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『宵闇に映える月 』
天谷悠里ja0115)&シルヴィア・エインズワースja4157

 緑の中に佇む清閑なる洋館は、シルヴィア・エインズワースの関係者の持ち物。別荘として利用しているものだ。
 連日続く酷暑を遠ざけるように、シルヴィアは天谷悠里を連れ避暑に訪れていた。
 煌びやかなシャンデリアが下がる広いリビング。
 食前酒としても口にしたシャンパーニュ。
 飲み口が軽く飲みやすいと悠里が気に入ったようだから、食後にもう一本用意した。
 細身のグラスを満たした黄金色の液体。絶え間なく上がる小さな気泡が室内の明かりを反射して星が煌めくように弾ける。
 グラスを傾けて、ほぅ……と僅かに熱持った呼気。それを覚ますように、見上げるほど大きな窓を開いた悠里は、瞼を閉じ風を感じてから夜空を見上げる。
「星……綺麗ですね」
「外にでましょうか?」
 ふと口にした台詞に返ってきた言葉。
「人工的な明かりがない場所はもっと綺麗ですよ」
 そっと隣に立ったシルヴィアはゆるりと微笑み、それに……と続けた。
「顔が少し赤いですよ」
 くすくすとシルヴィアから零れた笑い、伸ばされた腕は悠里の頬を撫でる。悠里はその感触に顔を益々赤らめて「大丈夫です」と応えるのが精一杯だった。


「わぁ……本当に凄い星ですね」
 シルヴィアの提案通り、夜の散歩へと繰り出した。この先に、星がよく見える場所があると、シルヴィアに案内され二人並んで歩く。踏みしめる柔らかな芝生はひんやりとした夜露を含んできらきらと煌めいた。
「月が出ていませんから、星達が囁く声が聞こえそうですね」
 そういって笑ったシルヴィアの横顔をちらりと盗み見た悠里は、夜風に流された髪を整える何気ない所作ですら宗教画のようだとうっとりと瞳を細め、そっと胸に手を置きゆっくりと深呼吸する。
 内側からじわりと湧いて出る熱が、別荘を出る前に飲んだ酒の影響だけ、というわけではないことに悠里自身もう気が付いていた。
 けれど、それは道ならぬ恋。こうして隣を歩き、こうして言葉を交わし、こうして見つめることが出来る。それだけで満足しているべきだと自分を戒める。
「ユウリ?」
「……っはい」
 不意に手を引かれ、悠里は肩を跳ね上げた。
「少し飲み過ぎましたか?」
 何度も呼ばれていたのかもしれない。心配を含んだ表情でシルヴィアは首を傾けた。大丈夫ですか? と重ねられた台詞に合わせて、長く美しい指先が悠里の輪郭をなぞる。
「ありがとうございます。シルヴィアさん。大丈夫です」
 言って細められた瞳にシルヴィアは頷き、視線を前へと走らせ
「この茂みの向こうです。小枝で傷が付いてはいけません。私にくっついていてくださいね」
 どこまでも他意はないという風に自然に口にしたシルヴィアは、そのまま悠里の手を引き身体を寄せるように道なき道を抜けた。
「……っ」
 どきどきと高鳴る胸に刹那目を閉じた悠里は、頬を撫でる風に顔を上げ息を飲んだ。
 目の前に広がったのは暗く揺蕩う湖面。夜空を写す鏡のように明滅する。
「気に入りましたか?」
「はい! もちろんです」
 即答した悠里の反応に悪戯が成功したときのように微笑んだシルヴィアは、満足そうに頷いて悠里の髪に絡んだ葉っぱを摘み上げ水面へと放つ。
 小さな波紋を浮かべ広がり陸を後にする葉を見送ると、シルヴィアはハンカチを広げ
「座りましょう?」
 星見会へと誘った。


 湖面から吹く風が優しくアルコールの熱を奪っていく。始めは心地よく悠里は手足を伸ばし空を仰いだ。
「―― ……」
 けれど避暑地の夜は少し冷える。悠里は伸ばしていた膝を立て無意識に抱き寄せた。
「ユウリ?」
「ぁ、いえ」
 気付いて貰えるような大きな所作ではなかったが、隠しきれなかったことに悠里は口篭って曖昧に微笑むと
「少し冷えるなと思って」
 小さく肩を竦めた。
「確かに冷えますね」
「……え」
 じわりと肩口から温もりが広がる。既にほんの僅かしか開いていなかった距離が詰まり、ぴったりと肩が触れ合う。驚きに目を開き隣に座っていたシルヴィアを見つめた悠里にシルヴィアは瞳を緩やかに細め、
「こちらへ」
 そのまま悠里の肩へ腕を伸ばし抱き寄せた。ぁ、と漏れた悠里の声と共に二人の距離がゼロになる。
「もっと傍へ」
 シルヴィアに求められ悠里は、大きく瞬きをするとシルヴィアの瞳を見つめた。澄んだ青色の瞳は、夜の闇を映して黒に近い色。鏡のように悠里の姿をはっきりと映し出す。
「ユウリ……」
 彼女の瞳に映る自分はなんて顔をしているのだろう。この胸に湧く情は憧れ……決して恋慕の情ではないと、ちゃんと言い聞かせてきたのに、私の瞳は何を物語ってしまっているのか――
 悠里は無意識にシルヴィアの肩口を、ぎゅっと握りしめた。
「……お、姉ちゃん」
 紡がれた音に、ふ……とシルヴィアの唇が下弦の月を描く。
 呼吸の度に全身の熱が増す。吸い込まれるようなシルヴィアの美しさに、思わず零した溜息は甘い。
「ユウリ……知っていますか?」
 問い掛けながら、長く美しい指先が悠里の頬に掛かる髪を後ろへと流し、そのまま外耳をなぞり首筋を撫でる。
「新月の夜は、新しいことを始めるのに向いている」
 とくん……と心臓が高鳴る。新しいことという響きに、浮かぶのは期待と同じだけの不安。悠里の眉根が僅かに寄る。
「ユウリ……何を、始めましょうか?」
 背後の星へ視線を逃がすことも許されない、それはまるで甘い拘束を受けているよう。
 自分が何を求めているかなんて明確。
 けれど――。
「私は、何も……」
 体温を伝えあう肉体から、同じように彼女を映しているだろう自身の瞳から、その気持ちが漏れだしてしまわないように、悠里は、きゅっと瞳を閉じた。
「何も……?」
 悠里の顎に掛かったシルヴィアの指先が悪戯にくすぐるように顎を撫で、唇の端を掠める。その感触にびくりと体を強ばらせ刹那閉じた瞳を開くと、まっすぐに自分を見つめるシルヴィアがいた。
 目と、鼻の、先に――
 吐息が混じりあう距離に……
(お姉ちゃん――)
 悠里は、静かに瞼を落とす。もの言いたげに僅かに開いた唇の間から吐息が漏れ……シルヴィアはそれに誘われるように、僅かな距離を詰め緊張に悠里のまつげが頬の上でふるりと震える愛らしさが胸に溢れ頬を緩めると、二人の距離はゼロになった。

「……っ」
 触れるだけの口づけ。
 柔らかな唇が音もなく重なり、離れていく。
 確かな繋がりを感じた瞬間、じわりと湧いてくる暖かな感情。指先に至るまで支配するような優しい熱。
 満たされた感覚。
 この気持ちまで共有出来ていたのなら、どれほど幸せだろう。
 夢か現実か……恐る恐る悠里は瞼を持ち上げた。ほんのり水の香りを含んだ風が二人の間を抜け、シルビヴィアの金糸が額を擽る。
 ゆっくりと瞬きした悠里にシルヴィアは頬を綻ばせ、赤らんだ頬を包み
「私は、ユウリが――」
「え」
 紡がれた言葉が現実味を帯びない。星明かりはシルヴィアの金の髪を美しく浮かび上がらせる。月の無い夜に現れた月の女神のように……
「ユウリ……聞いてる?」
 悠里の視界の全てを奪ってしまうように、シルヴィアは影を落とした。
「貴女の……ユウリの想いを聞かせて……」
 葉が擦れ合う音がする。星が降る音さえも耳に届いてきそうだ。
 何よりも、自身の心音が全身に反響する。
 胸の高鳴りに息が詰まる。喉元を締め付けられる。
「私、は……」
「苦しい?」
 囁くように告げられ、抱き寄せる腕に力が籠もる。背に回された手のひらが悠里を宥めるようにゆっくりと撫でていく。
 息苦しく感じた呼吸が整い甘い想いだけが広がる。
 今なら、全てが許される。そんな安堵感が生まれた。
「……お姉ちゃん……」
 きゅっと力を込めた手の力に、くすりとシルヴィアが微笑む。
「私は貴女を愛しています」
 迷いなく、曇りなく、重ねられた台詞。
「お姉ちゃん……私……」
 僅かな距離をとり、愛を告げるシルヴィアを見つめる。
 熱っぽい瞳にはうっすらと涙が掛かってきらきらと揺れていた。
「親愛でも、友愛でもない、ユウリ……貴女が愛しい……」
 肩口を滑り降りてきたシルヴィアの手のひらが悠里の手のひらを包み込み指を絡める。
「好きです……ユウリ……」
 貴女は……? 問い掛けながら腕を引き再び引き寄せ吐息が交わる距離で、ねぇ……と重ねた。
 もう、近すぎてシルヴィアの表情を伺うことは出来ない。隠しようのない鼓動と共に、悠里は唇を微かに震わせて想いを音に変える。
「私、も……私も、好き……です」
 好き……、もう一度重ねられる台詞ごと吸い込む様にシルヴィアは甘いキスを落とす。柔らかく唇を食み、想いを注ぐように角度を変え、身体を引き寄せ、熱く、甘く、一時も放しはしないとばかりに――


「……ん」
 完全にシルヴィアに身を委ねていた悠里は、口づけが離れても尚、甘えたように寄り添う。恍惚とした瞳は艶を含み、幸福を孕んでいる。
「また、身体が冷えてしまわないうちに屋敷に戻りましょう」
 朱に染まった悠里の頬を優しく包み込み一撫ですると、シルヴィアはそういって立ち上がった。

 ふわり――
「ぁ」
 衣擦れの音が響き、悠里が驚きに小さな声を上げた。
 ぶらりと足先が空をかく。
「離れてしまうのはとても惜しくて……」
 言って微笑んだシルヴィアに頬を緩め、悠里はその首に腕を回し、きゅっと抱きついた。触れた部分が暖かい、吐息が肌を掠める。その全てを幸福に思う――

「……あ」
 シルヴィアの声に首を傾げると、いえ、大したことではないのと首を振る。
「ただ、星が流れたの」
「願い事出来ました?」
 喜色を示した悠里にシルヴィアは優美な笑みを浮かべると
「……もう、叶ったから」
 分かるよね? というように深まる笑みに、悠里は強く強く抱き付いた。

 その肩越しに悠里は、流れた星のような一匹の蛍が、つぃー……と、水面から舞い上がるのを見た。
 この時を祝福するかのように――


【宵闇に映える月:了】




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0115 / 天谷悠里 / 女 / 外見年齢18 / アストラルヴァンガード】
【ja4157 / シルヴィア・エインズワース / 女 / 外見年齢23 / インフィルトレイター】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご依頼ありがとうございました。サラサです。
 甘いひと時、充分に演出できていたでしょうか?
 宵闇に月はまだ出ません。けれど、美しい夜を写した悠里さんの黒瞳には、シルヴィアさんという金の月が映る。
 それがきっととても素敵なことなのではないかと思います。
 お二人の素敵な時間がこれからも長く続きますように――

 重ねまして、この度はご依頼ありがとうございました。
アクアPCパーティノベル -
汐井サラサ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年09月22日

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