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『ドンパチはディナーの後で 』
キール・スケルツォka1798)&ブルノ・ロレンソka1124)&オスワルド・フレサンka1295

 夜の街は喧騒。薄暗く雑多な路地裏はゴミ箱に良く似ている。
 野良犬の咆哮が聞こえた。それから人間の罵声、肉を蹴ったり殴ったりする鈍い音。
 汚らしい路地の中に小さな人だかりがあった。それらが「小汚い野良犬め」だの「死ね」だの「クソが」だの、口々に憎悪を吐いている。彼等はいずれも、足元に転がった野良犬――犬の耳と尻尾を生やした浮浪者の男、キール・スケルツォ(ka1798)を踏みつけ蹴り飛ばしていた。
 それに対し、キールは切れた唇で口の中を真っ赤にしながら牙を剥く。言われっ放しは腹が立つので何か言い返してやろうと息を吸うも、それは腹を蹴られて吐瀉物に掻き消えた。
 腹が立つ。全く、苛々する。痛みと血に霞む視界でキールは思う。今や喧嘩の理由も覚えていない。はて何がどうなっていたのだったか――その瞬間に頭を強く蹴られて脳が揺れ、意識がブツンと黒くなった。

 汚く暗い街には人道や道徳のヘッタクレもない。

 不良者が、野良犬が一匹死んだところで世界が終わる訳でもない。
 キールをリンチしていた連中が踵を返す。だが彼等は知らない。数歩ばかし歩いたところで野良犬が立ち上がった事に。彼が、殺気露に逆襲の腕を振り上げた事に。

 赤い血。べちゃりと散る。





「またヤってきたのか、お前も懲りないなぁ」
 オスワルド・フレサン(ka1295)は苦笑と共に、手入れを終えたばかりの銃を卓上にそっと置いた。柔和な笑みを浮かべるその目の先には、ボロ雑巾も同然状態にズタボロのキールが。
「うるせぇな、ほっとけ」
 こんなの掠り傷だとキールは吐き捨て、手近な椅子に無遠慮に腰掛けた。深く息を吐く。
 ここはオスワルドが住居としている一軒家。ふらりとやってきたキールに対し、オスワルドはいつも通り。と言うのも、こんな事は日常茶飯事。この短絡的で喧嘩っ早い『野良犬』が、気に喰わないからという理由で喧嘩を起こすのは日常の一部である。
「御休みマジョリーン、また明日」
 オスワルドは相棒である銃器を一撫でして箱の中に仕舞った。その手付きは愛する人にする様な優しさがあり、彼の周囲の者はよくそれを見て不審がっている。事実、キールも言葉にこそしないが(喧嘩帰りでちょっとゆっくりしたい気持ちもある)、明らかに目を逸らした。
 しかしオスワルドはそんな事など気にもせず、救急箱を片手にキールの目の前へ。
「今日もまた派手にやったなぁ」
 と、柔和な口調にキールはそっぽを向いたままだったが、そこへ容赦のない消毒が。
「んぎゃあ!」
「はーいちょっと沁みるからな〜」
「言うのが遅ぇよ!!」
「先に言ったら逃げるだろうに」
 血やら泥やらも拭いて落として。「後で着替えておいで」とオスワルドは言う。
「は? なんで」
「飯、未だだろ? 奢るよ、食べに行こう」
「! ……」
 オゴリでメシ。口答えをせず、尻尾の先がパタパタしている辺りご飯待ちのわんこそのものである。
 そんな上機嫌なキールであったが、次のオスワルドの一言に機嫌が逆転する。
「そうだ、ブルノも誘おうか。折角だし」
「はァ!? なんであんな奴と!」
 キールが「あんな奴」と呼んだ男の名はブルノ・ロレンソ(ka1124)。とある歓楽街の娼館・賭場の一部を所有するオーナーであり、キールが「クソジジイ」と忌み嫌うほどの天敵である。
 が、オスワルドにとっては旧友であり、
「いいじゃないか、お前だって人数は多いほうが楽しいだろ?」
 と微笑む。ブルノを誘ったのだって単なる気紛れだ。が、キールにとってはその崩れぬ相好も相俟って「こいつ、何を考えている」状態である。
 けれども結局キールはオスワルドの言葉にNOは言えず、彼と共に再び夜の街へ繰り出す事となった。





 夜の真っ只中であるが、歓楽街は明るく騒がしい。娼婦が胸元を開いて誘ってくる。乞食が細い手に欠けた器を持って差し出してくる。チンピラは肩で空を切り、罵声、怒声、笑い声。

「よう、良い夜だな」

 短くなった煙草を踏み消して、オスワルドとキールを迎えたのはブルノその人であった。
「や、忙しい中すまないねブルノ」
「構わねぇさオスワルド、仕事も丁度ひと段落ついたとこだ」
 簡単に挨拶。気を遣い合わない様子から、古くからの馴染みだという事が窺える。
「良い店があるんだ」
「楽しみだな」
 なんて言葉を交わしながら歩き出す二人。ぽつねんと残されるキール。
「おい無視すんなや」
 等とキールが言うも二人は和気藹々。
「テメェこらクソジジイぶっ殺すぞ」
 和気藹々。
「おい! 死にてぇのか!!」
「あ、キール何食べたい?」
 気付けば店の中。品の良い店だった。店の者はブルノの知り合いであり、奥の方の仕切られたVIP席に一同は通される。広いテーブル、白いクロス。
 尻尾の毛を逆立てカリカリしていたキールであったが、オスワルドの問いに一瞬黙ると「酒、肉」と簡潔に応えた。
 そして銘々も注文を済ませれば、机の上に酒と料理が運ばれてくる。「乾杯」とオスワルドとブルノが酒杯を交わしている時にはもう、キールは空腹のままにガツガツと食事を始めていた。その食べっぷりから、食事の味が彼の気に召した事は明白だ。
 食欲のままに食べ進めるキールの一方で、オスワルドとブルノはこの店の雰囲気に相応しく緩やかに食事を進めてゆく。
ナイフとフォークが動く音。見た目も美しい料理の数々。
芳しい酒の香り。
「――最近どうだ? 調子は」
 相変わらずキールの存在をまるで無視したまま、ブルノは同郷の友に問うた。
「俺かい? うーん、まあ、いつもどおりかな」
 ゆっくりのんびりサラダを咀嚼しながら、オスワルドはブルノの銀瞳を見遣る。そのままニコやかに隻眼を細めた。数年前に再会したばかりの古馴染み。友人と呼ぶには少し違和感があるが、知人と呼ぶには余りにも色々とありすぎた関係。
「……。何だ? 俺の顔に何か付いてるのか」
「あぁ、……いや」
 確かに顔の事かも、とオスワルドは微笑む。
「やっぱり、さ。経った時間に相応しい見た目になったけど……面影は、昔と変わらないなって」
「そりゃそうだろうよ」
 オスワルドの言葉にブルノはからから笑った。何年経とうがブルノはブルノだし、人間である以上、時間に逆らえる者なんていない。そう、酒の合間に告げるブルノに「それもそうだね」とオスワルドは応えた。
 その様子を、キールは黙ったまま眺めている。食べ物を口へ運ぶ手と咀嚼は止めない。ここの食べ物は美味い。それに幾ら食べても許されるし、オスワルドが奢ってくれる。そこまでならば文句なしに良かった。だが。この野良犬にはブルノの存在が気に食わない。
(飯食いに来たってのにぺちゃくちゃ喋りやがって)
 食わねぇなら俺が食う。そう言わんばかりにキールはひょいとブルノの近くにあった皿――肉が盛り付けられてる――へ手を伸ばした。

 瞬間。

「い゛ッッでぇ!!?」
 キールの手に深々と突き立てらてたフォーク。犯人はブルノ。キールの顔を見すらしない。
 カチンときたキールは吠えながら、刺された方とは反対の手でブルノの横っ面を殴ろうとしたが、その手が彼に届く前にブルノの蹴りがキールを椅子から叩き落とした。どんがらがっしゃん。
「うぐぅッ……!!」
 床で悶絶するキール。何事かとウェイターがやって来たが、ブルノはひらりと片手を振って「問題ない」と示して下がらせ。溜息。立ち上がろうとしたキールを足蹴にそれを許さず、オスワルドへ向いた。
「何でこのクソ犬を連れてきやがった」
 フォークを新しいものに取り替えながらの苦情。オスワルドは「えー?」と楽しげに微笑む。
「折角じゃないか、食事は賑やかな方が楽しいさ」
「小汚い野良犬の所為で、その『折角』の飯が臭くなる」
「キールならちゃんとお風呂に入れてるぞ? ノミとかシラミも随分前に駆除したし、病気にならないようにワクチンだってしてるんだ。寝る前に歯磨きするようにも言ってるから口も臭くない筈」
「そういう問題じゃなくってだな……」
 もういい、と言わんばかりの溜息二回目。オスワルドは「はは」と笑いスープを一口、「美味しいね」と言葉を続ける。ニコやかで穏やかな様子だ。なのに、ブルノに踏みつけられたまま「いででででテメェぶっ殺す」と喚いているキールを助けようとはしない。別にオスワルドに悪意がある訳ではない。例えるならば、じゃれあっている犬を微笑ましく眺めるような。……ひょっとしたら、その方が『悪意ある』よりタチが悪いかもしれないが。
 さて、しばしブルノの靴裏に弄ばれていたキールであるが、ここでようやっと開放された。胃液が逆流しかけた腹を押さえ、堪え、「クソジジイ」と聞こえない様に悪態を吐いた。無視された。

 いつもこうだ。ブルノはロクにキールの相手をしない。ただ見下した視線を向けるのみ。ブルノはキールの様に、感情のまま狂犬めいて牙を剥き吠え散らかす事はしない。
 いつもこう。そんなブルノにいつもいつも、キールは「クソジジイ」と忌み嫌い、散々痛い目に合わせた後にぶっ殺してやると息巻いて。

 けれど――決して口にはしないものの、キールは傍から聞いたブルノの生き方は気に入っている。
 そしてブルノも、キールを見ていると昔の青臭い自分を見ているようで偶に苛つく事がある、同族嫌悪めいた感情を抱いているとは――誰にも話した事はない心の声。

(やっぱりこいつら、似てるなぁ)
 視線も合わぬ二人の様子。オスワルドはグリルされた鶏肉をナイフとフォークで切り分けて、マイペースに頬張りながらそう思った。
 この心の声を言葉にしたら、きっと二人の反感を買う事だろう。
「一緒にするな」と古馴染は機嫌悪く言うだろう。
「ふざけんな、こんな奴と」と野良犬は吠えるだろう。
(だから、言わない)
 だって今夜は楽しいディナーなのだから。オスワルドはほのぼのと微笑んでいる。そして、最近、如何にも脂っこい肉よりもアッサリした肉(鳥とか魚とか)の方が美味しく感じるのは年だからだろうか、と考えたりもした。あと、デザートはなんだろう、とも考えた。
「ほら、キール。肉が冷めるぞ。あと付け合せのお野菜も食べておきな」
「へいへい、ちゃんと食うっつの」
 オスワルドの言葉にキールはそう応え、椅子にどっかと座り込むとまた掻き込む様に食べ物を食い漁り始める。対照的に、模範的テーブルマナーのブルノは酒を一口飲むとオスワルドへ向き、
「なぁ、おい、この間、面白い事があったんだ――」

 花咲く会話。
 夜は続く。
 直にデザートも運ばれてくるだろう。
 本日のデザートは、季節のフルーツをあしらったタルトだ。

 会話は弾む――とはいえ、会話しているのは壮年の男二人だけで。聞き飽きてきたし、腹も満たされた野良犬は、ついでやってきた眠気にその身を任せていた。デザート?あんなもの、2口でペロリである。
 椅子の上、キールは舟を漕ぐ。遠い所からオスワルドとブルノの話し声――昔こんな事があった、とか、あの時は、とか、アイツを覚えているか?とか、今あの場所は、とか……知らない話だ。知らない話はお伽噺と何ら変わらない。相槌も面倒だ。目を閉じる。そういえば酷く疲れていた。ケンカしたんだっけな、と朧になりゆく意識で思い出した。そんな事より眠たくて…… …… 。



「おい」
 ブルノは椅子で爆睡しているキールから、オスワルドへと目を移した。コレどうすんだよ、といった眼差しである。
「そうだ、置いて帰ってみようか」
「ほう?」
「あ、お金は勿論、キールの分まで払うけどさ。……ビックリするかなって」
「面白そうじゃないか」

 ――次の日の朝、「テメェコラァ!!!」と物凄い勢いでキールがオスワルド邸に戻ってきたけれど、結局オスワルドに「あっおはよう朝ごはん食べる?」で懐柔されたのはまた別のお話である。



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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キール・スケルツォ(ka1798)
ブルノ・ロレンソ(ka1124)
オスワルド・フレサン(ka1295)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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2014年10月30日

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