▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『夏の終わりのスライダー 』
亀山 淳紅ja2261)&青空・アルベールja0732)&小野友真ja6901)&マキナja7016


 学園全体に気だるい空気が満ちていた。
 太陽は相変わらずじりじりと照りつけていたが、青い空は少しずつ高くなっているような気がする。
 夏の盛りは既に過ぎており、気の早い赤とんぼがすうっと横切ると、奇妙な寂しさが後に残される。
 そんなある日のこと。
 職員室を出たところで、ジュリアン・白川はずらりと並んだ男子学生に行く手を阻まれた。
「やあ、お揃いでどうしたんだね?」
 いつも通りの笑顔を向けると、大学部1年の亀山 淳紅が満面の笑みを返して来た。
「白川先生! 暑い中、お仕事お疲れ様です! ちょっと涼みに行きません、か!!」
「涼みに?」
「ジュリー先生、いっきましょー!」
 いつの間にか回りこんだ小野友真が、背中を押してくる。
 青空・アルベールは丁寧に両手を前で揃え、綺麗なお辞儀。
「お疲れ様です、今日は引率宜しくお願い致します」
「俺も同行することになりました、よろしくお願いします」
 にっこり笑顔を見せる好青年風マキナ。この3人は高等部3年生だ。
「引率? 一体どこへ行くんだね?」
「まあまあ、偶には童心に帰りましょー!」
 説明を受けられないままに、白川は男子学生一同に連行されて行った。



 で、気がつけばいた場所は。

「何故『くおパー』プールなんだ……!!」

 久遠ヶ原島パーク、通称くおパー。お子様からカップルまで楽しめる手軽な遊園地だが、夏にはプールも営業している。
「え、海じゃないのはあれ、もう時期的に、水母が多くて……ですね」
 淳紅が真顔で答えた。
「いや、訊きたいのはそこじゃなくてだな」
「俺は今年は、海には行きました、ので、プールも良いと、思いまして」
 マキナは念入りな膝の屈伸運動をしながら答える。飽くまでも、真面目な顔だ。
 もう何を言っても無駄である。白川は遠い目をした。
 どうせなら1人ぐらい初等部がいてくれれば、何となく言い訳も立つような気がするのだが……と考える辺り、年齢的なアレソレの自覚は多少あるらしい。
 だが周囲は大はしゃぎの人々でいっぱいである。
 皆、恋人の水着姿や、友達と打ち合うボールや、家族のことしか見ておらず、男子学生を引き連れた三十路男のことなど気にしていない……と、思う。思いたい。

 プールはなかなか広かった。人口の砂浜が大プールに繋がっており、別に子供用のプールもある。大プールを取り巻くように流水路がしつらえてあった。そこには思い思いの浮具に掴まった人々が、流されるままにのんびりおしゃべりなどを楽しんでいる。少し離れた所には大きなウォータースライダーもあった。
「なんかここ、幼稚園の頃とか連れてきてもろたとこに似てるな、懐かしいぜ……」
 友真が目を細めた。
「ね、先生もこの雰囲気、なんか懐かしない?」
 友真は同郷の白川に同意を求めた。テーマパークが猛威を振るう昨今でも、関西では私鉄系の遊園地がまだ営業しているのだ。
「そうだね。もう随分と昔のことだが」
 白川が目を細める。言葉にできない何かが横顔に浮かんでいた。
 友真は何かを言いかけてやめる。その代わりにあえて明るいはしゃぎ声を上げた。
「よっしゃ、まずは流れるプールから行くでー!」
「すとーっぷ!! そのままやと、後で泣き見るで!!」
 淳紅が小鼻を得意げに膨らませる。手に握っているのは日焼け止めだった。
「ほら、皆ちゃんと塗っとかんと! 後でまっかっかになって大変なんやから!」
 今日は(白川を除けば)一番年上の淳紅、保護者枠として大いに張り切っている。
「俺は大丈夫です! 海で焼いてきましたから」
 小麦色の肌のマキナは腕のストレッチを終えて、軽く手足を振っている。
「えと、先生も塗ってあげましょか?」
「ははは……ではお願いしようかな……」
 そこにそっと友真が近付く。
「先生、これ……」
「?」
「いや似合うと思って、つい!」
 セカンドバッグを差し出され、白川はまじまじと眺めた。
「貴重品預かり係ということなら、有難く受け取っておこう」
 笑いながら友真の明るい色の髪をくしゃりと撫でる。
 こうなった以上深く考えるのはやめて、楽しむしかないか。ようやく白川も諦めの域に達した。

 青空がこわごわと、人工砂浜に近付いて行く。
「プールってだいじょぶか? 怖くないやつ?」
 不意に生ぬるい水が寄せてきて、踝ほどまでが水に浸かった。驚いた青空は慌てて元来た方に戻ると、白川の後ろに隠れる。
「もしかして、泳ぎは不得意なのかね?」
「あんまり、泳ぐ機会が無かったかもしれないです……」
 淳紅がそれを聞いて、目を輝かせた。今こそ先輩の出番だ!
「じゃあ青空君、今日しっかり泳げるようになろ! ばっちり自分が教えて……」
「おまたせやでー! 青ちゃんこれ浮き輪ーー!!」
 息を切らして走って来る友真の手には、一番大きなサイズの浮輪。レンタルで見つけて来たらしい。青空の顔がぱっと明るくなった。
「ゆーま君、マジ優しい……!」
「そんなん、青ちゃんのためやったらこれぐらいどってことないって!」
 ひしっ。浮輪を間に、友情は一層強くなる。

「俺も、本来は泳げるように練習するべきだと思います」
 座りこんで俯く淳紅の背中に、マキナが声をかける。
「ありがと、マキナ君……」
 そんな淳紅の気持ちは天然スルー、青空と友真は既に大プールへ。
「……本当に沈まないよ、すごい! ……あ、なんか案外楽しいな!」
「良かった! おーい淳ちゃん何やってんの、おいてくでー!」
 ぐぬぬ。
 キャッキャとはしゃぐ2人に、なんだかちょっと悔しい気分の淳紅である。
 足元に楽譜の幻影がじわじわと広がり、幻の両腕が友真に伸び……
「こら。何をやっている」
 背後から白川に羽交い締めにされた。
「いや、軽ーく脅かしてやろかなて、えへへへへ」

 水に浮かびながら友真が不思議そうに呟いた。
「淳ちゃん何やってるんやろ?」
 何やら白川にこんこんと説教されているようにも見える。
 マキナがずぼっと水中から顔を出した。
「引率の先生が一緒ですしね、冗談の範疇を超えると暫く水に入れないのは覚悟しなければなりません」
「何やったん、淳ちゃん……」
 友真が憐れむような視線を向けた。
 稀にスイッチがマジモードになった時の白川の面倒くささは知っているので、暫くそっとしておくことにする。



 全員が揃い、青空が水に慣れた頃合いを見て、流水プールへ移動する。
「皆で流されようぜー!」
 友真がきゃっきゃと水に入った。浮輪装着の青空がとぷんと続く。すぐに身体が通路に沿って動きはじめる。
「おお〜流れる流れる!!」
「面白い!」
 淳紅もすっかり機嫌を直して、別に借りて来たエアーマットの上に寝転がっている。
 手だけを水に浸けて、後は流れるまま。程良いスピードで景色が流れていく。
「小野さん、泳ぎは得意なんですか」
「え? まあ、ちょっとは……?」
 マキナに問われて、友真の鼻がちょっとひくついた。本当は自分で言うのもなんだが『ちょっとは』等というレベルではない。
「ではいつまで同じ位置に止まれるか、競争しませんか」
 普段真面目そうなマキナの表情が、悪戯小僧のものになる。
 教師の目の前では実に大人しかったが、同級生の前では本来の茶目っ気が顔をのぞかせるようだ。
「ええで! 受けてたったる!!」
 2人は流水プールの流れに逆らうように水を掻く。『飛び込み厳禁』の看板を目印に、距離を保ちながらばしゃばしゃばしゃ。
 これが意外にも難しい。というか他の人の迷惑になるので、余程空いている時にしかやらないように。
「やりますね、小野さん」
「マキナ君もやるな……!!」
 がぼがばがぼ。2人は真剣な顔で、水の来る方を睨みつける。

 そうこうしているうちに、淳紅と青空はどんどん流れていく。
 それなりに上背のある青空である。足がつかない水深ではないはずなのだが、浮輪を脇の下に入れているために、思い切り爪先を伸ばしてやっと底に届くかどうかという位になってしまうのだ。
「面白いんだけど、これ、足がつかないのはちょっと怖いんだよね……」
 そこではたと気付いた。
「え、これ、これ止まるときどうすればいいの……!」
 サーっと血の気が引くのが判った。
「ゆーまくん……!!」
 慌てて周囲を見回すが、命綱の親友の姿は見えない。
「淳紅!?」
「ぐー……」
 エアーマットの上で、淳紅は気持ちよさそうに寝ていた。力のかかり具合のせいか、みるみる互いの距離は離れていく。
「どうしよう、どうしよう!?」
 落ちつくのが一番なのだが、泳げない人にはそれは無理な注文だ。
 青空はくるくる回る景色に気が遠くなりながら、流れるまま、流されるまま。

 夢うつつの淳紅は、突然の衝撃と、直後の冷たさに慌ててもがく。そこは水中だった。
「……ぶはっ! 何なに、どうしたん!?」
 浮かび上がって見回すと、ぷかりと浮かんだままのマキナと友真がエアーマットに押し流されて行く……。
「あ……」
 どうやら2人にエアーマットで突っ込んだらしい。
「わー、ゆーま君!! マキナ君!!」
 慌てて爪先で床を蹴る。実はちょっと深いところだと、淳紅にはギリギリの水深なのだ。
 それでも2人を助けようと必死で両手を動かす淳紅。
「なーにーをー、するんですかーー!!」
 いきなりマキナが目を見開いた。ほっとすると同時に、淳紅はニヤリと笑う。
「海坊主め、かかって来い!!」
 流水の勢いを借りて水中で膝を曲げ、力を溜める。
 その瞬間、淳紅は今度は後頭部に鈍い衝撃を感じた。耳に残るのは青空の声。
「とーめーてえええええ!! ぎゃう!?」
「ぐふっ!?」
 後ろ向きに流されてきた青空の後頭部が淳紅とぶつかり、反動で淳紅のおでこがマキナに激突。
 その後は、ブラックアウト。

「何をしているんだ、一体……」
 飲み物を買いに行っていたわずかの間に、4人が回転寿司状態で流れている。
 白川は騒ぎになる前に、全員を回収に向かった。


 勿論、こんなことで懲りる男子たちではない。
「次、ウォータースライダー! じゃんけんで組分けな!!」
 友真が拳を回しながら、じゃんけんコール。青空と淳紅、友真とマキナがペアになる。幸か不幸か(?)白川は単独。
「結構な高さだね」
 カラフルな3本のチューブが絡み合いながら伸びており、途中からは覆いに隠れて見えない。その先はプールに放り出される仕組みだ。
「ふっ、昨日の敵は今日の友。いくでマキナ君!」
「思いっきりスピードを上げて行きますよ」
 不敵に微笑むマキナ。筋肉質でそれなりに体重があるマキナが身体の角度を上手く調節すれば、相当なスピードが出るはずだ。
 張り切って定位置に着く淳紅の背後には、青空が恐る恐る座った。
「よっし、負けへんで!!」
「これって泳げなくても大丈夫なやつ?」
「どぶーんてなったら、そのまま浮かびあがったらええんやで!」
「どぶーんて、どぶーんて!? ……きゃあああああ!!!!」
 合図と共にスタート。
 青空の悲鳴がチューブの中に響いていたが、それもいつのまにか途切れた。

 派手な水しぶきが前後して飛び散る。一瞬天地も分からない水の中で、白い泡が視界を遮る。とにかく明るい方へと進んで行くと、水面だ。
「ぶは! いっちば〜……ん!!!」
 友真がよろめきながらプールから上がる梯子に手をかけると、マキナが手を差し出した。
「お疲れ様でした」
「……アルベール君と亀山君は、まだかね?」
 白川が水中から顔を出して辺りを見回す。
 するとすぐ近くで、無数の白い泡が激しく湧きあがる。
「……ぶはあッ!?」
「大丈夫かね!!」
 淳紅が必死の形相で、ぐったりして白目を剥いている青空を背後から支えていた。



 思い切り遊べば、当然お腹もすいて来る。
 フードコーナーではあちらこちらの店からいい匂いが手招きしていた。
 羽織ったパーカーを通して、冷えた身体を温めてくれる太陽の光が気持ちいい。
「流石にお腹すいてきたな! 何がいいかなー」
 淳紅は目移りしているようだ。
「あっカレー! カレー食べよう!」
 すっかり元気を取り戻した青空が、目ざとくのぼりを見つける。
「こゆ時のカレーてやたら美味しいんよな! でもめっちゃケミカルなラーメンも捨てがたい……!」
 そう言いつつ、友真はテーブルと店とを夢遊病者のように往復し続けた。友真が戻ってくる度に、テーブルに食べ物が増えていく。
 高く盛り上がるかき氷を受け取りシロップを決めかねていると、背後に近付く気配。
「小野さん、そんなにシロップかけたいんですか。わかりました」
「えっ、あ!?」
 マキナは目にもとまらぬ早業で並んだシロップを取り上げては、友真のかき氷にかけていく。
「わーすごいな、これ……」
 名状しがたい色になったレインボーかき氷を前に、友真が強張った笑みを浮かべた。
「食べ残しはもちろん許しませんからね」
 良い仕事をしたと言わんばかりににっこり笑うマキナだが、自分の行為については遥か高い棚の上に放り投げているのはどういうことか。

 テーブルに腰を落ち着けて皆を待つ白川は、平和そのものの光景に小さく笑う。
 夏は永遠には続かない。それを分かっているからこそ、一瞬一瞬が輝くのだろう。
「先生、夏ってなんか自分は切ないです」
 ちょこんと腰かけた淳紅が、キラキラ輝くプールの水面を見ながら呟いた。
「切ない?」
 こくりと頷く。
 夏は、好きだった人を死が連れて行った季節。
 自分は後を追うことも許されず、生に縛りつけられている。はしゃいでいるときにもふとした瞬間に、きゅっと心臓を掴まれるような感触がやってくる。悲しい。寂しい。切ない。
「生はそれ自体が切ない物ではあるね。だからこそ美しいのではないかな」
 月並みなことだが、と白川は付け加えた。
「せんせー!」
 極彩色のかき氷を抱えて、友真が帰ってくる。
「先生、これ」
「待て、なんだそれは」
「あ、間違った。こっちです、こっち!! 俺からの賄賂です……」
 すっと差し出したのは、プレミアム系のアイスクリーム。
「賄賂と言われては受け取ることはできなくなるな」
 くすくす笑う白川に、友真は上目づかいでおねだり攻撃。
「だから……一口だけ下さい♪」
「……先に食べたまえ」
 白川が蓋を開けたアイスを差し出した。

 ラーメン、カレー、山積みのフライドポテト、鶏の唐揚げ。
「ふー、お腹いっぱい! なんかこういうところで食べるのって美味しいんだよね」
「あ、それもういいですか? じゃあ俺がいただきます」
 マキナは他人に残すなと言うだけあって、旺盛な食欲でもりもりと平らげていく。
 友真はプラスチックの器に残った液体をみつめた。
「レインボーかき氷って、食べてる時より残ったのの方がインパクト大きいな……!」
 溶け残りはただひたすら甘いだけの謎の物体と化している。 
「あ、そだ淳紅」
 青空がその名の通りに、晴れ渡る空のような笑顔を向けた。
「いつも楽しいこと計画してくれてありがとー! 今日もすっごく楽しかった!」
 淳紅はほんの一瞬、答えに詰まる。
 自分は取り残され、生に縛られていることを寂しいと感じている。だが素晴らしい仲間と共に生きることは、果たして望まないことだっただろうか……?
「ううん、自分も楽しかったし。こっちこそ有難うな……!」
 淳紅がくしゃりと表情を崩して笑った。
 有難う。一緒に生きてくれて、有難う……。


 空の端がオレンジに染まる。
 日暮れの時間は少しずつ早くなっている。頬を撫でていく風には、秋の気配が混じっていた。
 遊園地前から乗り込んだバスの座席で、友真は半眼になって何度も倒れそうになる。
「プールの後て眠なるよなー……」
 目をこすり、身体を起こす。肩が触れている青空も欠伸を噛み殺していた。お互いの身体が暖かくて、沈没寸前なことがよく分かる。
「大丈夫ですか?」
 心配そうな声音のマキナだが、友真が倒れかかる瞬間に頬に向かって指を差し出し、びくっと体勢を立て直すのを面白がっている。
「マキナ君、結構鬼やんな……!」
 白川が振り向いて笑った。
「すぐに着くが、ひと眠りしたまえ。どうせ終点だ」
「ふぁ〜い……」
 気持ちよさそうに友真と寄りかかり合い、青空が生返事を返した。


 今年の夏はもうすぐ終わる。
 けれど遥か昔から続く約束のように、来年も夏はやって来るはずだ。
 生命の在る限り、季節は巡り続けるのだから……。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ja0732 / 青空・アルベール / 男 / 18 / 浮輪をください】
【ja2261 / 亀山 淳紅 / 男 / 19 / 自称・引率者】
【ja6901 / 小野友真 / 男 / 19 / B級グルメ愛好者】
【ja7016 / マキナ / 男 / 21 / お残しは許さず】

同行NPC
【jz0089 / ジュリアン・白川 / 男 / 28 / 引率っぽい】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
夏の盛りが過ぎるとなんだか寂しくなりますね。
はしゃいでしまうのは、その気持ちを誤魔化すためでしょうか。
しかしまさかのプール引率。ちょっといたたまれない三十路男でした。
元気いっぱいの1日、お楽しみいただければ幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました!
アクアPCパーティノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年10月06日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.