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『テロリストの休暇に付き合ったその後の話。 』
黒・冥月2778)&草間・武彦(NPCA001)

 ばき。

 お約束として拳骨で一発。
 一応それで少しはすっきりするが、あくまで少し。黒冥月がこの探偵を――草間武彦を事ある毎に殴るのは既に殆ど恒例である以上、特に改めて語る程の事は何も無い。…今更過ぎる。…勿論私も相手が草間とは言え何の理由も無く人を殴りはしない。殴るのは然るべき理由があっての事になる。殴られる方でもどうせ承知の事。草間興信所の所長のデスクと言う定位置で、私に殴られ頭を抱えて呻いている草間の頭上を見るとも無く見下ろしつつも、私は私の用件を果たす事を先に考える。…さすがにまだ額の後退は無いようだな、何よりだ。

「〜〜〜、来て早々いきなり何なんだ」
「自分の胸に手を当てて考えろ。それより少し資料を借りたい」
 一応は探偵だ。色恋が発端とは言え、テロリストと関わった一件なら――調査書ぐらい作ってあるだろう?
 私がそう言った段階で、草間の目の色が少し変化する――私の意をすぐに察してくる。…ほら、もう草間の方でも殴られた事など何処吹く風だ。これはただのコミュニケーションの一端でしかない。
「…何かあったんだな」
 前の依頼で。
「そういう事だ」
 確定した。…この反応が来る以上、草間は前のアトラスから振って来られた依頼の内容を結構深いところまで確りと承知している。依頼してくる時にはよくわからない話だとこちらに丸投げしておきながら、まったく。
 …まぁ、今となってはその辺の事はもう別にどうでも構わない話だが。ぐだぐだ言っても始まらない――と言うか、先程の拳骨で取り敢えず清算済みとするべきだろう。拘っても仕方が無い。
 それより「これから」の話が早く通る事の方が今は余程重要だ。そしてこの探偵は、その辺りの機微は充分に心得ている。あの時の資料だな、と短く残すと、草間は何やら定位置の席を立って移動。奥へと引っ込んだかと思うと何処からかファイルを一冊出して来た。…すぐ取り出せる応接間の棚ではなく、別の場所から出して来る。
「…これだ」
「済まんな。…。…ああそうだ、この資料、IO2に送ってはあるのか?」
「そこまでお人好しじゃない」
 この件では連中は絡んでないからな。元から首を突っ込んで来ていたならいざ知らず、わざわざ俺の方で知らせてやる義理は無い。この調査書は充分に守秘義務の範疇だ。…お前は関係者だからこその例外だ。
「…それで済んだか」
 IO2相手で。
「ああ。何とか躱せたさ」
「そうか」
 私の求めた資料。あの時の――草間の義妹と、虚無の境界の霊鬼兵であるその妹、二人にとって特別だったのだろう男の量産型霊鬼兵――が絡む事になった虚無の境界のテロ活動、その準備段階――と思しき状況下で起きた出来事。結果としてあれで事前にテロの一つを阻止出来た事にはなるのだろうが――まぁそっちについては正直興味は無い。そして今特に仕事に必要な情報と言う訳でも無いので、どうでもいい。…そもそも草間の方でもそこまで突っ込んで調べているかは怪しい程度の情報だろうし。
 ただ、『あの件』の解決部分についてだけは、今必要な情報になるので特に熟読する。…あの時の医者が何をして、量産型霊鬼兵の男がどうなったのか。今私が知りたいのはその辺りの事。

 ――――――要するにこれは、あの小娘からの依頼だ。
 まぁ、純粋に素直に依頼されたと言うより――言葉のあやでわざわざ依頼させる事になった…ような話とも言えるのだが。
 それでも、依頼は依頼。
 小娘本人からも、不要な事だと切り捨てられてはいない。

「…『死んだ』後の話は医者に任せたとしか書いてないな」
「なんだ、『奴』がどうかしたのか」
「ああ。『あの後』どうなったのか…一応訊くが、草間は承知か?」
 調査書に無くとも口頭で語れる『あの後』についての情報はあるか?
「いや、詳しい事は聞いていない。ただ、『戻れる』ようになったなら連絡は入れる、とだけは聞いているが」
「それで連絡は」
「まだだ」
 あの医者は当時、やけに親身に考えてくれていたからな、忘れていると言う事は無いと思うが。
「そうか…なら草間。その辺りの詳細を今訊いてはくれないか」
 あの医者に。
「何故だ?」
「次の仕事でな」
「…。…誰からの、だ?」
「ああ、そんなに警戒する程の事じゃない。別に悪さをする訳じゃないし、恐らく報酬も破格だろう。お前にも分け前をやるから、今は何も言わずに頼まれてくれ」
「…」
 草間は無言で私を見る。こちらの思惑を問うようなその視線――私も黙ってそのまま見返す。
 そのまま、暫し。
 観念したように、草間は軽く息を吐く。
「わかった。訊いてみよう」
「頼んだぞ」
「ああ。男同士の約束だ。守るに決ま」
「私は女だ」

 げし。

 再び拳骨、お約束。
 やけに真面目くさった戯言は即断で遮り、かっちりきっぱり訂正を入れる。当然の成り行き。いつもの事。この探偵は「こうすれば殴られる」とわかっているのだろうに全く懲りる気配が無い。

 …時々この男は「そういう」趣味があるのではないかと疑わしく思う事がある。



 数日後。

 草間から連絡が来た。…あの後、草間は私の居る前で当の医者と連絡を取ろうと何度か電話を掛けていたのだが結局捉まらず、結果は後日、と仕方無く私も興信所を辞していた。で、本日漸く連絡が付き、ざっとだがあの量産型霊鬼兵の男の現状を聞く事は出来たらしい。

「…。…つまり、それは戻って来られているのかいないのかどっちなんだ?」
「…。…どう言ったら良いのか。正直、俺にとっては意味不明のオカルトも科学も一緒くたの専門的過ぎる話ばかりだったからな。俺で上手く説明出来ているかはわからんが――ひとまず『奴』個人の霊魂としては滅びた霊鬼兵の肉体から上手く分離、独立して存在は出来るようになったらしい。ただな…その後が面倒な事になってるんだそうだ」
 どうやら素体が霊的に少々特殊な血筋の人間だった関係もあるのか、霊魂に見合った上手く宿れる肉体がなかなか用意出来ないのだとか。専用にと幾つか試作した特定の宿体に定着するどころか、本物のイタコのような霊媒体質の人間に一時的に憑依させて意志疎通を図る事すら難しく、適合する肉体待ちのような状況下なのだと言う。
 だからと言って霊魂だけの状態――幽霊のような存在として戻す訳にも行かないらしい。何やら霊魂として存る力が強過ぎるとかで現世とチャンネルを合わせる事自体がもう難しく、今のまま戻っても――その場に居る事になったとしても、霊感の強い者とであってすら現世の者との感応や意志疎通はまず出来そうにないのだとか。
 最後の手段として、霊魂を輪廻に乗せてしまえばそれはいつか適合する肉体を具えて生まれ変わる事が可能、と確信は出来るらしいが、この霊魂の質ではそれが実現するまでに那由多の彼方程に時が掛かってしまう可能性すら否定出来ないらしい。…それまで人類が存在しているかどうか、とすらさらっとぼやかれたのだとか。
 即ち、輪廻に乗せると言う手段を使っては、草間の義妹やあの小娘との「いつかまた」の約束が反故になる確率が著しく上がってしまう――患者のQOLに関わるとの事で、だからせめて、もう少しくらいは何とかショートカットして戻れる方法が無いかどうかを現在模索中であるらしい。
 で、医者が方法を模索するどころか――何やら霊魂当人までが模索を始めてしまっている節があるのだとか。
「…今、意志疎通を図る事すら難しいとか言わなかったか?」
 それで当人が模索を始めている節がある、と言えるのは何なんだ。
「患者の事は担当医にはわかるものなんだそうだ。で、当面は当人の自由意志に任せてみる事にしたんだとさ」
 医者曰く、そうした方が適した上手く行く方法が見つかる場合もあるとか何とか。
「…まぁそんな事情らしくてな。だからまだ医者として『完治』とは言えんからうちに連絡は入れてなかったそうだ」
「…要するに、現状は『生まれ変わる途中の状態』で、無事は無事だがプチ行方不明と言う事か?」
「俺の理解が間違っている可能性は否定しないが、少なくとも俺にはそう聞こえた気はしたな」
 だが同時に、その『プチ行方不明』の状態にさせておいた方がまだ早く戻れる目がある、と言う風にも聞こえた。
「ふむ。そう来たか…」
 …草間のその噛み砕き方に、私も特に異論は無い。あくまで今説明された内容から考えるなら、そういう事であるようには聞こえる。
 聞こえるが。

 この情報を依頼人の小娘に伝えたとして。
 …納得する気が全然しない。

 さて、どうしたものか。

【テロリストの休暇に付き合ったその後の話。情報の確認は完了】





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シチュシングルより少々お値段張りますが…それで宜しければですけれども。
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深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年11月19日

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