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『新天地にて 』
ガイ=ファング3818)&(登場しない)


 酔っ払って意識を失う前に、ガイ・ファングは店を出る事にした。
「おやじ、勘定……」
「お嫌でなければ、我々に払わせてくれんかな」
 大声を出そうとしたガイに、そう言って近付いて来た男たちがいる。
 先程まで少し離れた席にいた、男たちの一団。
「もちろん、それとは別に報酬も支払う。あんたが生きて帰って来たらの話だが」
「……仕事、ってわけかい」
 ガイは、牙を剥くように微笑んだ。
「まあ後でもいいけどよ。ちゃんと組合の方にも話、通しといてくれよな」
「そうか、もう賞金稼ぎ組合に登録済みか。それなら話くらいは知っていると思うが」
 男たちが、とりあえず席に座って話を始めた。
「この港町から、そんなに遠くない場所さ。怪物の棲んでる洞窟があってな……人が大勢、食い殺されているんだ」
「近くの村人とか町人、旅人、退治に向かった戦士や用心棒の連中、とにかく大勢さ」
「俺の兄貴もだ……恥ずかしい話だけど、仇を討てるような力がなくてな」
「退治して欲しい、その怪物を」
「……一体、どんな奴なんだい」
 ガイは訊いてみた。
「どんな戦い方をしやがるバケモノなのか、わかる範囲でいいから教えてくれねえかな。俺の頭でも一応、対策ってもんを立てとかねえと」
「そいつは、金属が大好物でな」
 男たちが、教えてくれた。
「金属を、錆びさせて食うのさ。そのために、どんな金属でも腐蝕させちまう霧を吐く。鎧も剣も役に立たないって事だが……あんたは素手で強い人みたいだから、そんなに関係ないかな」
「あと、どうやら魔法の類も効かねえらしい。腕利きの魔法使いが、何人も殺られてる……あんた、魔法は使うのか? それっぽい技を使うって、あの船乗り連中が言ってたけど」
「俺が使うのは、魔法じゃねえよ」
 気功が通用する相手なのかどうかは、どうやら戦ってみなければわからない。
 ちなみに勘定に関しては、払ってくれると言うのだから払ってもらう事にした。
 厚意は素直に受けるのが、礼儀というものである。


 金属を腐蝕させる霧を吐く。そして魔法も効かない。
 特殊能力の塊のような怪物であるならば案外、真っ当な戦闘能力は大した事がないのではないか。
 ガイとて、そこまで楽観していたわけではないつもりである。が、少しはそんな事を思っていたかも知れない。
 だとしたら、甘いとしか言いようがない。
 一目、怪物を見た瞬間、ガイは理解せざるを得なかった。
「……強えな、こいつは」
 洞窟内でガイを待ち受けていたのは、丸く分厚い外骨格に覆われた、甲虫のような巨体である。
 突進すれば、人体を軽く押し潰してしまうであろう巨大な甲殻質の身体。そこから鋭利な節足が左右に4本、伸びている。
 後方に向かって禍々しく生えた尻尾は、まるで独立した巨大な百足だ。先端では、毒針らしきものがギラリと輝いている。
 巨体の中央で禍々しく複眼をぎらつかせた顔面は、どこか人間の頭蓋骨にも似ている。その口では、大顎か牙が判然としないものが、毒々しい汁気を滴らせながらバキバキと蠢いている。
 瘴気にも似た霧が渦巻く洞窟内で、ガイはそんな怪物と睨み合っていた。
 金属を腐蝕させてしまう霧、という話だが、鎧も武器も帯びていないガイの強固な半裸身には、何の効果ももたらさない。
 腐蝕の霧が通用しない相手に、怪物が眼光を向けてくる。左右の複眼は、敵意ではちきれてしまいそうである。
 百足のような尻尾が、どれほどの長さであるのか、正面からではよくわからない。
 少なくとも、こうして若干の間合いを開いて対峙している自分には容易に届くであろう、とガイは判断した。
 先端の針を煌めかせ、ゆったりと揺らめきうねる魔獣の尻尾。いつ襲いかかって来ても対処出来るよう、ガイは身構えていた。
 意識が、その尻尾にのみ向けられている。
 それが罠である、という事にガイが気付いた時には、いくらか遅かった。
「ぐ……ッッ……!」
 腹部に、衝撃が突き刺さって来る。
 怪物の頭部。甲殻質の巨体に埋もれていたそれが、発射されたのだ。
 頸部、と言うか脊柱が、まるで発射されたかのように伸びていた。
 大顎か牙か判然としないものが、ガイの分厚い腹筋に突き刺さっている。幸い、臓腑には達していない。
 尻尾に敵の注意を引き付けた後、頭部を伸ばして食らい付く。高度な知能と言うべきか、あるいは習性か。
「何にしても……見事に、してやられちまったと。俺って奴ぁ……うおっ!」
 ガイはとっさに、左腕を掲げた。頭部を守るためだ。
 罠の役割を果たした尻尾が、攻撃に転じていた。鞭のような速度で、伸びて来たのだ。
 その先端の針が、ガイの左前腕に突き刺さる。
 腹部では、牙か大顎かよくわからぬものが獰猛に蠢き、強固な腹筋を無理矢理に食い破ろうとしている。
 痛みは、あまり感じられない。痛覚が、すでに麻痺しかけている。
 痛みを感じないまま、ガイは血を吐いた。飛び散った血飛沫が、あまり赤くない。紫に近い色をしている。
 毒。怪物の尻尾か、頭部による食らい付きか、どちらから流し込まれたものかは不明である。
 とにかくガイの肉体は今、猛毒に蝕まれていた。
 痛覚だけではなく、全身のあらゆる感覚が麻痺してゆく。ぼんやりと、心地良さすら感じられる。
 安らかな死に直結する、心地良さであった。
「ぐっ……う……ぉおおおおおおおおおおッッ!」
 それに抗って、ガイは吼えた。咆哮が、霧たちこめる洞窟内に響き渡る。
 麻痺しかけた両足で、ガイは無理矢理、踏み込んで行った。
 巨体が、腹部に怪物を食いつかせたまま突進する。
 紫色の血反吐を飛び散らせながら、ガイは叫んだ。
「気功、乱舞脚うおりゃあああああああ!」
 大樹のような右足が離陸し、荒れ狂う。横向きに踏み付けるような蹴りが、怪物を幾度も直撃する。
 甲殻質の巨体に、いくつもの足跡が穿たれた。外骨格が何ヵ所か破裂し、おぞましく蠢く内部組織が溢れ出す。
 ガイの腕から、針が引き抜かれた。腹筋に食らい付いていた頭部が、毒々しい体液を吐き散らしながら離れて行く。
 右足の着地と同時に、ガイは左足を跳ね上げていた。筋骨たくましい全身が、竜巻の如く捻転する。
 凶器そのものの筋肉を盛り上げ引き締めた左脚が、超高速で弧を描く。後ろ回し蹴りの、一閃だった。
「気功……斬鉄蹴」
 ガイが、ゆらりと左足を着地させる。
 破裂しかけていた怪物の巨体が、真っ二つになっていた。
 生命を失った2つの肉塊が、急速に干涸びてゆく。
 その屍の近くで、ガイはどしりと座り込んでいた。
「……危なかった……ぜぇ……」
 息をつき、気の力を体内で駆け回らせる。
 癒しの気功。
 麻痺していた全身に、まずは痛みが甦った。
 左腕と腹部で、切り裂かれた筋肉が、蠢きながら融合してゆく。
 麻酔なしで傷口を縫い合わされるような激痛に耐えながら、ガイは無理矢理に微笑んだ。
「初っ端から、この様たぁな……面白くなりそうじゃねえか、おい……」
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2014年11月07日

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