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『goes back 2 』
クレイグ・ジョンソン8746)&フェイト・−(8636)&(登場しない)

「クレイグ、ミントちゃん、朝よ。起きて」
 優しい声がフェイトの頭上に降り注いだ。眠っていたのかと自覚して、うっすらと瞳を開ける。
 直後、視界がおかしいと思った。
 目線が自分の知るものではない。
「ニャー」
 あれ、と自分では言ったつもりだった。だがそれは、先ほどの声のみでそれ以上がない。
(ああ、そっか……俺、今は猫だった……)
 そう自覚して、黒猫フェイトは大きく伸びをした。
 その際、前足に感じた温かさに視線を戻せば、クレイグの寝姿が視界に飛び込んできた。
「ニャッ!?」
 フェイトは猫の体をビクリと震わせて、飛び退いた。
 自分の足の下にあったのはクレイグの胸。どうやら自分は彼の身体の上で眠っていたらしい。
 そう言えば、と、眠る前のことをぼんやりと思い出した。
 クレイグの家へとそのまま連れて来られたフェイトは、彼の両親にも歓迎され母親に『ミント』と名付けられた。黒猫の姿からは想像もし難い響きであるが、どうやら瞳の色に由来しているようだ。
 そして彼は家族の会話をクレイグの膝の上で丸くなって聞き、時間を過ごした。
 クレイグは父と母に色んな話をする。学校でのことや、クラスメイトのこと、放課後にあったこと。
 両親はそんな彼の言葉を笑顔で受け止め、相槌を打った。
 ――良い家族だと思った。少し羨ましいと感じながら。
 そして就寝時間を迎えて、フェイトは当たり前のようにクレイグの部屋のベッドに抱きかかえられたまま入り、眠ったのだ。
「ん〜……」
「!」
 未だに眠ったままであるクレイグが、もぞりと動いた。
 そして左手をパタパタとさせて、何かを探る仕草を見せる。
「…………」
 フェイトは僅かに首を傾げた。
 その間にも、クレイグは無意識に何かを探している。
 ――つまりは、そこにあったはずの温もりを得られずに不安に似たものを感じているらしい。
「ニャー」
 小さく、ひと鳴きした。
 するとクレイグのフェイトのほうへと左手が伸びてくる。瞼も閉じたままだというのに、何故解るのだろうと思いつつ、フェイトはその彼の手のひらに頭を擦り付けた。
 優しい手。
 いつも自分が撫でてもらっていたそれと同じ温もりを感じて、瞳を閉じる。
 直後。
「クレイグ、起きなさい!」
「!!」
 バタン、と扉が開かれる音ともに飛び込んできた声に、フェイトはびくりと体を震わせて全身の毛を逆立てた。
 先ほど耳にした優しい声音が、今は少しだけ怒気を孕んでいる。
 クレイグの母が発したもので、どうやら起床時間を過ぎているようだ。
「ニャー、ニャー!」
「あ〜、解ったって……」
 フェイトがクレイグの頬を押しながら鳴くと、彼はようやく目を覚ました。
 前日、友人に頼まれて日が暮れるまでバスケットボールをしていたせいもあり、彼は疲れていたようでもあった。
「おはよう、クレイグ。早く顔洗ってきなさい。バスの時間に遅れるわよ」
「おはよう母さん……あ〜……まだ眠い」
 母親の声に答えるようにして彼はベッドから降りた。眠そうな顔を足元から見上げていたフェイトは、彼の意外な一面を覗き見た気がして、少しだけ嬉しいと感じていた。
「ミントも、おはような」
「ニャッ!?」
 言葉とともに抱き上げられたと思った矢先、クレイグは猫のフェイトに軽いキスをしてきた。
 もちろん挨拶としての行動であるが、フェイトは思わずの声が漏れて、たしっと前足をクレイグの顎に置いた。驚いた所為か猫目も丸くなっている。
(……こ、こう言う所も、昔からなんだな……)
 フェイトの抵抗はクレイグにとっては取るに足らない行動のか、抵抗とすら受け取らなかったのか、彼は片腕に猫を抱きながら自室を出た。
 『ミント』を殊のほか気に入っているらしく、クレイグはフェイトをずっと傍においての行動をしていた。顔を洗う時も食事を摂る時も必ず自分の隣に座らせる。本来の猫であれば気まぐれにどこかに行ってしまうだろうが、精神がフェイトであるために、彼はずっとクレイグを隣で見ていた。
(元の世界に戻れるまでは、傍にいさせてもらおう……)
 目の前に差し出された温かいミルクを舐めながら、フェイトは心でそう呟く。
 時空を渡ってしまう能力――タイムジャンプは自分の意志ではどうにもならない。だから戻れる時まで、こうして待たなくてはならないのだ。クレイグの傍で。

「クレイグ、昨日の爆弾事件のニュース見たか?」
「あぁ……あいつの家の近くだろ」
 そんな会話が聞こえた。
 今はクレイグの鞄の中にフェイトは身を潜めている。彼はいつものバスに飛び乗った後、クラスメイトに声をかけられ軽い挨拶を交わし、彼の隣に腰を下ろした。
 爆弾事件のニュースは、クレイグの家のテレビでフェイトも見ていた。規模こそ小さいものだったが、ここ数日で連続して起こっているらしい。彼の母が『最近、多いわね』と不安そうに口にしていたことを思い出し、思考が巡る。
(爆発……そう言えば、こっちに飛ばされる前も爆弾魔を追っていたな)

 ――あれ、お前さん若いな。俺の記憶じゃオッサンだったはずだが。

「…………」
 クレイグの言葉が脳裏に蘇る。
 霊的エネルギーを爆弾に変える能力者。クレイグはその存在を知っているようであった。
 もし、この時代での事だったら? と思い至り、フェイトは首を振った。
(そう繋げちゃうのは無理やり過ぎるかな……でも、辻褄は合う)
 昨夜のニュースでも、謎の多い事件だとアンカーマンが言っていた。
 火気もない場所で突然の爆発が起こる。公園のゴミ箱から始まり、ベンチ、公衆のトイレ、小さな空き家、古い倉庫。
「なんか……規模大きくなってないか?」
 友人と会話を続けていたクレイグがそう言った。
「怖いよなぁ」
 友人がそう応えていたが、彼はまだ危機感が薄い声音であった。ゴシップ感覚での会話なのだろう。
 それに反して、クレイグのそれは少し緊張しているかのようなものだった。
(クレイは異変にちゃんと本能で気づいている……まさか、本当にこの時代から……?)
 フェイトは鞄の内側からカリカリとそれを掻いた。
 何とかして、クレイグに意思を伝えたかった。小さく『ニャー』とも鳴いてみる。
「……どうした、ミント。苦しかったか?」
「ニャァ」
 クレイグはフェイトの訴えに気づき、鞄の被せ蓋を開けて小さな言葉を掛けてきた。フェイトはそこからこっそりと顔を覗かせて、クレイグを見上げる。
 彼は右手を鞄の中に入れて、フェイトの顎を指で撫でた。それが気持ちよくてついうっかりフェイトはゴロゴロと喉を鳴らしてしまうのだが、次の瞬間にハッと現実に戻り、前足でクレイグの手を押さえつけた。
「ニャー、ニャー」
「こらミント。しー、だ」
 クレイグが左手の人差し指を自分の口に当ててそう言った。
 揺れの大きいバスの中、エンジン音が煩いのもあってフェイトの声は掻き消されてはいたが、さすがに何度も鳴かれてはクレイグも困るようで彼はそれを告げた後、被せ蓋を元に戻してしまった。
(……ああ、もう。何で俺、猫なんだ)
 鞄を通してクレイグが背を撫でてくれている。
 それは嬉しいと思うのだが、伝えたいことを伝えられずにいるこの現状に、フェイトは若干の苛つきを感じて内心でそう呟いた。
(なんか……嫌な予感がするのに……)
 杞憂であれば良いとは思う。
 だが、心の端からじわじわと押し寄せてくるのはひたすらの不安だ。
 相変わらず、クレイグの手のひらは温かい。鞄を通していても、それが解る。その手のひらにぐい、と頭を押し付けてフェイトはどうにもならない感情をモヤモヤと心のなかに抱いていた。

 学校内でも、爆弾事件の話題で持ちきりであった。
 クラスメイトの一人が空き家の爆発現場の近所に住んでいることもあり、不安と興味とが綯い交ぜになった会話があちこちで飛び交っている。
「…………」
 クレイグは友人の机に身体を預ける形で、一人思案を続けていた。
 爆発の場所に、思い当たる節がある。
 彼は霊感が強い。その為に浮遊霊なども茶飯事的に見ることが出来るのだが、今回の事件の現場がその霊を見てきた場所と一致するのだ。
「なぁクレイグ、帰りに倉庫見に行かねぇ?」
 友人がそう言ってくる。
 クレイグはそれに「そうだなぁ」と曖昧な返事をするのみで、それ以上を告げずにまた思考の海に潜ろうとする。
 だが。
「おーい、クレイグ!」
 別のクラスの友人が大きな声でクレイグを読んだ。体躯の大きい少年であった。
「今日の約束、忘れてねぇよな?」
「ああ、夕方にいつものところで試合だろ?」
「そうそう。今日のやつ、お前抜きだと厳しいんだよ。コートの権利権賭けてるからさ。マジで頼むな」
「解ってる」
 友人とクレイグは互いに拳を軽くぶつけ合って、そんな言葉を交わした。
 彼は広く各所でこうした信頼を集めている。約束は違えず、きちんとした結果も残すので重宝されているのだ。一週間のうち、クレイグに誘いの声がかからない日など無いほどであった。
 クレイグは元気よく手を振りながら教室を出て行く友人に片手のみで応えて見送り、自分の体を預けている机の持ち主である友人へと視線を向けて「ま、そういう事だから、野次馬はまた今度な」と言って、自分の席へと戻っていった。
(一日中、忙しそうだな……声かからない休み時間、無いもんな)
 鞄の中で様子を窺っていたフェイトが、傍にクレイグが戻ってきたことに気づきつつ、内心でそう言った。
 するとポンポン、と鞄が叩かれる。それに応えるために小さく短く鳴くと、「窮屈でごめんな」と小声が聞こえた。
 どんなに忙しそうにしてても、クレイグは鞄の中の猫を気にかけない時はなかった。
 これが彼の優しさそのものなのだ。
 そんなことを思いつつ、フェイトはその場で丸くなる。学校が終わるまでは大人しくやり過ごさなくてはならない。そう思いながら目を閉じると、自然と眠気が訪れて彼はそのまま眠りについた。



「うわ、ヤバイ。今日金曜だったか!」
「ニャー?」
 夜の帳が見えかけている夕暮れの中、クレイグは焦りを含みながら走り続けていた。
 昼間の友人との約束であったバスケットボールの試合を終えて、今は帰路を進んでいるはずなのだが、昨日見た道筋と違うので、フェイトも首を傾げる。彼は鞄の蓋を押しのけ端から顔を出して、クレイグを見上げていた。
「今日、ミサの日なんだよ。父さんも母さんも熱心だからさ、サボると怒られるんだって」
「ニャー」
(そういえば今朝、お母さんそんなこと言ってたよな……クレイ、眠そうにしてたから聞いてなかったのかな)
『クレイグ、今日はまっすぐ教会に行ってね』
 そんなようなことを、クレイグの母が言っていたなと思い出す。クレイグもそれに対して返事をしてはいたが、空返事だったのかもしれない。
「俺さー、あんまり神サマ信じてねぇんだよ」
 走りながら、クレイグがそう言った。
「あ〜、ほら、お前に解るかな。俺って霊見えるじゃん。だからか解かんねぇんだけど、天国とかそういうのがなぁ、イマイチ遠いっつーか……」
「ニャァ」
「全てに等しく神サマが慈悲を与えるなら、霊にだってそれが与えられるべきだろ?」
(クレイらしいなぁ)
 『見える』からこそ思う矛盾。彼はずっとそれをひたすらに飲み込んできた。
「……別に、父さん母さんを否定してるワケじゃねぇけど。やっぱ親だし、愛してることには変わらねぇからな」
 大切に思うからこそ、おそらく霊感のことも両親には告げたこともないのだろう。明るく笑顔で接していたところを実際見ているので、不安や悩みなどを吐露して逆に両親を心配させたくないという気持ちが優っているのかもしれないとフェイトは思った。
(普通の人には見えないとなると……余計に言いづらいよな)
「あー、そうだ。俺さ、暗い所も平気で走れるんだよ。……っと、ここ通ったら近道だな」
 クレイグはそんな言葉を繋げた後、一度足を止めた。そして森林公園のメインではない通路へと足を運び、また駆け出す。そこは街灯の明かりが殆ど届かない暗い空間であったが、彼は言葉通り平気で走り抜けるてみせる。
(そうか、ナイトビジョン……元々備わってるものだったんだ)
 現在のクレイグが能力として使っているものの原型はここにあったのだとフェイトは思った。
「ナイトウォーカーっていう夜に出歩く化け物みたいだろ?」
「!」
 次の言葉に、フェイトは目を丸くして耳を立てた。
 クレイグのエージェントネームでもあったために、由来なのだろうかと思ったのだ。
 『ナイトウォーカー』とは、夜行性動物から転じてファンタジーでは吸血鬼や獣人などがそれに属するものの総称である。
 一直線に暗い空間を走るクレイグだったが、前方に何かを見つけてまた足を止めた。
「ニャ?」
 フェイトも釣られるようにして前を見る。
 ――ヒトではない何かが、いるような気がした。
 暗闇に溶けるかのような存在。リン、と遠くで鈴の音を耳にして、自分と同じ猫かと思ったが、どうやらそうではないようだ。
「……何だ?」
 クレイグは首を傾げつつも、前方を見つめ続ける。
 また霊の類かもしれないと思いつつも、いつもは感じない空気と気配を読み取り緊張感が走った。
 高次元な、何か――『誰』か。
「――こんばんは、良い夜ね」
 そんな声が聞こえた。可憐な少女の声だ。
 夜の闇が生み出したかのようなそれは、黒髪の美しい少女の姿であった。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2014年10月03日

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