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『石の踊り子たち 』
レピア・浮桜1926


 王女は現在、民情視察のためソーン全土を巡行中である。聖都エルザードに戻って来るのは一月後。
「それまでは、レピアを横取り独占出来るという事……」
 微笑みながらエスメラルダは、石像にそっと指を触れた。
 先程までは生身の踊り子として、柔らかく美しく楽しげに躍動していた石像。
 夜明けを迎えた黒山羊亭の店内で、レピア・浮桜は石化していた。店の看板としても使えそうな、精巧極まる踊り子の石像である。
 エスメラルダは、黒山羊亭の従業員たちに声をかけた。
「本当に申し訳ないんだけど、この子をあたしの部屋まで運んでくれる?」
「またですかい店長。まあ、人様の趣味にどうこう言うつもりはないですが」
 従業員たちは呆れながらも、石像を運びにかかってくれた。
「程々にしとかないと……王女様に、ばれちまいますぜ」
「死刑にされてしまうかもね、あたし」
 心が痛むのは確かである。あの働き者の王女を、エスメラルダは嫌いではないのだ。
 彼女が怒り狂って、自分を死刑にしてくれるのならば、それはそれで良い。
 だが、そんな事にはならないだろう。嫉妬で人殺しをするような王女ではない。
 彼女はただ、傷付き悲しむだけだ。それが、エスメラルダには辛い。
 辛くても、止められないものがある。そこが人間という生き物の、本当に度し難いところであった。


「……う……んっ……」
 目が覚めると、そこはベッドの上だった。
 隣で寝そべっているのは王女、ではなくエスメラルダである。
「あれ……あたし、また飲み過ぎて倒れちゃった?」
「って言うより踊り過ぎね。おはよう、レピア」
 エスメラルダが微笑みながら、細腕をレピアの身体に絡めて来る。
「うっふふふ……やっと、柔らかくなったわね」
「ちょっと……や、やめなさいってば!」
 愛撫を振りほどきながら、レピアは勢い良く身を起こした。
「こんな事やってる場合じゃないよ。ほら起きて、お店開けなきゃ」
「今日は臨時休業……柔らかくなったレピアと一晩中いちゃいちゃする日って事で」
「駄目駄目。エスメラルダの踊りが目当てのお客だって、多いんだからね」
 レピアとて、踊りには自信がある。伝説の踊り子として、数百年を生きてきた。
 そんな自分が、踊りでは敵わない。
 初めてエスメラルダと出会った時、レピアはそう思った。


 黒山羊亭の建つベルファ通りは、聖都エルザードでも特に治安的な問題のある区域ではあった。
 だが黒山羊亭に来る客は、いくらか荒っぽくても気の良い者が大半である。
 たちの悪い客は、ベルファ通りの外から来る場合が多い。
「なあ、いいだろう? 私がどれだけ、この店に通い詰めたと思っているんだ」
 身なりの良い男性客が1人、そんな事を言いながら、エスメラルダに絡んでいる。
 貴族である。レピアも家名だけは知っている、とある大貴族の御曹司。放蕩息子として名高い若者だ。
「いい加減に、私の妻になりなさい。大丈夫、私は身分になどこだわらない。貴女を、大切に幸せにしてあげるから。これ、そこの従業員」
 困ったような笑みを浮かべているエスメラルダの手を馴れ馴れしく握ったまま、御曹司はレピアに命令した。従業員、と思われている事自体は別に気にならないレピアではあったが。
「そこのアホ毛、お前だお前。今夜は私とエスメラルダの婚礼の前祝いだ。この店を借り切ってやるから、他の薄汚い客どもを追い出してしまえ」
「アホ毛……」
 何か考える前にレピアは、御曹司の胸ぐらを掴んでいた。
 だらしなく肥えた腹に、思いきり膝蹴りを叩き込んでやりたい。その衝動を抑えるのが精一杯だった。
「な、なな何をする貴様! 私が誰だか知らんのか! こんな店、私の一存で」
「やめなさい、レピア」
 やんわりと、エスメラルダは言った。
「お客様。貴方の一存でどうにかなる事なんて、この世には何一つありません……それを学び直してから、また御来店下さいな」
「な、何を言っている! 私に向かって……」
「とっとと出てけって言ってんの!」
 エスメラルダの代わりに激怒しながらレピアは、御曹司の身体を物のように店外へと放り捨てた。


 あの客には以前からあんなふうに絡まれ、エスメラルダは随分と難儀していたらしい。
 放蕩貴族の1人2人はどうにかなる、とレピアは思わなくもない。何しろソーンの王族と、個人的な親交がある。そういうものを利用したくはないが、暴力で叩きのめすよりは穏便に済むかも知れない。
 などとレピアが考え始めた矢先、エスメラルダが姿を消した。失踪である。
 彼女の代わりに黒山羊亭を切り盛りする羽目になりながら、レピアは慣れぬ捜索を開始した。
 犯人は、わかりきっている。
 だが大貴族を相手に事を荒立てては、王女に迷惑がかかる。権力者との親交に頼るのは、本当に最後の手段にしたいところだ。
「わかる? 穏便に済ませる気は、とりあえず無いって事」
 自分を取り囲んでいる男たちに、レピアは言葉をかけた。
「結局まあ、事を荒立てちゃうわけだけど……まあ、しょうがないよね。厄介事ってのは、最後の最後には暴力で片付けるもんだから」
「しゃらくせえ! 踊り子の皮ぁ被った暴力女がよぉお!」
 男たちが短剣を抜き放ち、あるいは棍棒を振りかざし、激昂している。
 あの御曹司に小金で使われている荒くれ者たちだ。何人かは、レピアとも顔馴染みである。黒山羊亭で酔い暴れては、レピアに叩き出される。そんな馴染み方ではあるが。
「あん時ゃよくもやってくれたなあ、おい」
「百倍にして返したらああ!」
 御曹司の持ち物である帆船。その甲板上である。
 頭の中で、音楽が流れている。テンポの速い、戦の曲調。
 それに合わせて、レピアは舞った。
 凹凸のくっきりとした身体が、胸の膨らみを揺らしながら高速でうねり翻り、短剣や棍棒をかわしてゆく。
 形良く膨らみ締まった太股が、左右交互に跳ね上がり躍動した。すらりと伸びた脛や爪先が、斬撃の如く様々な弧を描く。
 縦横無尽の蹴りが、荒くれ者たちを叩きのめしていた。
 蹴り倒された男たちが、甲板上のあちこちで白目を剥き、意識を失っている。
 彼らを足早にまたぎ越え、レピアは船首の方に回った。
「やっぱり……」
 そんな呟きが漏れてしまう。レピアも、同じような目に遭った事がある。
 エスメラルダは、船首像と化していた。


 苦しみだけが、エスメラルダの記憶に刻まれていた。
 全身が、石に変わってゆく。とてつもない重苦しさを伴う痛みが、身体の中を満たしてゆく。
 かの大貴族に仕えている黒魔術師が、石化の魔法を行使したのだ。捕われのエスメラルダに対して、である。
「愚かな女! お前は私の妻となって愛されるよりも、慰みものとなって苦しむ道を選んだのだ!」
 御曹司が、怒り狂いながら悦んでいる。石像と化しつつあるエスメラルダに、汚らしいものを浴びせてくる。
 石と化した体内に、汚辱と苦痛を渦巻かせたまま、エスメラルダは帆船の船首に飾られた。
 そこから先の、記憶はない。
 気が付いたら、温かかった。
 温かさが、柔らかさが、自分を包んでいる。ぼんやりとそれを感じながら、エスメラルダは目を覚ました。
「…………レピア……?」
「何ヶ月も雨ざらしの塩水漬けになってたんだね……臭かったよ、エスメラルダ」
 レピアが、すぐ近くで微笑んでいる。
「生まれたての赤ちゃんみたいに、洗ってあげる。ほら動かないで」
「ちょっと……やめなさいよ……自分で洗える……」
 弱々しく言葉を発するのが、エスメラルダは精一杯だった。
 何ヶ月も、石像と化していた身体である。動けるようになるまで、しばらくはかかるだろう。
 レピアと一緒に踊るなど、今のところは夢のまた夢であった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2014年11月19日

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