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『袖振り合うも―― 』
百目鬼 揺籠jb8361)&恒河沙 那由汰jb6459

 室町時代、とある街の夕刻。
 行き交う人の流れから外れるように、一つの人影が大通りから路地裏へと外れた。

(……もうすぐ、かな)
 小袖姿のその人影は、ちらり、と背後を一瞥した。
 もうすぐ街は、今とは違う騒がしさに包まれることになるだろう。
 夕暮れよりも赤く染まった、火の手の上がる寺の存在により、だ。
 そう仕向けたのは、勿論自分である。

 悪鬼。
 人の世に堕ちてかつての力を失っても、その呼び名は付きまとう。
 妖を忌み嫌う人間どもに、命を狙われる。
 そんなことで死にたくはないから力を取り戻すことが必要で、そうする為には要所の寺を燃やす必要があった。
 出来るだけ人目に目立たぬよう、狡猾かつ迅速に執り行うには、女装すら厭わない。幸い、身体の線は細かったから女物の衣服を着るのに差し支えることもなかった。
 だからこうして住処に戻るまでも、人間に感付かれることはなかった――それなのに。

 住処の戸を開けた時。
 目の前に自分より露骨な姿の妖が現れれば、それは目を丸くしてしまうというものだ。

 白い水干姿のその子供は、服装以外は兎角目立った。
 何せ金髪で、その頭には狐耳を、後ろにはやはり狐の尻尾を生やしているのである。
 足を止めたまま動けずにいると、子供は自分の顔を見上げ、にぱ、と無邪気な笑みを見せた。
「俺、見ちゃった」
「――!」
 顔が少し強張ったのが自分でも分かった。何を見られたのかは言うまでもなく察しがつく。
 ついでに住処を暴かれていることに加え、妖の姿を見ても軽く動じるだけになっている時点で「同族」であることに確信を抱かれているに違いない。
 とりあえず無視を決め込むことにし、開けっ放しにしていた戸を閉めると中に上がり込む。
 子供もその後をついてくる。振り向かずとも、興味津々の眼差しを向けてきているのが分かった。背中――というよりも後頭部にあたる視線が、何とも疎ましい。
「寺を燃やしてどうすんの?」
 訊かれる。無視しつつ囲炉裏の前に腰を落ち着かせる。瞑目し、子供が視界に入らないようにする。
「ていうかお前女物の着てるけど、妖ならそんなんいくらでも誤魔化し効くだろ。男? 女? どっち?」
 質問は続く。これも無視。
 すると子供は少し沈黙した後、
「答えないならこっちから調べるぞー!」
 等と言い出し、次いで小袖の懐に触れられる気配が走った。
「よし分かったちょっとこっちに来いこの餓鬼」
「え、ちょっ、何すんだよこの男女っ!?」
 小袖を脱がそうとした子供の手首を掴み上げると同時に立ち上がり、有無を言わさず引き摺って外へと向かう。
 『力』は自分の方が強いらしく、激しい抵抗は態度のみで覆すには程遠い。
 それでも、「離せよ男女ー!」等と連呼されるのが癪に障ったので、戸を開ける前に一旦黙らせた。

「おーろーせーこの男女ー!!」
 意識を取り戻して己の状況に気づいた子供は喚き散らした。思ったより意識を取り戻すのが早かったが、これも当然、無視する。
 子供は今、住処の隣の倉庫で天井から吊るされていた。妖でも簡単には脱出できない程度にはきつくしたつもりである。
「しばらくそこで頭冷やしな」
 言って、自分は倉庫からそそくさと出る。中では子供が相変わらず喚いていたけれども、戸を閉ざしてしまえば喧騒に紛れて殆ど聞こえなくなった。
 とはいえ、この場は一旦住処からも離れていた方がいいだろう。丁度そろそろ、狙っていた通りに外はいつもと違う騒ぎになり出していた。
 人混みに紛れ、素知らぬ顔をして火の手の上がる寺の見物へと向かう。
 まぁ、戻ってきたら下ろしてやろう。そんなことを考えながら。

「はー、はー…こんにゃろ、マジでアレ男だろ。じゃなかったら怪力女か」
 一方子供は何度か自力での脱出を試みていたが、かなり頑丈に縛られているのでなかなか解けない。
 が、あくまで人間の用いる縄である。少しずつではあるが、緩み始めてはいた。もう少し粘ってみたらいけるかも――?
 ……ところが、事態はそうなる前に思わぬ方向へ転がり出した。
 子供の目の前で、木製の戸が赤々と燃え出したのだ。
 否、戸だけではない。
 倉庫の壁や天井のうち木材が用いられているところに次々と火が放たれている――!

 当然子供は知る由もないことだったが、悪鬼の悪行は知れ渡っており、終ぞその住処が暴かれたのだ。

「や、やっばい……!」
 子供は懸命に身体を動かし、振り子の要領で縄と自分の身体を揺らし始める。
 火の手と、振り子。双方とも徐々に勢いを増し――。
 壁の全てが燃やし尽くされる直前に、すぽっ、と、縄から子供の身体が抜けた。
「やっ……ってあぁぁぁ!?」
 喜んだのもほんの一瞬。宙で自由を得た子供の身体は、勢い余って壁際に積み上げられていた酒樽へ突っ込んだ。
 そして間が悪いことに、火の手はその酒樽へと燃え移り――。

 ■

 時は流れ、現代。
 今や久遠ヶ原の学生となったかつての悪鬼、百目鬼 揺籠(jb8361)は酒瓶を片手に家路へついていた。
 途中、ふと思い立って道中にあった古い神社へ寄った。
「なんだよ、ジイさん」
 ノックもせずに戸を開ければ、だらしない姿勢で寝そべっていた恒河沙 那由汰(jb6459)が身体を起こす。
「だらだらばっかりしてねぇで、たまにはこういうのもいいんじゃねェですか、狐サン」
「……一人でだらだらするのと酒呑んでだらだらすんのとどう違うんだよ。っつーか、お断りだ」 
 酒瓶を持ち上げる揺籠に対し、不機嫌そうにそっぽを向く那由汰。おや、と揺籠は片眉を上げる。
「同じなら問題ないでしょう」
「問題あんだよ」
 そう言って揺籠に――というよりも彼が手に持つ酒瓶へ向ける那由汰の視線には嫌悪感がありありと出ていた。
 それから何やら思い出してしまったらしく、片手で顔を覆う。
「酒には餓鬼の頃酷ェ目に遭わされたからな……絶対御免だ」
「そうですか。それじゃしょうがねぇ」
「ここで呑むのかよ……」
 腰を落ち着けて酒瓶を開く揺籠。那由汰は相変わらず酒瓶に嫌そうな目を向けている。
 本当に苦手である様子を察しつつ、はてどこかで聞いた話だと揺籠は考える。
 確か昔、ちょっとばかし懲らしめてやった餓鬼が火の手に追われた挙句酒樽に――。
(……いやまさか、ねぇ)
 思い出して、ちらりと那由汰の顔を一瞥した。
 少し重なる部分はあるが、如何せん性格も目つきもあの時の餓鬼とは違いすぎる。

(あぁクソ、あの時のこと思い出したじゃねぇか)
 那由汰は那由汰で、トラウマを思い出して眉間に皺を寄せていた。

 記憶に残る餓鬼と、トラウマメーカー。
 それが今頃どこで何をしているのかは、知らない方がいい……のかもしれない。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
津山佑弥 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年12月01日

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