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『退屈知らずの夏の謎 』
久遠 栄ja2400)&九神こよりja0478


 夏が来た。
 日差しはまるで急かすようにじりじりと照りつける。
 暑い暑いと言ってるうちに、夏は終わるよ。忘れ物はないかい……?


 部室のドアを開けた久遠 栄は、そのままの姿勢で立ち止まる。
 室内にいたのは探偵倶楽部の部長・九神こよりだけ。こよりはいつもの自分の指定席に居た。
「九神……?」
 栄はそっと呼びかけ、二歩、三歩、室内に足を踏み入れる。
 こよりは机の上に伏せた姿勢のまま動かない。
 片方の手は何かを求めるように前に伸び、その先の細い指はだらりと机に広がっている。もう片方の腕は折り曲げられ、頭部はその上に乗っていた。
「おい、九神」
 栄が再び呼びかける。
 すると動かないままのこよりの身体から、絞り出すようなか細い声が響いた。
「あーつーいー……」
「夏だしな」
 向かいの席の椅子を引き、栄がドカリと座り込む。
 探偵倶楽部だからと言って、残念ながらそうそう事件が起きる訳ではない。

 僅かに顔を上げたこよりは、怨みがましい目で宙を睨んだ。
「退屈過ぎて死ぬかと思ったが、その前に暑さで死ぬかもしれない」
 顔の下には読みかけの文庫本があった。
「まあ確かに暑いけどね……」
 余り風の来ない、派手な広告が描かれたプラスチック製の団扇を使いながら、栄もうんざりした顔で窓の外を見た。
 憎らしい程に青い空がどこまでも広がっている。
 少しの沈黙。
 団扇を動かす手を休めないまま、栄が呟いた。
「そうだ、海に行かないか?」
「海?」
 こよりが首を傾げた。
「うん、行こう。せっかくだしな。机で寝てても仕方ないだろう?」
 栄が立ち上がる。
「確か今日、ちょうど夏祭りをやってる所があるはずだよ。折角だからレンタカーを借りてこよう、ちょっとしたドライブだ」
 次々と並んで行くプランに、こよりも本を閉じて立ちあがる。
「じゃあ急いで支度して来よう!」
 話は決まった。


 ちょっとレトロなデザインの可愛い車がこよりの目の前で停まる。栄が窓から身を乗り出しびっくり顔を覗かせた。
「あれ、お着物だ」
「久し振りに着ると、結構面倒だね」
 ベージュ地に緻密な藍濃淡の友禅で染め上げた涼しげな単衣は、一番のお気に入りだ。とっておきの一枚、どううつるだろう?
 そう思ってそっと窺うと栄が真面目な顔で思案している。
「栄……?」
「うん、俺も浴衣ぐらい着ようかな」
「え?」
 ぽかんとするこよりを車に押し込み、栄は方向転換。そのまま慌ただしく部屋に駆けこんで行った。
 暫くの後。
「お待たせ……!」
 紺地に白い竹の絵が入った渋い浴衣を着つけて、栄が得意顔で現れた。
「ふふん、大人っぽいだろう?」
「うん、よく似合ってるよ」
 こよりは自分に合わせてくれようとしている栄の気持ちを嬉しいと思う。

 が。
 走りだした車の中には、FM放送の映画音楽だけが流れ続ける。
 栄は無言のままで、サイドミラーを確認するふりでそっとこよりの横顔を窺った。
(いつの間にか大人になったんだな……)
 初めて会ったときはまだこよりは中等部だった。
 文化祭に出店していた楽しげな部活。そこで出会った少女と言葉を交わした時のことは昨日のように覚えている。一言一言がゾクゾクする様な会話は初めてだったから。
 栄はそこで改めて意識を前方に集中する。
「あ、海」
 こよりが声を上げた。
 助手席の窓を開けると、潮の匂いが流れ込んでくる。
「暑くないかい?」
「いや。風が気持ちいいから」
 窓に顔を向けているこよりの表情は、栄からはもう見えない。


 海沿いの町のお祭は、夏休みの終わりに近いこともあって規模の割に随分と賑わっていた。
「なんだかこういう小さなお祭りって懐かしいな」
 栄が目を細めた。
 こよりは暮れなずむ空の下、ぎらぎらと電球を灯す屋台を興味深そうに見まわしている。
「風船釣りだ」
「へえ。今の子供でもああいうのやるんだね」
 愛想の良いお兄さんに促され、揃ってセットを手にしゃがみ込む。
「んー、あの色が良いんだが。ゴムが沈んでいるな」
 こよりが真剣な表情で狙った風船を睨んでいる。そんな顔をしていると、やっぱりまだ子供っぽいところが残っている。
 栄は安心する様な、ちょっと残念なような気持になる。そんな上の空では風船が獲れるはずもなく……
「あれ?」
 ぼしゃん。
「あーあ、残念。でもおまけに一つはくれるみたいだよ」
 そう言うこよりだって、結局手に入れたのはおまけの一つだけである。

 歩きながら、こよりはぱしゃんぱしゃんと音を立てて風船を弄ぶ。
「えっと、割るのは無しな!」
「心配ない、大丈夫だよ。あ、焼きトウモロコシだ」
 美味しそうな匂いと焦げ。大きなトウモロコシのタレをおっかなびっくり避けながら、こよりは思案する。
「食べないの?」
「うーん……」
 こよりにしてはうっかりしていた。折角おしゃれしてきたのに、トウモロコシにがぶりでは、なんだか台無しではないだろうか?
「食べないんだったら……」
「あっ」
 トウモロコシの両端を握った手の間に、栄の顔が嵌った。並んだ粒が、きれいな歯型に沿って消えうせている。
「うまい!」
「油断していた……!」
 呆れ顔のこよりが、思わず噴き出した。
「でも一本はちょっと多いからね。ここまでは栄が食べていいよ」
「じゃあ遠慮なく」
 がぶり。
 栄はわざと大げさに齧りつく。
 こよりも思い切って、反対側を齧った。
「うん、おいしいな」
 車の中での少し気詰まりな雰囲気が、いつの間にか消し飛んでいた。
 出会ってから今日まで色んな事があった。
 こより自身が自分を持て余したこともあった。それで栄が自分から離れて行っても仕方がない程に。
 それでも、栄はこよりの気持ちを大事にしてくれて、ずっと見守ってくれている。
 でも、とこよりは自分に問う。
 こんな風に甘えていてもいいのだろうか?
 そして自分は一体、本当はどうしたいのだろう……?

 二人でかじったトウモロコシは、考える時間もなくすぐになくなってしまった。


 お祭の賑やかな明かりを少し離れて、海岸に出る。
 空はすっかり暗くなり、地上の明かりにも負けずに星が幾つか輝いていた。
「歩きにくくない?」
「うん、大丈夫だ」
 さくさくさく。砂を踏みながら並んで歩く。
「あ、ワカメが落ちてる」
「……踏まないようにな、転ぶから」
 お盆を過ぎて海水浴客も減った砂浜には、色んな物が打ち寄せられている。
 暫くして栄が立ち止まった。
「この辺りでいいかな」
 栄は袂を探り、一掴みの細い棒の束を取り出した。
「線香花火?」
「うん。覚えてるか? 綺麗だったから持って来たぜ」
 栄は屈みこむと、落ちていた平たい石の砂を払った。蝋燭に明かりを灯し、その上に立てると、橙色の明かりが柔らかく揺れる。
 海風を遮るように別の石で蝋燭を守りながら、栄はばらした花火を半分こよりに渡した。
「ほら。九神も好きだろ?」
「ありがとう」
 頼りなげな細い持ち手を握り、蝋燭の火に近づける。
 ジジッ。
 波の音にまぎれそうな微かな音。
 盛り上がる光の珠から幾つもの小さな流星が飛び出す。
「綺麗だな」
 星は次々と飛び出し、形を変えては闇に吸いこまれて行った。
 息を止めるように見つめる前でやがて光の珠だけが取り残されて、最後にはそれも糸を引くように落ちていく。
 こよりは光を取り戻そうとするかのように、次の一本に火をつける。二人で囲んだ空間が、また少し明るくなった。
 花火を見つめるこよりの頬が、光を受けて白く闇に浮かびあがる。
「綺麗だよな」
 栄が呟く。けれどそれは花火にかこつけた本音だ。
 ――やっぱり綺麗だ。
 手元を静かに見つめるこよりの表情に、思わず見とれる。
 こうしていると初めて会ったときと変わらず、いやそれよりももっとドキドキする。
 手を少しのばせば届く距離にいるのに、空の星よりも遠いようにも思える少女。
 近付きたい。でも伸ばした手をかわして、ふいっとまた離れて行ってしまうのが怖い。
 だからせめて、今は少しでも長く綺麗な君を見ていたい。

 灯が途切れるのを恐れるように、栄はこよりの線香花火が終わりそうになるのを見てすぐに次の花火を灯す。
 こよりが栄の手元の花火に視線を移した。
 花火を握る栄は、こよりの目をなるべく長く惹きつけておきたいと祈るように、手を緊張させる。
 その腕に不意に暖かい物が触れた。栄は驚きの余り、花火を取り落としそうになる。
「やっぱり線香花火っていいね」
 声が、こよりの頭がもたれかかった肩から、直に伝わってくるではないか。
「俺も……大好きだよ」
 鼓動が強く、早くなるのがわかる。
 もしかしたら伝わっているかもしれないけれど、こよりは逃げる様子もない。

 雰囲気に酔ったのかもしれない。
 栄の厚意に乗っかっているのかもしれない。
 こよりは自分の中に、解けない謎があるのに気付いた。それはとてももどかしいけれど、不快ではない。
 ではいっそこの謎を、とことん追いかけてみようか?
 せめてこの線香花火が灯っている間は……。


 もう少し、もう少しでいいから、この時間が続きますように。
 じりじりと小さな音を立てる線香花火には、切ない程の願いが籠められていた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja2400 /  久遠 栄  / 男 / 21 / 見守る存在】
【ja0478 / 九神こより / 女 / 17 / 解けない謎】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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夏の思い出のひとこま、お届けいたします。
去年と同じようでいて、色々な物がちょっとずつ変わっている夏。
もどかしい様な、でもこの時間が惜しい様な、そんな感じが上手く描写できていれば幸いです。
この度はご依頼いただきまして、誠に有難うございました!
アクアPCパーティノベル -
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エリュシオン
2014年09月22日

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