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『●日々は重なり今となる 』
玖雀(ib6816)&紅 竜姫(ic0261)

 神楽の都の東を流れる川を渡ると田園風景が広がり始める。
 開拓者ギルドからも遠く決して便利な場所ではないが玖雀はそのあたりに居を構えていた。土間にある立派な竈、裏には小さいながらも畑をあり、縁側から眺める空は広く、庭も中々の趣……。
 時間をかけて手入れしたその家はそれなりに気に入りだ。
 庭の、縁側の丁度正面あたりに小さな穴を掘り、土を篩にかけ終えた玖雀は吹く風に顔を上げた。
 昼過ぎに降った雨のせいか空一面に滲む夕焼けに鰯雲が棚引く。少し湿った大気には香るのは菊の花。
 玄関先の柿木の実を啄ばむ鳥。熟れた柿は美味しそうだ。だがこれは渋柿だと最初の年に近所の子等が教えてくれた。玖雀に一口食べさせた後に。もちろん玖雀はそれが渋柿である事は知っていた。それ以降、天辺近くの実は鳥のために残し、後は子供達と干し柿にするのが恒例だ。
 そんな事を思い出し笑みが零れる。
「これでいいの?」
 裏手から紅竜姫が植木鉢を手に現れた。そこに覗くは双葉が落ちたばかりの小さな芽。
「お正月に咲くのかしら?」
 その幼い芽に竜姫は首を傾げた。竜姫の故郷、冥越でみつけた椿の種を芽吹かせたものだ。
「花は何年も先だな」
 庭へ植え替えるなら湿気が多い日が良い、と教えてくれたのは近所に住む老夫婦。その言葉に従い今から植え替えである。
「沢山肥料あげたら早く咲いたりしない?」
 肥料とするための落ち葉をせっせと集める竜姫に玖雀は笑う。確かに受け取った椿の芽は、傍らの植木鉢で夏の盛りに咲いていた朝顔の芽と大差がなく頼りない。
 たっぷりすぎるほど集った落ち葉をまじまじと玖雀は見下ろす。
「余った分は焼き芋でも作ればいいじゃない」
 その視線の意味を解して竜姫はふいと顔を背けた。
「焼き芋といえば……」
 丁度去年の今頃、気心の知れた仲間と此処で飲んだ。楽しい宴であったが、同時に盆栽には勝手に鋏を入れられるわ、庭で焼き芋が作られるわと次から次へと脳裏に思い出が蘇ってくる。
「焼き芋、美味しかったでしょう?」
「否定はしねぇが……」
 顎を撫で不承不承といった様子で頷く玖雀に得意気に眉を上げた竜姫が不意に目元をふわりと和らげる。
「まあ、待つ楽しみというのもあるわね」
 椿に向けられた優しい笑みに玖雀は暫し目を奪われる。
 冥越の椿が芽吹いたようにこの胸の中にある想いが芽吹いたのは……何時のことだっただろうか。
 ヒリっと頬に走る僅かな痛み。土で汚れた手の甲を頬に押し当てた。
 これは記憶の中の痛み。
 役目を失い、己が存在意義を見出せなかった頃、亡き主の望み故に共に逝く事もできず、ただ無為に命を永らえていた頃。
 あの人はいないのに己はいる……。痛いほどに突きつけられる滑稽な事実。
 全てを拒絶した己は無意識に死に場所を求め彷徨い、命の危険が付きまとう仕事ばかり選んでいた。
 その前に竜姫が立った。
 頬を張る音が高らかに蘇る。更に怒りと共に己に突き立てられた角の痛みも。
 だが何よりも己に突き刺さり痛かったのは玖雀を射抜く一途でまっすぐな視線。怒っているのか泣いているのか真っ赤な瞳は玖雀の心臓を、心に作った壁を穿ったのだ。
 手を汚す土があの時の流れた血に重なる。流れる血の匂い、熱。自分が生きている事を気付かせてくれたのは彼女だ。
「どうしたの?」
 黙り込んだまま自分を見つめる玖雀に竜姫が頬が汚れているわよ、と手拭で頬を擦る。
「あれは痛かった、と思ってな……」
 植木鉢を傾け中身の土ごと取り出す。すると何を思ったのか、穴に落葉を蒔きながら竜姫が「あれは玖雀が悪いのよ」と唇を尖らせた。
「一人で奥まで行って敵に囲まれたのは貴方。あの時の重傷は私のせいじゃないわ」
「確かに俺が悪かっ……いや、絶対にあれはお前の背負い投げが止めだった」
 頷きかけて止める。竜姫の話は別、理穴の戦場にてアヤカシに囲まれた玖雀を助けようと咄嗟に背負いで投げ飛ばしてくれた時の事だ。
「あのままだったら確実に致命傷を受けたでしょ」
「何も投げ飛ばさんでも……」
 ぐぐっと睨み合う。先に目を逸らしたのは玖雀。落葉の上に植木鉢の中身を置く。無言で竜姫が土を掛け始めた。
「あぁ、まったく……」
 玖雀が頭を振る。いつもこの話題になると喧嘩になってしまう。跳ねた髪先が、剪定を済ませ冬支度を終えた紫陽花の枝に絡む。
「ちょっと動かないでよ」
 絡んだ髪を解こうと竜姫が立ち上がった。
「紫陽花……覚えてる?」
 彼女が目を細めそっと手で耳の上辺りを覆う。
 もちろん、と玖雀。
 落ち込んだ彼女の慰めにでもなればと手折った紫陽花が咲く艶やかな黒髪。
「嬉しかった……」
 今年二人で紫陽花を見たときに告げた言葉を繰返す。
「……って、お終い。もう気をつけてよね」
「……っ!」
 少し乱暴に髪を解くと、赤くなった頬を隠すためか竜姫が背を向けた。
 被せた土の具合を確かめた玖雀は立ち上がり、竜姫の背にそっと寄り添う。言葉代わりにこつんとぶつける背。
 背中越しに感じる熱。
「あの時と同じだな……」
 背後で竜姫が頷く気配。
 辛さ、やりきれなさ……誰にも気取られまいと抱え込んできた感情、それが彼女の前で言葉となって口から零れ落ち涙となって頬を濡らした。

「春の雨は急に降るから」

 涙を流す自分に背中合わせで寄り添ってくれた竜姫。涙に気付かない振りをして。そうして玖雀が落ち着くまで傍にいてくれた。
 竜姫の声が温もりが自分の中にじんわりと浸み込んできたのを覚えている。
(もう誰も愛さないと……特別を作らないと決めていたのに……)
 常に一定以上互いに踏み込まないように人と接してきた。大抵は玖雀の心を察しその距離を保ってくれる。だが、と玖雀が僅かに目を眇めた。
 彼女の真っ直ぐな瞳だけはそれを許してくれなかった。どんなに拒み跳ね除けても竜姫はぶつかってくる。
 気付けば真っ向から組み合い、剥き出しの心で殴り合う。そうして互いに近づいたと思えば、あっさりと擦れ違ったりもする。
 一体なんなんだ、と玖雀は思った。なんともままならない、なんというもどかしさ。些細な事で喧嘩を繰返すたびに繰り返し「一体なんなんだ」と問い続けた。
 ぶつかり合うたびに心が軋みをあげて動き出す。心が動けば時間もまた流れ始める。
 あの全てが終わったと思った時から……。
 動き出した時間は否応なしに玖雀に竜姫の存在を自覚させた。
 だというのに、玖雀には無理矢理自覚させておいて今度は彼女が玖雀を避け始めたのだ。本当に一体何なんだ、である。
「誰かにあんな風に怒ったのは初めてだった」
 唇に苦笑が宿る。心の中渦巻く嵐をそのまま彼女にぶつけた。激情のまま壁を殴りつけ彼女を問い詰めた。
「怖かった、の……」
 僅かに震える声は今のものか、あの時のものか。
 決して彼女は強いわけではない。寧ろ弱さも臆病さもある。そんな彼女が傷付く事を恐れずに自分に向かい合いぶつかってきてくれたのは、ひとえに……。

 愛しい ……。

 込みあがってきた想いを落ち着かせようと息を吐く。

 視界の端、揺れる黒髪。秋の夕暮れに少しばかり冷たくなったそれを一房玖雀は手にした。

 愛しい……。

 寄せて返す波のように彼女を想う気持ちが次から次へと溢れてくる。
「竜姫……」
 その想いをこの世で一番美しい音に、愛しい音に乗せた。

 痛かったと言われてすぐに竜姫の頭に浮かぶのは理穴の戦だ。でもあれに関して自分は責められる覚えは無い。
 時にやりすぎたかな、と思うこともあるが。
(昏い眼をした貴方……)
 でもあの時はそれしか浮かばなかったのだ。彼を止める方法が。
 器用な質ではない。饒舌でもない。自分にできる事は己の全てで彼にぶつかっていくことだけだった。自分も傷付く、そんなこと気にもならなかった。
 滅んだ里、全てを失い己の命をも絶とうと試みた。その傷はまだ首に、脇腹に残っている。
 闇に囚われ死を望む心。自分にはそれしかないと思い込んでいた。竜姫はその心の有り様を知っている。だからこそ、愛しい人に玖雀に目を覚まして欲しかったのだ。
(つい手が出ちゃうのは……愛しい貴方だから……)
 仕方ないでしょと思うと共に心の中でご免なさい、とも付け加える。そこに背負いの件は含まれていない。
 互いが近付くきっかけとなった紫陽花、背中合わせの春の雨……。
 距離が近付くたびに愛しさが溢れてくるのがわかった。
 だがそれと恋は違う。確かに玖雀は愛しい。でもそれは恋ではない、と何度も言い聞かせる。
 叶わぬ恋ばかりしてきた。いつも友人止まり。
 彼とはとても良い友人……だから怖かったのだ。
 一歩踏み出すことすらできない。自分はこんなにも臆病者なのだ。
「竜姫……」
 柔らかい声が呼ぶ。髪に触れる手の熱が伝わってくるようだ。振り返る。優しく細められた彼の瞳。でもその双眸が嵐のような激しさを見せることを竜姫は知っていた。
 自覚した感情から逃げる自分へ向けられた烈火の如き怒気を孕んだ双眸、忘れるわけはない。

 夕焼けはいよいよ紅く二人を染める。互いに何も言わず見詰め合ったのはどれほどであろうか。
「……愛しいよ」
 玖雀は掬った竜姫の髪に唇を寄せた。
「……って、る。  わ……たし、だって」
 俯く竜姫の髪から覗く耳、赤いのは夕日のせいか、それとも。
 顔が見たいと竜姫へ伸ばしかけた手、その指先を竜姫の角が掠る。いきなり顔があげられた。
「……秋刀魚っ!」
 予想だにしなかった言葉に玖雀が眼を丸くする。
「脂の乗った良いのがあるからって……」
 秋刀魚は玖雀の好物だ。折角だから庭で七輪で焼きましょう、早口にそれだけ言うと竜姫が踵を返し家に向かう。
「俺が焼こうか?」
 先日彼女の手により秋刀魚が黒々と焦げた事を思い出す。当然彼女が焼いてくれたそれを完食はした。

 振り返った竜姫の視界に椿が映る。
(椿……)
 故郷で呼ばれていた、親から貰った名だ。
 過去の椿と今の竜姫、どちらか欠けても自分には成り得ない事を知っている。
 この身体に彫った椿と竜……。それと同じ。自分は二つを背負い此処に立っているのだ。
(この空の向こう……)
 茜色の空を見上げた。
 きっと故郷の皆がいるのだろう。皆の所に逝きたいと強く願っていた。だが今は……。
 私は私としてこの人の隣で生きたいと思う。
 今ならわかる。皆が見守っていてくれるだろうことが。故郷と共に死んだ椿もそこにいることが。
 頷いてから竜姫は顔の前でぐっと拳を握る。
「今度こそ私に任せて! 貴方は大人しく大根でもおろしていればいいの」
 そう言うとひらり縁側を上った。

 遠ざかる軽やかな足音。
 玖雀は一人苦笑を零す。此処は素直に大根を引っこ抜いてくるのが得策だろう、と裏へと回る……その前にもう一度椿を見た。
 庭木を揺らし吹き抜ける風は既に冬の気配を孕んでいる。
 間もなく冬が来る。そしたら……。
(二人で迎える初めての正月か……)
 二人の時間が一つ年を重ねる。たった一つの正月を迎えるまでに色々あった。
 時にぶつかり合い、時に擦れ違い、時に睦み事を交わし、時に……。全てが今を作る益だ。何一つ欠けても今の自分達は此処にいないだろう。
「こうやって一つずつ年を重ねて行くんだろうな」
 もう一度風が吹く。
「お前も一緒にな……」
 風に揺れる若い緑が頷いたように見えた。
「竜姫、棚にとっておきの酒がある。それも出してくれ」
 はーい、竜姫の返事が風に乗って聞こえてきた。
 家から彼女の声が聞こえる。何故かそれがとてもくすぐったい。

 いくつか先の冬、きっと二人縁側に並んで初めて咲く椿の花を迎えていることだろう。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名  / 性別 / 外見年齢 / 職業】
【ib6816  / 玖雀   / 男  / 29歳  / シノビ】
【ic0261  / 紅 竜姫 / 女  / 27歳  / 泰拳士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きましてありがとうございます。桐崎ふみおです。

お二人で過ごす晩秋の一時、いかがでしたでしょうか?
少ししっとりとした雰囲気が出ていれば幸いです。
このあと秋刀魚の運命はいかに?!

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
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舵天照 -DTS-
2014年10月30日

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