『あまつぼし、うつつぼし 』

アラン・カートライト（ja8773）＆ポラリス（ja8467）

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　夏の陽光が容赦なく降り注ぎ、鮮明すぎる光と影のコントラストを路面に描く。
　思わず避難したカフェの座席から、アラン・カートライトは気だるそうにそれを眺めていた。
「どうかしてんだろ、日本の夏はよ」
　英国出身のアランには愚痴のひとつも出ようという過酷な季節である。
　そこでふと、傍らに立つ気配に顔を上げた。
「暇そうじゃないアランさん、どうしたのかな？」
　生き生きした瞳が真っ直ぐにアランを見つめていた。
「ポラリスか。ああ、暇なんだよ。なんか面白えことないか」
「面白いこと？」
　アランの何か悪戯を仕掛けるような流し眼に、ポラリスは軽く眉を寄せる。
　いつもこうだ。
　気まぐれで、退屈が嫌いで、でもどこか憎めない奴。
「そうだ良いこと思いついたぜ」
　アランの表情から先刻までのアンニュイは消え失せていた。
「ポラリス、俺とデートしねえか。お前が一生忘れられないような時間をプレゼントしてやるよ」
　なんだと？　ポラリスは一瞬ぽかんとしたが、すぐに胸を逸らす。
「ふーん、そこまで言うなら付き合ってあげてもいいわよ。でもがっかりさせないでね！」
「よし決まった」
　待ち合わせの時間を決め、二人は一度別れる。

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　西の空がオレンジから紫、そして濃紺に変わっていった。
　海風が強く吹き付け、ポラリスの淡い水色のワンピースの裾に戯れていく。
「きゃ……！」
　驚いて岩場で足を止めたポラリスの目の前に、大きな掌が差し出される。
「お手をどうぞ、お姫様。足元が悪いからな、転んだら大変だ」
　からかいながらもさり気なく気遣ってくれる、いつも通りのアランだ。
　けれど差し出された手は頼もしく、ふと見上げた大人の横顔に、ほんの少し心がざわめく。
　夜の海でデート。昼間は何とも思わなかったのに、何故だろう。
　いつも目一杯つけているお気に入りのアクセサリーをはずしてきた分だけ、ポラリスは自分が無防備なような気がした。
　防具なしで闘いに赴く女勇者の気分？　まさかね。
「どうした？」
「なんでもないわ。それより、手を離さないでよね！」
「了解了解、なんなら抱き上げて運んでやろうか？」
「何言ってるのよ。二人で転んじゃうわ！」
　戯言はいつもの通り。けれど夜の海が、潮の香が、いつもの会話に不思議な余韻を纏わせる。

　すっかり暗くなった波打ち際には誰もいなかった。
　アランが喫煙者特有の何処か優雅な手つきでマッチを擦ると、風避けの中で蝋燭がオレンジ色に柔らかく揺れる。
「じゃ、早速始めましょ！」
　ポラリスは広げた手持ち花火の中から幾本かを選び、アランに手渡した。
「何だこれ。どうやって使うんだ」
　アランが火薬の匂いがする細い棒を何度も手の中でひっくり返した。クスッと笑い、ポラリスは持ち手の方を教える。
「こうよ。それで先に火をつけるのよ、こうやって！」
　派手な色の和紙が燃え上がり、暫くしてさあっと光が溢れだす。ポラリスがゆっくりと宙に円を描くように花火を回すと、真昼のように砂浜が明るくなった。
　けれど魔法のステッキの効果は短い。すぐに花火は消え、闇と静寂が訪れる。
「あー、もう消えちゃった！　どんどんつけて、早く！」
　ポラリスにせき立てられて、アランも自分の花火に火をつける。
「お前はそんなに花火好きなのか？」
「まあね」
　幾本もの花火を握り締め、途切れさせることなくポラリスは光の帯を描き続ける。
　煌めく光に目を奪われた後に訪れる寂寥を恐れるように。
　アランも初めての手持ち花火に苦戦しながらも、次第に慣れてきたようだ。
「ちょっと、こっち近づけないでよ！」
「消える前に火をつけてやろうってんだよ。ほら、貸せよ」
　そこでふと、アランが線香花火の束を示した。
「おい、この細いのはどうすんだ？」
「あ、それは最後のお楽しみ！　まだ使っちゃだめよ」
「ふうん？」
　最後のお楽しみというのがどんなものかと、アランは首を傾げる。

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　ひとしきり赤や緑の光を散らした後には、閉じた瞼に残像がちらつく。
「ふふっ、こんなに花火で遊んだの久しぶり！」
　満足そうにポラリスが笑った。そこで線香花火を取り出す。
「これはね、今までのとちょっと違うの」
　細い一本を取り出し、火を近づける。粘っこいオレンジの光がじわりと膨らみ、小さな星が幾つも散った。
「えらく地味だな」
「それがいいんじゃないの」
　星は幾度か姿を変え、最後に白い軌跡を散らした後、ぽとりと光の雫が落ちた。
「……これで終わりなのかよ」
　アランが拍子抜けと言わんばかりの声を漏らした。
「そうよ。しみじみ楽しむのが線香花火だもん。あ、どっちが長くもつか競争しよっか！」
「お前それ、しみじみって言わねえ。でも勝負なら受けて立つぜ」
　ニヤリと笑い、アランが花火を手にした。ポラリスも挑戦的な視線を投げる。
「一回だけは練習させてあげるわ！　アランさん初心者だものね」
　屈みこみ、息を詰めて花火を見つめる。
　やがて尾を引くように光が落ちていくと、アランはゆっくり息を吐く。
「要領は掴めたぜ。負けた方が勝った方の言う事を聞く。ルールはシンプルだ」
「いいわよ。泣いても許してあげないんだから！」

　二人同時に火をつける。
　額をくっつけるようにして花火を眺める瞳には、小さな星が幾つも映っていた。
　ぽとり。
　ほんのわずかの差で、ふたつの膨らみきった光が続けて落ちていく。
「あーあ、俺の負けか」
　アランが細い棒を振って苦笑する。
「ふふ、勝っちゃった。何して貰おうかな！」
　ポラリスは小首を傾げてわざと海に顔を向ける。
　下手をすればあざとく見える仕草がポラリスには良く似合う。
（ほんとに面白えわ）
　アランが小さく笑った。
　いつでも入念におしゃれして、気を張って背伸びしているポラリス。
　同年代の少年には扱いかねるかもしれないが、アランから見ればそれも可愛い。思いきり甘やかして、くるくる変わる表情を眺めて居たいと思う。
　他人にそこまで関心を持つこと自体、アランには珍しいことだ。

　アランが一歩踏み出し、触れるか触れないかの距離を保ちながらポラリスの手から燃え残りをそっと取り上げる。
「この後どうしたいか言ってみろよ。お前の望むようにしてやるぜ」
　至近距離から囁く声に、ポラリスがほんの一瞬の間の後、くすくす笑いだす。
「じゃあね、今晩遅くまで一緒にいてね！」
「おう任せとけ。飽きるまで一緒にいてやるよ」

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　雲ひとつない夜空一面に星が瞬く。
　傍に誰かが居なければ、意識が吸い込まれて行きそうだ。
　アランが首を巡らす。
「……態々星を見るのは久々だな、つうかポラリスってどれだ？」
　ポラリス。あるいはポーラスター。旅人の道標、北極星の事だ。
「えっとね、北斗七星かカシオペア座を探して……」
　ポラリスが空に手を伸べて星を辿る。
「あれよ」
「へえ。思ったより暗いな」
　その言葉に、まるで自分のことを悪く言われたようにポラリスがプッと頬を膨らませた。
「どうせぱっとしないわよ」
「ちげえよ。こっちの方が目立つからだ」
　そう言うなり、アランがぐっと顔を近づけてくる。
「そ、そう？　……え、何、どうしたの？」
「何ってお前、海に来たんだぜ」
　気がつけばアランは靴を脱ぎ、ズボンの裾を膝までたくしあげている。
「泳ぐのは無理でも、ちょっとぐらい楽しまねえと」
　止める間もなく駆けていくアランの背中を、ポラリスは半ば呆気にとられて見送った。
「行っちゃった……」
　そう呟きながら、もしもの為にカンテラに火をを入れた。
　アランはシャツをはだけ、波を蹴立てて声を上げる。揺れる金髪が夜目にも美しい。
　さっきまでは少し茶目っ気のある大人だったのが、今はまるで少年そのものだ。
　ポラリスは何処か現実離れした光景に、暫し見とれていた。
（ああ……そう、なのかな）
　アランは何処か掴み所のない表情の裏に、他人には見せる事のない何かをずっと隠している。こんな夜にはそれがこっそり顔を覗かせるのか。
　ポラリスの胸に不思議な切なさがこみ上げてくる。
　詳しい事情は知らない。けれどずっと隠れたままのアランの中の少年を、そっと抱き締めて撫でてあげたい、そんな気持ち。

　それを知ってか知らずか、アランが立ち止まって微笑んでいる。
「お前も来いよ、俺達だけの貸切だぜ」
　差し伸べたから雫が輝きながら落ちていく。その表情は大人の男性に戻っていた。
「大丈夫？　……怖くない？」
　ポラリスは恐る恐る、差し出された手に自分の手を重ねた。
「俺を信じろって」
「え、ちょっと！？」
　強く手を引かれて、ポラリスも勢いよく波を蹴る。ワンピースの裾を軽くつまみあげ、笑いながらくるくる回る。アランは空いた手で、わざと水を跳ねあげた。
「どうだ初めてのデート、楽しいだろ？」
「初めてじゃないわよ！」
　ポラリスがつんと横を向いた。でも沖を見つめる目が笑っている。
「でも、こんなに楽しいデートは初めてかな」
「そうか。じゃあこれは記念だ、貰っとけ」
　アランがポラリスの手を返した。掌に輝く星屑が降りて来る。
「え……？」
　ポラリスが思わず目を見張った。良く見ればその正体は、小さな星形のチャームのついたネックレス。
「いいの？」
「つけてやるよ」
　アランは少し屈むと器用に金具をつまみ、ポラリスの首元に星を飾る。
「空のポラリスを見つけるのは難しいからな。地上のポラリスに印つけとくわ」
　――なんて事を。
　ポラリスは一瞬返事に詰まった。でもその直後、笑いがこみ上げる。
　今度はアランの方が憮然とする。
「何笑ってんだよ」
「ううん、すっごく嬉しいの。どうも有難う、大事にするわね！」
　花火よりも眩しい笑顔が輝いていた。

　切欠は気紛れ。
　それでも夜の海の出来事はきっとずっと忘れない。
　北の空に、動かぬ星が輝く限り。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8773　／　アラン・カートライト　／　男　／　26　／　夢への案内人】
【ja8467　／　ポラリス　／　女　／　17　／　手の届く星】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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天つ星、現星。
星の名前に絡めたシチュエーションがとても素敵で、どのように表現するか悩みつつも楽しく執筆致しました。
お二人の関係や距離感など上手く織り込めていましたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました！

アクアPCパーティノベル

樹シロカ

エリュシオン

2014年09月16日