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『goes back 3 』
クレイグ・ジョンソン8746)&千影・ー(3689)&フェイト・−(8636)&(登場しない)

 ピリ、と空気が張り詰めたような感じがした。
 強烈な気配で思わずクレイグの鞄の中に身体を引っ込めてしまったフェイトであったが、直後に猫ヒゲが反応してまた上を向く。鞄の蓋が閉じたままなので視覚での確認は出来なかったが、強烈な違和感を全身で感じ同時に戦慄した。
(何だ、この感じ……)
 全身の毛が逆立つという感覚を初めて味わった気がする。
 嫌な感じはしないのだが、それ以上に強烈な『何か』がある。
 それは、鞄の持ち主でもあるクレイグも同様に感じ取っている事でもあった。
「…………」
 言葉にならない。
 動揺もあるが、威圧される空気の中にある『魅力』。
 視線が重なった直後から、それが少しも離れない。離れることが出来ない。
 闇に浮かんだ存在――黒髪の少女にクレイグは一瞬にして魅せられたのだ。
 良い夜ね、と声をかけられた。見るからに国が違うと思える外見の存在であったが、発せられた言葉はこちらのものであった。
「あなた、チカが見えるのね」
「……え?」
 次に少女はそんなことを言った。
 予想もしなかった言葉に、クレイグが反応する。
 チカと名乗った少女は小さく笑みを作った後、ポン、と軽く跳ねてクレイグとの距離を詰めてきた。
 緑の瞳が宝石のように煌めいて、心が跳ねる。
 ――と同時に、鞄の中にいる『ミント』と同じだと感じて、クレイグは瞬きをした。
「あんた……何なんだ?」
「チカはチカだよ。チカゲって言うの。あなたのお名前は?」
「ク、クレイグ……」
 初めての邂逅であったにも関わらず、チカゲという少女はクレイグに人懐っこい口調でそう問いかけてきた。
 クレイグは彼女の問いに戸惑いつつも、すんなりと自分の名を告げてまた数回の瞬きをする。
 綺麗で大きな瞳。その中の猫のような細い瞳孔を視界で確認して、彼女はやはり『普通』ではないと感じる。
 何故こんな場所にいるのか、どうして出会ってしまったのか。そんな思考が巡るが、やはりクレイグは何も問うことは出来なかった。
「……あなた、この先に行きたいの? とても嫌な匂いがするの。だから……行かないほうがいいよ」
「なに、言って……」
 チカゲは、つい、と人差し指を向けた。その先にはクレイグが向かっていた教会がある。
 それを確認して、彼は眉根を寄せた。
「なぁアンタ、一体何を知ってるんだ?」
「チカはここは初めての場所だけど……嫌な感じがするの。それを確かめに空から降りてきたのよ」
「嫌な感じ……って、空から?」
 クレイグがさらなる疑問を問いかけた直後、空気が歪む気配がした。
 それを一番先に感じ取っていたのは鞄の中にいるフェイトであり、「ニャー」と鳴いて鞄の内部を掻きつつクレイグに訴えたがほぼ同時に響いてきた爆音に掻き消されてしまう。
「!!」
 ビクリ、とクレイグの身体が震えた。
 チカゲ――千影――もその爆音に僅かに眉根を寄せて振り返る。
 彼女が先ほど指をさした方向であった。すなわちそれは、教会へと繋がる道だ。
(……今の、爆発音だった。まさか……)
 視界での確認はできなかったが、音のみでそう判断したフェイトは、再び鞄から顔を出そうと前足を掛けた。だがその先は、急に走りだしたクレイグによって遮られてしまう。
「クレイグちゃん……!」
 彼の名を呼んだのは少女の声だった。
 クレイグは千影の忠告を無視する形で、音がした方向へと駆け出したようなのだ。フェイトはその場で体勢を崩してコロンと転がってしまい、そこからまた整える事に時間を要した。
(クレイ、今すごくマイナスな気持ちが溢れてる。俺にまで伝わってくる。さっきの嫌な予感が、当たっちゃったのか……?)
 フェイトはそんな事を思わずにはいられなかった。
 杞憂であればいいと感じたことが、現実になろうとしている。それを感じて、更なるもどかしさを抱いていた。
「……っ、んだよ、何で……ッ!」
 クレイグは走りながら言葉を零した。焦燥感でいっぱいの声音だった。
 少女が行かない方がいいと言った先、クレイグが向かっていた場所。
 彼の両親が祈りのために訪れていた教会。――そこが今、真っ赤な炎に包み込まれている。
 先ほどの爆音はその教会から生まれたものだった。つまりは、爆発したのだ。
「父さん、母さん!!」
 地面に散らばっているのはガラス片だった。原型であった頃には美しい光を放っていたステンドグラスが砕けているのだ。その中に混じっているのは壁だったものと、木製の扉の一部。
 先ほどまで教会であったその場所は、見るも無残な姿になっていた。
 周囲がひどくざわついている。
 警察と消防を呼べと叫んでいる男性や携帯電話で救急車を呼んでいるらしき女性。
 その端々に倒れている人々が視界に飛び込んできた。
 爆発に巻き込まれたのだろう。吹き飛ばされて数メートル先で倒れている影もある。
「母さん……父さん……」
 クレイグの言葉に抑揚が無くなった。
 彼はふらりとした足取りになりながら、両親を探し始める。
 痛い痛い、と呻く声がどこからか聞こえた。改めて聴けば、周囲は啜り泣く声が呻き声が充満している。
 クレイグは瓦礫となった教会の中を、半壊した扉から覗き込んだ。
 父と母はいつも決まった場所に座っている。前から三番目の一番左端。
「…………」
 椅子と思わしき残骸の先、前から三番目らしき場所は未だに炎に包まれている。
 ゆらゆらと蠢く炎。その中で見える黒焦げの誰かの腕――人と人が重なりあった影。
「……っ」
「クレイグちゃん、これ以上近づいちゃダメ!」
「!」
 湧き上がる感情を吐き出そうとしたその時、背後からそんな声が飛んできた。それと同時に腕を強く引かれて、彼はよろりと後ろへ数歩下がる。
 直後、彼は掴まれた腕を振り解こうとしたが、出来なかった。
 声の主は先ほどであったばかりの少女のそれであった。だから、容易に拘束は解けると思って疑わなかった。
 だが実際は、その少女、千影の腕をつかむ力のほうが強かったのだ。
「……アンタの、せいかよ?」
 ずるずる、と千影によって教会から引き離されるクレイグが最初に零した言葉がそれであった。
 行かないほうがいいと忠告してきた。彼女はこうなることを予測できていたことになる。
 ならば、犯人であってもおかしくはないと考えが繋がっても無理はなかった。
 だが。
「――ははっ、呆気ねぇなぁ」
 耳の端に捕えた枯れた声。
 酒と煙草をやりすぎているというのが見なくても解る声音だった。
 クレイグがその声に視線を動かす。薄汚れた服を着た四十代後半くらいを思わせるくたびれた男が、燃え盛る教会を見ながらニヤニヤとしていた。
 ――彼女じゃない、あいつだ。
 クレイグは瞬時にそれを悟り、彼を睨みつけた。
「チカゲ、だっけ? あいつだろ、嫌な匂いしてる奴」
「……うん、そう。だけど、クレイグちゃんは近づいちゃダメ」
 千影はクレイグの腕を掴んだままだった。
 クレイグは今度こそその拘束を開いている手で取り払って、向き直る。
「おい、オッサン。ここ数日の爆弾騒ぎ、全部アンタの仕業かよ」
「……だったらどうする、ガキが」
「…………」
 男は汚い表情をしていた。
 顎を突き出しこちらを見据えている。その瞳は淀んだ色ながらも鋭くギラついていた。頬をひきつらせながら作る笑みが見るものを一層苛つかせるようで、クレイグも例に漏れずであった。
「なんでこんなことをする?」
「思い知らせてやるためだ。……この世は不公平に満ちてやがる。加えて無慈悲だ。失敗者をカスだクソだとゴミ扱いまでしやがる。許せねぇよなぁ」
「てめぇ……」
 顎にある無精髭を撫でながら男は言った。ボロボロの衣服は何日も着替えてもいないような印象がある。失敗者と言っていた。おそらくは失業者なのだろう。
 そして自分以外の成功しているものを恨んでいるかのような口ぶりであった。
「俺には無敵の力がある。『これ』に目覚めたのはつい最近だ。……いや、きっと俺には生まれ持ったものだったんだ」
 男はそう言いながらゆらりと右腕を差し出した。
 そして墓場の墓石を一つ爆発してみせる。何の仕掛けも無しに、だ。
「アンタ……霊を爆発させたな?」
「おっと、お前には霊が見えるのか。ん? 後ろの嬢ちゃんとお前の鞄の中にも使えそうなのいるじゃねぇか。一緒に爆発させてやろうか?」
「!!」
 一気に背筋がざわついた自覚があった。
 ギリ、と歯ぎしりの音が脳まで響き、その瞬間に目眩すら引き起こす。
「ニャー!」
(クレイ、ダメだ!)
 鞄の中に居続けていたフェイトが声を上げた。
 だがそれはクレイグには届かず、一瞬鞄が宙に浮く。
「クレイグちゃん!」
 千影の声が背中にぶつけられた。
 クレイグはその場のどんな声にすらも反応することは無く、大きな一歩を踏み出し男に向かって拳を振りかざす。
「のっ……野郎っ!!」
 男の顔面に向かい思い切り――打ち込んだと、その時は思った。
「……ッ!」
 次に訪れたものは右手の痛み。
 殴られるはずであった男はニヤリと笑みを湛えるままで、スローでクレイグの横を通り過ぎて行くのが見えた。
「ニャー、ニャー!!」
 どさり、と鞄が地面についた音がして、フェイトは慌てて蓋を頭で押してようやく表に出た。
 そして周囲を見回して、真後ろで蹲っているクレイグの姿を目にして慌てて駆け寄る。
「ニャー!」
 ぽたり、とクレイグの膝に何か落ちる。
 それを目の前で見た形となったフェイトは、目を丸くした。
 血であった。彼を覗きこめば右手から血が滴り落ちてきている。男に殴りかかった時に、返り討ちにあってしまったようだ。
「ニャ、ニャァ!」
「……ミント、ごめんな。閉じ込めたままで。怪我してねぇよな?」
「ニャー……」
 クレイグは静かにそう言った。
 声が震えている。
 こんな時ですら彼は目の前の猫を気遣い、笑おうとしていた。
(……クレイ……っ)
 フェイトはクレイグの腕によじ登って彼の右手の傷の具合を確かめた。
 切れてはいるが、指などには重症は見られない。
 感覚でのみでの推測だが、男はごくごく小さな爆発を起こしてクレイグの拳を跳ね除けたのだろうと思った。
 スピードも動きも正確であったはずなのに、それでも彼はやはり『ただの高校生』でしかなかった。
「ちくしょう……っ」
 悔しさを吐露するクレイグ。
 フェイトはそれを彼の傍近くで聞いた。
 ゆっくりと顔を上げれば、彼は歯を食いしばりながら目に涙を浮かべている。
(クレイ……)
 じわじわと目の端に溜まっていく雫。
 次の瞬間にはそれが彼の瞳を離れて、ぽたっとフェイトの額に落ちてくる。雫が目の前で弾ける光景が、とてもやるせない気持ちにさせられて、フェイトは鳴くことすら出来なかった。
 一人の男の身勝手で変わってしまったクレイグの世界。
 一瞬でおもちゃのように壊れた教会。失われた多くの命。その中に居合わせてしまった彼の両親。おそらくはもう、助からないだろう。
 千影がクレイグを引き離した時に彼は、折り重なった影を見ていた。それは、父が母を庇い抱きしめている姿だった。
「父さん、母さん……俺を、置いて行かないで……」
 フェイトはその声音に目を見開いた。
 どこかで聞いたような響きだと思ったからだ。

 ――俺を置いて行かないでくれ。

 いつ聞いたのだろう。間違いなくクレイグの声で記憶している。
 だが、今は思い出せない。
「!」
 どうしようもない気持ちに苛立ちを感じているところで、ビクリ、とフェイトの体が震えた。
 クレイグの背後に感じた気配に反応したのだ。
 あの男が迫ってくる。
 そうは思っても、猫のままでは何も出来ない。
「ニャァ!!」
 フェイトは慌ててクレイグへと向かって鳴いた。
 だがクレイグはそれには応えることはせずに、フェイトの体を抱きしめてさらに背中を丸めるのみだった。
「ニャ、ニャー!」
(クレイ、立って!!)
 フェイトは必死にそう訴えた。何とかして彼に危険を報せたかった。
 ここで彼を失う訳にはいかない。未来でクレイグは自分と出会って、一緒に任務をこなして、好きだと言うのだから。一緒の時間を過ごすのだから。
「ニャァ、……っ、クレイッ!!」
「――待ちなさい!」
 フェイトが精一杯の声を貼り上げたそれと、千影の声が重なった。
 今まさにクレイグの背中を吹き飛ばそうとしていた男が、怪訝そうにして彼女に振り向いた。
 そして数秒遅れて、クレイグもゆっくりとそれに振り向いてみせた。
「なんだぁ、さっきの嬢ちゃんじゃねぇか。オッチャンに用事かよ?」
「あなた、とても悪い子ね。こんなにいっぱい、色んな人を巻き込んで……心は傷まないの?」
「別に、感じねぇなぁ。俺はそれよりもっと辛い思いをしてきた。嬢ちゃん、ネズミ食ったことあるかよ? そこらに這ってる虫は? これって屈辱だろ?」
「それでも、あなたは間違ってる。ヒトである以上、例えどんなすごい力を持っていたって、ルールから外れちゃ駄目なの」
 男は千影の言葉を虚ろな瞳で左から右へと聞き流していた。
 「ガキの説教かよ」と毒づき、最初から聞く耳など持たないでいるようであった。
「……お仕置き、だね」
「へっ……そんなちっせぇ身体で何が出来――」
 千影は小さくため息を吐き零した後、すらりと腕を横に伸ばしてみせた。直後、大きな気配が風のようにぶわりと広がり、男もクレイグも目を見開く。
 どこまでも冷たいそれは、氷のようだとも思えた。彼女の伸ばした右腕の先、その手の内には黒い杖が収まっていて、千影は表情に怪しさを讃えてぺろりと舌なめずりをしてみせる。
 可憐な少女が一変にして豹変したかのような、そんな気持ちにもなる。
 だがそれが、千影という少女の本当の姿だ。
「本当は知らない場所で能力(ちから)を使っちゃダメなんだけど……チカももう、ちょっと我慢の限界。食べちゃったりはしないけど、覚悟はしてね?」
「お、お前……何だ、それ……!!」
 男はさすがに焦りを見せた。
 大きく迫り来る気配。それがひたすらの恐怖でしかない事を理解して、後ろにへたりこむ。
「お、おい、待て……待ってくれ……っ謝る、謝るよ……!」
「ウソはダメ。いっぱいヒトを傷つけて、天へと昇らなくちゃいけない魂まで犠牲にして……クレイグちゃんを傷つけて……許さないから」
「や、やめろおぉぉ!!」
「!」
 フェイトはその一連の流れをクレイグの腕の中から垣間見ていた。
 少女が杖を男に向けた瞬間、時空が動く気配がした。
 そして男は、その時空の歪みに精神だけを滑りこませていく。おそらく、無意識に今の現状から逃げたい一心での行動だったのだろう。
 直後、男の体が宙に浮いた。
 杖から放たれた突風に吹き飛ばされて、数メートル先の壁に背中を打ち付け、そのまま地面へと沈んでいく。
「……逃げた……」
 結果をきちんと見つめていた千影が小さくそう言ったが、それはクレイグには届かなかった。
 それ故に、クレイグは千影が男を倒したのだと思い込む。実際、吹き飛ばされた男は地面に沈んだまま動かない。死んではいないだろうが、気を失うほどの威力だったのだろうと純粋に感じて、彼は改めて千影を見上げる。
「……クレイグちゃん、手は大丈夫?」
「あ、ああ……」
「ごめんね、チカがもっと早くにあなたに言えばこんな事にはならなかったかもしれないのに」
「…………」
 千影はクレイグとは距離少し取った場所でそう言った。
 少なからずの責任のようなものを感じ取っているようでもあった。
「チカ、もう行かなくちゃ。……クレイグちゃん、早くお医者さんに診てもらってね。それから、自分を責めたりしないで。心を強く、ね」
「チカゲ……」
 チリン、と鈴の音が聞こえた。
 直後、千影はその場で地面をポンと蹴る。ゆっくり宙返りをしたかと思えば、彼女はそのまま身体を上昇させて夜空に溶けて消えていった。
「……ナイトウォーカーだ」
 人智を超える存在だと思った。
 そして唇からこぼれ落ちた自分の言葉に、クレイグは数回の瞬きをする。
 圧倒的な力。自分には無いもの。
 残された感情は虚しく悲しく――そして一つの希望にも繋がった。
「俺も、あんな風に強くなりたい……」
「ニャー……」
 クレイグの腕の中に収まったままだった黒猫が、小さく鳴いた。
 それを耳にした彼は静かに猫の体を持ち上げて、頬を擦りつけてくる。
「お前が無事でよかった」
(クレイ……)
 囁くようにそう言われた呟きに、フェイトは同じようにして額を擦り付けるしか出来なかった。
 彼は暫くは深い悲しみを抱えて悩むだろう。
 だが、不思議な少女が残したものがクレイグをこれからも導いていく。
 そんな事を思いながら、フェイトはそっと瞳を閉じるのだった。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年11月04日

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