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『交わした先の今 』
眞薙 京一朗(eb2408)&所所楽 柊(eb2919)

●縁日

 祭囃子が聞こえる。揃って仕事が非番の日、眞薙 京一朗(eb2408)は所所楽 柊(eb2919)を縁日へと誘い出していた。
 特に最近は、同じ時に非番になることが多い。それは二人の関係が決定的に変わったからであり、二人を取り巻く同僚達――中でも特に食えない上司がおせっかいで手を回しているからだろう。
(職場だって一緒で、組むことだって多いんだがな?)
 もともと仕事で組むことは多い。お互いに公私混同をするたちではないしこれまでと同じようにやっているだけなのに、からかいを混ぜて揶揄する者は増えたように思う。
(ま、見返すまでだ)
 祭があるから柊と一緒に行ったらどうだと自分に言っていた上司の顔を脳内でさっと払いのけて、京一朗は改めて隣を歩く柊を見た。長い付き合いになる同僚であり今では新妻の彼女は、今まで見たことのある装いとは別の雰囲気で着飾っていた。
 藍白の無地に紺の帯で纏めた京一朗にあわせたのだろう。藍の地色に白抜きの毬模様、橙に近い明るい茶色の帯。崩すことなく着付けて、ぴんと背筋を伸ばしている。いつもは猫背の柊が雪駄を履いていると気づくのは、視線の高さが同じだからだ。普段の柊では気づきにくいが、実は京一朗の方がほんの少しばかり背が低い。男の見栄で下駄を履いたが、柊の方でもそれは察しているらしかった。
「ど〜した?」
 視線を感じて見つめ返してくる柊に小さく笑みを向ける。何時ものように髪をぐしゃりとやろうと手を上にあげかけて、思い直し柊に差し出す。自分の為にめかしこんでいるのだから、崩すにしても後にすべきだ。
「歩きにくかろ?」
 人の行き来が多いからはぐれないように、ととってつけた理由を告げる。
「これ位じゃ転ばねぇぞ〜?」
 知ってるくせに、そう言いながらもおずおずと手を出してくる柊は、慣れていないせいか頬が赤い。
「折角の逢引だ、触れない理由もあるまい」
「あっ逢引?」
 祝言もあげた正真正銘の夫婦だというのに不自然なくらい驚いて、柊の体が傾いだ。すぐに距離を詰め肩を抱き寄せ、京一朗は近い距離で視線を絡ませた。
「何気に‥‥役得か?」
 数えられないほどの短い間に唇を触れ合わせる。身長差がないからこそ出来る秘密の行為は、周囲の誰にも気づかれることはない。
「ッ京サン!?」
 飛び退ろうとしたのだろうが、そうはさせないと腕に力を込める。普段は見せない可愛い反応をみすみす逃すほど甘いつもりなんてない。束縛するつもりはないけれど‥‥本当の意味で手に入れると決めた時から、それだけは忠実に守っている。
「〜逃げないからッ、お面、お面買いに行こうぜ?」
 仕事の時と同じ男勝りな口調で強がる柊にわかったと頷いて、屋台の冷やかしに戻った。

●縁側

 花火の時間が近づくにつれ人の数も増えていた。人が増えればそれだけ道も狭くなる。はぐれぬよう、それまで以上に寄り添って歩かねばならなくなる前に、と柊は京一朗の手を引いて、早々に家に戻ってきていた。
(また、あんな場所でされたらもたない‥‥ッ)
 見られていないとわかっていても、どうしても気になってしまうのだ。触れられることが嫌だというわけではない。嫌なら一緒になってなどいない。ただ他の誰かが近くに居るという、その緊張感がどうしようもなく恥ずかしくて、苦手なのだ。誰かとこれほど近くで触れ合うことを意識するような人生を送ってこなかった柊にとって、京一朗と二人だけで過ごす今の日々は刺激が強すぎる。
(昔はこんなこと考えなかった)
 京一朗とこうなるよりずっと前、別の恋をしていた時は、ただ憧れているだけ、追いかけるだけでいいと思っていたのに。
(知らなかっただけ‥‥なんだよな)
 縁側で待つ京一朗と二人、のんびりと飲むための酒を準備しながら、ぼんやりとしていた答えを探し出す。前の恋も知っているほど近くに居た京一朗と、今の自分は夫婦になって共に暮らしている。恋も愛も、今自分が持っている気持ちは全て京一朗が教えてくれたものだ。
 厨の戸の隙間から、夜空を眺めている京一朗の背を覗き見たり、先ほど買ったばかりの玩具の面をくるりと回してみたり。特に意味のない行動を繰り返して、少しばかり心を落ち着けてから、酒を乗せた盆を手に京一朗の隣へと向かった。

(緊張してたみたいだが、さて)
 落ち着いた様子の柊が隣に座るのを待って、尋ねる。
「花火、見ないでよかったのか?」
 共に暮らす長屋からは、空に咲く花を見ることはできない。祭囃子も遠くに消えて、今はどこか別の方角の空で花開いているはずの花火、その打ち上げる音だけが聞こえてきていた。
「必ず見なきゃいけないモンでもないだろ。逢引はちゃんとしたじゃないか」
 京一朗の杯に注ぎながら言う顔に照れは見えない。
「柊がそれでいいならいいが」
 自分で言うなら平気なのかと笑みを浮かべる。それに気づいたのだろう、照れも少なく答えが返る。
「俺は二人で飲む方がイイ。こうしてゆっくりできるし」
 そのまま自分の杯に注ごうとする柊の手に自分の手を重ねた。柊もはねのけることなく、そのまま二人で注ぐ。
「ありがと。‥‥それにこの方が、俺だって京サンに触れる」
 酒を置いて、重ねられた手を両手で導き自分の頬に押し当てる。そのまま目を閉じ掌の感触を楽しむ様子に、京一朗は目を細めた。
(からかっているつもりなんだろうが)
 逆効果だ。これもまた後で教えなければならない、か?

●酒席

「今ならもう、笑い話‥‥だよな〜?」
「何がだ?」
 それこそ嗜む量の酒を舐めながらぽつりとこぼれた柊の一言に、京一朗が説明をと促す。
「‥‥俺が、酔ってやらかしたイロイロ‥‥」

 二人で飲みに出かけるようになったのは、柊が変化のない状況を気持ちと共に整理しようと、京一朗に相談を持ち掛けたのが切っ掛けだ。
 ずっと見守ってきた妹のような柊を京一朗も気にかけていたから、前に進む手伝いを迷惑に思うことなどなかった。溜まっていた感情を吐き出させて、心を軽くするために。忘れることは難しいからこそ、飲んで酒の力を借りてしまえばいいのだと、互いの酒の限度を確かめながら、何度も二人で飲みに出かけた。
 そしてある日、柊がほんの少し限界を越えた。
「京一朗サンも吐きだしちまえばイイのに〜、俺ばっか聞いてもらって、助けてもらってばかりでさあ〜」
 管を巻きながら暑いと脱ごうとする柊、あわせをその都度なおしていたら、正面から抱き付かれた。
 忘れていたわけではなかったが、柊は年頃の女だ。そして信頼している相手に対しては驚くほどに無防備な存在だった。
(俺にしとくか?)
 浮かんだ言葉は、それからずっと京一朗の胸の内に留まることになる。
 それからは、自分が飲み過ぎないよう気にかけつつ、酔いつぶれた柊を介抱するだけの日々が続いた。抱き付いたまま、目が覚めるまで離れない回数が増えていく。
「なんで俺、同じ床にッ!?」
 初回こそ驚いた柊だが、自分が酔いつぶれたという事実を把握しただけで、それ以上を気にせず同じことを繰り返した。二人で飲みに出かけた翌朝は、京一朗の暮らす長屋で、京一朗に抱き付いた状態で目が覚める事にも危機感を感じずに。京一朗の事を、兄が居たらこんな感じだろうかと言いながら、冗談混じりに京にいと呼んで。
 季節が一廻りすると、目を覚ましてからしばらく、寝乱れた服を直そうとしてやめるという戸惑ったような様子を見せるようになった。共に眠っていた男が兄ではなく、一人の男だということを意識したのだと、京一朗が察するのは容易だった。その頃は柊の近くに居るのが当たり前になっていて、小さな変化もすぐに気付けるようになっていたから。
 妹のように見ることなんて、とうにできなくなっていた。二人で飲みに出かけるのはただの日課になっていて、柊は初恋の愚痴をこぼすこともなくなったかわりに、もの言いたげに京一朗をじっと見る回数が増えていた。
「その気になったなら、もう遠慮はしない。覚悟しておけよ」
 迷惑をかけてばかりで申し訳ないからと勝手に遠慮して、こっそり封じ込めようとしていた柊の気持ちは、その一言と共に理性を捨てた京一朗によって、あっさりと暴かれたのだった。

「‥‥柊」
「やっぱり迷惑だったのかッ!?」
 京一朗の抑えた声音に、柊がおろおろと慌てた様子を見せる。本当に泣きそうなのが少しおかしい。
(仕事じゃ、こんな様子ちらとも見せない武士の癖して)
 周囲を疑うのが商売のような職場で、女であることさえも武器にするような柊が、まさか家では自分にだけこんな態度だと、誰が思うだろう?
「もう夫婦だろうが」
 好きでもない女を嫁にするほど酔狂じゃないと言えば、嬉しそうな顔で笑う。
「そ、そうだよな! 俺も京サンが好きだ」

●蜜月

「寝るにはまだ早いんじゃナイ‥‥かな」
 同僚達と飲むときはまた別だけれど、二人で飲むときは、素面と変わらない程度にしか飲まなくなった。だからだろうか、同じ床に横になると、いつもそわそわと、落ち着かなげな声ばかり出てしまう気がする。その度、不審に思われていないだろうかと不安になる。
「花火もとっくに終わってるが?」
 京一朗の言葉でそういえばと理解する。知らないうちに祭は終わっていたらしい。ずっと、煩い音がしていたような気がしていたのに。あれは何だったのだろう?
「‥‥ッ!」
「どうした?」
「煩いと思っていたの、俺の鼓動だっ‥‥ッ」
 優しく聞かれたから答えたというのに。柊の言葉は最後まで声にならず、夜の帳に消えていこうとしていた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【eb2408 / 眞薙 京一朗 / 男 / 37歳 / 侍】
【eb2919 / 所所楽 柊 / 女 / 26歳 / 侍】
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2014年10月06日

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