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『怒りの闘神 』
ガイ=ファング3818


 残っている貼り紙を、片っ端から片付けてゆく事にした。
「行くのかね? 休む間もなく」
 賞金稼ぎ組合の、受付である。
 貼り出されている仕事案内の1つをガイ・ファングが指差すと、係員の大男は言った。
 でっぷりと肥えた巨大な胴体に、象の頭部を載せた大男。
 ソーン本土と比べて、こういう人外の種族が多い大陸である。
「この仕事か……2、3日待てば、もうちょっと賞金の額が上がると思うけど」
「その2、3日の間に人死にが増えたら、ちょいと寝覚めが悪いんでな」
 とある村を拠点として悪事を働いている、妖術師。そこそこ高めの賞金首である。
 その村の住民は妖術師によって、皆殺しにされ、亡霊に変えられ、兵隊として使役されているという。
 妖術師は、亡霊の群れを率いて近隣の町や村を襲い、旅人を襲い、殺した者の亡霊を配下に加えながら勢力を拡大しつつあるらしい。
「俺が、あの洞窟のバケモノと戦ってる間にも……ずいぶんと派手にやりやがったそうじゃねえか? その妖術師って野郎」
「隊商が1つ、襲われて全滅した」
 象男が言った。
「女子供も含めて、皆殺しさ。ひどいもんだよ」
「もう、そんな事はさせねえ」
 ガイは、右の拳を左の掌に打ち込んだ。
 岩のような拳と分厚い掌が激突し、爽快な音が響いた。
「今すぐ行って、ぶちのめしてくる」
「……少し、気をつけた方がいいよ」
「わかってるさ。妖術師やら魔法使いやらって連中は、とにかく油断ならねえのが多いからな」
「そうじゃなくて、あんまり人助けに走り過ぎると危険だって事さ」
 象男には、そう見えてしまうらしい。
「人助けをするな、と言うつもりはないけれど……うっかり他人のために戦ったりすると、それに縛られて思わぬ不覚を取ったりもする。お前さん、そういう類だよ。わしが見たところ」
「そんな事なら心配いらねえ。俺は自分のため、金のためにしか戦ってねえよ」
 ガイは、にやりと微笑んで見せた。
「俺はな、英雄とか勇者の類じゃねえ。単なる賞金稼ぎだぜ?」


 よほど惨い死に方をしたのであろう。
 亡霊たちは皆、生前の姿をとどめてはいなかった。おぞましく歪み、ねじれ、声なき絶叫を垂れ流しながら渦巻き漂っている。痛みが、苦しみが、憎しみが、悲しみが、そのまま姿形となっているのだ。
 賞金首である妖術師が拠点としている、廃村である。
 村人たち、だけではない。妖術師に殺された全ての人々が、今や人の霊魂とも思えぬほど歪みねじれた怨霊と化し、ガイを取り囲んでいる。
「こんな事しか、してやれねえけどよ……」
 目を閉じ、掌を立てながら、ガイは念じた。
 可視化した鎮魂の思いが、波紋の如く広がってゆく。
 除霊の波動。
 怨霊たちは気の波紋に呑み込まれ、消えていった。
 消えてはいないものが、1つある。
「無駄よ、無駄」
 優美な姿が、そこに立っていた。
 貴族の令嬢、であろうか。きらびやかなドレスに身を包んだ、美しい女性。
「そんなもので、こいつらを祓う事なんて出来やしないわ。何しろ……念入りに、苦しめて殺してあげたからねえ。すぐには死なないよう、細心の注意を払いながらさ」
 ……否、体格の細い男であった。気味が悪いほど美しい顔には、入念な化粧が施されている。
 滲み出る残忍さは、しかしそんなもので隠せはしない。
「その痛み苦しみ憎しみを、他人にぶつけるしかない連中……そう簡単に、消えやしないわよん」
 女、の格好をした男が、気取った仕種で片手を掲げる。
 ほっそりとした五指に巻き付いた、いくつもの奇怪な指輪。それらが、淡く妖しく光を発する。
 廃村の風景が、歪んだ。ガイを取り巻く空間そのものが、歪みねじれたかのようである。
 消滅したはずの怨霊たちが、再び出現したのだ。
 除霊の波動が、まるで無かった事にされていた。
 女装した男を、ガイは睨み据えた。
「……妖術師ってのは、てめえか?」
「妖術師なんてチャチぃ呼び方、しないで欲しいわねえ。死の軍団を率いて世界を支配する、アタシは女帝! 頭が高いわよ脳筋、ひれ伏して許しを乞いなさい」
 美しい顔が、ニタリと醜く歪む。
「アンタは亡霊じゃなく、実体のあるゾンビとしてこき使ってあげるわ。その身体、力だけはありそうだからねえ」
「俺の力なんざ、大した事ぁねえよ」
 ガイも、微笑んでみた。
「出来る事と言やあ……てめえを、ぶちのめすくれえだ」
 微笑みながら目を閉じ、左右の掌を、思いきり叩き合わせる。
 とてつもなく分厚い、合掌。
 鎮魂の気が、波紋となってガイの周囲に広がってゆく。
 そして、襲い来る怨霊の群れを呑み込んでゆく。それは波紋と言うより、荒波であった。
 気の波濤に打ち砕かれた怨霊たちが、光の飛沫に変わってキラキラと散り、消えてゆく。
 妖術師が、嘲笑った。
「学習能力がないのねえ。やっぱり脳筋……」
 嘲笑い、片手を掲げ、指輪を輝かせながら、妖術師は微かに息を呑んでいる。
「あら……ち、ちょっと出て来なさいよ怨霊ども。アタシに生きたまんま切り刻まれたり皮ぁ剥がされたり骨削られたり引きずり出したハラワタでぐるぐる巻きにされたりした痛みと怨み、コイツにぶつけてみなさいよおおお」
「無駄だぜ。幽霊やゾンビの類、少なくとも半日は出せねえよ。この村じゃあな」
 ガイは目を開き、説明をしてやった。
「浄化の気功結界……土地そのものを浄化する。俺の、まあ奥の手だ」
「ふん……それで、アタシの力……封じた、つもり……?」
 女のような妖術師の細身がメキッ! と痙攣し、膨張した。
 きらびやかなドレスが破け散り、その下から筋肉が、鱗が、盛り上がってゆく。
 美貌が裂けて牙が現れ、長い舌がうねる。
 怪物が、そこに出現していた。
 ガイをいくらか上回る巨体の、半魚人かリザードマンか。出来損ないの竜、のようでもある。
「これがアタシの魔力! 知性は言うに及ばず、力でもアンタみたいな脳筋には負けない完全生命体への進化! さあ、ひれ伏しなさい! 命乞いをなさぁい! 腐らないゾンビとして末永く便利に使ってあげるからあああ!」
 その怪物が、わめき散らしながら襲いかかって来る。
 不格好なほど筋肉で膨れ上がった腕が、その先端で凶悪に光るカギ爪が、思いきり叩き付けられて来る。
 襲い来る異形の剛腕を、ガイは正面から受け止めた。抱え込む感じに、捻り上げた。
 鈍い、凄惨な音が響いた。骨が折れ、靭帯がねじ切れる、破壊の響き。
「ぎゃ……が……ッ! ぎぃいいい……」
 怪物と化した妖術師が、悲鳴を上げる。
「初めて、かも知れねえな」
 悲鳴を上げる怪物を、とりあえず解放してやりながら、ガイは言った。
「一撃で楽にしてやる……わけにはいかねえ、なんて気分になったのはよ」
 異形の剛腕は、潰れた肉塊と化し、ダラリと垂れ下がっている。
「ひぃい……ま、待って……」
 片腕が使い物にならなくなった巨体を、妖術師は弱々しく後退りさせた。
 牙を剥くように、ガイは微笑みかけた。
「いいぜ、待ってやる。こちとら急がねえ……じっくり、いこうじゃねえか」
「わ、わかったわアタシの負け……許して助けて……殺した連中は、生き返らせてあげるから……」
「んな事出来るわけねえだろうがあああああああああ!」
 ガイは吼えた。
 筋骨たくましい半裸身が、荒れ狂う竜巻の如く猛回転する。
 妖術師の巨体が、へし曲がった。
 回し蹴りと、後ろ回し蹴り。ガイの重い両足が、目視不可能な速度で叩き込まれていた。
 気功連撃脚。周囲に群れる敵をまとめて蹴り倒すための技だが、こうして単身の敵に集中させる事も出来なくはない。
 グシャグシャにへし曲がりながら、よろめく怪物。
 その巨大な全身に次の瞬間、無数の足跡が刻印された。
「気功……乱舞脚」
 ガイが、ゆっくりと片足を着地させる。
 足型を穿ち込まれた怪物の屍が、砕け潰れながら吹っ飛んで行った。


 自分が勇者でも英雄でもない、のは当然として、もはや賞金稼ぎですらないのではないか。
 そんな事を思いながら、ガイは額の汗を拭い、地面にスコップを突き立てた。
 村人たちの遺骨を、埋め終えたところである。
 賞金稼ぎは、金のために戦う。明確な、戦う理由というものがある。
 今の自分は違う。
 正義の怒り、などという高尚なものではない。ただ単に、許せなかっただけだ。
 そんな私怨に近い激情で、1人の妖術師を殺害した。
「そんな奴に拝まれても、安らかになんか眠れねえだろうけどよ……」
 呟きながら、ガイは掌を立てた。
 亡霊の類を、除霊の波動や気功結界で消滅させる事は出来る。
 だが本質的な意味で死者を弔う事が、自分に出来ているのかどうか、ガイはわからなかった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2014年11月27日

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