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『合わせ鏡の向こうに 』
ファーフナーjb7826


 夜の帳が街を覆う。
 人々は闇を追い遣ろうとするように賑やかに明かりを灯すが、光が強い程、残った影は濃く深くなってゆく。
 大騒ぎの一団が前方から近づくのに気付き、ファーフナーは靴音も立てずに爪先の向きを変えた。

 いつも通りの1日が終わろうとしていた。
 自分の子供のような年頃の連中と一緒に出動し、依頼を達成し、喜び騒ぐ彼らからそっと離れて帰路につく。
 同行する連中が若くなっただけで、昔と余り変わらない日常。
 日々について意味や意義を考えることは、とうの昔にやめていた。
 やるべき仕事がある。それをこなして生きて帰る。
 忌々しい血による黒い翼が生じるようになってからも、結局はそれだけだ。
 過酷な日々がファーフナーの容貌を実際の年齢よりずっと老けさせていたが、彼の内面も同じように錆び付き、固くなっているようだった。

 表通りの喧騒も裏街の嬌声も届かない路地を進み、幾つかの角を無造作に折れる。
 塒に帰る際のファーフナーの流儀だ。
 今はもう追って来る者はいないはずだが、一度染み付いた習慣はそう変えられるものではない。
「Trick or Treat!」
 不意に賑やかな声が響き渡り、ファーフナーはそちらに注意を向けた。扉が闇を区切って閉まりゆく。
 そういえばさっき大通りで騒いでいた連中も、奇妙な格好をしていた。
「今日はハロウィンか」
 全く無意識のうちに、路地を照らす窓灯りに近付く。
 通り過ぎながらさり気なく目を向けると、不格好な南瓜のランタンが窓枠にずらりと並び、室内では魔女だの吸血鬼だのがかしましい笑い声を上げていた。

「くだらんな」
 かさかさに乾いた言葉をこぼした唇に、煙草をねじ込む。灯に背を向けるようにして火をつけ、一息吸い込んだところでファーフナーは身を固くした。
 危険を感じた訳ではない。ただ、余りにも唐突で意外な存在が目に入ったからだ。
 それは1人の少年。
 窓から漏れる灯が幼い頬を、薄い肩を、闇に浮かび上がらせている。

 賑やかな声は相変わらず続いている。だが10歳にもならないだろう少年は、そちらを見ようともしない。
 彼はただ、ファーフナーを眺めていた。
 不審にも思っていない。睨んでもいない。勿論、期待もしていない。
 ただ目前に『在る』男を眺めているだけの青い瞳。
 ファーフナーはその瞳に見覚えがあった。
 毎日鏡の中に見るのと同じ瞳だったからだ。


 どういうことなのか俄かには理解できなかった。
 だが確信があった。こいつは昔の自分だ。
 ひりつく喉を辛うじて動かし、ファーフナーは声を出す。
「お前、こんな日に、こんな所で何をしているんだ」
 我ながら馬鹿らしい台詞だと思う。何故ならあの頃の自分なら間違いなく……
「別に。ただ歩いてただけだよ」
 そうだ。こう答えるはずだ。
 日々を生き抜くだけで精一杯の孤独な少年には、ハロウィンもクリスマスもない。
「そうか」
 次の言葉を探しあぐねて、ファーフナーは紫煙を燻らせる。
 もしも、だ。
(もしこいつが本当に俺自身なら……)
 普段の彼ならこんなことを思いもしないだろう。
 だが明るい光の中でお化け共が乱痴気騒ぎに興じる姿に、彼も当てられていたのかもしれない。
 つまりは、今の自分は夢の中に居るのだと、そんな世迷言を受け入れる気持ちになっていたのだ。

 無言の少年は寧ろ、自分よりも落ちついて見えた。
 突然、ファーフナーの胸を不思議な切なさが締め付ける。何故この少年には、お菓子もランタンも、そして笑い合う仲間も与えられないのか。
 そして思わぬ言葉が口をついて出た。
「坊主、ちょっと付き合え」
 そう言って歩き出すと、ほんの僅かの間の後に、小さな足音がついてきた。
「何処へ行くの」
「ついて来れば分かる」
 そのまま無言で路地を歩き続け、やがて2人は大通りに出た。
 街の明かりの元では少年は一層寂しげに見える。
 ファーフナーは少し考え、自分の知る限りでは一番今日という日に相応しそうなパブへ向かった。


 店にはハロウィンパーティーを楽しむ客が溢れていた。
 どうにか片隅にテーブルを空けてもらい、改めて少年と顔を突き合わせる。
「何か飲むか」
 口に出してから、ファーフナーは子供に掛けるべき言葉すら知らない自分に呆れる。
 結局返事も待たずにカウンターへ向かい、自分の酒と少しのつまみとホットミルクを手に戻って来た。
「ありがとう」
 小さく呟く少年に、ファーフナーが店の一角を指さす。
「あっちでゲームに勝てば菓子をくれるらしい。行って来い」
 少年の表情に一瞬、戸惑いが浮かぶ。だがすぐに頷くと、人波に消えて行った。

 笑い声、歌声、話し声。それらが混じり合い、自分を避けて渦を巻いているような感覚を持て余し、ファーフナーは煙を吐き出した。
(一体こいつらは、何がそんなに可笑しいんだろうな)
 さっぱりわからない。
 少年に何かしてやりたいと思うのだが、何をしてやればいいのかもさっぱりわからなかった。
 何が楽しいのか、自分に分からないのだから当然だ。
 だがもしあの少年が、世の中には楽しいこともあるのだと理解できれば。将来、ああやって笑っている大人のひとりになれるかもしれない……。

 ふと気付くと、戻って来た少年がオレンジや黒で賑々しく彩られた袋を抱えて自分を見ていた。
「菓子は手に入ったのか」
 内心、自分に突っ込む。何の取引の話だ。
 少年の表情が僅かに緩んだ。おもむろに袋を開くと、チョコレートバーを1本差し出す。
「おじさんの分」
「分け前か、貰っておこう」
 ファーフナーはにこりともせずに菓子を受け取る。

 それから2人は只管黙りこくっていた。
 だが手持無沙汰の間が続くと、流石に声をかける気にもなる。
「どうだ。ハロウィンって奴は」
「楽しいね」
 菓子を頬張り、少年は言った。
 その言葉はファーフナーの耳に酷く虚ろに響いた。
 何とも捉え難いもどかしい感覚は、続く言葉で唐突に実体を持つ。
「……あのさ。おじさんもひとりなの?」
 少年の青い瞳が自分を見ていた。
 少年の青い瞳に自分が映っていた。
 合わせ鏡の奥を覗いたような軽い眩暈。
 そう、自分はひとりだ。

 少年と自分の境目が溶けて行く。
 自分は事実に目を瞑り、独り言を呟いていたに過ぎないと気付く。
 あの頃の自分は菓子を貰っても嬉しくなんか無かったはずだ。
 一瞬で消える夢に縋ることなど、既に捨てていたのだから。
 ただ相手の大人を怒らせないように、相手の望み通りに振る舞うだけ。
 そうして大人になった自分は、忌むべき存在として生きる自分は、己にも楽しい時代があったのだと思いこもうとしていたに過ぎない。


 オレンジ色の灯が揺れた。
 指を焦がす熱に、ファーフナーは我に返る。
 暗い路地裏にひとり佇む男。
 薄い唇に自嘲の笑みが浮かんだ。
 そして男は歩きだす。もう二度と明るい窓を振り返ることも無く――。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7826 / ファーフナー / 男 / 忌み名を鎧う者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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賑やかな夜、孤独な男のモノローグ。
お節介ながら『彼ら』にいつか癒される日が来るようにと願いつつ。
お気に召しましたら幸いです。ご依頼、誠に有難うございました。
HC仮装パーティノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年10月22日

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