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『夢と現の仮装行列 』
小野友真ja6901


 夜の闇にフワリフワリ、いくつものジャック・オ・ランタンが街に揺れる。
 怪物、化け物、魔物の類が練り歩く。
 ハロウィン、収穫祭或いは悪魔祓いの日。
 有象無象の行列が無秩序に夜を遊ぶ。

「トリックオアトリート!」
 闇の中にボンヤリ浮かぶ人影を、小野友真は目敏く見つけ出して手を伸ばした。
「……小野? 何故、此処に」
「遊びのお誘いに参りました。ハロウィンやもん」
 米倉創平は紫の瞳を常になく見開き、瞬きを繰り返し、首をひねり、それからスーツの内ポケットを探る。
「ガムを切らしていたな」
「本気でお菓子をねだっとるわけやないです、米倉さん」




 『あちら』と『こちら』の境界が、非常に曖昧となる日のひとつ。
 また、会えるだろうか。そう願ったことは確かだけれど、叶うかどうかは不確かだった。
「まずは腹拵えすよね、秋のもん食べましょ。甘いものは後で!」
「いやに元気だな」
「楽しみにしてましたもん! 俺、秋刀魚食べたいんすけどどうですか?」
「構わないが…… この辺りで、食べられるような場所などあるか?」
「なかったら、作ればいい。偉い人がゆうてました」
 今日という日に会えた喜びを心に隠しておこうとする友真だが、全身からダダ漏れであった。
「ほら! あそこ! 行列見物の人ら、七輪使うてるー。借りましょ、借りましょ」
「大根おろしが無いと物足りないんだが」
「そんなの用意してますってー。すーみません! 二名追加、ええですかー!!」
 狼とヤギの被り物をして、七輪で炭火を起こしている正体不明の者たちへ、物怖じすることなく友真が向かってゆく。
「トリックオアトリート?」
「飴ちゃんの雨やでー!!」
 狼の問いへ、袖口からバラバラとキャンディを降らせ。

 秋刀魚が焼きあがるタイミングで、ヤギがおにぎりを焼いてくれた。
 紙皿に、アツアツの焼き魚、それと別に醤油だれの焼きおにぎりを渡される。
「ヤギ、めっちゃいいやつ」
 他方、米倉は狼から大根を受け取り、無心にすりおろしていた。
「おろし過ぎです。米倉さん、大根おろし過ぎですそれ」
「知らないのか。大根おろしに含まれている栄養並びに酵素の――」
「まさかの社畜食やないですよね? すりおろして夜を凌いだとかないですよね?」
「しらすと醤油を混ぜるだけで充分なものになるからな」
「すみません否定してくださいこっち見て下さい」
 暖房替わりの七輪を傍らに、行列を眺めながら小腹を満たし、何くれとなく雑談を交わす。
「……俺、秋刀魚のワタは食べられないやつです」
 ふっ。
 あからさまに、米倉が鼻で笑う。
「鮮度の良い物は、美味いぞ」
「!?」
 色んな意味で、意外な返答。
「しかし…… 変な行事だな」
 ハロウィンが『イベントごと』として日本で受け入れられ始めたのはここ数年の事。
 逆算しても、米倉は使徒か会社勤め時代のはずで、楽しみなんて知らないはずだ。
「このあと、何か仮装の衣装、見繕いましょ!! ハロウィン、参加してこそですよ!」
(『今』から、楽しい思い出……作るんて、アリなんかな)
 彼の中で、今の時間がどのようなものかは友真には解らない。
 けれど、こうして会って、会話をしている以上、きっと何かしらの形にはなっているはずだった。
 叶わなかった現でのことを、夢の中でせめて。
 友真はそう、願う。




 飛び入り参加大歓迎、そんな観客の為に衣装を扱っている店も幾つか開いている。
 腹が膨れて体が温まったら、さあ移動!
「俺何しよかなー、狼男ならぱっと売ってるかな」
「グレイウルフか」
「引っ張りますね、京都ネタ」
「夏場が辛そうで、秋になってから動きが良くなったものだな、と思い出していた」
「グレイウルフの衣装、無いやろか」
※ありませんでした

「決まりました? それじゃあ、お互い着替えて披露で! 絶対着て下さいね!!」
 
 ふふー、と企むように笑い、友真は試着室へ。
「……。といっても、な」
 くしゃりと柔らかな黒髪へ指を差し込み、米倉が嘆息する。
 選ぶ基準が、全くもってわからない。
 米国で、祭りのつもりで訪問したら家人に強盗と勘違いされ―― そういったニュースが記憶にある程度。
「地で行って問題ないような気もするんだが」
 仮装――自分を偽る何かに身を包む、そういう願望は既に希薄だった。
 使徒となった時点で満たされ、与えられた偽りの力はやがて真に己の物となり、その果てに生涯を全うしたのだから。
(遊び、か)
 難しく考えることは無い……わかっていても、眉間のしわは渓谷のように深くなる。
「これで行くか」


「待って。米倉さん、待って」
 黒マントに魔女帽を被った友真の声が、震える。
「化け物と言ったら、これだろう」
「なんで久遠ヶ原大学部の儀礼服がこんな店にあるんですかーーー!」
「冗談だ」
 儀礼服に濃紺のネクタイを締めた米倉は口の端を歪め、ザッと上着を脱ぐ。
「これに面でもかぶれば、充分だろう?」
 黒の浴衣に狐面を手にして薄く笑う。
「あっ、ええな、お面」
「やらないぞ」
「まだゆうてないですしー!」
 からん、米倉が下駄を鳴らす。外へ出ようという合図だ。




 有象無象に紛れて、賑わう屋台を冷かして。
「南瓜まんじゅう、蒸かしたてでメッチャうまい! 半分こしましょ!」
「さっき、あれだけ食べて良く入るな……。こっちは全部やる」
「一口しか食べてへんやないですか! でも遠慮なく頂きます。南瓜チュロスって興味ありました」
 食後のデザートがてら、甘いものを出している店を中心に歩き回る。
 夏祭りとも違った、ちょっと悪ふざけテイストも混ざった不思議な空間だ。
「あはは、吸血鬼の血ワインやてー。惜しいな、俺は来年やな……」
「来年は、最初から衣装を用意して来るか?」
「え?」
「うん?」
 言葉の意味を、米倉は自身で理解していないらしい。
(来年、て)
 来年も、あるんやろか。
(望んで、ええんやろか)
 去年の今頃、全てが終わったその後の事―― 『米倉創平』と、邂逅した。
 ――また、会えますか
 蜘蛛の糸の如く頼りない言葉は、しかし辿るように幾度か果たされ、そうしているうちに……一年。


「最初は、この場所だったか」

 
 風が吹く、吹いた風は辿りついた灰色の草原を揺らす。
 その向こう、景色に溶け込みそうな、墓標が一つ。
 からん、米倉の下駄が鳴る。
「……この一年は、どうでしたか」
「穏やかなものだった」
「幸せでしたか」
「人を辞めてから、不幸を感じたことは無い」
「楽しかった、ですか?」
「眠らせてくれない誰かがいるからな」
 ぐい、と米倉が友真の帽子を引いて、顔を隠す。
「……トリックオアトリート」
「生憎、飴は切らしている」
「それじゃあ、悪戯しますよ」
 笑い、友真はマントの内側から――紫の花を、差しだした。

「10月8日の『誕生花』……麝香草、です。ええ香りでしょ。色が、米倉さんの瞳と一緒やなって」

 その日に最期を迎え、そこからもうひとつの『始まり』と。思いを込めて。

 色彩のない風景に、紫だけが揺れる。香る。
 米倉は目を見張り、それからそっと手を伸ばした。




(今日もありがとでした、次はどこ行きたいです? ――なんて)
 気が付けば夜は明け、昇る朝陽が色彩を呼び戻していた。
 ――さあ。
 前へ、進む時間だ。




【夢と現の仮装行列 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja6901/ 小野友真 / 男 /19歳/ 進む者】
【jz0092/ 米倉創平 / 男 /35歳/ 眠る者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
始まりは、この季節でしたね……! 色々な思いを込めて、お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
HC仮装パーティノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年10月31日

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