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『goes back 4 』
クレイグ・ジョンソン8746)&フェイト・−(8636)

「ナイトウォーカー、君、昨日寝てないんだろう? 少し休んだらどうだい」
「……まだ大丈夫だ」
 クレイグは現在、一つの個室内にいた。IO2本部の隣に併設されている病院である。最近新設されたもので医療機器も最先端のものが揃えられており、室内も綺麗なものであった。
 その真新しいベッドに横たわっているのは、フェイトだ。
 クレイグと一緒に爆発に巻き込まれたものの外見的な傷は負わなかったのだが、意識が落ちたままなのだ。
 脈や呼吸も正常で、状態から言えば眠っているだけだが、脳波が活発な事から何らかの能力を施行し続けているらしいと診断されて、今に至る。
 あの爆発から、すでに三日を過ぎている状態であった。
 クレイグはずっとフェイトの傍を離れなかった。
 本部内の医務室勤務であった医師がこちらに移動になり、今もこの場にいるのだが、彼が心配しているのは担当をしているフェイトより、彼の傍を離れようとしないクレイグのほうであった。
 殆ど眠っていないことを、知っているからだ。
「気持ちはわかるけど、例の爆弾魔の任務、また片付いていないんだろう? 休める時に休んでおかないと後に響くよ」
「解ってる」
 こうして医師が語りかけても、クレイグはフェイトを見つめたままだった。眠り続けるフェイトの右手首を軽く握りしめては、体温や脈の動きを確かめている。
「……君の弱点がフェイトだったとはね」
「え?」
 次の医師の言葉で、クレイグはようやく反応らしい反応を見せた。その表情は驚きの色そのものだった。
 自覚はなかったのかい、と続けつつ、医師は苦笑する。
「まぁこれは、僕だけの秘密ということにしておいてあげるよ。――ああ、そうだ。この一連の流れで一つ、気になったことを伝えておくよ、ナイトウォーカー」
「何だ?」
「タイムジャンプって聞いたことあるかい」
「ああ……精神だけ別の次元とか時空枠に飛んで行くアレだろ」
 医師は言葉を続けながら、その場で珈琲を入れてカップをクレイグに差し出した。
 クレイグはそれを迷いもせずに受け取り、ほわりと立ち込める温かな湯気に目を細めつつ一口を含み喉を潤した。
「フェイトはサイキッカーだ。だから多分、この能力も持ち合わせている。そして今も、実行していると思う。そこまではまぁ、いいんだ」
「……何が言いたいんだ」
「僕は現場の人間じゃないから上手く言えないんだけど、どうにも気になるんだよ。世間を騒がせてる、君たちが追い続けてる爆弾魔のことがね。後から分かったことなんだけど、一般病院で意識不明だった一人の男が消えていてね」
「…………」
 医師の言葉が、妙に脳内に響いてくるような気がした。
 それに違和感を抱きつつクレイグは手元のカップに視線を落とす。
 霊的エネルギーを爆弾に変化させる犯人。
 自分の過去にも、そんな存在が居た。あの時はとある少女が彼を吹き飛ばし……。
「そういやあの後、どうしたんだったかな……」
 思わずの独り言が漏れた。
 医師の言葉から繋がった記憶と思考が、混濁している。
 ――否、どんどん不透明になっていく。
 ゆら、とカップの中の珈琲が揺れた。
「ナイトウォーカー」
 名前を呼ばれる。
 だがクレイグは、それに返事は出来なかった。
 フェイトが眠り続けているベッドの端に上半身を預ける形で、彼は倒れこむ。
 手にしていたカップが指から滑り落ちかけたが、それを受け取ったのは医師であった。
「……時間が来たら起こしてあげるよナイトウォーカー。僕の前で無茶はしないことだね」
「…………」
 コトリとカップがテーブルの上に置かれる音がした。
 それをクレイグが耳にすることはなく、彼はその場で急激に訪れた睡魔に身を委ねて眠ってしまう。
 医師が入れた珈琲には微量ではあるが即効性のある睡眠薬が入れられていた。
 クレイグは彼が珈琲を入れる姿を見ていたはずだったが、その行動を目に止めることは出来なかったようだ。
 静まり返った室内で、眠ったクレイグの肩にブランケットを掛けてやった医師は、言葉なくその場を出て行った。



 どこまでを把握していたのか、正直なところその辺りの記憶は曖昧のままだ。
 美しい少女と出会った。綺麗な目をした黒猫も傍に居た。
 目的と支えがあった。だが彼にはそれ以上に悲しみも大きかった。
 教会の爆発事件の後、クレイグはIO2に保護された。それまでそんな『組織』が存在すること自体、知らずに過ごしてきた彼であったが、保護がきっかけとなり自然の流れでエージェントへの道を選択した。
 欲したものは揺るぎのない強さ。
 精神的にも肉体的にも共通するそれ。
 クレイグはそれから血の滲むような日々を過ごした。厳しい訓練と能力開発。元から持ち合わせていた霊感と夜目が利く力を最大限まで引き出した。応用で透視能力も見出すことが出来た。
 物理的な実践訓練では銃の扱いを選択し、そこそこの腕を身につけた。
 がむしゃらに走り続けて、数年。
 自分の教官であったエージェントに改めて訊ねたことがあった。
 あの爆弾魔はどうなったのか、と。
 少女に吹き飛ばされ壁に激突して地に沈んで以降の記憶が無い。死んだとは聞いてはいなかった。だからといって捕縛されたとも聞いてはいなかった。
「奴は爆弾を起こす以外に時空を超える能力を兼ね備えていてな。つまりは、『あの時』に逃げられた」
「……マジかよ」
 新たな衝撃がそこにはあった。
 自分では想像も出来ない事でもあった。
 だが彼は、そこで大きく感情を乱すことは無かった。訓練の賜物であったのか、達観していたのかは分かりかねる。
 ただ一言、それだけを告げた後は教官に問いを繰り返すことはしなかったのだ。
「お前には、問われるまで伝えるなと上から言われていてな」
「まぁ、普通はそうなるだろ。アンタの判断は間違ってなかったと思うぜ」
「それ以前にお前は目上に対する言葉遣いに気をつけろ」
「イエス・サー」
 教官に嗜められると、クレイグは薄く笑いながらそう答えた。気さくに会話が出来る相手でもあったので、こうした返事であっても笑って許しえて貰えた。そうした態度が有難かった。
 IO2に入ってから覚えたものの中に、煙草があった。教官が喫煙者ばかりであったために、これも自然と手が伸びてしまった部類の一つに入る。
 夜、一人きりになった時や休憩時間に、急に溢れてくる悲しみに心が痛んだ。
 誰にも明かさずその姿すら見せたことは無かったが、失った両親の存在はやはり大きかった。居を移したのをきっかけに傍にいた猫とも別れているので、寂しいと感じる時間が苦痛でならなかった。
 そんな彼が唯一の『逃げ』として選んだものが煙草だったのだ。
 気がつけばそれは完全な嗜好品となり、切らすことが出来ないものの一つになってしまっている。
「時空を超える……か」
 ぽかり、と口から吐いた紫煙を宙に浮かべつつ、そう呟く。
 教官に『吸い過ぎるなよ』と言い残されて数十分経ってからの響きだった。



「ナイトウォーカー!」
「!」
 ビクリ、と肩が震えた。
 弾かれるように瞳を開く。頬にはシーツの感触があり、そこで自分は眠っていたのかと自覚して上体を起こした。
 フェイトはまだ、眠ったままだ。
「寝起きで悪いけど、任務を遂行せよって連絡が来たよ。あの爆弾魔が姿を見せたらしい。そして、また爆発も起こしたみたいだ」
「……派手好きの目立ちたがり屋が……」
 クレイグは医師の言葉にそんな響きを吐いた。
 独り言の一環であったのかもしれない。
 そして彼は、ゆっくりと立ち上がる。
 フェイトの手に再び自分の手を重ねて『行ってくる』と小さく告げた後、踵を返した。
「アンタ、医者にしておくの勿体無いぜ。エージェントとしてもやっていけるんじゃねぇの?」
「嬉しい言葉だと思うけど、あいにく僕にはフィールドワークは向いてなくてね」
 医師を横切る際、クレイグは笑みを浮かべてそう言った。眠りに落ちる前の彼の言葉を忘れているわけでは無さそうだ。
 すると医師は肩を竦めつつの返事をするのみで、クレイグを送り出した。
 直後、眠ったままであったフェイトの右手がピクリと小さく動いたが、医師はそれに気づいてはいないようであった。

 街の一角が赤く染まっていた。
 燃えているのである。
「遅いぞ、ナイトウォーカー」
 現場に辿り着いたクレイグにそう言ったのは、いつもの老エージェントであった。
 彼を目に留めた後、その奥に映る光景を見て眉根を寄せる。
「……状況は」
「見ての通りだが、近隣住民は既に避難済みだ。犯人はこの先で奇行を続けている」
「奇行ねぇ……」
 老エージェントの言葉に、クレイグはため息混じりの返事をした。
 そして地面を軽く蹴る仕草をわざとしてから、再び口を開く。
「俺に銃を教えてくれたのは、アンタだったな」
「こんな時に、何の話だ」
「……あの爆弾魔、『あいつ』なんだろ?」
「!」
 クレイグは前を見据えつつそう言った。
 彼の言葉に僅かにだったが肩を震わせたベテランが、同じ方向を見やる。
 そして、少しの沈黙が訪れた。それが何よりの肯定だと、クレイグは思った。
「これが警察だったら、真っ先に俺は今回の任務からは除外されてたんだろうな」
 IO2ってのは、ある意味残酷な組織だよな、と後付して、クレイグは歩みを始める。
「ナイトウォーカー」
 老エージェントが名を呼んだ。
 クレイグはそれを背中で受け止めて、振り返ること無く駆け出す。
「まぁ、じーさんはそこで見ててくれ。今度こそ仕留めるからさ」
 彼はそう言い残してその場を離れた。
 向かう先は当然、犯人がいると思われるポイントだ。
 耳元に落ちてくるのは炎が巻き上がる音。
 遠くにサイレンが鳴り響いているが、消火が追いついていないようだ。
「燃えろ、燃えろ!」
 男の声が聞こえた。
 クレイグはそれを耳にして、過去を思い出す。
 外見が別人のために声質は違うが、喋り方は同じだ。
「……ようやく俺の中で繋がったぜ。なんで年取ってねぇどころか若返ってんだ、とかな」
 時空を自由に行き来できる。
 それがどんなものかは彼自身には理解が出来なかった。だがそれでも、そういった能力が確かに存在する。
 だからこそ、あの男は罪を犯し続けているのだ。
「手強いっつーか、面倒くさい相手だな」
 そんな独り言を漏らしつつ、上着の内側に右手を差し込む。装着しているホルスターから銃を引き抜いて、男を視界に捉えられる位置まで近づいた。
 クレイグの存在に気づいていない男は、笑いながら炎を眺めている。
 だが、このまま銃を向けて物理的に攻撃をしても捕まえることが出来ないだろう。
 体は沈めることが出来ても、精神で逃げられる。
 あの男は、今までそうして窮地を逃れてきたのだ。
「おい、そこに誰か居るだろ。またIO2か?」
 クレイグが背を預けていた壁に、男の声が投げかけられた。思考の間に気配を読まれてしまったのだろうか。
 彼は軽い溜息を吐いた後、壁から体を話して一歩を出る。
「よぅ、また会ったな」
「お前……こないだの若造か。あの時は残念だったなぁ、あと一歩で俺を捕縛出来たんだろ?」
「まぁ、そうだな」
 男は余裕の笑みを浮かべてそう言った。
 クレイグは男の言葉に少しも動ずることもなく、返事をする。
 すると男が、眉根を寄せた。
「……ん? お前、どこかで見たな。その青い目と金髪……」
「そりゃそうだろ。アンタは昔、とある教会を爆破させた。俺はその時の当事者だ」
「へぇ、なるほど。あの時のガキか。お前にとっちゃ昔のことだが、俺にとっちゃぁ、三日前の話だな」
 その言葉で、男が時空移動を行ったと確信した。
 すでに確かめるほどでも無かったが、本人の口から言質を取るという意味では良かったと言える。
 周囲には多くのエージェントがそれぞれに配置された状態だ。すでに証拠として残されているだろう。
「最初に言っておく。俺はアンタを捕縛する気はねぇ」
「ほぅ、なら俺を殺すか? 今すぐその銃で撃ってみろ。それでも俺は死なない」
「中身だけで逃げるんだろ」
 よほど自身の能力を自負しているのか、男の言葉には少しの揺らぎもない。
 クレイグは右手に収めたままの銃のグリップを軽く握り直して、男にそれを向けた。
 勝算はない。だがそれでも、対峙している以上は行動に示さなくてはならない。
 不思議と気持ちは凪いでいて、怒りの感情すら浮かんではこなかった。自分の中では既に昇華されているのだろうかと思いつつ、クレイグは男を見据える。
「さぁ、撃て!!」
「…………」
 一発目で命中したとして、同時に男は精神のみで逃れるだろう。その瞬間を捕らえられればいいのだが、クレイグにはその手の能力はない。
 どうしたものか、とゆっくりと思案する。
 その、数秒後。
「――捕まえたよ」
「!」
 クレイグの背後からそんな声が聞こえてきた。
 彼が誰よりも知る声音だった。
「……フェイ、」
 名を呼びかけたが、制止の手が伸びる。
 声の主、フェイトが駆け寄ってきたが、彼は随分と消耗しているようだった。それを横目で確認したクレイグは、自分の体に寄り掛かれるようにとフェイトを抱き寄せて、男へと視線を戻す。
「な、なんだ、この感触……っ、お前、何しがやった!?」
 男は動揺していた。
 つい先程まで余裕の色を保っていた表情は歪み、明らかな焦りが見える。
 クレイグは再びフェイトを見た。顔色があまり良いとはいえない。
「……フェイト、お前だな?」
 そう問われるフェイトは抵抗なくクレイグの身体にもたれ掛かり、こくりと頷いた。
 サイキッカーとしての能力の一つ、サイコネクションを男に対して使っているのだ。相手の精神と同調し、支配や幻覚を見せる効果がある。現在は前者なのだろう。
 眠り続けていた時間が長かった事もあり、身体が覚醒しきっていないのかもしれない。
 それでなくても彼は眠っている間も能力を使い続けていた。その分の負担も大きいのだろう。
「凄い抵抗力だ……制御が長く続きそうもない。ナイト、あいつの弱点、見れる?」
「任せとけ」
 クレイグはフェイトの問いに答えるのと同時に、男に向かって手のひらを向けてそれを横に引いた。
 相手の弱点をそれで探れるのだ。何も無い空間にモニタのような画面が浮かび上がり、対象の身体のラインとともに弱点が赤く光る。
 クレイグとフェイトがそれを同時に確認して、短く呼吸をした。
「そうだ、これはグランパからの伝言。捕縛しなくていいから確実に仕留めろって。だから、一緒に倒そう」
「……ああ、そうだな」
 フェイトの言葉にクレイグが苦笑した。
 そして彼は銃を再び男へと向ける。するとその手にフェイトの左手が重なり、温もりとともに伝わってきたのは彼の能力だった。
「ちくしょう、離せこのやろう……!」
 男が叫んだ。
 フェイトの精神的の拘束から逃れようと、必死である。
「もう終わりにしようぜ、オッサン。償いとかそんなもん、今更いらねぇからさ」
「や、やめろ……ッ」
「――じゃあな」
 クレイグがゆったりとした言葉を放った後、狙いを定めて引き金を引いた。
 放たれた弾には念が込められ青白く光り、男に向かって飛んで行く。彼は器である身体から抜けかけた状態だった。その精神体に見事に命中し、男は悲鳴すら上げることが出来ずにその場で砕け散る。
 その生命の炎は、やせ細り輝きの見られないものであった。
 クレイグは黙ってそれを見つめていた。
 かつては恨みの対象であった存在。
 だが今では、その感情すら抱けない。心根にあるのは、ひたすらの空虚感。
 悲しいのか寂しいのかは、解らない。
「やっと、終わったね」
 フェイトが静かにそう言った。
 やっと、という響きが妙に心に突き刺さった気がして、クレイグは視線を落とす。
 視界が一瞬で歪んでいくのがわかった。
「……クレイ」
 クレイグはフェイトをそのまま抱きしめた。
 顔を見られたくなかったのかもしれない。
 フェイトはそんな彼を素直に受け止めて、そっと背に手のひらを置く。
「お疲れ様」
 じわりと染みこむ声。
 クレイグはそれを耳にして、僅かに頷いた。フェイトの頭の後ろに手のひらを滑りこませて、黒髪を指に絡ませる。
 改めての感触に、口元が緩んだ。
「おかえり、ユウタ」
 フェイトの耳元にそっとそんな言葉を落とす。
 重なった影はそのまましばらく離れることはなかった。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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2014年11月25日

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