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『夏の宝箱 』
ウルシュテッド(ib5445)


 低い地響きを伴い着地した龍が翼を畳み首を下ろす。その龍の背からウルシュテッド(ib5445)が軽やかに飛び降りた。
 目の前に広がる湖よりひやりと冷たい風が吹き上がりウルシュテッドの頬を撫でていく。彼が立つのは森の中にひそやかに佇む遺跡へと続く石畳。尤も敷き詰められた石は大半が苔生し崩れ、処により捲れ上がりまともに残っているものなど数えるほどしかない。それすらも角が欠けものや罅が入りばかりだ。石と石の合間からは草が生え、地中に広がる木の根が石畳を不規則な波のように持ち上げている。
 夏の間、周囲の山々より雪解け水が流れ込みこの辺り一帯は水中へと姿を消す。水中に沈む遺跡は時が止まった箱庭のようだ。
 今は水が引き、森も遺跡もその姿を見ることができる。だがウルシュテッドの脳裏に浮かぶのは、夏の眩しい日差し、濃い緑に囲まれた水中の箱庭、水中で煌く金色の髪……愛する彼女と共に過ごした時の風景だ。
 波打ち際まで近づくと平たい石を拾い上げ、湖に向かって投げた。あの日彼女がやっていた事を真似るように。石は軽快に水面を飛び跳ねていく。
「何回だったかな?」
 彼女の投げた石が跳ねた回数は……と思いを馳せた途端、胸の内に鮮やかに蘇るあの日の陽の光の強さ、風の匂い、鳥の声……まるでまだ自分がそこにいるかのような錯覚。
 水中に沈む遺跡に目を瞠る彼女、回数を重ねた水切りに得意気な彼女、自分に手を引かれ泳ぐ彼女……。とっておきの秘密の場所で二人過ごした時間。
(君は知っているだろうか……)
 ウルシュテッドは心臓の上に手を押し当てる。
(この俺の胸のうちに溢れる……愛しさと喜びを)
 満足そうに瞳を輝かせる彼女を見るたびに大きな波の如くそれは押し寄せ自分を攫いそうになったのを。
 今だって思い出す度に、それは身体の内からゆっくりと広がり己を震わせる。胸の上に置いた手を強く握りしめた。
 心を落ち着かせようと、もう一度石を広い投げる。しかし今度は力が篭ってしまったらしい。一度だけ水面を叩き、そのまま水の中へ。
 あぁ……と空を仰ぐ。夏の力強さとは違う澄んだ青空が広がっていた。
(この夏は……)
 一拍置いて、深い吐息共に。
(……色々、あったな)
 過ぎ去った夏を思い出す。色々ありすぎて翻弄された結果、神楽の都で落ち着く今もふとした拍子にまだ夏が終わってないような気分になるのだ。
 先達て養子に迎えた子と共に彼女の家へ行く事が増えた。そしてその子が世話になった孤児院の旅行には彼女と子を伴い同行し、一ヶ月程同じ屋根の下で暮らしたりもした。そこで皆で掃除をしたり、祭りの準備をしたり。彼女と子と共に過ごす穏やかな時間。日を重ねるたびに実感する急速に近づいていく互いの距離。それは自分が夢見た未来に近い時間だったというのに……。
「旅は非日常を楽しむものだとは良くも言ったものだ……」
 旅先で彼女が口にした言葉を思い出す。確かにあの日々は非日常だった。ウルシュテッドにとって。
 彼女や子らへ注ぐ愛情、それと相反する姪の心を魂を死へと追いやった者への憎悪、日常では押さえているはずの深く激しい感情が溢れ出し、ともすれば押し流されそうになった。
 こんなにも満ち足りた時間を過ごしているというのに、のんびりと返事を待つと彼女に伝えているというのに「もっと」とその先を性急に求めてしまいそうになる己の欲深さに恐怖もした。
 持て余す自分の中でぐるぐると渦巻く感情。
 だがその時いつも聞こえたのだ、己を呼ぶ彼女の声が。
 涼し気な顔の下のどろりと蠢く感情を知ってか知らずか……。いや多分敏い彼女の事だ。己の変調に気付いていただろう。それでも彼女は笑いかけてくれた。名を呼んでくれた。
 それにどれほど安堵したことか。
「   」
 そっと彼女の名を呼ぶ。
(……信じてもいいかい?)
 その笑みの先を。君が出す答えを。
 龍の背嚢から取り出す一つの箱。ちょうど両の掌を合わせたほどの角を金属で補強した飾り気のない鍵付き箱。
 思い出すのは、あの白銀の世界。出会って二回目、求婚した日のことだ。あの時自分が言った言葉はよく覚えている
『君がそれを持っていてくれる限り、君に望みを持ち続ける。生涯ずっとね』
 付き合いきれなくなったら返してくれ、と「流れ星のペンダント」を彼女に託した。星を分ける、それは自分にとって大切な意味を含んでいる。
 返されたら諦めるとも伝えた。きっと彼女と自分は良い友人同士にもなれるだろう。だが、それじゃ嫌なのだ。そんな子供じみた感情。思わず苦笑が漏れるが、湧き上がる想いはどうしようもない。
 そう、だからあの時も。
『――けれど俺は、流れ星が願いを叶えてくれる事を期待しているよ』
 と、続けたのだ。
 ペンダントは今だ彼女の胸で輝いている、その意味を自分に都合が良いように解釈しても構わないだろうか……。箱を落とさないよう抱え、崩れた石畳を進み遺跡を通り抜ける。
 その先にあるのはかつて庭園だったと思われる場所。干上がった水路と一本とてまともに残っていない円柱の先に見える白亜のガゼボにその面影は留めているだけなのであくまでウルシュテッドの想像によるのだが。
 庭園隅、広く枝を広げた木へと向かう。その根元に穴を掘り箱を埋める。此処ならば遺跡が水に沈んでも木が水面に顔を出すから分かりやすい。箱の中は誰にも教えていない。今のところ自分だけの秘密だ。
 水中に眠る宝箱……その響きに胸が弾むのは自分が男だからであろうか。
「宝探しをしよう……」
 此処にはいない彼女に語り掛ける。
 泳がなければ此処まで来れない。だから彼女が泳げるようになったら一緒に探しに来よう、と心に誓う。そうは言っても彼女はようやく水に浸かれるようになったばかり。己の手を掴むガチガチに緊張した手を思い出し、気の長い話になりそうだ、と笑みが零れた。
 だがそれで良いのだ。どんなに時間がかかっても。これから先に二人の時間が待ち受けているというのならば、それこそ泳げるようになるまでいくらだって付き合ってみせる。
 箱を埋めた跡を一度優しく撫でた。夏に咲く花の種でも植えてやれば良い目印になるだろうか。
「それじゃあ宝探しにならないかな?」
 いっそのこと宝の地図でも作って渡せば、子供の遊戯のようじゃ、と笑いながらも彼女も乗り気になって泳ぐ事に意欲をみせてくれるかもしれない。
「ともかく、コイツを頼む」
 木を見上げ、幹をポンと叩いて笑う。
 来年また此処に二人で来たら宝箱をもう一つ埋めよう。そうして遊びに来るたびに一つ、また一つと増やしていくのだ。一夏ごとの思い出を宝物に閉じ込めて。
 彼女が泳げるようになるのが先か、ここら一帯宝箱だらけになるのが先か……。
「時間はたくさんあるさ」
 自分に言い聞かせるように呟いて、ウルシュテッドは龍の元へと戻っていく。
 龍の背に乗り、手綱を引く。一声嘶いた龍が翼をはためかせ空へと飛び上がった。翼の巻き起こす風で湖面に漣が立つ。
 森の向こう西の空が茜色に染まり始めている。日も大分短くなったものだ。
「夏ももう終わり、か……」
 心揺さぶる夏が終わり、そして新しい季節が始まる。また日常が続いていくのだ。
 遺跡の上をぐるりと旋回。もう一度、小箱を埋めた場所を確認した。
「また、来年な」
 呟いて龍の頭を上空へと巡らせる。
 あそこに眠るのは秘密の宝物と夏に経験した様々な思い出。

 彼女とあの箱を開けた時に、夏の思い出話に花を咲かせようなどと思いながら龍を神楽の都へと向けた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名       / 性別 / 年齢   / 職業】
【ib5445  / ウルシュテッド   / 男  / 31歳   / シノビ】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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夏の一日に続いてのご発注ありがとうございます。桐崎です。
ウルシュテッドさんにとって色々とあった夏、秋になり一息ついて「色々あったなあ」とのんびり思い返すお時間が取れれば良いな、と思って書かせて頂きました。
小箱の中身はなんでしょうか?とこそりと気になってみたり。

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
アクアPCパーティノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年09月25日

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