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『ありがとうをあなたに 』
サフィリーン(ib6756)&ジョハル(ib9784)


 硝子ペンを顎に当てサフィリーンは眉間に皺を寄せた。
「むぅ……」
 開拓者向けの下宿『なずな荘』にある彼女の部屋。文机に置かれたランプの揺れる灯がサフィリーンの眉間の皺を寄り一層深く見せている。
「……日に舞台を公演いたします。つきましては……」
 筆を途中で止める。そしてくしゃりと丸めて後ろへ放った。背後には既に沢山の丸められた便箋が転がっている。
 初めての舞台を貸しきっての公演、その招待状を書いているのだ。
 大きな公演ではない。大好きなお兄さんのために、いつも自分が踊っている酒場『浮雲』での小さな舞台である。
 でもとても大切な舞台。
(だって約束したの……)
 思い出すのは飄々とした、女の子の扱いに慣れているといった風にサフィリーンをからかうその人の姿。優しくて綺麗な青の隻眼。
(大好きなジョハルお兄さん……)
 伏せた眼に封筒に記したジョハルの名が滲んで見えた。
 彼はもう長くないのだ。時間は容赦なく彼の身から命を流れ出させ、そして今その世界から光をも奪おうとしている。だから彼と一つ約束をしたのだ。
(ジョハルお兄さんの目が見えるうちに、お兄さんの為に踊るって……)
 自分のありったけの想いを込めて。
 口頭で時間と場所を告げてもなんの問題もないだろう。
 だけど、とペンにインクをつける。大切な舞台だからこそ出来る限りの事をしたかった。
 念入りに選んだ封筒と便箋、ちょっと高いけどお気に入りのインク、藍色の硝子に金箔の星が浮かぶ取っておきの硝子ペン。
 お話しする調子だと子供っぽいかな、事務的だと愛想がないかな、あれこれ悩んで何度も何度も書き直す。
 そしてどうにか書き終えた招待状は封筒に大切にしまう。
 綴じた封筒に施す封蝋。印璽代わりは砂の海に浮かぶ一つの星、故郷アル=カマルで使われていた古いコインだ。
「ジョハルお兄さん、頑張って踊るから」
 見ていてね、と手紙の向こうのジョハルに語り掛けた。


 酒場『浮雲』はなずな荘と開拓者ギルドを挟んでちょうど反対側あたりにある。約束の日、やってきたサフィリーンを迎えてくれたのは店の主人の元気な声と懐かしい煮込み料理の香り。元開拓者であちこちの儀を回っていたという主人に身体とお腹にいいアル=カマル料理とスープをお願いしておいたのだ。
「茄子のディップだ!」
 カウンターに置かれた料理にサフィリーンがはしゃぐ。
「うちのも胡麻たっぷりで美味しいよ」
 店主が堅めに焼いたパンにディップを乗せて差し出してくれる。頬張ったサフィリーンは「美味しい!」と目を丸くした。得意そうに親指をぐっと上げる店主。
 衣装に着替えたサフィリーンは鏡を覗き込む。光沢のあるベージュを基調にした衣装は動くと様々な表情を見せる。手足で揺れるのは小さな金色の鈴。
「調子はどうかな?」
 とん、と跳ねると答えるように鈴が可愛らしい音を立てた。
 ドアベルが鳴る。ジョハルがやって来たのだ。
「ジョハルお兄さん、いらっしゃい!」
「今宵はお招きに預かり……」
 駆け寄るサフィリーンにジョハルが芝居がかった仕草で腕を胸の前に置き挨拶をする。
「こっち、特等席を用意したの」
 ジョハルの手を引いて舞台の正面、窓際の席に案内した。「さあ、どうぞ」と椅子を引けば「エスコートされるレディの気分だ、ね」とジョハルが笑う。
「今日は、アル=カマルの料理を用意してもらったの。マスターは以前開拓者で……」
 衣装が汚れたら大変だから、と心配する主人の奥さんに「大丈夫」と出来上がった料理をテーブルに運びながら色々話す。何時も以上におしゃべりなのは今から始まる舞台に少し緊張しているせいかもしれない。

 サフィリーンは深呼吸をして舞台中央に進む。立ちなれている舞台、お客様も良く知っている人。だけど掌はじっとりと汗をかき、心臓だって頭の中で鳴っているみたいだ。
(落ち着いて、落ち着いて……)
 鼓動は中々収まらない。顔を上げればお兄さんの姿が見える。
 視線が合うとジョハルは柔らかく目を細めてくれた。サフィリーンも笑みを返す。すっと背中から緊張が引いていくのがわかった。
 ハープを構える友人を振り返る。明るいお日様のような髪を揺らし友人が頷いた。

(さぁ、何を伝えよう)

 ジョハルと約束してからずっと考えていた。大好きなお兄さん、近い未来に待つ別離……。浮かぶ想いを花束にしたらきっと両手で抱えきれないほどの大きな花束になってしまう。

(どう踊ろう?)

 自分の踊りを目指し練習を重ねてきた。きっと以前よりも上手く表現する事ができる。まだまだ完成ではないけど、今の私の踊りを見てもらいたい。

 沢山悩んで考えた。そして最終的に残ったのは……。伝えたいのは……。
 サフィリーンが構える。

 一瞬の静寂。

 流れ出すハープの優しい音色。

("ありがとう")
 たった一言、でも全部が詰った大事な想い。
 胸の中でゆっくり三つ数えてから、足を鳴らして一歩前に出た。そしてそよ風のように柔らかく手を広げる。
 舞布が波のように広がり、衣装を縁取る金糸が灯を反射してきらきらと揺れる。
(今の私は夜空を飛び回る妖精なの)
 舞布は羽根、煌く金糸は光の鱗粉。
 妖精さん、そう言ってくれたのはジョハルのために。

 流れるようにステップを踏んだかと思えば、人形のようにピタリと動かなくなる。そして再び舞布を身体に巻きつけてくるくると回る。緩と急、静と動……それを上手く使い分けるサフィリーンの踊りは以前より少し大人びてみえた。
(大丈夫になった、のかな?)
 自由に伸び伸びと延ばされる細い手足、踊る彼女は楽しそうな笑みを浮かべている。
 いつも元気で明るくて一生懸命で一緒にいると自分まで元気がもらえる、サフィリーンはそんな少女だった。だがここ最近その闊達さがすこしばかりなりを潜め、ずっと悩んでいる様子だったのだ。
 話しかければいつものように笑顔を返し、からかえば頬を膨らませて怒る。しかしふとした拍子に覗く苦しそうな表情。
 ジョハルはそんな彼女をみて、何か力になれればと何度も思った。
 懐から今日の招待状を取り出す。割るのは勿体無くてそのままにしてある封蝋。故郷アル=カマルの広い海のような砂漠に輝く星。
 出逢った頃の彼女の笑顔はまさしくそんな笑顔だった。太陽のように激しさはないが見るものを優しい気持ちにさせてくれる笑顔。もう一度そんな笑顔になって欲しいと思っていたのだ。
(だけど……)
 俺は何も出来なかった、と手をゆっくりと握る。
 先が無いから彼女と関わるわけにはいかない、心に遺した人がいたから必要以上に近付く事を良しとしなかった……言い訳ならばいくらでもみつけることができる。
 だが事実は一つ。
 衰え紗がかかったような己の視界にも鮮やかに浮かぶサフィリーンの姿が眩しくて、そっと視線を外した。
(俺が、誰かに何かを与えられる程の人物ではなかったから……)
 家族に、親友に……そしてサフィリーンに。自分は何かを貰ってばかりだ。

(お兄さ、ん?)
 サフィリーンはジョハルの様子がおかしなことに気付いた。窓から入り込む星明りに照らされた血の気のない青白い横顔。伏せられた長い睫の影から覗く青い目は寂しそうで、彼の顔を彩る淡い金色の髪も相俟って、このまま星の光に溶けてしまいそうだ。
 唐突に彼がどこか遠くに行ってしまうのではないか、とそんな予感に襲われる。
 舞台から降りると、そのまま滑るような足取りでジョハルの傍まで行く。
 そして彼を覗き込んだ。この時ばかりは笑顔を忘れていた。きっと酷く心配そうな顔をしていたのだろう。驚いたジョハルが眼を瞬かせていた。
「綺麗だね……サフィリーン」
 サフィリーンの銀色の髪を一房、ジョハルは掬い上げる。そして淑女の手にするようにかるく唇を寄せた。女の子をからかうようないつも通りのジョハル。
「まるで夜空に輝く星のようだ」
 ジョハルが少しおどけたように言うものだから、サフィリーンもそれ以上は何もいわない。
「すらすら出てくる気障な台詞は信用しちゃだめなんだって」
 知ってる、と踊りの振りのように大きな動作でふい、と横を向くと髪がジョハルの手から零れる。
「嘘じゃないよ。本当に綺麗だ……。星の妖精さん」
「だけどジョハルお兄さんに言われると嬉しくなっちゃうから、ずるい」
 一転、くすぐったそうに嬉しそうに笑いながらジョハルの周りをクルクル回る。
 サフィリーンに向かって手を伸ばすジョハル。
(夜空に輝く星はお兄さんのほうだよ……)
 朝が来る事を教えてくれる星……。自分の中に大好きをくれた人……。
(明けの明星に会えた感謝を……)
 想いと共にサフィリーンは一度胸に寄せた手を差し出す。
(沢山のありがとうを!!)
 互いの指先は触れなかったがその間にきらきらと光る星がサフィリーンには見えた。
 ハープが最後の音をかき鳴らし曲が終わる。舞台中央でサフィリーンは静かに頭を下げた。
 ジョハルの拍手が聞こえる。肩で息をしたくなるほどに苦しい。でも妖精はそんな姿みせないはずだ。
 ゆっくり呼吸を整えてから顔を上げた。
 二人視線を合わせて微笑みあう。

 目を閉じ余韻に浸るジョハルは胸に手を置く。胸が温かい。

「ありがとう」

 彼女の声が聞こえたような気がした。
(そうだ……ね)
 口元に浮かぶ笑み。何もできなかった自分にこんなにも温かい気持ちを伝えてくれたサフィリーン。
 果たして自分が彼女にそれほど思われるのに値するかわからないけど、と先ほどと同じ思考に陥りかけ苦笑する。
 ジョハルが自身を『そんな価値もない』と否定してしまうのは簡単だ。だがそれは折角彼女が懸命に伝えようとしてくれた想いを否定する事になるのではないか、とも思った。
 何も出来なかった自分でもできる事はある。
 純粋に相手を想う、その気持ちを伝えたい。伝える事ができるうちに。
 やって来るサフィリーンを笑顔で迎えた。
「君の笑顔がまた見られてよかった」
 告げる言葉とサフィリーンが胸に抱いた花を差し出したのとほぼ同時だった。
 小さなダリアの花束。
「俺に?」
 頷くサフィリーン。ジョハルは大切に優しく両手で受け取る。
「ありがとう……」
 自分のために舞ってくれたこと、花束、笑顔……いいや、それだけではない。理由も言い訳も全て取っ払って、残るのはたった一つの単純で明快な想い。
「ジョハルお兄さん」
 ダリアの向こうサフィリーンが笑う。アル=カマルの星を思い出すとびきりの笑顔だ。
 たとえこの先、残された光が失われたとしても彼女の笑顔は色褪せることはないだろう。
(君に感謝を……)
 あたかもそれは神聖な祈りのように心の中で告げて、ダリアに額を押し当てた。
「……折角の舞台なんだから俺が花を用意しておくべきだった、ね」
「じゃあ、今度はお兄さんからのお花もらえるのを楽しみにしておかないと」
 ぱちり、とウィンクするサフィリーンに「これは責任重大だ」とジョハルが肩を竦める。
 今度、その言葉に互いの胸に浮かんだことはそれぞれそっとしまいこんだ。

 開け放した窓から夜明け前の冷たい空気が入り込んでくる。舞台の熱が覚めやらずサフィリーンは中々寝付けなかった。
 薄紫の東の空に輝く明けの明星……。
「ありがとう」
 直接は告げなかった言葉を空に向かって呟いた。
 間もなく空が白み始め星は姿を消してしまう。
 でもサフィリーンの心の中には。これからもずっと……ずっと消えることの無い明けの明星。
(ありがとう、私と出会ってくれて……)
 踊りの間も繰り返した言葉をここでもまた繰り返す。
 ジョハルの笑みを思い出した。
 大丈夫、自分の思いは伝わっている。あの時、互いの間に見えた輝く星は幻ではなく本物なのだ。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名    / 性別 / 年齢 / 職業】
【ib6756  / サフィリーン / 女  / 14 / ジプシー】
【ib9784  / ジョハル   / 男  / 25 / 砂迅騎】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きましてありがとうございます。桐崎ふみおです。

互いにこれから起こる事を知った上で、過ごす穏やかな時間いかがだったでしょうか?
発注文を最初に拝見した際に、両手一杯に抱えたダリアの花をジョハルさんに降らせているサフィリーンさんが浮かびました。
なのでそんなイメージで今回は描かせて頂いております。

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
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舵天照 -DTS-
2014年11月10日

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