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『夏の灯が呼ぶまでは 』
水無月 神奈ja0914


 小さな駅舎から外に出るなり、夏の太陽がジリジリと照り付ける。
 生ぬるい潮風が頬をなぶり髪を揺らした。
「海…… 海ですよ、神奈さん!! ほら、向こう!」
 トートバッグを肩にかけ、御影光がはしゃぎながら振り向いた。
「ああ……、海、だな」
 海水浴場最寄りの駅だ、降りた客たちも案内板に従って真っ直ぐに進んでいる。
 楽しげな空気がそこかしこに漂う、――そういった場所こそどことなく不慣れで、気圧されながら水無月 神奈は曖昧に頷く。
 目指す先には、水平線が輝いている。
「スイカ……売ってました」
「食べたかったのか?」
 浜辺へ続く道には、ソフトクリームや遊具などを扱う店が点在していて、その中に立派なスイカも並んでいた。
 スイカの前で、光がアスファルトに座り込んでいる。何事か。
「スイカ割りは砂浜の醍醐味じゃないですか……」
「まさかとは思うが、光」
「撃退士の依頼じゃなくって、フルで遊べる海なんて貴重ですもの……! 準備は万全に……万全に」
「日帰りにしては、大きな荷物だと思っていたが」
「買ってきました……スイカ」
 不貞腐れる姿が微笑ましくて、神奈は思わず笑いを零す。
「光が選んできたスイカなんだ、味だって格別なんだろう。良いじゃないか」
「ちゃんと、お塩も持ってきましたから!」
(……海とは、何をする場所だったか)
 楽しみと緊張が半々だった感情の、半分が夏の暑さに溶けていく。
 座り込む光へ神奈は、小さな妹へ姉がそうするように手を差し伸べて。
 波音が誘う海へと歩き始めた。




「着替え終わりました? 神奈さーん」
「う、うむ」
「何を恥ずかしがってるんですか、えい」
 水着に着替えたものの照れ臭く、脱衣所から出ることを躊躇していた腕を引っ張られる。
「黒……! 大人の色ですね……っ 素敵ですっ」
「そういうものか? 私服はこの色合いが多いからな……」
 ビキニにパレオ、普段ならまず着ることのない組み合わせだ。
「光も良く似合ってる」
「ふふー。がんばりました。一般の海ですから、スクール水着の必要はありませんしね!」
「久遠ヶ原だったらスクール水着で来るつもりだったのか……?」
 今日に合わせて買ったのだと、スポーティーなデザインながら胸元にシースルーのフレアを重ねたビキニタイプの水着で、光はクルリとポーズを付けて回ってみせる。
「…………」
「ど、どうかしたか?」
「あ、いえ!! 行きましょう、泳ぎましょう!」
 光が、神奈の姿を正面からじっと見つめたのは一瞬のこと。
(傷…… そうだ、あの時)
 一年前の秋の事を、光は思い出していた。

 ――この傷を自分の手で消す事が出来た時
 それから、
 ――復讐の為に

(神奈さんは)
「光!」
「なんでもないです」
「そうじゃない、足元――」
「えっ、あ!!」
 子供が遊んだ跡なのか、大きく掘られた穴に足を取られ、光はそのまま盛大に転んだ。
「熱い〜〜」
「夏の砂浜は、それだけで凶器だな。火傷はしていないか?」
「大丈夫、です」
 そう離れていない場所で、ちびっこが笑っている。あれか、下手人は。
 光は怒るでなし、子供と同レベルに舌を出して対抗していた。
 それから、次の被害者が出ないようにと穴を埋め埋め。




 寄せる波へ立ち向かうように腕を伸ばし、グイと進む。
「ふぅ…… 私の勝ち、か?」
「ぷはあっ…… 負けたー……。速いですねぇ」
「水の流れに逆らわないことだな」
 沖合に浮かぶ小さな岩を目標とした、泳ぎの競争。
 勝負となれば、神奈とて一切の手は抜かない。
 一歩先に到着した神奈が、水面から顔を出した光を見下ろす。
「でも、海って流れに抗って突き進む感じじゃないです??」
「その流れの中に、『乗る』波がある」
 それを読み、流れに乗るのが肝要であると。
「むむむ」
「強引に進めば疲れるだけだし、波に引かれる。それは解かるだろう」
「はい」
 海は生き物ですねぇ。
 神奈の隣に腰を下ろし、光は並んで浜辺で遊ぶ人々を眺めた。
 人と人ならば目と目を合わせて感情を図るなりできるけれど、自然相手は雄大すぎて難しい。
 足首から先を海水に浸し、パシャパシャ動かせばユラリと海藻が絡みついてくすぐったい。岩肌を、ヤドカリがよじ登ってくる。
「自然は雄大で……生き物は、一生懸命ですね」
 もちろん、その中には光も神奈も含まれている。
「よし」
 少し考えて、光は声に力を込めた。
「スイカ割り、対決しましょう! 真剣で!」
「……それは、どんな流れだ?」


 中心から微かに逸れて四等分されたスイカの断面を睨み、『難しいものだな』と神奈が唸る。
「生き物であれば、目をつぶっていても呼吸なり気配なりを感じられるが」
「手ごわいですね、スイカ」
 コクリ、頷いて光。
 しかして、周囲からはヤンヤヤンヤの喝采が降り注ぐ。
 真剣を使うことを事前に伝えてのスイカ割りは、気づけば人だかりとなっていて。
 彼女たちを撃退士と知る人はいないはずなのに、ちょっとした盛り上がりとなっていた。
 初太刀を神奈、断面を繋げて続いて光が。
 道を究めようとするものから見れば悔いの残る切り口も、一般人にはそれと判らない。
「神奈さん、提案があるんです。二人だけでスイカ丸ごとひとつも、食べ切れなくはないですが……」
「なるほど。そういうことなら」
 光が言わんとしていることを察し、神奈が刀を構え直す。
「それではみなさん、お手を広げてお待ちくださーい! 当たらなくっても恨みっこなしですよー!」
 合図を出して、光が高く高くスイカを放る。

 ――神速の太刀、ふたつ。陽光にキラキラと反射して、華麗にスイカを切り分けて見せた。




 スイカを一欠けらずつ持ち込んで海の家へ向かえば、それを使って冷たい器にアイスなどと一緒に出してくれた。
 スイカ割りを楽しむ人々に、無駄なく食べてもらうためのサービスなのだそうだ。
「わー! 豪華……」
「カキ氷、アイスは2種……餡みつに ……光、少し分けるか?」
 目をキラキラさせる光に対し、予想外の物量に神奈は少しだけおののく。
「えっ、でも……」
 『悪いですよ』と『らむれーずんがほしいです』が、顔に半々で書いてある。
「遠慮は要らん」
 肩を揺らし、アイスをひと掬い。
 なんだか、ヒナを餌付けしているような気分だ。
「〜〜っおいひいです」

 ――時間を、いただけませんか?
 少し前に神奈が告げた一言で、二人の関係が劇的に変化するということは…… 今のところ、目に見える部分では、無い。

 伝えなければ変化の生まれようも無かったろうし、それが良い方向とも限らない……ただ、覚悟はできていた。
 こうして、二人で海へ遊びに来ることができた。
 今は、そのことを大切にしたい。
(……私の思いは変わらないし、ゆっくり待たせて貰うよ)
 夏限定の甘味を満喫する少女の姿を見守りながら、神奈は胸中でそっと囁いた。
「ラムレーズンを美味しいって感じた時、大人になったなあって思ったんですよね」
「……そういうものか?」
「苦手を克服したー! というか、新たな発見というか。神奈さんは、そういった何かってありませんか?」
「私か……。そうだな」
 濡れた黒髪の先に触れ、思案する神奈へ光がもう一つ例を出す。
「セロリとか」



 穏やかな休憩時間を終えたなら、もうひと泳ぎしてこようか。
 夏の灯が訪れ、帰る時間が来るまでは。
 大切な時間を、少しでも長く。




【夏の灯が呼ぶまでは 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0914/水無月 神奈/ 女 /20歳/ ルインズブレイド】
【jz0024/ 御影光 / 女 /16歳 / ルインズブレイド】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
夏の楽しいを詰め込んだ一幕、お届けいたします。
お楽しみいただけましたら、幸いです。
アクアPCパーティノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年09月29日

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