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『未来につなぐ一夜 』
矢野 胡桃ja2617)&リンド=エル・ベルンフォーヘンjb4728


 太陽が支配する夏が去り行き、冬の冷たい指が忍び寄る頃。
 暖かい日差しの名残を惜しむかのように、オレンジ色の南瓜達が輝き始めた。
 今日はハロウィーン。
 妖しのモノの気配が夜を待ちかね、ジャック・オ・ランタンの陰から覗いているような日。
 リンド=エル・ベルンフォーヘンは巷に溢れる南瓜のお菓子を横目に、今日も好物のたい焼きをかじっている。
 突然、背後に誰かの気配。
「トリック・オア・トリート!」
 振り向くより前に、その声の主が矢野 胡桃であることがリンドには分かる。
「草薙か」
 顔を向ければ目に入る、サラサラ流れる薄紅の差す銀の髪。アップルグリーンの瞳は悪戯っぽい輝きでリンドを捉えていた。
 リンドは彼女を『草薙』と呼ぶ。
 それは胡桃にとって、今の大切な縁を繋ぐ前の自分を示す名前だ。
「どうした。御主がそのように巫山戯るのも珍しいが」
 胡桃はそれにはすぐに答えず、風のようにふわりとリンドの隣に腰かけた。
「ね、リンドさん。もしよければ、だけれど。……今日一日、一緒に過ごさないかしら?」
「何?」
 リンドの紅い瞳が、ほんの少しの戸惑いを含んで胡桃を見つめた。


 とはいえ、折角の機会である。リンドに否はない。
 だが流石に少し準備のための時間が欲しいという本音もあった。
 そこで夕刻に改めて、約束の場所で落ち合う。
「さて、何処か行きたい処はあるか」
「そうね。ちょっとぶらぶらしながら決めない?」
 胡桃が腕を引いて、リンドを賑やかな街中へと導く。

 太陽が沈んで行くのと入れ違いに、街角には明かりが生き生きと灯り出した。
 街頭にも店先にも南瓜やコウモリやおばけの飾りが並び、いつもとは少し違った表情を見せている。
「トリック・オア・トリート!」
「お菓子くれなきゃ悪戯するぞ!」
 賑やかな声を上げて、子供たちが走っていく。それぞれが南瓜だのミイラだの吸血鬼だの魔女だの、思い思いの衣装を身につけていた。
 今日はリンドの額の立派な角も、全く目立たない。どころか、駆け抜けて行く子供の一人が、羨ましそうにちらりと見上げて行った。
「見て見て、あのランタン。すごい!」
 胡桃が雑貨屋の店先に飾られたジャック・オ・ランタンに吸い寄せられていく。
 どうやら余程器用な人物が作ったらしい。南瓜の中身をくり抜いて穴を開けるだけではなく、表面を薄く削ったり色セロファンを内側から貼ったりして、幻想的で複雑に光る様に工夫されていた。良く見ると店の壁に『Halloween』の文字が浮かび上がっている。後ろ側にくり抜かれた穴から光が漏れるようになっているらしい。
「成程、これは面白いな」
 キャンドルの明かりが揺れると、『そうかい?』とランタンが笑ったようだ。
 じっと見つめていると、歯を見せてニカッと笑ったその顔が、何故か泣いているようにも見えた。
 暫く並んで見ていた胡桃が、不意にそっぽを向く。
「いこ、リンドさん。良く見たらなんだかちょっと不気味よね」
「あ? う、うむ」
 何か引っかかりを感じながらも、リンドは胡桃に腕を引かれ、その場を離れた。


 オレンジ色の明かりに浮かびあがる胡桃の白い頬。
 リンドは半ば夢の中のように、それを見ていた。
(こんな日に俺を誘うとは何ぞあったのであろうか……?) 
 だがそれを訊いていいものかどうか迷いつつ、それでも胡桃と過ごせるひとときはやはり嬉しかった。
「草薙、喉は乾いておらぬか」
 ふと目についた屋台へと胡桃を誘う。近付いてよく見ると、並んでいるのはやけに毒々しい赤や紫の飲み物だった。
「何やら妙な具合ではあるが……大丈夫なのかこれは」
「ふふ。でもちょっと変わってて面白いかも?」
 リンドは眉をひそめたが、胡桃は興味深そうにメニューを覗き込む。
 ジュースには白いゼリーのお化けと黒いゼリーのコウモリが浮かんでいた。
「これはおまけです。ハッピーハロウィン!」
 ゾンビの扮装をした店員が笑顔でキャンデーを渡してくれた。

「味は意外と普通ではある」
 リンドは恐る恐る啜ったジュースをそう評した。
 背後から小さな足音が近付き、南瓜の被り物をした子供がふたりを追い越して走って行った。子供が巻きつけた白いシーツの裾が夜目にも鮮やかに翻る。
 突然、ぽつりと胡桃が呟いた。
「ねえリンドさん、ジャック・オ・ランタンの正体って聞いたことある?」
「南瓜のお化けではないのか?」
 ふと見ると、胡桃の顔からはいつの間にか笑顔が消えていた。
「元々はカブだったんだって。それであの中で燃えている火はね、死んでから天国にも地獄にも行けずに彷徨うことになった男の人を可哀相に思って、悪魔がくれたものなんだって」
 無言のままリンドはその謂れに耳を傾ける。
 胡桃はリンドを見上げ、微笑んだ。
「そういうお話、ね。でも悪魔も優しいところがあるのよね」
「当然だ」
 生真面目に頷くリンドに、胡桃が声をあげて笑った。


 眼下には宝石を並べたように、街の明かりが続いていた。
 展望台にも浮かれ騒ぐ人々が集まっている。そんな声を背中に、リンドと胡桃は並んで街を見下ろす。
「寒くないか、草薙」
「ううん、大丈夫。風が気持ちいいぐらいよ」

 リンドが胡桃を草薙と呼ぶ。
 『草薙 胡桃』はそんなリンドを好ましいと思う。
 だが今の胡桃は『矢野 胡桃』なのだ。胡桃はそうして安らげる場所を手に入れた。
 それでもまだ、今も『草薙 胡桃』は確かに自分の中に居るのだ。
 ジャック・オ・ランタンの男のように、悪魔のくれた明かりを手に、安住の地を求めて、悲しみと共に彷徨い続けて。

「草薙?」
 リンドの赤い瞳が心配そうに覗き込んでいた。
 胡桃の中の『草薙 胡桃』が泣いている。愛しいと泣いている。胡桃はもう一人の自分に寄り添いながら、自分とは確かに別の存在だと感じていた。
 ――もう泣かないで。そうね、じゃあこうしましょう。
「リンドさん、お願いがあるの」
「何だ? 言ってみるが良い」
 リンドの表情が少し明るくなった。胡桃の願いならできるだけ叶えてやろうという、そんな気持ちが表れている。
 だから胡桃は安心して言葉を繋ぐ。数歩離れてから、そこでくるりと振り向いた。
「いつかね、今の私がこの世界からいなくなって。そして別の人間として生まれ変わったら……そんな私をきっと見つけてね?」
 笑っているような、泣いているような、胡桃の顔。
 リンドは胡桃の言葉を反芻しているかのように、暫く黙ってそれを見つめていた。
 やがて静かに近付くと、ポケットに入れていた小さな包みを取り出す。中身は急いで用意した手作りの南瓜入りカップケーキだ。
 胡桃にそれを手渡し、反対の手を遠慮がちに、けれど労わるように小さな肩にかける。
「案ずるな」
 ランタンを手に、泣きながら彷徨う草薙に呼びかけるような、静かな声。
「俺が生きている限り、どれほど時間を費やしても御主を見つける。約束しよう」
 長い命の続く限り、強い力の全てを尽くして。再び草薙に会う為なら、決して自分は諦めない。
 その約束を保証するように。リンドは胡桃の目を見つめ、屈みこんだ。
 リンドの意図を察して、胡桃がほんの一瞬、身体を固くする。回した腕からそれを感じ、リンドの唇はあと僅かの所で止まってしまった。
 無表情のまま、リンドは目を逸らして僅かに距離を取る。
 今の胡桃はまだ、自分の手の届かないところに居るのだと思い知らされる。

 そうして前屈みの身体を立てようとした時だった。
 不意に肩に軽い重みがかかる。そして柔らかく暖かな物が、リンドの頬に触れた。
 リンドは思わず目を見張る。
 何が起こったのか信じられないという表情で、中途半端な姿勢のまま動けないようだ。
「次の約束。絶対覚えておいてね、リンド」
 微笑む胡桃。
 この悪戯っ子のような、それでいて何もかも悟ったように大人びた少女を、リンドが見紛うことなどないだろう。
 今夜の不意打ちのキスも、自分の名を呼ぶ声も。決して忘れることなどない。
「次は俺から、するのだからな。草薙こそ忘れるなよ」
 安住の地へと導く次の約束。
 いつか胡桃が辿りつくまでそこで待ち続けると、リンドは誓う。
 お菓子の包みを大事そうに抱える少女の微笑みが、ずっと絶えぬようにと願いながら。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja2617 / 矢野 胡桃 / 女 / 15 / 切なる願い】
【jb4728 / リンド=エル・ベルンフォーヘン / 男 / 21 / 永き約束】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ハロウィンの夜の切ない約束。
いつか待っている安住の地を夢見て、今は眠るもう一人の「わたし」へ。
優しすぎる龍人はきっと忘れずにいることでしょう。

かなり解釈を織り込んで書かせて執筆致しましたが、お気に召しましたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
HC仮装パーティノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年10月27日

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