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『【朗読】魔女の夢 』
黒の夢ka0187)&シグリッド=リンドベリka0248



 ちょき

 ちょきん

 ちょき ちょき ちょき

 鋏が切り取る黒の切れ端 綴る糸は虹色の螺旋
 白いページに縫い付けて 描き出すのは繋がる出逢い
 本の栞をほどいて伸びた 真っ赤な糸は誰を呼ぶ

 さぁさいらっしゃい 此処は汝の還る場所――


 * * * * *


 そこは深い森の中。
 まるで影絵のような黒い木々が、オレンジ色の空に向かって枝を伸ばしています。
 その根元には、やっぱり黒い影絵のような下草が生え、ただ木々に絡み付いた蔦の葉だけが赤や黄色に色付いて、ぼんやりとした光を放っていました。
 足元にはサラサラの白い砂。
 それは細い小道となって、森の奥まで続いていました。

 鳥も動物もいない、静かな森。
 動くもののないその世界にただひとり、少年の姿がありました。
「この森の奥に、どんな願いも叶えてくれる魔女さんが住んでいると聞いたのです」
 少年は、白い小道をずんずん歩いて行きます。
 足を踏み出す度に足元の砂が舞い上がり、キラキラと輝きました。

 ぼーん
 ぼーん
 ぼーん

 どこか遠くで、振り子時計の鳴る音が聞こえます。
「きっと、もうすぐなのです」
 少年は足を速めて先を急ぎました。

 やがて夕暮れのオレンジ色だった空は、時間を巻き戻すように青く澄み渡ってきました。
 黒い影のようだった木々にも色が付き、下草は柔らかい緑色に萌え始め、蔦の葉は七色に輝き――
「見付けたのです!」
 ぱっと開けた視界の向こうには、ピンクや黄色、水色、白、色とりどりのパステルカラーの小さな花々が咲き乱れていました。
 その向こうには、機械仕掛けの古びた大樹がありました。
 長い長い時を生きたその樹は、まるでいくつもの塔を備えた小さなお城のように見えます。
 てっぺんには大きな時計があり、いくつもの歯車やゼンマイが枝の間でカチカチ動いているのが見えました。
 少年は足元の花を踏まないように気を付けながら、大樹の根元に駆け寄ります。
 その入口、幹に付けられたアーチ型の扉には、古びた文字で『星の揺籠』と彫られていました。
 少年は震える手で、黒い羊を象ったノッカーを掴みます。

 コン
 コン

 すると、ドアの向こうに人の気配がしました。

 ギリ
 ギリリ

 古木が歯ぎしりするような音を立てて、扉が開きます。
 少年の鼻を、微かに甘い匂いがくすぐりました。
 出迎えたのは大きな黒猫のような、愛嬌があって可愛らしい、けれど大人の雰囲気を湛えた不思議な女の人。

「おかえりなさいなのなー」

 その人――魔女は、初めて会う筈の少年にそう言って、家の中に招き入れます。
「ちょうど、おやつの時間なのな。一緒に食べて行くと良いのだ」
「でも、ぼくは魔女さんにお願いがあって来たのです」
 ご馳走を食べに来たわけではないと、少年は首を振りました。
 けれども、それを聞いた魔女が、ちょっぴり肩を落としたように見えたのです。

 魔女さん、寂しいのかな?

 見れば、テーブルを囲んでいるのは人ではありません。
 少年と同じくらいの背丈をしたぬいぐるみ達でした。
「じゃあ、少しだけ」
 それを聞いた魔女はすっと背を伸ばすと、少年の手をとってテーブルに案内しました。

 少年が席に座ると、魔女はパチンと指を鳴らします。
 すると奥の扉が音もなく開いて、一人の子供が現れました。
 銀のトレイに乗せた紅茶のセットを捧げ持った執事です。
 けれどもその子の頭は人間ではなく、クマのぬいぐるみのようでした。
 クマ頭の執事は持って来たものをテーブルに置くと、軽く一礼をして下がります。
 続いて現れたのは、ウサギ頭の執事でした。
 先程の子供と背丈も服装も同じです。頭の被り物を取り替えたのでしょうか。
 よく見ると、首元には鮮やかな紅色が顔を覗かせています。
 それは何かの「しるし」のようにも見えました。
 ウサギ頭の執事が置いて行ったのは、小さなお菓子の家。
 次に現れたキツネ頭の執事は青い鳥の形をした砂糖菓子を、ネズミ頭の執事は白雪姫の毒リンゴを。
「大丈夫、見た目が毒々しいだけなのなー」
 魔女がナイフを入れると、甘い香りが漂ってきます。
 それは外側にブラックベリーのジャムを塗った、リンゴ型のふわふわシフォンでした。
「遠慮せずに食べると良いのだ」
「いただきます……!」
 お菓子はどれも、今まで食べた事がないような美味しさ。
 少年は次から次へと手を伸ばし、お腹に詰め込んでいきます。
 その様子を、魔女は嬉しそうに眺めていました。
「魔女さんは食べないのです?」
「我輩は客人が美味しそうに食べている、その姿を見るのが楽しみなのであるな」
 ぬいぐるみは食事をしません。
 執事が主人と同じ食卓につく事もありません。
 ですから、魔女が誰かと食事を楽しむ事が出来るのは、迷子が屋敷を訪れた時だけなのです。

 ぼーん

 大時計が鳴りました。

 ぼーん
 ぼーん
 ぼーん

 時計が一回鳴るたびに、窓の外は少しずつ暗くなっていきます。

 ぼーん
 ぼーん
 ぼーん

 七回目が鳴り終わった時、空はもうすっかり夜の色になっていました。
 部屋の中も真っ暗で、闇の中にぼんやりと浮かび上がる真っ白なテーブルクロスの他には、何も見えません。

 と、そこに――

 ぽっ

 ひとつ、小さな蝋燭が灯りました。
 それは火の粉を散らしながら飛び回り、部屋中の蝋燭に火を点けていきます。
 まるで炎が走る様に、光の帯が部屋いっぱいに広がり――

 明るく照らされたテーブルの上には、いつの間にか新しいご馳走が並んでいました。
 今はもう七時、晩餐会の時間だと、魔女が楽しそうに微笑みます。
「さあ、召し上がれなのなー」
 チクタクワニの形をしたミートパイには、きのこがたっぷり。
 ハンプティ・ダンプティのサニーサイドダウンには、割れた卵の殻が混ざっていますが、勿論それは本物の殻ではありません。
 三匹の子豚の丸焼きミートローフに、ティンカーベルのコショウ瓶が魔法の粉を振りかけます。
 竹筒に入った白い繭は、かぐや姫の卵。出来たてのパンのような味がする、美味しいキノコでした。
 長い長いパスタはラプンツェルの髪の毛風、シチューの中ではカブで作ったアヒルや白鳥が泳いでいます。
 猫の長靴にはデザートのチョコやキャンディが詰まっていました。

 美味しいご馳走で、少年はお腹いっぱい。
 けれども、お腹は満たされても、心はからっぽのままでした。
 そう、大切な友達を取り戻すために、少年はここまで来たのです。
「あの」
 ご馳走のお礼を言って、少年は立ち上がりました。
「魔女さんは、どんな願いも叶えてくれるって聞きました」
「うん、そうなー」
「なくしてしまったぼくの大切なあの子に、もう一度会いたいのです」
 緑の瞳の白い猫。
 少年の大切な友達。
「ぼく、そのためなら何でもするのです」
「わかった。その夢叶えてあげるのな」
「え、ほんとですか!」
 少年は弾んだ声で答えると、魔女のもとへ駆け寄りました。
「探し物は、ほら――」
 魔女の腕がすうっと上がり、細い指先が一点を指します。
「ここに」
 それは少年の顔でした。

「え……?」
 真っ直ぐに指を指されて、少年は思わず自分の顔に手をやりました。
 ふわり。
 ふわふわな毛の感触が手のひらをくすぐります。
 頬も、額も、顎も、みんな毛だらけ。
 頭の天辺には尖った耳があり、鼻の先には立派なヒゲも生えているようです。
 魔女の指がふいっと横に逸れました。
 その動きを目で追うと、そこには大きな鏡がありました。
 鏡の中から、ネコ頭の少年がじっと見返しています。
 それは少年自身の姿でした。

「探し物は、最初からそこにあったのだな」
 ただ、少年がそれに気付かなかっただけで。
「さあ、これで願いは叶えたのな」
「え、そんな……」
 少年は首を振りました。
 こんなの、願いを叶えたって言わない。
 鏡でしか見る事が出来ないんじゃ、会えたって言わない。
 それに、これじゃ家に帰れない。

 けれど、魔女は哀しげに首を振ります。
「我輩の所に来る迷子は、みんなそうなのな」
 お願い、お願い、お願い。
 自分のお願いばかりで、誰も魔女のお願いを聞いてくれない。
 魔女にもお願いがあるなんて、叶えてほしい事があるなんて、誰も思わない。
 尋ねてもくれない。

「ごめんなさい、ぼくも自分のことばかりで……」
 少年は言いました。
「魔女さんのお願いは何ですか? ぼくにそれを叶える力はないと思うのです。でも、お話を聞いてあげるくらいなら、出来るかなって」
 それを聞いた魔女は、ふわりと微笑みました。
 嬉しそうに、けれど少し哀しそうに、寂しそうに。
「我輩この部屋から出られないのな」
 だから。

「我輩を、救って?」

 そう言うと、魔女は少年を捕まえました。
 白猫のぬいぐるみに詰め込み、毒の口付けで自由を奪って、物言わぬ友達にするつもりなのです。
 テーブルを囲むぬいぐるみ達は、そうして魔女に囚われた、哀れな迷子達の成れの果てでした。
 残る椅子はひとつ。
 そこが埋まれば、魔女の寂しい心も満たされるかもしれません。

 少年は激しく抵抗しました。
 けれど魔女の力は強く、とても敵いません。
 外に出ているのは、もう頭だけ。
 頭まで詰め込まれてしまえば、もう逃げ出す事は出来ないでしょう。
 少年は考えました。

 これはぼくの頭じゃない。
 だったら――

 すぽんっ!

 少年は自分のネコ頭を引っこ抜くと、ありったけの力を込めて部屋の奥に放り投げました。

 ぽーん!

 ぽん
 ぽん
 ぽん

 白猫の頭は部屋の扉を突き破って廊下に飛び出すと、ボールの様に弾んで転がって行きます。
 廊下を進み、螺旋階段を登り、上へ上へ、どんどん上へ。

 ぽん
 ぽん
 ぽん

 やがて階段の天辺に辿り着いた白猫の頭は、そこに奇妙なものを見付けました。
 頑丈な鎖のような蔦に絡まった、黒いハート。

 魔女の心臓です。

 きっとこれを自由にしてあげれば、魔女も自由になれるのでしょう。
 白猫の頭はぽんぽん跳ねて蔦を登り、魔女の心臓に絡み付いた蔓を噛みちぎっていきました。

 ぶちんっ
 ぶちっ

 最後の一本がちぎれ、解き放たれた魔女の心臓がふわりと舞い上がります。
 その途端に、辺りは眩い光に包まれました。
 全てが白く輝き、そして――


 * * * * *


「気が付くと、少年は元の姿に戻っていたのな」
 大樹の前の花畑で、緑の瞳をした白猫を膝に乗せた少年は、魔女の「おはなし」に聞き入っていた。
「ぬいぐるみに詰められていた迷子達も、みんな元の姿に戻って帰っていったのだ」
「魔女さんは?」
「勿論、ちゃんと救われたのなー」
 その証拠にほら、部屋の外で、こうして本を読んでいる――

「……という、夢物語」

 黒い魔物が微笑んだ。
 外側も中身も黒い、重々しい本をぱたりと閉じて。



 おしまい


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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CAST
魔女 黒の夢(ka0187)
少年 シグリッド=リンドベリ(ka0248)
白猫 シェーラ
HC仮装パーティノベル -
STANZA クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2014年11月17日

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