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『箱庭の先へ 』
栄神・万輝3480)&ミカゲ(NPC5476)

 ミカゲはいつものように電子の海の中にいた。自分の受け持つエリア内が今日はとても落ち着いているので、休暇のようなものであった。ゆらゆらと揺れる水面に漂うようにして身を任せていると、小さな足音が聞こえたような気がして、彼女はゆっくりと瞳を開く。
 紫の瞳が捉えたものは、黒い兎。耳の垂れた愛らしい姿だった。
「……兎……どちらからいらしたのですか?」
 ミカゲはそう言いながら、その黒兎に一歩近づいた。
 すると耳の垂れた兎は踵を返してまた走りだしてしまう。
「ま、待ってください、そちらへは……」
 ミカゲはその兎の後を追った。
 このまま進むと自分の管轄外のエリアへと出てしまうと感じてはいたのだが、黒兎は途中で自分を振り返るのだ。まるで、ついて来いと言わんばかりの行動だった。
「あなたは……もしかして、あの方の……?」
 黒兎には珍しい特徴があった。垂れた耳が翼になっているようなのだ。
 それを改めて見て、ミカゲは記憶の片隅にある人物を思い出し、また歩みを進めた。

 『ミニチュアガーデン』という名のネットワークコミュニティが存在する。
 表向きの聞こえは可愛いものだがその実はアンダーグラウンド的なもので、「某国の国防関連のパス拾ったんだけど買わないか?」、「俺、マジ天才的なプログラム組んだんだけど」などと言った危険な言葉が普通に飛び交う場所であった。
 もちろん、ミカゲもこの存在は熟知していて興味はあった。視覚的には仄暗いイメージの付きまとう酒場のような場所でもあったので、小さな少女が簡単に立ち入れるものではなく、遠巻きに様子を伺う程度ではあったが。
「あの、待ってください兎さん。……ここは、私が入っても大丈夫なのですか?」
 ミカゲの言葉に、兎が振り返った。
 そして緑色の瞳をきゅるり、鼻をピスピス、と動かした後ミカゲを誘う仕草を続ける。
 進まなくてはならない。
 そんな気がして、ミカゲはまた一歩を踏み出した。
 初めて通るゲート。その際チェックが入るが彼女の『お父様』が組んでいるプログラムがきちんと働き、ミカゲは何の苦もなくそれを通り切ることが出来た。
「……おい、アレ……」
「ユビキタスの……」
 ひそひそと話し声が聞こえてくる。
 ミカゲはそれを頭上で聞きながら表情を変えずに前を進んだ。
 『陰口』なるものには慣れきっている。彼女は一つのネット世界の創世者であり監視者だ。
 ヒトのリアルな陰口を耳にするよりはずっと――。
「…………」
 そこまでの思考を繋げて、彼女は軽く俯いた。
 自然と眉根を寄せれば、先に進んでいたはずの黒兎が足元にまで戻ってきていた。
 そして彼女の靴の上に片足を乗せて、また鼻をピスピスとさせている。
「……優しいのですね。やはりあの方……主様に影響されるのでしょうか」
 ミカゲはやんわりと微笑んで、足元の黒兎を抱き上げた。
 ふわふわとした毛並みが気持ちがよく、やはり垂れた耳が翼になっているそれは不思議な癒やし効果に繋がると彼女は思った。
 そしてミカゲは、兎を腕に抱いたままで前に進んだ。このまま進めばバックヤードに繋がるが、そこに行かなくてはならない気がして、彼女はゆっくりと歩みを重ねる。
『お嬢さん、パスワードをお持ちですか』
「――ubiquitousのmikageです。宜しいですか?」
『それは失礼致しました、ご自由にどうぞ』
 一つのセキュリティシステムが一度制止に掛かる。
 だが、ミカゲがそう答えた後はすんなりと電子の扉を開けて、彼女を奥へと導いてくれた。
 ubiquitousは『至る所にある』という意味も持ち合わせる。この電脳世界で知らぬものはいないのだ。
 コツコツ、と歩み続けた後、ロッカールームにたどり着く。
 先の見えない多くのロッカーには、それぞれのナンバリングが刻まれていた。
「ゼロ……」
 ミカゲが迷わず手を伸ばした先には、『0』の文字の扉がある。
 それが開かれるのと同時に、彼女の腕に収まっていた黒兎が耳の翼を羽ばたかせてふわりと浮いた。
「あ……」
 兎はちらりとミカゲを見やった後、扉の向こうに飛んでいった。それは、無限に広がる満天の星空の世界。
 ミカゲは瞳に映るキラキラと輝くその世界に一瞬で魅了され、兎の後を追ってロッカーへと身を滑らせる。
 彼女の長い髪の毛、ふわりと揺れるスカートの端。
 全てを飲み込んだ後、扉はゆっくりと自然に閉められてその場から姿を消した。

〈Invader〉
 一つの端末からそんな機会的な言葉が投げかけられた。
「静夜、そっちにいるの? ……って、誰か連れ込んだ?」
 コーヒーカップを片手にしていた美貌の少年は、端末の確認をしつつ眉根を寄せた。
 そして自分が所有している一つのサーバーに分身が降りていること、そしてその分身が誰かを連れ込んだことを確認して、浅く溜息を零してその身を電脳世界へと移動させる。
 星空の下、夢の様な美しい空間は万輝の管理する『箱庭』だった。
 共同管理するネットワークの奥――ミカゲが先ほど歩んできた酒場とバックヤード、無数のロッカーまでが共有できるもので、その先は個人が管理する。
 0の文字が刻まれた扉は滅多に遭遇できることのないとその界隈では有名なモノでもあった。
「そうか、キミか……」
 分身である黒兎が招いた存在を確認して、万輝は空間を操作する。
 すると一瞬でミカゲの目の前に椅子とテーブルが生み出され、美しい造形のティーカップが置かれた。
「……ようこそ、愚者の箱庭へ」
「万輝さま……あ、あの、勝手に入り込んでしまって申し訳ありません」
 万輝はミカゲの傍に歩み寄り、彼女を椅子へと座らせた。
 ミカゲが申し訳なさそうに言葉を発するが、彼は敢えてそれに答えずに優雅な仕草で紅茶をカップに注ぎ入れる。
「此処は僕の城だ。肩の力を抜いてもっとリラックスするといいよ」
「あ、ありがとうございます」
 ミカゲの目の前にすっとカップを差し出して、万輝はそう言った。
 そして自分も腰掛けて、いつの間にかミカゲの膝の上に飛び乗っていた黒兎へと目をやる。
「知らない人を勝手に連れ込んじゃダメだって、いつも言ってるでしょ」
「あ、あのっ……すぐにお暇しますので……ッ」
「――キミは知らない人じゃないから、いいんだよ。静夜も何かしらの意味を含んでキミを導いてきたんだろうし」
 万輝の言葉に過剰に反応したミカゲが、慌てて椅子から立ち上がろうとした。その際、兎はぴょんと跳ねてテーブルの上に移動したが、彼(?)は主の言葉に動じている素振りは見せなかった。
 万輝がそんな彼女を言葉とともに制止して、また座らせた。
「……そうだね、丁度退屈もしてたし……少し話をしよう。何が聞きたい?」
「お伺いしたいことは……沢山あります。ですが、愚問は致しません……なので、純粋な興味を申し上げても宜しいですか?」
「どうぞ」
 言葉をゆっくりと繋げるミカゲ。在り来りな質問を避けて、自分が不思議だと感じたことを告げるために万輝へと視線をやった。
 十四歳とは思えぬ整った顔つきと鋭い目線。口元にうっすらと浮かべられた笑みを見て、ミカゲは思わず顔を逸らしてしまう。自分の胸の内がドキドキと高鳴っているのを自覚して、頬を染めた。
「どうしたの」
「い、いいえ……。あの、万輝さまはどうして……モデル業をなさっているのですか?」
「ああ――うん、そうだね。うちには色々と煩い連中がいてね……家系が古くてその風習を捨てられない存在が僕を責め立てるから、ちょっとヒトと関わることを止めた時期があったんだ」
 ミカゲの質問を少しだけ意外と感じたのか、僅かに瞳を瞠目させた万輝だったが、それも直後に元の形に戻し、静かに言葉を繋げた。
 古い歴史を持つ栄神家。神と子をなすことが出来る一族として知られてはいるが、万輝はその中で異端の子として扱われてきた。幼いゆえに能力も安定せず、宿すべき神を持たないが故に迫害を受けてきたのだ。
 神妻は神であるべきなのだ――。
 一族の一人がそう言った。
 常に高貴でならなくてはならない。
 そういう意味合いでは、万輝の父親がそれに当たらなかった。神妻が最高ランクだとすると、当然その下が存在する。
 そして、父親は一つ下のランクの神和と言う位置にいた。
 母親は龍神を宿す者であったが、やはりそこから異論を述べる者達も少なからず存在した。
「……まぁ、そういうわけで優れた『両親』から生まれなかった僕は、その時点で異端だったのさ」
「万輝さまは、ご両親を厭っていらっしゃるのですか……?」
「あぁ、いや……それは無いよ。別に恨んでるわけでもないし。煩いのは周りの連中だけだからね」
 万輝は少年らしからぬ笑みを浮かべてそう言った。
 ミカゲには彼の、彼らの抱えている辛さや寂しさ、そう言った哀しい感情は一欠片ほどしか感じ取ることが出来ないが、それでも少しは解るつもりではいた。
「少し、話が逸れちゃったかな。……僕の母はデザイナーでね、その伝手で僕はペルソナを被ることを選んだんだよ」
 万輝はそう言いながら、すっと右手を横に動かした。するとミカゲの目の前に一枚の映像データが現れる。万輝のモデルとしての姿であった。
 今、目の前いる万輝と思わず見比べてしまう。
 すると万輝は僅かに照れくさそうにして、ミカゲの視線から外れて目線を逸らした。
 データの向こうの彼は、ミステリアスな雰囲気に包まれている。漆黒の髪に翡翠色の瞳は、見るものすべてを魅了させるのだろう。
 それでも。
「私は……今の万輝さまのほうが好きです」
「キミも随分と変わり者だ。……僕はキミが思うほど綺麗な存在じゃないよ。このペルソナに騙されて向けられる好意やファン心理を、自分の分身に喰わせてるんだからね」
 ミカゲの素直な言葉を、万輝は浅く笑うことで交わしたように見えた。
「私が普通のヒトであったなら……万輝さまの今の言葉は、少し悲しい響きだったかもしれません。でも、一心に向けられる好意や想いというものは、時には重荷にも繋がります。ましてや貴方は能力者……おそらくは他人の感情や想い、期待……そう言ったものが、やはり重かっただけなのかと」
「……へぇ」
「私の勝手な推測ですが、万輝さまにはきっと……耐え切れなかったのでは無いかと思うんです。一族の方からの一方的な迫害の声も、モデルとしての万輝さまを想う声も。このままでは壊れてしまう……そう思ったからこそ、この兎さんとあの方が分身としてお生まれになったのではないでしょうか」
 随分と勝手なことを言っている、とミカゲは思いながら、側にいる黒兎を撫でた。
 そして、こんなことをペラペラと喋っている自分にも内心驚いていた。
 万輝という存在は、この間であったばかりの存在だ。だが、能力のこともあり自分に近い立場ということもあって、どうしても親近感のようなものを抱いてしまうらしい。
「キミは面白いね。まるで僕を傍で見てきたかのような口ぶりだ」
「……お気に触りましたら、申し訳ありません」
 万輝の言葉に、ミカゲは俯いた。
 すると万輝はくすりと笑って、「いや、そうじゃないよ」と言う。
「僕はさ、前に親戚から『心が無い』って言われたことがあるんだ。獣に喰わせたから僕の心まで無くなったらしいんだけど……それはどう思う?」
「心が無いものには、相手の心も動かせません」
「なるほど」
 クッと笑った。
 ミカゲを嘲笑しているわけではなく、彼女の言葉に納得しているらしい。
「うん……キミは中々に面白い存在だ」
「万輝さま……?」
 万輝の言葉にゆっくりと顔を上げると、リン……と小さな鈴の音が鳴り響いた。
 その音に兎が反応して、片耳を浮かせる。
「……タイムリミットだ。今日はここまで、だね」
 万輝はそう言いながら自分の傍で空間を操り時間を確認した。
 どうやらこの箱庭に居られる時間が限られているらしい。
「これ、あげるよ」
「!」
 すっとテーブルの上に差し出されたもの。
 それを目に留めたミカゲは、瞠目したまま万輝を見やる。
 彼女の目の前に置かれたものは、エメラルドの石が嵌った銀色のアンティークな鍵だった。
 万輝と兎と、彼女の瞳の色と同じものだ。
「キミの立場だと、裏のゲートを何度もくぐるのは問題だろう。だから今度は、表から堂々と入っておいで」
「万輝さま……」
 それは万輝のエリアに入るために使うアクセスキーであった。かなりのレア物といえるアイテムだ。
 ミカゲはその現実に若干戸惑っているようであった。素直に受け取ってしまってもいいのか、躊躇いすら伺える。
「僕が暇な時に、また話そう。今度はキミの分析を僕がしてあげるよ」
 その言葉が、受け取れという合図にもなった。
 ミカゲは目の前の美しい鍵にそっと指を伸ばして、手の中にそれを収める。
「じゃあ、またね」
「はい、万輝さま」
 二人は同時に椅子から降りて、そんな言葉を交わした。
 黒兎はミカゲに向かいまた鼻ピスピスと動かした後、主である万輝の腕の中に飛び込み、我が物顔をする。
 ミカゲは二人に対して深くふかく頭を下げて、その空間を出た。時間にしては一瞬の行動であった。
「……THE FOOL。その名に違わずな方ですけど……その実は決して……そうではないのですね」
 心が無いなどと言うのであれば、自分のほうがよっぽど、と彼女は思う。
 万輝はまだ、幼い。ただそれだけの理由なのに、周囲はそれ以上の要求をこれからも彼にしてくるのだろう。
「どうか……少しでも、貴方という道が逸れることがありませんように」
 ミカゲは祈るようにしてそう呟き、自分のエリアに戻るために歩みを始めるのであった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年09月10日

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