていてくださいね!」
 水を持って来てテーブルに置き、彼にしてはめずらしく早口でそこまで言うと、また店の奥へとバタバタと消えた。
 置かれた水を取り上げ、中身を一口口に含んで、フガクはようやく少しだけ自分を取り戻した。
 パチパチと目をまたたかせ、周りを見渡してしまう。
「ああ、俺…」
 思いつめたあげく、こんなところまで来ちまったのか。
 苦い笑いが口元に浮かぶ。
 そんなフガクの許に、静四郎が料理を乗せた盆を持って急いで戻って来た。
「わたくしもまだ食事をとっていませんから、ごいっしょさせてくださいね」
「あ、ああ、もちろん…」
 にこっと笑って、静四郎は料理をテーブルに並べる。
 ここの店の自慢の鶏のシチューと、焼きたてのパン、薄切りの塩漬け肉とチーズが皿に盛られていた。
 それを見たら、急に腹が減って来て、フガクは思わずかぶりついた。
「うわ、美味そう! いっただきまーす!」
「おかわりもありますから、たくさん食べてください」
 やっぱりフガクは空腹だったのだと、うれしそうにうなずいて、静四郎は言った。
 しばらく言葉もかわさずに食事を続けていたが、だんだんと満腹に近付くにつれ、フガクの手が止まり、表情が曇って来た。
 聡い静四郎はすぐにそれに気付いたが、こちらからは何も言わずに空いた皿を盆に乗せ、「片付けてきますね」と言っていったん奥へと引っ込んだ。
 戻って来たとき、フガクの食事は完全に止まっていたが、静四郎は黙って、テーブルの上に琥珀色の茶と、菫の砂糖漬けの乗った甘い焼き菓子を置いた。
 その香りに、フガクがはっとする。
「これ…この茶…!」
「よい香りでしょう? 異国の物なのですが、焼き菓子にはこれが一番合うとわたくしは思っています」
 どうぞ、とフガクに勧め、静四郎は膝の上で手を組んだ。
 フガクはしばしの間、茶と菓子をじっと見つめていたが、やがてぽつぽつと話し出した。
「俺…あれからいろいろ考えたんだ。俺にも何か、できることはないかって。でも、戦いに関する知識とか経験とかなら、けっこう持ってるんだけどさ、それ以外のことは全然だからさ…お前もあいつも、種族を守るためにいろいろ考えてるんだってことはわかっても、俺は…その…考えるってこと自体が苦手だし、そもそも考えるために必要な知識ってのが…これっぽっちもない、からさ…」
 フガクは少し恥じ入るような顔になる。
「あいつに聞いて知ってるだろ? 俺たち戦飼族ってのは、あんまり長く生きられないんだって」
「…ええ」
「俺ももう26だし、下手するとあと10年くらいでこの世を去ることになるかも知れない。残された時間は、ホントに少しだけど、せめて俺が戦飼族として種族のためにできることをしたいんだ。そのためにはさ…やっぱり、知識ってのが必要だろ? でもさ、その肝心の知識を身につける方法ってのがわかんなくて…だから静四郎!」
 そこで言葉を切り、フガクは静四郎に向かって深々と頭を下げた。
「頼み事なんてできる筋合いじゃないってことはわかってる。でも、できれば俺に力を貸してほしいんだ! 頼む!」
「フガク…」
 静四郎は頭を下げたままのフガクをしばらく見つめ、やわらかい笑顔になって彼の両手を取った。
「フガク、顔を上げてください。わたくしにできることなら、何でもいたしますから」
「静、四郎…」
 フガクがゆっくりと顔を上げる。
 そこにはいつかの夢で見たのと同じ笑顔の静四郎がいた。
(ああ、俺…)
 フガクの背中から、重い何かがはがれ落ちていくような気がした。
(もしかしてこいつに…赦して…もらえた……?)
「わたくしを頼ってくださって、ありがとうございます」
 静四郎は心からうれしそうに笑った。
 それからフガクにとって一番よいと思われる方法をふたりで話し合い、最終的に、フガクが週に1回、静四郎の務める城に通って勉強することになった。
「あそこには図書館と呼んでも差し支えないくらいの量の書籍がありますから、勉強するにはうってつけだと思います」
「わかったぜ、ありがとな、ホントに、感謝するよ、静四郎」
 フガクは何度も礼を言った。
 店を出る間際、見送りに出た静四郎に、フガクは来たときとは打って変わって、晴れ晴れとした笑みを浮かべて言った。
「俺、もっと早くお前に会えてたらよかったのにな…謝って許されることじゃないけど…静四郎、ごめんな…今までのこと、ホントに悪かったと思ってる」
 静四郎はかすかに首を振った。
「いいえ、フガク…もう謝らないでください。大丈夫ですよ、何かを始めるのに遅すぎるということはありません。始めようとする気持ちこそが大事なのですから。それに、あなたの来た道が遠回りだったとしても、その間に学んだものは大きいはずですよ」
 そのときフガクが見た静四郎の笑顔は、何よりも神々しく見えた。
 これから先、自分がしていくことがどれほどの償いになるのかはわからなかったが、少しでもふたつの種族のためになるのなら、どんなことでもしよう――フガクは静四郎の笑顔に、そう誓ったのだった。
 
 
〜END〜


〜ライターより〜

いつもご依頼、誠にありがとうございます!
ライターの藤沢麗です。

静四郎さんのおかげで、
フガクさんが新しい一歩を踏み出しましたね!
あんなにひどいことをされた過去を、
こうして水に流せる静四郎さんも素晴らしいと思います。
フガクさんがどんなふうに歩いて行くのか、
楽しみにしています!

それではまた未来のお話を綴る機会がありましたら、
とても光栄です。
このたびはご依頼、本当にありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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聖獣界ソーン
2014年09月09日

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