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『夏に溶ける秘密は絆へと 』
フェイka2533)&ラルス・コルネリウスka1111


『……次は遊びできてーなぁ、海』
『ん、良いわね海……息抜きには成るかも?』

 全力疾走の疲労感の中。
 交わされた軽口は、約束と呼べるほどでもなく。

 それでも――



 灼熱の日差しが、肌を貫き砂を焼く。
 人も疎らな午前中だというのに、流れる汗は既に絶え間ない。

「暑っちぃなー…」

 サーフボードを支えに、ラルス・コルネリウスは空を仰ぐ。連れの支度はまだ終わらないようだ。
 眼に入った汗を、頭を振って飛ばす。抜けるような青空を写し込む、冷たい海水が恋しい。

「まぁ、黙って待つのが男の甲斐性って…」
「お待たせ」

 待ち人来る。背にかけられたフェイの涼やかな声は、常と変わらない。
 だから、いつもの酒場の感覚で何の気なしに振り返って――

「ラルスさん?…ごめんね?」

 零れ落ちそうな赤い瞳に覗き込まれて、ラルスはハッと我を取り戻す。
 目の前に居るのは傭兵団の仲間、少なくない時を共に過ごした、馴染みの気配。

「いや…違う、悪い。すげえ似合ってるから、ちょっと見惚れてたわ」
「っ…あ、ありがと」

 衣装一つでこんなにも変わるものかと屈託なく笑うラルスに、フェイの鼓動が跳ねた。
 布面積が大きいとはいえ、紛れも無いビキニを着たのにはそれなりの理由があったが…自然な賞賛に、己の勘ぐりが不要であった事を知る。

(…そろそろ、潮時かしら)

 初めに抱いた印象、そして、疑惑を捨て去るのは――

「ほら、行こうぜ!」

 待ち切れないラルスの声が思考を遮る。促すように差し出された手を、反射的にとって。
 引かれる腕の強さに、フェイの鼓動が今度は期待に高鳴る。

 霧散した答えを拾い集めるのは、今日という休日を楽しんでからでもいいかもしれない。



 透き通る水面が、波を形作る。
 そのタイミングを見計らってボードに乗る、言うだけならば容易い。

「理屈はわかるんだけど、っと」

 フェイを襲う幾度目かの浮遊感、からの塩辛い衝撃。ボードから落水したのを幸い、激しく動く海面とは違う、穏やかな海の中をしばし漂う。
 母に抱かれる赤子はこんな気持ちなのだろうか、とぼんやり陽の揺れる輪郭を眺めていると。

「何やってんだ?」

 言葉が、音ではなく動きで伝えられる。
 陽を遮るラルスの陰影に、思考はまたも遮られ…今日はどうもそういう日、らしい。
 苦笑とともに首を振り返し、水を一掻き、大気の世界へ。不思議そうに瞬く瞳に、苦笑を重ねてボードを指差す。

「上手く乗れなくて」

 ひっくり返ったボードが波に弄ばれているのを見て。
 何かを思い付いたのか、ラルスは一つ頷くと、ボードを手繰り寄せ波に立てる。

「よし、二人で乗るか!」
「…は?」

 無茶苦茶な提案は、しかし不可思議な説得力でフェイを誘う。
 呆れながらも、もしかしたら違う景色が見れるのではないか、と頭の片隅が囁いて。

「しっかりバランスとれよー!」

 気付いた時にはボードの前に乗っていた。揺さぶられる平衡に脈打つ心音。
 何より、後ろから押すラルスの力強さが、否が応にも期待のボルテージを跳ね上げていく。

「わ……っ!」
「っしゃ!」

 機を掴んだラルスが飛び乗ると同時、高波に押し上げられる。ほんの少し近付く太陽。
 真正面、網膜に焼き付けられた陽の煌き。そこから吹く風の音。眼下の、遮る物無い青の乱舞。
 無我夢中でボードに立って、いま、この砂浜で一番高いところに――

 ――ドボンッッ!!

 着水音は一つ、沈んだ影は二つ。遥か上がった分だけ、深く水底に沈み込んで。
 酸素を求めて光の方へ。浮き上がり顔を出して、忙しない肩の動きを宥め落ち着かせる。
 重く水を含んだ髪を払い、眼に滲む塩水を乱暴に拭ったところで――ふと、視線が合った。

「……っ、ふふっ…!」
「…な、おもしれーだろ?」

 訪れた沈黙は、堪え切れない笑声に弾き飛ばされる。
 ボードに上半身を預けたラルスは、悪戯の成功した子供のような笑みを浮かべて。
 恐らく自分も、そう違わない表情をしているのだろう。ああ、こういうのも。

「…悪くない、わね」

 波の音に紛れ込ませたフェイの呟きは、誰の耳に届くことも無く。
 ただ、己の心の水底へと。



 白く照り映える砂浜に、客引きの声が高らかに競われる。共に広がる香ばしい匂いが、昼飯時のお腹を更に凹ませていく。
 一番大きな声を選んで入口をくぐると、焼き立ての海鮮の香りが充満して。二人は待ち切れない思いでメニューを手に取った。

「ああ、ここは私が払うわ」
「あ?いや…」

 先払いの注文に財布を取り出したラルスを制し、フェイは手早く支払いを済ませる。
 席に戻っても合点のいかない顔に、くすりと微笑って。

「独りでは見れなかった、景色のお礼よ」

 茶化した声音の中に、真摯な感情を読み取って。ラルスの仏頂面も、仕方無いなと苦笑に変わる。
 折良く、美味しそうな音を立てる焼き貝も届いた。

「へえ、美味そうだな」
「そうね、熱いうちに食べましょう」

 次から次へと運ばれてくる出来立ての料理達に、二人は暫し無言で攻略にかかるのであった。



 潮味を含んだ風が、満ち足りた空間を心地良く撫でていく。
 見晴らしの良い食事の席は、そのまま午睡すら出来そうな寛ぎスペース。
 午前中は激しかった波も、今は嘘のように穏やかで。空と海と砂浜と、鮮やかな木々が目に優しい。

「記念に描いておこうかしら。ラルスさん、鞄を取って貰える?」
「ああ、いつものスケッチブックだな」

 時折手慰みに描く絵は、日記帳の代わり。森を出てからずっと、苦楽を共にしてきた相棒。
 ラルスが鞄を開ける。手垢がつくほど馴染んだスケッチブックが、ひょい、と目線の高さまで持ち上げられて――

「…うん?」

 思わず、と言った風に零れ落ちる疑問の声。
 どうしたのだろう、と食後の微睡みの中にいたフェイの意識は、ラルスの視線を追い、一瞬にして覚醒した。

「それは…っ!」

 ガタン、と椅子を蹴倒して手を伸ばす。
 後先考えず奪い取って胸に抱え込み、隠したのは。

『フェリーツイタス・ウルリーケ』

 スケッチブックに刻まれた、名前。傭兵団の籍を得ると共に封印した本名。
 目の前で呆気にとられる青年が庇護する女性と、全く同じ姓の綴り。

 ――気付かれてしまっただろうか、彼女の血縁だと。

 知られる事は構わなかった。
 ただ姉に良からぬ事を考えていないかと、ラルスを疑いの眼で見ていた日々が、負い目となってフェイの心を竦ませる。

 唐突なフェイの行動に張り詰める空気。穏やかな波の音も涼しい風も、今や切り取られた様に届かない。
 そんな、呼吸音さえ耳障りな沈黙を、囁く吐息がそっと破った。

「…言わねえよ、誰にも」

 きまり悪さを多分に含んだ苦笑を浮かべ、ラルスは己の髪をかき混ぜる。
 フェイが何かを隠している事には薄々勘付いていた。けれど暴くような趣味の悪い真似はしたくない、と黙していた事が、逆に彼女を苦しめただろうか。

「絵、描くんだろ。…フェイ」
「ラルス、さん」

 唖然と見上げてくるフェイに、謝意を込め名を呼ぶ。ただただ、いつもの通りに。
 それが、何よりも雄弁にラルスの意図を語って。

「…ありがとう」

 自然と上がる口の端を隠すように、フェイはスケッチブックを広げた。
 筆が流れるように疾走る。眼に見える景色だけではなく、音も匂いも写し込むように。

 背後で黙して見守るラルスの、空気の様な心地良さも。




 照りつける日差しは僅か西に傾いて。それでもまだまだ、午後の部はこれから。
 海辺遊びの定番と言えば――?

「あら、上手いわね」

 日に焼けた筋肉質の腕が意外な繊細さで砂を扱うのに、フェイは感心した声を上げる。
 ただの手遊びというには芸術的な城が、ラルスの手によって形作られていく。

「ま、血は争えないってことだろうよ」

 身の内を半分流れる柵に、何とも言い難い苦笑を零した。
 馴染めなかったけれど、ソレも確かに己の一部なのだと、こういうふとした時に思い出す。
 気にしているわけではないから、すぐに霧散したけれど。

「あっという間ね、砂を集めるしかやることがなかったわ」
「砂の水分量は適切だったぜ、おまえやったことあるだろ」

 完成した城を前に眼を見張るフェイは、ラルスの呆れながらの指摘に肩を竦めて微笑う。
 故郷を出てから、色々な所で様々な事があった。砂の造形は、ドワーフの少年に教わったのだったか。

「…色々と、ね。さ、次は何をしましょうか」
「ったく。あー…定番なら」

 秘密は女を美しくする、というわけではないが。片目を瞑り人差し指を唇に当てるフェイの微笑は、確かに眩しくて。
 ラルスは眼を細めながら辺りを見回す。そろそろ、陽もオレンジ色に衣替えして海に飛び込み体勢。
 黄昏色に吸い寄せられるように波打ち際へ、暫し足元に纏わり付く波の感触を楽しんで。

「そうだな、こういうのは――」

 手を、水につける。
 気負い無く指先で水を弄んで、そして。

「どう「――どうかしら?」ブッ!?」

 戦場で培った俊敏さで、瞬く間に水を掬い振り返りざまにフェイにかけ――ようとして、返り討ちに合う。
 両腕をフルに使ってのスイングは、ラルスの呼吸を一瞬奪う程で。

「お、まえ…な…!ゴホッ」
「あら、次はこうやって遊ぶんでしょう?」

 息を整え、前髪を掻き上げて睨み付けた先には、涼しい顔のフェイ。
 その余裕に歯噛みしながらも再び気管に水が入ったのか、ラルスは俯いて忙しなく咽る、と。

「きゃっ!?」
「油断大敵、ってな!」

 フェイント、からの流れるような海面連打。
 ドワーフの豪腕による水飛沫は、礫となってフェイの全身を打ち濡らす。
 今度はフェイが咽る番。勿論、お返しをするのも。

 大人げない戦いは、陽が水平線にくっつきそうになるまで。



 ゆっくりと沈みゆく太陽と共に、ゆっくりと帰路を歩く。
 終わってしまうのが、なんだか勿体無いから。

「ディナー、ご馳走様。美味しかったわね」

 海辺のレストランで黄昏の中、出てきた海の幸は締め括りに十分なほど。
 感想を話しながら、ふ、と沈黙が訪れる。けれどそれは、けして気まずいものではなく。

「今日は楽しかったな。…また、来ようぜ」

 別れ道、ぽつり、と落とされた言葉は、夕闇に優しく溶ける。
 くるりと振り返った表情は、誰ぞ彼の曖昧さ。だから、確りと伝わるように微笑んで。

「また行きましょう。…約束、ね」

 差し出したフェイの手から、ラルスの掌に何かが落とされる。
 それは、波に洗われた白い貝殻。洗い流された、疑念の証。

『ありがとう』

 言葉で、はっきりと伝えはしない代わりに。
 天然気味な姉を共に見守るに足る、勿論それだけではなく。
 信頼出来る戦友への諸々の想いを込めた、感謝と約束の印。


 優しく覆い始めた夜の帳が、静かに二人を見守っていた――


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2533 / フェイ / 女 / 17 / 魔術師(マギステル)】
【ka1111 / ラルス・コルネリウス / 男 / 20 / 機導師(アルケミスト)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、有難うございました。
お二人の大切な部分に携われた事、嬉しく思います。
夏の暑さに溶けていく疑念を、一日を通して描けておりますでしょうか。
キャラの把握が至らず、口調等、少しでも違和感を感じられましたら、遠慮無くリテイクくださいませ。
アクアPCパーティノベル -
日方架音 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2014年09月22日

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