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『戦牙蒼炎―戦いの終焉へ 』
水嶋・琴美8036)&(登場しない)

先に動いたのはくノ一の女。
小太刀を平行に構え、左手一本で琴美の喉元めがけて突きをくり出す。
その速さは槍使いの比ではない。
だが、琴美は素早く引き上げて右手のクナイで受け止め、逆に左手のクナイを勢いよく、くノ一の首元に狙いをすまして振り下ろす。
その切っ先が届く前にくノ一は小太刀でそれを振り払う。
後方の遥か彼方に飛ばされるクナイが綺麗な半円の軌道を描いて、床に突き刺さる。
これ以上の踏み込みは危険かと判断した琴美は細かく背後に飛び下がりながら、くノ一から距離を取った。

―なるほど、駆け引きと技に長けた方なんですわね

わずかに刃を交えただけ、実力は充分に計り取れた。
先に戦った槍使いはどちらかと言えば、力に任せた直情系。だからといって、何も考えていない戦闘狂とは違う。
敵の力を肌で感じとり、本能的に適切な攻撃を繰り出せる―いわば天才型。
対して、くノ一は計算に富んだ冷静系。相手の動きを一歩、二歩先を読んで攻撃を仕掛けてくる戦略型。
その攻撃は常に一撃必殺。力で劣るからこそ、短時間で決着をつけようとしてくる。
対極な位置にある二人だが、だからこそバランスが取れている、と琴美は考え、大きく肩で息をついた。

「冷静だな……でなくば、生き残ってこられぬか」
「お褒めの言葉としておきますわ。ですが、貴女も十分冷静ではなくて」
「言ってくれる」

厳しい表情をわずかに緩め、琴美を見上げると、くノ一は手にした小太刀を握り直す。
じりっと一歩足を踏み出したのを琴美が目の端で捉えた瞬間、3メートルほどの距離をとっていたはずのくノ一の姿が掻き消え、一瞬にして眼前に迫る。
身構える間も反撃する間も与えない、高速の動き。
唖然とした琴美の首筋に最高の笑みを浮かべたくノ一は小太刀を振り下ろす。
鋭く研ぎ澄まされた刃が首を切り裂いた―かに見えた瞬間、煙のように掻き消え、その刃は空を切る。
切りつけた反動で前のめりになり、体勢を崩していたくノ一は大きく舌を打ったと同時に強烈な殺気を背後に感じ―次の瞬間、焼けつくような痛みが肩を走る。
くノ一の速さをさらに上回る動き―神速の動きで背後に回り込んだ琴美が両手にしたクナイを素早く振り下ろしたのだ。

「くっ!!浅いっ」

完璧に捉えたと思った琴美は悔しげに呻く。
反射的にくノ一が身を翻した為に、その切っ先はわずかに皮膚を切り裂くだけにとどまった。
それどころか、くノ一は右足を振り上げ、琴美に向かって回し蹴りを食らわせる。
床を蹴り、両足を抱え込んで抱え込み宙返りして、琴美はくノ一との距離を大きく取り、太ももにクナイを納める。
咄嗟の反撃が無効にされただけでなく、勢い余って体勢を大きく崩したくノ一に向かって、拳を構えた琴美が一気に懐に踏み込む。

逃げる間も反撃に移る間もなく、琴美の拳がまともにくノ一の鳩尾をきれいに打ち抜く。
強烈な衝撃に息がつまり、身体を九の字に曲げるくノ一に容赦なく琴美は乱打を与える。
目にも映らぬ拳の弾幕に抵抗することもできず、糸の切れた操り人形のように踊り狂うしかないくノ一。

「あら、ごめんなさい」

凄まじい乱打を突如止めると、琴美はだらりと脱力して倒れ込むくノ一に柔らかく笑いかけ、囁いた。

「少々、手荒すぎましたわね。ですが、女性であっても手加減するは失礼になりますから」

本気でいかせていただきました、と告げる琴美の声はすでに意識を吹っ飛ばしたくノ一に届くわけがない。
ずるりと床に倒れ伏すくノ一を一瞥し―背後から突いてきた槍を寸前でかわし、その刃を右の指で挟みこむ。
ちっ、といら立ちを隠さない舌打ちが聞こえ、刃を引こうと試みるが、琴美の右人差し指と中指に白羽取りされた刃先は微動だにしない。
女の―しかも白魚のような細い指に挟まれた程度で、と槍使いはやや強引に引き抜こうとするが、全て徒労に終わった。

「嘘だろ……指二本で白羽取りなんて」
「この程度のこと、『水嶋』では当たり前ですわよ」

顔だけ振り返って、艶やかな笑みをたたえると、琴美は軽く指に力を込め、勢いをつけて槍をそのまま押し返す。
目にも止まらぬ速さで戻ってきた槍の柄をかわす間もなく、槍使いの鳩尾に深々とえぐり込んだ。
肺機能が停止するのではないか、と思うほどの強い衝撃に槍使いは白目をむき、そのままだらりと床に倒れ伏した。
微動だに動かなくなった二人に背を向け、琴美は上階へ向かおうと振り向いたその時、場違いに明るい拍手音が響く。
ただの拍手。なのに、これほど奇妙なまでに不安感を煽り立てる。
パチパチという拍手の音が薄暗いエレベータホールから近づく。
自然と身構える琴美の前に姿を見せたのは、長い銀のかかった黒髪を束ね、ゆったりとした着流しを纏った一人の男。
くノ一と槍使いが守ろうとした唯一絶対と思われる存在。
彼らの言うところの『主様』―この忍の一族の長と思しき男だ。

「素晴らしいお点前を拝見させていただきましたよ、水嶋」

呑気とも能天気とも取れる朗らかな声で褒める主。
大事な―のかどうかは分からないが、それでも忠実な部下を倒した琴美をこうも穏やかに褒めるとは、何とも愚かしいと普通の者なら思う。
だが、目の前で対峙する琴美が受ける印象は全く違う。
確かに朗らかで、のんびりとしてはいるが、その瞳は何の感情も映してない。
無感情―ではない。ただ底知れない深い闇を抱え過ぎて、喜怒哀楽の全ての感情が飲み込まれ、一つの色に染まっているのだ。
多少力の計れる者ならば、奇妙とも異様とも取れる底知れない恐怖心を掻き立てられ、闘争心を奪われているところだ。

「敵を褒めるとは、なかなかですが……ご心配ではないのかしら?」
「心配?……なぜ?彼らは全力で貴女に立ち向かい、敗れたんだ。誇りこそ思えど、恥じ入ることなどないだろう」

信じられないと言わんばかりの表情で大仰に驚いて見せる主。
その態度があまりにも素直で裏表のなさに、琴美の方が驚かされる。
戦国の時代から現代に至る長き時を争い、対立を続けていた一族。
ゆえに、幼い頃から言い含められてきた。

―あの一族は残酷で悪逆非道極まりない。人を人も思わず、役に立たぬとあれば、即座に切って捨てる。人は駒であり、都合の良い道具。

そう言い含められてきたというのに、目の前に立つ男―主は違う。
不気味な瞳を持ち、正体が計り知れない。
が、一つだけ言えるのは、己を守らんと全力を尽くした部下に対し、素直な賞賛を送れるほどの器を持っているということ。
そして悟る。
この主は歴代の長と同じく、人を駒として、道具として見てはいるが、ごく当然な―正当な評価を下すだけの器量を持った―異端の存在。
だからこそ、底が見えないのか、と琴美は妙に納得した。

「さて、水嶋……すでに勝負は決したようだ。私の誇る二人の部下は貴女に敗北を喫し、もう戦うこともできない」
「おかしなことをおっしゃるのですね?先ほど、外にいらっしゃった警備隊員の皆様はどうなんですの?」

あまりにはっきりと断定した物言いに琴美は小首をかしげて見せると、主は楽しげに―いや、心底嬉しそうに笑いかけた。

「最下級の彼らはとうに撤退させましたよ。力の差は圧倒的と分かっているのに、無暗に彼らを戦わせようとするなど無謀極まりない上に無駄でしかない」
「無駄……随分と冷たい言い方ですわね」
「気に障ったなら謝ります。ですが、力の弱い彼らと貴女が戦うのは無謀かつ無駄でしょう?力の弱い彼らが戦いを挑むなんて、命を安く叩き売る、極めて無謀な行為だ。そして」

くすりと男は苦笑を浮かべる琴美を見つめた。

「強い力を持つ貴女が彼らと戦うなんて無駄な労力……そうではないですか?」
「まるで機械ですわね、貴方は―全て効率がいいか悪いか、で判断を下しているなんて」
「それが性分なんですよ。けれど……いえ、だからこそ私は歴代の中で最も一族を、組織を大きくした立役者―だそうですよ、水嶋」

にこりと笑って見せる主の表情はまるで無垢な子どもそのもので、琴美の中の警戒心を激しく掻き立てた。
相対してようやく理解した。
あの一族が急に好戦的になり、一気に手を広げた理由が。
危険なのだ。この男―主は一族のことなど、どうでもいいのだ。ただ、ひたすら効率がいいか悪いだけで、そこに人間らしさなど一片も必要がない。
その危うさが計り知れない恐怖となって、テロ組織などを構成するまでに至ったのだ。
頭の中でひどく冷静に結論を下すと、琴美はすっと目を細め、主を睨む。

「私を倒しますか?水嶋」
「ええ、貴方を放っておけば、さらなる被害をもたらすテロ組織を生み出しそうですから」

ですから、覚悟してください、と琴美は小さく構えを取る。
隙のない完璧な構えに主は感嘆するだけで、身を守る構えなど一切しせず、ただただ琴美の姿に見入っていた。
その鷹揚とした態度を琴美は怪訝に思いながら、主に拳を振りかざす。

骨が砕ける鈍い音が響く。
呆然とした表情で琴美は己の拳の先にある男の顔―槍使いを見る。
琴美の拳が主の顔面に届く寸前、意識を取り戻した槍使いが飛び込み、身を挺して主をかばったのだ。

「驚きましたわ。完全に意識を失ったとばかり思ってましたのに」
「彼らは忠義心が厚いんです。特に私を守ることにかけては……ね」

頬の骨が完全に砕け、大きくへこんだまま、再び床に倒れ伏す槍使いを一度だけ視線を送ると、主は懐から小さなボタンのついた機械を取り出した。

「さて、これで終わりとしましょう、水嶋。いつまでも、未練がましく残してやる理由なんてないんで」
「ずいぶんといさぎがよろし過ぎるのではないのかしら?」

心底楽しくて仕方がないと言わんばかりの表情で主はボタンに指をかけると、一緒に琴美はあきれ果てたとばかりに言い放つと、すぐ近くの窓ガラスに腕で頭をかばって突っ込むと、外に飛び出す。
次の瞬間、ビル内部から大きく炎が沸き起こり、外に向かって強烈な爆発を起こす。
一階で起こった爆発と業火は一気に燃え広がって、ビル全体を貫き、あちらこちらから炎が噴き出し、飲まれていく。
真っ赤な炎の柱を眺めながら、琴美はやれやれと大きく肩を竦めるのだった。


「自爆……なんとも厄介な奴らだな」
「はい、私も今回のような事態は初めてで、驚かされましたわ」

報告を受けた上司はあまりに信じ難い組織の最後に唖然とし、琴美もなんとも言えない表情をしていた。
あれだけ派手な事態を引き起こしておきながら、意外すぎる最後を迎えたので、言葉が浮かばない。
が、その意外過ぎる最後ゆえに妙な違和感がぬぐいきれなかった。

「報告は受けた。ご苦労だったな、水嶋―が、どうにも落ち着かん。念のため、いつでも準備をしておいてくれ」
「了解しました」

上司もまたどうにも言い難い違和感を覚えたのか、いつになく慎重な姿勢を見せるも、琴美はそれに従い、執務室を後にした。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
緒方 智 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年11月13日

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