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『白く煌めくハロウィン・パレード 』
青霧・ノゾミ8553)&書目・志信(7019)&(登場しない)


 5階の高さなら、落ちても死にはしない。自分ならばだ。
 そう判断するや否や、書目志信は窓ガラスに体当たりを食らわせていた。
 大きな身体が、ガラスの破片を飛び散らせながらビルの外へ飛び出し、落下を始める。
 直後。ビルの5階全体が爆発した。
 窓が片っ端から砕け吹っ飛び、爆炎が様々な方向に噴出する。
 その様を視界の隅に捉えつつ、志信は落下し、歩道の路面に激突した。
 太い右腕で頭を抱え守り、巨体を丸めて捻りつつ、たくましい肩、分厚い背中、力強い臀部へと、落下の衝撃を分散させてゆく。
 もちろん痛みがないわけはない。
 全身に分散された激痛に耐えながら志信は、ごろりと立ち上がった。
 通行人たちが、降り注ぐガラス片から逃げ回りつつ、恐慌に陥っている。
 怪我人が出ていたとしたら、謝るしかない。
「どうも、お騒がせしちまって……」
 謝る暇もなく志信は、駆け出さなければならなくなった。
 見るからに堅気ではない男たちが、ばらばらとビルから走り出て来たからだ。
 全員、拳銃を持っている。脅しではなく、発砲するつもりだ。
 志信が左腕で抱え込んだ品物を、奪い返すために。
 本、である。人皮で表紙が作られた、分厚い西洋書物。
 こんなもののために、暴力団まがいの用心棒たちを動かし、白昼の街中で発砲事件を引き起こそうとしている男がいるのだ。
「古書マニアってのが基本ろくでなしばっかなのは間違いねえ、が……」
 拳銃が相手であるから、人通りのある場所を逃げ回るわけにはいかない。
 近くの路地裏へと逃げ込みながら、志信は呟いていた。
「ここまでやる奴は……そうそう、いねえな」
 書目志信。45歳。神田にある古書店『書目』で働いている。ほとんど店主のようなものである。
 今日は、仕入れの用事でここへ来た。
 とある依頼で、とある古書を入荷せねばならなくなったのだ。
 その古書の持ち主である老人とは、前もって商談を済ませておいた。金額についても、合意に達していたはずなのだ。
 取引場所には、老人の持ち物であるビルが指定された。
 その5階、応接間か事務室かよくわからない部屋で、志信は確かに金を支払った。本1冊の値段としてはあまりにも馬鹿げている、と普通の人間なら思うであろう金額を、小切手の類ではなく現金でだ。
 トランク内の札束を確認した瞬間、老人の態度は豹変した。
 秘蔵の古書を手放すのが急に惜しくなったのか、最初から金だけを奪うのが目的であったのかは、不明である。
 とにかく志信は、実力行使で商品を奪わなければならなくなった。
 結果が、先程の爆発である。
「金は払ったんだから……な」
 金だけをせしめて商品は渡さない。あるいは、金を払わず商品を奪い取ろうとする。
 日本人にも最近、そのような輩が増えてきた。
 爆発物や拳銃を用いてまで、商品を奪い返そうとする者もいる。
 男たちが、志信を追って路地裏に駆け込んで来た。拳銃を構えながらだ。
 志信は立ち止まり、振り返った。
 男たちが、容赦なく引き金を引く。
 古本屋として気が咎めるのは確かだが、やむを得ない。
 志信は、大切な商品である古書を楯にしていた。
 人皮で装丁された表紙が、バシバシッと銃弾を跳ね返す。
 あの老人が、爆発物を用いてまで奪おうとしている書物である。爆炎や銃撃で破損するような代物ではない。
 得体の知れぬ力を宿した、魔の書物。
 その表紙は、弾丸をことごとく弾き返しながらも、全くの無傷だ。志信の思った通りである。
「なるほど……こいつは本物だ」
 物理的な暴力では傷物にする事すら出来ない、本物の魔書。
 それを楯の形に掲げ、小刻みに動かして銃撃を弾きながら、志信は男たちに向かって踏み込んだ。
 猛牛のような突進。
 鉄槌のような肘が叩き込まれ、丸太のような足が暴風の勢いで跳ね上がる。
 男たちが、吹っ飛んで路面に激突し、あるいは建物の外壁に叩き付けられ、あるいは蹴り飛ばされて宙を舞った。
「お前らもよ、古本マニアじじいの用心棒なんて辞めちまいな」
 倒れ動かなくなった男たちに、志信は声を投げた。
「読みもしねえ本に大金注ぎ込むような奴なんて、本当……ろくなもんじゃ、ねえからな」


 古書マニアであるかどうかは、目を見れば大体わかる。
 その少年は、綺麗な目をしていた。涼やかに澄んだ、青い瞳。
 古本屋に来るような人種ではない、と志信は思った。
 古書漁りに大金を注ぎ込むような輩は、古本屋に入った瞬間に目がギラリと血走る。飢えた獣の目になる。
 稀覯本を求めるあまり食費を削り、本当に飢えて死んでしまう者もいる。
 そんな輩とは無関係と思われる少年だった。
 中学生か高校生かは、よくわからない。とにかく黒っぽい制服を着ている。
 そんな少年が、古書店『書目』のカウンターに、大型のトランクを置いた。
 トランクの中身をちらりと確認しつつ、志信は言った。
「子供にこんな大量の現生を持たせるたぁ、感心しねえな。振込でも良かったんだぜ?」
「現金と現物の交換。それが商売の基本だって、ボクの先生は言ってたから」
 言葉と共に、青い瞳がじろりと向けられてくる。
「……あと、ボクを子供扱いしていいのは先生だけだから」
「今からでもな、その先生とやらに危険手当てを請求してえとこだよ。死ぬような目に遭ったぜ、まったく」
 ぼやきつつ志信は、少年の眼前で、今回の商品をカウンターに置いた。
 爆発でも銃撃でも破損させる事の出来ない、魔の書物。
「本物だぜ。何やったって燃やせもしねえし破けもしねえ。試しに火でも付けてみるかい?」
「必要ない……わかるよ。これは、本物……」
 少年の青い瞳が、淡く発光した。
「本当は、人の世にあっちゃいけない書物……先生は、そう言ってた。取り寄せてくれてありがとう。『書目』さんに頼んで良かったって、先生に伝えておくよ」
 包まなくていいのか、と志信が声をかける暇もなく、少年は魔書をそのまま手に取って店を出た。


 街は、怪物たちで溢れかえっていた。
 吸血鬼がいる。ゾンビや幽霊がいる。獣人がいる。フランケンシュタインの怪物もいる。
 ハロウィンというのは、元来は何か由緒正しい行事であったのかも知れない。
 それが日本に流れ着いた途端、単なる仮装行列イベントになってしまう。
 お祭り騒ぎ、としか言いようのない仮装パレードを突っ切るようにして、青霧ノゾミはただ歩いていた。
 古書店『書目』からの帰り道である。
 行く時は大型のトランクを持ち、今はこうして古めかしい人皮装丁の書物を抱えている。
 たかが本を、土地が買えるほどの値段で売買する人々が、この世にはいるらしい。
 あの先生がそういう人種であるのかどうかは、わからない。
 とにかく、この本を買って来るように言われた。何日か前に先生が『書目』に取り寄せを依頼した書物である。
 何の書物であるのか、興味がないと言えば嘘になる。
 だが先生はノゾミに言った。決して開いてはいけない、と。
 すでに地球上から失われた言語で書かれているから読めるわけはない、にしても読んではいけないと。
 並の人間であれば、1行目を呼んでいるうちに精神が壊れる。ホムンクルスとて同じであると。
 いかなる害があるにせよ、先生が読むなと言っているのだ。
 開かずに持ち帰る。ノゾミとしては、それだけである。
 1つだけ、問題があった。
 周囲を練り歩く怪物たちの何体かが、じりじりと歩み寄って来ている。
 ノゾミを取り囲む動きである。
「トリック・オア・トリート……ってわけ?」
 歩調を変えぬまま、ノゾミは言った。
「お菓子なんて持ち歩いてないし……イタズラされちゃうのかな? ボク」
「お菓子はいらない。その本をおくれ。君の細腕にはいかにも重そうな、その本を」
 吸血鬼が、続いて狼男が言った。
「大人しく渡しな、坊や。さもなきゃ、イタズラじゃ済まない目に遭うぜ」
「おめえみてえなガキが読んだって、わかりゃしねえんだよ。元の持ち主にほれ、返しちまいな」
 ミイラ男が、ノゾミの細い肩を馴れ馴れしく掴んだ。
「そいつはな、子供のマンガ本じゃねえんだよ。大人しく返さねえとおめえ、冗談抜きでイタズラしちまうぞう? きっ綺麗な肌しやがってよおお」
 息を荒くするミイラ男の顔面に、ノゾミは右手を触れた。
 正確には、右手で握ったものを突き刺した。
 ナイフ……否、氷である。果物ナイフほどの大きさの、鋭利な氷柱。
 それが、ミイラ男の眉間に突き刺さっていた。
「1つ言っておくよ……ボクを子供扱いしていいのは、先生だけ」
 ノゾミの周囲で、白いものが大量にキラキラと飛散する。
 ミイラ男が、凍り付きながら砕け散っていた。
「な……っ……」
「何……しやがった……」
「何だ……何なんだテメエはああああああ!」
 吸血鬼が、狼男とゾンビが、拳銃を構えていた。躊躇いなく、引き金を引こうとしている。
 3つの銃口に囲まれたまま、ノゾミの細い身体がフワリと翻っていた。重い魔書を、左の細腕で抱えたままだ。
 まるで美少女のような右の繊手が、キラキラと光を投擲しながら弧を描く。
 氷柱のような氷の矢が、怪物3体の眉間に突き刺さっていた。
 拳銃を持った男3人が、吸血鬼・狼男・ゾンビの仮装もろとも白く凍り付き、砕け散り、冷たく煌めきながら舞い漂う。
 キラキラと白いものが散り舞う様を、同じく仮装した通行人たちが不思議そうに見つめている。何が起こったのか、理解出来ない様子でだ。手品、などと思っている者もいるかも知れない。
「ハッピー・ハロウィン……」
 歩きながらノゾミは、見つめる人々に一言だけ声を投げた。


 アフター・サービスというものがある。
 持っているだけで命を狙われる危険な商品を、か弱い少年に持たせたまま放置しておくわけにはいかない。
 客の身の安全は、守らなければならない。
 間違いなく、あの少年は襲われる。そこまでは、志信の読み通りだった。
 襲った男たちが、キラキラと美しく砕け散ってゆく。
 志信が少年を助けに入って行く、暇もなかった。
「やれやれ……古本屋ってのは、おかしな客しか来ねえよなあ」
 立ち去って行く少年を、街灯の陰から見送りつつ、志信は頭を掻いた。
「ま……ハッピー・ハロウィンってわけだ」
 ハロウィンの仮装パレードに、仮装の必要などない本物の怪物が混ざっていた。
 ただそれだけの事だ、と志信は思った。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年11月04日

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