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『宵に昇る蜜月は 』
翡翠 龍斗ja7594)&翡翠 雪ja6883


 一雨ごとに、秋は深まりゆく。
 街を離れた山間部では、木々の葉が鮮やかに色づき始めていた。
 翡翠 龍斗と翡翠 雪が籍を入れたのは今年の六月十七日。
 新婚旅行と称するには遅くなってしまったけれど、熟した彩りは二人が重ねた月日を表しているようで悪くない。
 バスに揺られ、到着したホテルに荷物を預け。
 硬くなった体をほぐしがてら、近くの散策コースを二人で歩いていた。
 時折、冬眠前のリスを木々の合間に見つけては雪が小さく声をあげる。
 そんな彼女の肩を優しく抱いて、それが幸せという形であるように、龍斗は穏やかな笑みを浮かべて歩調を合わせる。
 赤に黄色の葉を陽光が透かし、その向こうには高い空。
 紅葉狩りには最高の日。

「綺麗ですね、龍斗さま」
「うん、最近は雨が多かったから、天候が心配だったけど。雪、寒くないかい?」
「こうしていれば、平気です」
 肩を抱く手を引き寄せながら、雪は龍斗の胸元に頬を寄せる。
 甘い香りが龍斗の鼻先をくすぐった。幾度触れても、それは新鮮に彼の心を揺らす。
「ふふ、すごい心臓の音ですよ」
「雪だって同じだろう?」
「確かめてみます?」
「え」
 にっこり。
 可愛らしい笑顔に、からかわれた――或いは試されたのだと気付き、龍斗は赤く染まった己の顔を空いてる手で覆った。
「龍斗さま、紅葉みたいです」
「……奥さんにはかなわないな」
 二年という交際期間中からずっと、こうして龍斗は雪に頭が上がらないまま。
 これも、幸せのかたち。



●side 龍斗
「けっこう歩いたな。夕食の前に温泉へ入ろうか。屋上が露天風呂らしいよ」
「家族風呂ですか……。楽しみですね」
「いっ、いや!? ちゃんと、個別に、そこは。ほら」
 フロントのスタッフが、そんな二人を微笑ましく見守っていた。
「入浴に必要なものはこちらで貸し出ししていますので、直接向かうことができますよ」
 お荷物は、お部屋へ運んでありますので。
 そう言葉を添えられて、反論できるでなし。
 今の時間帯は空いていることを聞き、
「俺は部屋に寄ってから向かうよ。雪は先に入ってるといい。夕食の時に、合流で」
「わかりました」
 時間をずらして入ろうという龍斗の考えであったが、もちろん雪は見越した上での二つ返事であった。


 最上階の、眺めが一番いい部屋を。
 大雑把な予約だったが、要望通りの良い場所だった。大きな窓の下に、散策してきた小道が見える。
(本当は、この景色も温泉も……二人で楽しめたら、とは思うけど)
 夫婦なんだからいいじゃないかと思う半面、だからこそ『大切』にしたいのだとも思うのだ。
 互いに撃退士、性分は揃って『武人』。戦うことに本懐はある。似たもの夫婦と友人たちから揶揄されるのは、そこにある。
(そろそろ……雪、あがったかな?)
 巡る思考を首を振ることで払い、龍斗は露天風呂へと向かった。




 広々とした脱衣所には、人影ひとつない。
 ちょうど夕暮れに差し掛かるこの時間、客足はレストランへと向かいがちなのだそうだ。
(他に入浴客も無し、と)
 確認を済ませ、龍斗は温泉へ続く硝子戸を開ける――

「お待ちしていました、龍斗さま」
「ゆき!!?」

 白い肌をほんのり上気させ、湯に浸かった妻の姿がそこにあった。
「逆サプライズです。龍斗さま、お好きでしょう?」
「ああ、うん、プチサプライズをするのは―― じゃなく」
「いつも、幸せな驚きを頂いているので、お返しです。それとも……私と二人きりは、お嫌ですか?」
「いやなわけが!」
「でしたら、お身体を洗って早く。私がのぼせてしまいますよ」
「……はい」
 龍斗はきっと、自分との入浴がぶつからないよう配慮して来るであろうこと。
 そこから逆算して、入浴時間を定めたので、それほど待ってはいないこと。
 衣類? わからない場所に隠しました。
 ――といったことを、楽しげに雪が語る。
「もちろん、人払いもしましたよ」
「人払い?」
「もし、龍斗さまが来ないまま……私が一人きりの時に、見知らぬ男性が入ってきたとしたら」
「そんなこと、俺が許さない……!!」
「でしょう?」
 反射的に声を荒げた夫へ、妻はあくまで穏やかに笑む。
 本日、二敗目。
 こればっかりは、『撃退士だから』なんて理由にならない。

 宵の口、空に瞬き始める幾つもの星。
 空気も湯も、同じ色に染まる中、互いの肌だけが仄白く浮かぶ。
 肩と肩が、吸い付くように触れ合う。
「龍斗さま、髪が」
「うん?」
 長い髪を、湯に入らないようにと一まとめに結っていた龍斗だが、どうやら緩んでいたらしい。
 気づいた雪が、身を返し細い腕を伸ばす。
「あ」
「はい、結い直しました。――どうか、なさいました?」
「イイエ、ナンデモ」
(雪って、普段はゆったりした服装が多いから…… いや、そうじゃなく)
 不意にはだけ、肩口に触れた柔らかなその感触は、水分をたっぷり含んで存在感が一段と
 いや、いえ、その。
「アリガトウ、雪」
「どういたしまして」
 カタコトになる龍斗の反応に、理由を知っていて雪は笑い、胸元のバスタオルをそっと寄せた。



●side 雪
 大切に、してくれていることはよくよく感じている。
 その優しさを、誰よりなにより愛しく思っている。
(だけど)
 もう少し、もう少し、踏み込んで触れたい。そう思うのは、雪だけなのだろうか。
 湯から上がり、浴衣に身を包みながら雪は鏡をむぅと見つめる。向こう側には、龍斗の背中姿。
「風邪、引くよ」
 ふわり、後ろから羽織りが掛けられる。
「いいお湯だったね」
「はい」
 名残惜しそうに、そのままぎゅうと抱きしめて。
「……雪の心臓、すごい音だ」
「龍斗さまだって」
 背中越しに心音が重なる。
 昼間のやりとりを思い出して、どちらからとなく笑いがこぼれた。

 ――ぐぅ

 そこへ、腹の音が響く。
「……すまない」
「たくさん、歩きましたもの」
 顔を真っ赤にし、壁へもたれて龍斗が落ち込む。せっかくの雰囲気を、なんという形で台無しに。
「お食事に行きましょう? とても美味しいと伺っていましたので、楽しみです」
 そんな姿も、可愛くて素敵で大好きですよ。
 そう告げたなら、彼は拗ねるだろうか。


 裏手の山・近隣の川で獲れたという秋の味覚がテーブルに狭しと並ぶ。
 いずれも、雪の好きなものをメインに用意されたもので、龍斗がこっそり予約時に頼んでおいたメニュー。
 窓の外には星明かり。
 虫の音が聞こえそうな、優しい静寂。
 今日、見つけたこと。
 今まで、二人が体験したこと。乗り越えてきたこと。
 料理と一緒に味わうように、思い出を交わす。
(……偶然の出会いが、運命の出会いにもなるんだな)
 自分にだけ見せる、柔らかな表情の龍斗を見て、雪はそう思う。
(今の私があるのは、全てこの人のおかげ)
 出会った頃より伸びた自身の髪に触れると、それだけ時の積み重ねを感じた。
「口にあってよかった。今日はね、これだけじゃないんだ」
「――え?」
 龍斗の合図に、ワゴンの音が近づいてくる。
「本日のデザートは、この中からお好きなものを、いくつでも」
 アップルパイにミルフィーユ、ぜいたくチョコレートケーキにスフレチーズ、モンブランに季節のタルトにブランマンジェ……
 小作りな洋菓子たちが、トレイにひしめき合っている。
「……雪?」
「うれしくて」
 ささやかなことにも気を回してくれる。
 どうやったら喜ぶだろうかと、いつだって考えてくれている。
 そんな、あなたの気持ちが。愛情が。暖かくて、優しくて。
 泣きそうなほどに、嬉しい。




 部屋の前で『それじゃあおやすみ』などと龍斗が言うので、雪が小首を傾げていると――
「……ダブルベッド」
「ですね」
「あれ、俺、二部屋頼んだはず……」
 ホテル側の手違いか、或いは伝える際の意思疎通不具合か。
 慌ててもう一部屋を、と反転しようとする彼の腕を、雪が引いた。
「別に問題ないですよね。夫婦ですもの」
「……夫婦ですよね」
「それに、眺めのいい部屋をとってくださったのでしょう? せっかくですもの、二人でゆっくり見たいです」
 一度きりの新婚旅行を、全力で楽しみたい。
 雪の願いは龍斗にも通じる。
(それに……)
 雪はもう、知っている。
 二人きりの時、龍斗はようやくリラックスできるのだということを。

 スプリングの効いたベッドの上、雪の柔らかな足を枕に龍斗が目をつぶる。その長い髪を、雪の細い指が優しく梳いた。
「今日一日……全部が、夢みたいだな」
「夢じゃないですよ、龍斗さま」
「うん。……雪、あったかい」
 他の人の前では見せない表情、出さない声音。それだけで、雪は溶けそうな気持になる。
 できることなら、このまま溶け合ってしまいたいのに。



●蜜月の朝
 暖かく、柔らかいまどろみの時間。
 優しく甘い夢を見ていた気がする。
 龍斗は目を閉じたまま、そっと指先の感覚を確認する――覚醒前の、無意識半分の動き。
 なめらかなクッションの肌を滑らせると、やがて柔らかな山なりの

「……わ!!?」

 抱き枕だと思っていたのは雪で、つまり指先が辿っていたのは

「おはようございます、龍斗さま…… 怖い夢でも見ましたか?」
 目を擦る雪は、気づいていない? 気にしていない?
 うろたえる龍斗を前に、彼女は超然としている。
「それとも……夢の、続きを?」


 彼女は笑い、そして彼の指先を取ってキスを落とした。




【宵に昇る蜜月は 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja7594/翡翠 龍斗 /男/18歳/修羅の青年】
【ja6883/ 翡翠 雪 /女/18歳/ 盾の少女 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
ちょっと遅れた新婚旅行、お届けいたします。
ハプニングとスキンシップを盛り込んで。楽しんで頂けましたら幸いです。
HC仮装パーティノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年10月30日

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