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『黄金の炎と暗黒の炎 』
ウィスラー・オーリエ8776)&黒蝙蝠・スザク(7919)&(登場しない)


 この世が平和ではないのは、神がいないからだ。
 だから世の人間どもは、心の中に神を捏造せずにはいられなくなる。
 存在しない神を心の拠り所にして、様々な愚行蛮行を繰り広げる。
 その全てを、実在するわけでもない神の名のもとに正当化してしまう。
 だから、戦争も犯罪も、この世から一向に無くならないのだ。
「そのような愚かなる、そして哀れなる者どもを導く手段は、ただ1つ……」
 真紅の絨毯の上で、ウィスラー・オーリエは胸に片手を当てながら、踊るように身を翻した。
 絨毯に沿って立ち並ぶのは、様々な魔獣・幻獣・神獣の姿が彫刻された柱。
 そんな荘厳なる屋内風景の中で、純白のスーツに包まれた細身が、くるりと躍動する。
 金髪碧眼。絵に描いたような貴公子の美貌が、うっとりと微笑みを浮かべる。
「実存の神を、造り上げ奉る事……そう、我らドゥームズ・カルトは! それを成し遂げたのだ!」
 概念・理念としての神ではない。
 生命体という形で実在する、物質的な超越者としての神。
 その存在を世に示せば、人間どもが心の中に神を捏造する事もなくなる。
 実在の神が、そこにいるのだから。
「世の者どもを霊的進化へと導くのは、虚無の境界ではない! 我らドゥームズ・カルトこそが、大いなる滅びそして革新への魁となる! 何故ならば、実存の神が我らと共にあるからだ!」
 実存の神を祀る、神殿内部。熱を帯びたウィスラーの叫びが、しかしどこか寒々しく響き渡る。
「実存の神の御もとへ、私は帰って来た! ドゥームズ・カルト大幹部ウィスラー・オーリエの帰還である!」
「……さっきから、誰に向かって説明してるわけ?」
 冷ややかに、声をかけられた。
 神獣『麒麟』の姿が彫り込まれた柱。その影に、ほっそりと小柄な人影が佇んでいる。
「あなた自身?」
 黒い。ウィスラーはまず、そう感じた。
 ゴシック・ロリータ調の、黒いワンピース。ツインテールの形に束ねられた、艶やかな黒髪。
 屋内だと言うのに、傘を持っている。翼を畳んだ蝙蝠のような、黒い傘。
「そんなふうに、自分に向かって説明してないと……忘れちゃう? 思い出せなくなってるでしょ、いろんな事」
 それら黒色と鮮烈な対比を成す、白い肌。そして真紅の瞳。
 黒兎を思わせる少女である。長いツインテールは、まるで垂れた耳だ。
「ずいぶんと頭の中、いじられちゃってるみたいねえ」
「誰だ貴様……この私と対等に口をきこうなどと、身の程を知らぬ小娘が」
 言いかけて、ウィスラーは思い出した。
「いや、貴様……黒蝙蝠スザク、か?」
「はい、よく思い出せました」
 少女が、ぱちぱちと手を叩く。
「他に思い出せる事ってある? 例えば、あなたが大幹部でも何でもない単なる使いっぱ、だって事とかぁ」
「使い走りは貴様の方であろうが」
 ウィスラーは嘲笑った。この少女の事を、思い出しながら。
 黒蝙蝠スザク。
 ドゥームズ・カルトの末端戦闘員として、様々な汚れ仕事を行っている少女である。身を粉にして戦う、くらいしか能のない小娘だ。
「暇ならば、我らに刃向う者どもの首を1でも2つでも刈り取って来るが良かろう。貴様は猟犬なのだからな……そこをどけ。私は神に拝謁せねばならん」
「その前にぃ、思い出さなきゃいけない事いっぱいあるでしょ?」
 複数の気配が生じた。
 複数、と言うより多数の何かが、周囲の柱の陰に隠れている。
「あなたが、安物のホムンクルスにボコ負けして……捕まっちゃった事とかぁ」
 スザクの言葉に合わせるかの如く、それらが姿を現した。グリフォンが彫り込まれた柱の陰から、あるいはバジリスクの姿が彫刻された柱の陰から。
「捕まった先で、いろいろ喋っちゃった事とかぁ」
 20人近いウィスラー・オーリエが、そこにいた。
 金髪碧眼の、秀麗な容貌。純白のスーツ。全て、同じ姿である。
「都合良く忘れちゃったのかなあ? じゃ思い出させてあげる……あなたはね、敗者なのよん」
「何を、わけのわからぬ事を……」
 笑おうとしながらウィスラーは、軽く頭を押さえた。
 思い出せない事は、確かにある。
 自分は今日、この神殿に帰って来た。神に、拝謁するために。
 どこから、帰って来たのか。
 何らかの任務を帯びて、どこかへ向かった。
 向かった先で任務を成功させ、帰って来た。そのはずである。
 否。その任務は、本当に成功したのか。
(成功に、決まっている……私が失敗など、するはずがない……)
 成功の記憶が、しかし頭の中に見つからない。
 何も思い出せぬまま、ウィスラーは呻いていた。
「私が、敗者だと……敗れ、捕えられただと……」
「あまつさえ命だけは助けられて、こうやって返品されて来たってわけ。どう、恥ずかしいでしょ? 無様だと思わない? 舌噛んで死ぬなら見届けたげる」
「そうか貴様……私を失脚させ、その後釜を狙っているのだな」
 秀麗な容貌をニヤリと歪め、ウィスラーはスザクを睨んだ。
「大幹部の地位欲しさに私の失敗を捏造するとは、まさに小娘の浅知恵よ」
「ある意味すっごいポジティブシンキング。そーゆう所だけは、見習ってあげてもいいかしらん」
 スザクが、生意気にも呆れている。
「だけどまあ、そろそろ現実見なさいな。あなたはね、神に見放されたのよ……あたしがここにいる、それが証拠」
 神に見放された者たちの粛清処分を主な任務とする少女が、右の繊手で傘をくるりと弄ぶ。
 20人近いウィスラーが、ゆらりと踏み出して包囲を狭めて来る。本物を、取り囲む。
 純白のスーツに包まれた身体をメキメキ……ッと痙攣させながらだ。
「このクローンちゃんたちは、使い捨ての兵隊として有効利用してあげる。本物はここで処分……生ゴミとして、ね」
 傘の先端が、麒麟の彫像を突き刺した。大理石の彫像柱に、細かな亀裂が広がった。
 ウィスラー自身は製造の同意などしていないクローン20体近くが、白いスーツを破り散らしながら、膨張変異を遂げていた。
 変異した肉体の、ある部分は甲殻を盛り上げ、ある部分は鱗と化し、ある部分は獣毛を生やしている。秀麗だった顔は、頬を裂いて牙を伸ばし、眼球を血走らせ、鼻孔を醜く広げて荒い鼻息を噴射する。
 異形化した全身からは、百足のようなものが何本も伸び、禍々しくうねっていた。先端に牙を備えた、甲殻の触手。
 そんな怪物たちが、あらゆる方向から襲いかかって来る。
 襲い来る者たちを、しかしウィスラーは見ていなかった。
 声が震えた。身体が、震えた。
「…………呼ぶな……私を……」
 思い出せなかったものが突然、甦って来たのだ。
 それは、屈辱の記憶。怒りの記憶。
「私を……私をゴミと呼ぶなぁああああああああああッッ!」
 そして、恐怖の記憶であった。


 ウィスラー・オーリエは元々、欧州のとある財閥の御曹司であった。
 ドゥームズ・カルトに加わったのは、単なる金持ちの道楽であろう。
 黒蝙蝠スザクは、そう思っている。
 この組織が、そんな御曹司を幹部の地位に据えていたのは、財閥を利用するためだ。財閥は財閥で、御曹司を通じてドゥームズ・カルトを利用しようとしているに違いない。
 ウィスラー・オーリエ本人に、何らかの人材的価値があるわけではないのだ。
 無能な御曹司のクローン体を、ほぼ無限に量産出来るようになった。余計な意思を持たず、組織の命令通りにしか動かない、生きた傀儡の群れである。これでオーリエ家の財閥を、思い通りに動かす事が出来る。
 本物のウィスラー・オーリエに、もはや生かしておく理由はない。
 処分する理由を、彼自身が作り出してくれた。
 安物のホムンクルスに敗れ、捕われ、尋問されて情報を漏洩するという失態を晒してくれたのだ。
「ねえ、今どんな気分? 自分のクローンに寄られてたかられてグッチャぐちゃのミンチにされるって、なかなか出来る死に方じゃないと思うんだけどぉ」
 異形化したクローンの群れが、本物を取り囲みながら暴れている。
 百足のような甲殻触手の群れが凶暴に蠢き、汚らしいものをビチャビチャと飛び散らせる。血の塊か肉の切れ端か判然としない、ウィスラー・オーリエの破片。
 その虐殺の有り様に、スザクはスマートフォンを向けていた。
「ん〜、なかなかのスナッフ・ムービー。あたしのブログにアップしたげるから、ほらもっと面白い悲鳴とか上げてみなさいよぉ。まだ生きてるでしょ? あなた生命力だけはあるんだから」
 そんな言葉をかけながらスザクは、可憐な両足でひょいとステップを踏んだ。
 何かが、足元に倒れ込んで来たのだ。
 ウィスラーの、クローンの1体。怪物化した巨体がズタズタに潰れ、ぶちまけられている。
「ちょっと……!」
 息を呑みつつスザクは、ある事に気付いた。
 20体近くいたはずのクローンが、随分と少なくなっている。今は10体にも満たない。7体。いや今、6体になった。
 血飛沫か肉片か判然としないものとなり、飛び散っているもの。それはウィスラーの、本物ではなくクローン体の方であった。
 金色の、炎が見えた。
 炎の中から、何匹もの百足が現れ、荒れ狂い、クローンの群れをことごとく食いちぎっている。
「呼ぶな……私を、ゴミと……呼ぶなぁああぁあぁ……」
 炎に見えたのは、黄金色の体毛であった。
 元々のウィスラー・オーリエと比べて、一回り近くガッシリと筋肉の増した全身は、竜を思わせる鱗に覆われている。その各所で、装束のようでもある金色の獣毛が、風もないのに揺らめいているのだ。
 炎にも似た、黄金色の体毛。それを掻き分けるようにして、何本もの甲殻質の触手が生え伸び、獰猛にうねりながら牙を剥く。
 首から上は、言うなれば金色に燃え上がる頭蓋骨であった。炎のような金髪を押しのけて生えた角は、形状としては鹿のそれに近い。
 眼窩の内部では、真紅の光が禍々しく輝きくすぶっている。
 直立した麒麟、に見えなくもない怪物の足元に、クローンの最後の1体がグシャアッと倒れて伏した。
 原形を失ったその屍を、蹄のある片足で踏み付けて立つ、金色の炎の怪物。
 ウィスラー・オーリエ。
 この御曹司がドゥームズ・カルトの生体改造技術によって怪物と化している事は、スザクも知っている。
 それとは全く格の違う怪物となって、ウィスラーは帰って来たのだ。
「誰よ……一体……」
 軽やかに後方へと跳躍しながら、スザクは傘を開いた。
 甲殻に覆われた触手の群れが、一斉に襲いかかって来たのだ。何匹もの、凶暴な百足のように。
「このゴミみたいな素材を、こんなバケモノに造り変えたのは……ッッ!」
 翼を広げた蝙蝠が、激しく羽ばたくが如く、黒い傘が回転する。
 そして、襲い来る百足の群れを弾き返した。
「私を! ゴミと呼ぶなああああああああ!」
 怒声、と言うよりは慟哭に近い絶叫。
 それと共にウィスラーの全身で、炎にも似た金色の体毛が、本物の炎と化した。
 黄金色の猛火が、プロミネンスのように燃え伸びてスザクを襲う。
「こいつ……っ!」
 ゴシック・ロリータ調に着飾った細身が、舞うように翻る。兎の垂れ耳に似た黒髪のツインテールが、フワリと弧を描く。
 その髪から、艶やかな黒色が溢れ出し、燃え上がった。
 黒色の炎。それがスザクを螺旋状に取り巻きながら、金色の猛火とぶつかり合う。
 暗黒と黄金。赤くはない2色の炎が激突し、そして爆発した。2色の爆炎が、神殿内で激しく渦を巻く。
 彫刻の柱が、ことごとく砕け散った。
「ゴミではない……私は、ゴミではなぁあぁい……」
 ウィスラーの声が聞こえた。泣き声だった。
 やがて、爆炎は消えた。
 麒麟、に似ていなくもない怪物の姿も、消えていた。
「逃げたわね……」
 麒麟が彫られた柱の残骸を、スザクは愛らしい爪先で蹴り付けた。
「あなたはゴミよ、神に見捨てられたゴミのくせに、ドゥームズ・カルトの内情をある程度は知っている」
 再び折り畳んだ傘をビュッと回転させながら、スザクは白く愛らしい歯をギリッ……と噛み合わせた。
「見つけ出して、必ず処分する……泣いたって、許してあげないんだからっ」
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東京怪談
2014年11月11日

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