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『アクアマリンの夢回廊 』
アンジェラ・アップルトンja9940

 その日、アンジェラ・アップルトンはとても心細さを感じていた。
 大好きな双子の姉が、先程から姿を見せない。
「お姉様……どこ……?」
 きょろきょろと辺りを見渡してみても、姉の姿は見あたらない。代わりに目に入るのは、蒼い空間の中でゆらゆらと泳ぐエイやサメやイルカたち。
 彼らが目の前を横切るたびに、アンジェラは悲しい気持ちになった。
(きっと、今の私は泣きそうにちがいないわ)
 そんな顔を見られたくなかった。
 水族館に来るのがあまりにも楽しみで、昨夜はイルカに乗ってタワーブリッジを跳び越える夢を見たくらいに。
 大きな水槽には姉とお揃いの白いワンピースが映し出されている。レースがいっぱいで二人のお気に入り。髪型も姉と同じポニーテールにしてもらったのに。
(こんな顔をしていたら、きっとイルカは私の事を好きになってくれないもの)
 だって一緒に遊んだって楽しくなさそうでしょう?
 だから、だから。早くお姉様を見つけなければ。
 再びぐるりと周囲を眺めてみても、姉の姿はおろか自分がどこへ行けばいいのかもわからない。
 幼いアンジェラは途方に暮れた。
 もう二度とお姉様に会えないのではないか。そう思うと、胸がきゅうと詰まって息が出来なくなりそうで。
 青い瞳から雫がこぼれ落ちそうになった時、頭上から声が降ってきた。
 

「――おい、大丈夫か?」

 顔を上げると、一人の少年がアンジェラの前に立っていた。日本人だろうか、黒いさらさらとした髪の下で、真っ黒な瞳が戸惑いがちにこちらを見つめている。
 急に声をかけられて黙り込む彼女に気付いたのだろう。少年は慌てた様子で付け加える。
「あ、いや……何だか泣きそうな顔をしていたから」
 困ったようにそう言って、一旦辺りを見渡す。
「こんな所で一人ってことは……迷子か?」
 アンジェラはやっぱり何も言えなかった。自分が迷子である事実を誰かに知られるのが、急に恥ずかしい事のように思えたのだ。
 何も応えない彼女に、少年は困ったようにため息をついて。
「黙ってたらわからないだろう。……ここに一人でいたいならいいけど」
「それは嫌なの!」
 思わず少年のシャツを掴んでいた。彼はやや驚いた様子だったが、やがてアンジェラの頭をぽん、ぽんとやり。
「俺の名前は楓。お前は?」
「……アンジェラですの」
「アンジェラはどうしてここに一人でいたんだ?」
「私、お姉様と一緒にイルカを見ていたの。でもいつの間にかお姉様は、いなくなってしまって……」
 聞いた楓はふうんと呟いてから、小首を傾げる。
「じゃあ、これからお姉さんを一緒に探すか」
「……いいの?」
 不安そうに問いかけると、楓は何を言っているんだと言わんばかりに。
「ダメなら最初から言うわけないだろ」
 その言い方はぶっきらぼうだけど、アンジェラはなぜだか嬉しくなった。
「はぐれるといけないから……ほら」
 楓が差し出した手を、きゅっと握る。それはとても温かくて、頼もしいものだった。



 二人は館内のあちこちを歩き回った。
 途中、大きなカニが歩いている水槽前で足を止めたり、アザラシがひげをもひもひと動かすのを見て笑ったりと寄り道をしていたら、すっかり時間が経ってしまっていて。
「お前の姉さん見つからないな……どこに行ったんだろう」
 そう呟く楓に、アンジェラはちょっぴり不安な気持ちになってくる。
「もうこのまま会えないなんて事は……ないよね?」
 知らず手を握る力が強くなる。楓は呆れた様子で。
「そんなわけないだろ」
「そうだよね、わたし達は双子だもの。お姉様はきっと私を見つけてくれる」
「……アンジェラは双子なのか?」
 ほんの少し驚いたような楓の声に、こくりと頷いて。
「ええ、そうよ。私たちそっくりだから、誰が見たってすぐにわかるわ」
「そうか。……実は俺も、双子なんだ」
 今度はアンジェラが驚く番だった。「本当に?」と聞き返す彼女に軽く頷いて。
「双子の兄さんがいる。俺とそっくりな顔をしているけど……性格は違うかも」
「お兄様のお名前は何と言うんですの?」
「檀」
「檀お兄様と楓お兄様……」
 アンジェラは楓と同じ顔をしたもう一人の存在を思い浮かべてみる。何だかそれはとっても素敵な事のように思えた。
「私、お姉様の事が大好きなの。楓お兄様は、檀お兄様の事好き?」
「好きとか言うのは恥ずかしいな……」
 楓は顔を赤くしながら、ばつが悪そうに。
「双子だからな。大事には思ってるよ」
 それを聞いたアンジェラは、胸がぽかぽかと温かくなった。

 アイスクリーム屋の前を通りかかったところで、楓がふいに切り出す。
「ちょっと疲れたし、休憩するか」
「あ、私お小遣いたくさん持ってきたの。一緒にアイス食べたいな」
「いやさすがに小学生に奢ってもらうわけには……」
 楓は苦笑しながら、ソフトクリームを二つ注文し一つをアンジェラへと差し出す。
「ほら」
 食べてみるとふわりと甘い。それはいつも食べているアイスよりもずっと美味しく感じられるから不思議だ。
「とっても美味しい」
「ああ、美味いな」
 そう言って笑う楓を見ていると、なんだかアンジェラはちょっぴりどきどきしてしまう。幼い彼女には、その気持ちがどこから来るのかはまだわからないけれど。

 アイスを食べた後は、二人で土産物を売っているコーナーに入ってみる。
「うーんここにもいないみたいだな……っておい、アンジェラ?」
 彼女の視線はとある一角に釘付けだった。
 そこにはイルカやシャチ、アザラシなどのぬいぐるみがところ狭しと並んでいて、くりくりとした瞳をこちらに向けている。
 アンジェラが見つめているのは、ピンク色のイルカ。彼女の青い瞳が陰っているのを見て楓は怪訝な表情を浮かべる。
「……どうした?」
「このイルカ……お姉様とお揃いで私、持ってるの。前に来たときに買ってもらって……」
 姉を思い出して、急に寂しくなってしまったのだ。
 楓はしょんぼりするアンジェラに、困ったように頭を掻いた後。目の前でしゃがむと、再び彼女の頭をぽんとやった。
「お前の姉さんは俺が必ず見つけてやる。……だから、そんな顔するな」
「……うん」
 楓の真っ黒な瞳は、イルカに似てるなとアンジェラは思った。
 まっすぐで、綺麗で――優しい、色。
「よし、じゃあ行くか」
「あ、待って……!」
 アンジェラは楓が止める間もなく、ある品物を手に取るとレジへと向かう。
「何を買ったんだ?」
「内緒!」
 悪戯っぽくそう返して、アンジェラはポニーテールを颯爽と揺らすのだった。

 それからしばらくして、彼女の姉は見つかった。
 向こうもこちらを探していたようで、お互いぐるぐる水族館を歩き回っていたから見つからなかったのだ。
「楓お兄様、ありがとうなの」
「よかったな」
 姉妹の再会を見届けた楓は、ほっとした様子だった。じゃあ俺はこれで、と去って行こうとするのを慌てて引き留める。
「どうした?」
「あの、これ……あげる!」
 差し出したのは、先ほどお土産物屋で買ったイルカのキーホルダー。
「え、でも……」
 困惑した様子の楓に、アンジェラはにっこりと微笑んで。
「一緒に探してくれたお礼なの! 檀お兄様の分もあるから使ってくれたら嬉しいな」
 自分もこっそりお揃いで買ったことは、内緒にして。
「……ありがとう」
 照れくさそうに受け取る楓を見て、アンジェラは名残惜しそうに告げる。
「またいつかお会いできるといいな……今度は皆で遊びたいの」
 それを聞いた楓は、ほんの少し面食らった様子で。
 けれど手にしたキーホルダーを掲げ、無邪気に笑ってみせた。

「ああ。いつか兄さんも連れてくるよ」



 ふとアンジェラが目を覚ますと、そこは自室のデスクだった。
 ぼんやりとした意識の中、自分がついうたた寝をしていたことを思い出す。
「……夢を見ていたのか」
 どんな内容だったかはっきりとは覚えていない。けれど不思議と胸の奥が温かい。

 ――きっと、幸せな夢を見ていたのだろう。

 アンジェラは視線を移すと、つい微笑んでしまう。
 ピンク色のイルカが、こちらを見て笑っていた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/ノベル内年齢/見た目】

【ja9940/アンジェラ・アップルトン/女/6才/金髪つるぺた美少女】

 参加NPC

【jz0229/八塚 楓/男/13才/照れ屋な美少年】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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そんな幸せな夢ならば。
いつもお世話になっています。この度は発注ありがとうございました!
あどけない二人の水族館デート(?)楽しんでいただければ幸いです。

アクアPCパーティノベル -
久生夕貴 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年09月16日

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