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『夏祭りを後にして、二人 』
アレクセイ・シュヴェルニク3828)&アリサ・シルヴァンティエ(3826)&(登場しない)
●文化についての二、三の事柄
 聖獣界ソーン――とかく様々な者たちが訪れることのあるこの地の文化は、ある部分では混沌としていると言ってもよいのかもしれない。訪れるのは様々な種族の者、様々な能力を持つ者、様々な知識を抱える者……エトセトラエトセトラ。
 そのような多種多様な者たちが訪れて、ソーンの地へ影響を全く与えない訳がない。例えば訪問者のもたらした技術や知識などが、伝えられたままに継承されていくこともある。その一方では、気付けば原型はどこへ行ったのかと問いたくなるほどに、ごった煮状態となったりすることだってある。影響の形もまた様々だ。
 さて、具体的に一例を挙げてみよう。8月に行われるイベントとして、夏祭りというものがある。それを初めてもたらした者たちによると、何でも様々な食べ物の出店があり、『盆踊り』と呼ばれる皆で同じ振り付けで行う踊りもあり、小さな子供たちも楽しめるような遊びが出来る出店まであるものだということだった。
 口での説明は難しい、実際にやってみせた方が早いだろうということで、ソーンの住人の協力を得て再現してみせて――気付いたら、夏祭りがそれなりに定着することに。まあこれは、夏祭りを初めにもたらした者たちと同じような所から訪れる者たちが少なくなかったことも影響しているのかもしれない。
 ともあれ、8月となれば夏祭りを楽しむ者たちも居る訳で――。

●二人きりの帰り道
 月明かりの下、二人の男女が肩を並べ歩いていた。男性の方は人間で、女性の方は耳の形から察するにハーフエルフであるだろうか。
「……楽しかったですね」
「はい。とても」
 しばし無言のままに歩いていたが、先に沈黙を破ったアレクセイ・シュヴェルニクの静かな言葉に対し、アリサ・シルヴァンティエは顔を向けるとにこり微笑み答えた。
 そこは川べりの一本道。穏やかに流れる川の上には、ふわりふわりと漂う虫たちが放つ淡い光がいくつも見られる。二人がやってきた方角からは、太鼓や鳴り物の類であるだろうか、それらの音が遠く聞こえていた。
 二人は夏祭りを楽しんできた帰り道にあった。とすれば、遠く聞こえる音というのはその会場より届いているのであろう。では何故このような所を歩いていたかといえば、この道が二人がそれぞれ住んでいる区画へと繋がる道であるからだ。普段そこそこは使われている道ではあるが、今この時には見える範囲に二人以外の姿は見られなかった。
 さて、アレクセイはといえばいつもの夏服に身を包んでいたのだが、アリサの方は普段とはまるで異なる装いをしていた。『浴衣』と呼ばれる薄手の衣を身にまとっていたのだ。またそれに合わせてアリサは髪型もアップにしていたので、アレクセイの方は見慣れぬアリサの浴衣姿と、ふとした拍子に目がいってしまったうなじに、何度となくドキドキさせられることになったのはここだけの話。
 そもそも二人で夏祭りに行くことになったのは、アレクセイからの誘いがアリサに対してあったからだ。商会での仕事をこなしていた最中に夏祭りがあることを聞き、少し躊躇した末に、思い切って恋焦がれている相手を誘ってみたのだ。憧れの者と少しでも、一緒に居られる時間を増やしたいために。
 そんなアレクセイの意を決した誘いに対し、アリサは少し思案をしてから了解した。思案したのは、夏祭りのあるという日に何か用事などなかったかを頭の中で確認していたからだ。だが思案後すぐ了解していることからして、アレクセイに悪い感情は抱いていないことは分かる。実際問題、ここ最近では話す機会も増えてはいたし、単なる知り合いという状況は脱していた。そして何度となく話してみて、好青年なのだろうと思い始めていた矢先にこの誘いがあった訳だ。
 かくして二人は夏祭りを楽しんだのだが、あえて認識の違いを指摘するのであれば、アレクセイの方はこの状況をデートかもしれないなと感じていたりしたのに対し、アリサの方にはそんな意識はあまりなかったことであろうか。たぶん今日あった出来事を後日友人などに話した折、デートではないかと指摘されてはたと気付くことになるに違いない。
「ええと……射的、でしたっけ?」
「ですね、射的です」
 思い出しつつ言ったアリサの言葉に頷くアレクセイ。『射的』とは、棚に並べられた菓子やら人形やらに向けて弾を撃ち出して、棚からそれらの品を落とせたら獲得出来るという遊びである。
「あれは凄かったですね、アレクセイさん。まさか、こんなに大きなぬいぐるみを落とすだなんて……!」
 と笑顔で言って、両手で抱えていたぬいぐるみをアレクセイの方へとアリサは向けてみせた。ぬいぐるみの手に、『うちわ』と呼ばれる扇の一種が差し込まれているのがちょっとユーモラスである。ちなみにその『うちわ』は、アリサが『浴衣』に合わせて用意して持ってきたものであった。
「あー……いやっ、あれはそう、たまたまというか……ああ、運がよかったんですよ、きっと。ええ」
 何故か若干困ったような笑顔で答えるアレクセイ。というのも、『射的』の際にうっかり全力を出してしまった結果がこのぬいぐるみであったからだ。『射的』の店主から「にーちゃん、本職かい?」などと言われた時には、笑顔でかわしながらも内心冷や汗をかくという始末であった。
「そ、それより! アリサさんの方こそ凄かったじゃないですか」
 アレクセイが話題を変えた。
「くじで当たりを引くだなんて。やっぱり、日頃の行いがよいのでしょうかね」
「あ……いえ、そんなことは……」
 アレクセイの褒め言葉に、若干頬を染めて照れてしまうアリサ。まあアリサの日々の働きを知る者たちからしてみれば、こういうささやかな幸運に対し、アレクセイの言葉に同意してくれることだろう。
「でも大きかったですよね、あれは」
 などとアレクセイが言うと、アリサがこくこく頷いた。
「そう……ですねえ。本当に、大きなりんごあめでした」
 『りんごあめ』とは、文字通りりんごを飴で包んだ物である。はずれだと小さなりんごを飴で包んだ物だったのだが、当たりだったので大きなりんごを飴で包んだ物をアリサはもらったのである。そんなものだから、通りすがりの子供たちからは羨ましがられることに……。
「美味しかったですけれど、私でよかったのかなあ……と思ってしまいました」
 少しだけ困ったような笑顔を浮かべたアリサ。それはそうだろう、子供たちの羨ましそうな視線を浴びながら食べ物を口にするというのは、自分が何ら悪くなくとも何故か謎の罪悪感が出てきてしまう訳であるからして。
「そうだったんですか? 美味しく食べているなあ……とは感じていたんですが」
 と答えたアレクセイ。そう、アリサが『りんごあめ』を美味しく食べていることはしっかり伝わっていた。アリサの嬉しそうな表情からも察することが出来たのだが、それに加えてぴこぴこと動く耳がアレクセイの目に入っていたからである。先述の通り、アリサは髪をアップにしていたものだから、耳の動きがよく見えること、よく見えること。そのためアレクセイは、アリサに耳の何がしかの癖があるらしいことを、恐らくは感情と連動している癖ではないかという推測付きで今回把握することが出来た。
「でも本当……楽しかったですよ。今夜は」
 アリサが抱えていたぬいぐるみをぎゅっと抱き締め、にこっとつぶやいた。
「そ――」
 それに対し、アレクセイが言葉を返そうとした瞬間だった。アリサの耳が、ぴこぴこっと動いていたのが視界に入ったのは。
「……そうですか、それはよかったです。とっても」
 くすっと笑ってアレクセイは言った。自分の推測が合っていたならば、先程のアリサの言葉は本心からのものであるだろうから。
 その後も静かに談笑しつつ、川べりの一本道を歩いていく月明かり下の二人。遠くに聞こえていた鳴り物の音は次第に小さくなっていき、やがて二人の耳には届かなくなった――。

【了】
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聖獣界ソーン
2014年10月15日

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