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『極彩に煌めく日。 』
エルティア・ホープナーka0727

 その日はとてもよく晴れていて、見渡す限り雲の影1つも見えはしなかった。さんさんと降り注ぐ陽ざしに暖められた空気は、暑すぎるわけでもなく、と言って寒いという事もない、そぞろ歩くには絶好の気候。
 辺りを賑やかに行きかう人々も、この気候に誘われてやって来たのだろうか。ふとそう考えてシルヴェイラ(ka0726)は、きっと違うんだろうな、と苦笑した。
 何しろここは、あらゆる物が集まるとも言われる自由都市同盟にある、極彩色の街ヴァリオス。その名は伊達ではないと言うことか、街をただ歩いているだけでも時折、物珍しげな品が目に入らないでもない。
 となればそれらの品々を求めて、数多の人々が街を訪れるのもまた、珍しいことではないのだろう。そもそも、シルヴェイラ達だってこの気候に誘われてというよりは、この街で見つけられるだろう様々の品を求めてやって来たのだから。
 エアが気に入るものがあれば良いけれど――ちら、と傍らを歩くエルティア・ホープナー(ka0727)へと眼差しを向けながらそう思う、シルヴェイラの考えにけれども当のエルティアは、まったく気付いてはいなかった。眼差しは好奇心に輝きながら、通りに建ち並ぶ店へと向けられている。
 その眼差しの向けられている先がどこなのか、長年の付き合いからよく解っているシルヴェイラはまた小さく苦笑したのだった。





 シルヴェイラはともかくとして、本好きが高じるあまり日頃は引きこもりがちな生活をしているエルティアまでもが外にいるのは、実はけっこう――否、かなり珍しい事だった。おかげでシルヴェイラには、折角の良いお天気なのに雨が降るんじゃないか、と笑われたものだ。
 けれども、エルティアたちがこうしてヴァリオスまで足を延ばし、デートをしているのにはもちろん理由があった。少し前におこった、海より現れたる狂気の歪虚との大規模な戦い――その最中で、エルティアとシルヴェイラはある約束を交わしたのだ。

 それは『多く敵を倒した方の願いをきく』こと。

 約束というよりは賭け、勝負にも近いその約束の、勝者はエルティアだった。ゆえに彼女は微笑んでシルヴェイラに『ヴァリオスでの買い物に付き合ってくれる?』と願い、シルヴェイラはそれを了承し。
 だから今日彼女達は、こうして2人肩を並べてヴァリオスの人ごみにもまれ、賑やかな街を歩いている。といっても、エルティアが歩きにくくないようにシルヴェイラがさりげなく気を使い、人込みとの壁になってくれているので、彼女自身はさして苦労はしていなかったが。
 その、幼馴染の苦労にはまったく気付かないまま、エルティアはどのお店から入ろうかとせわしなく、楽しく思索を巡らせた。さすがはヴァリオスと言うべきだろう、彼女の興味を刺激してやまない店が視界の中にいくつも入ってきて、どの順番に見て回るべきか悩ましい。
 日頃はクールな性格のエルティアが、こんな風に楽しげに悩み、目を輝かせ、うっすらと頬を上気させているのもまた、彼女が外に出てくるのと同様、珍しいことだった。けれども幼馴染であり、彼女の世話を何くれと焼いてきたシルヴェイラは、ほんの少し苦味を含んだ微笑みで見守るのみだ。
 彼女の行動原理が全て『本』にあるのだという事を、シルヴェイラは長年の付き合いからよく知っていた。そして今、彼女をこうして静かに興奮させ、夢中にさせているのも――このヴァリオスにある様々な本屋なのだという事も。
 何しろ極彩色の街ヴァリオスには、ちょっとした日用品から珍しい小物、一般的な女性なら喜びそうな衣類や装飾品の数々まで、その気になれば揃わないものはないんじゃないか、と思ってしまうほど数多の店が揃っている。けれどもエルティアは、いっそ清々しいほどに一切、そういったものには興味を示さない。

「あら、あの本――」

 ふいにエルティアが一際瞳を輝かせ、そう呟いた。と思った先にはすでにエルティアは、その本へと――その本が並べられている古書店へと、真っ直ぐに向っている。
 元より知識や情報、書物の事となると目を輝かせて夢中になる性質で、ひとたび読書を始めようものなら周りも見えず異常な程の集中力を発揮するような彼女にとって、本屋はまさに宝箱と言っても過言ではなかった。ヴァリオスで買い物をしたいと言ったのも、こういった彼女の知らない新たな本、新たな知識との出会いを求めてのことで。
 興味を惹かれた本を手にとって、開くや否やあっという間に動かなくなってしまうエルティアに、店のおじさんが困った顔をした。けれども、とっくに本に集中してしまっているエルティアは、まったくそれには気付かない。
 昔から、ひとたび本に夢中になってしまったエルティアは、余程の物理的妨害に合わない限りはシルヴェイラ以外に読書を止められた者は居ないというくらい、すさまじい集中力を発揮した。少々声をかけられたり、えへんえへんと何度も咳払いをされたりした所で、雑音ほどにも気づきはしないのだ。
 やれやれ、とそんな幼馴染に肩を竦めてシルヴェイラは、エア、と彼女の名を呼んだ。

「まだ、他にも色々とお店はあるだろう? ここで1日過ごす気かい?」
「あら」

 シルヴェイラのもっともな言葉に、エルティアははた、と本から目を上げて瞬きをした。古書店に新書店、貸本屋。彼女の興味を引く店は、まだまだこの街にはたくさんあるのだ。
 ゆえに彼女はぱたんと本を閉じると、ついでに興味を惹かれた本を何冊か書架から抜き取って、ほっとした顔の店主に対価を支払った。そうして『お願いね、シーラ』と微笑みを残すと、彼女自身はさっさと別の本屋へ足を向ける。
 そんなエルティアに苦笑しながら、シルヴェイラは彼女の残していった本を手に取った。これ以上増えるようなら、重さよりも量の問題で、帰りには馬車でも借りなければならないかも知れない。
 案の定、買い物と言いながらも書籍等にしか興味を示さないエルティアは、立ち寄る先々で新書や古書を買い求めた。自宅の図書館でも見当たらないような古書や、新たに書き下ろされた新書――そこにどんな知識が眠り、物語が待ち受けているのか、想像しただけでも心が躍るのだ。
 だから、もっと。もっと、新しい知識を――まだ見ぬ新しい書物を。
 砂漠で乾いた人が見ずを求めてさまようように、本屋を見るたびに足を向けるエルティア自身に、気遣うのもまたシルヴェイラの役目だった。何しろ、生活に必要な最低限の洋服や小物ですら、エルティアは一切気を使ったりはしないのである。
 それだけではない、自分の身体が疲れているかどうかすら、書物に夢中になっている時のエルティアは気付きもしない。放っておけばいつまでだって――それこそ本当に倒れるまで、新たな書物を求めて歩き回るに違いないのだ。
 だから。

「エア。そこのカフェで少し休んで行かないか?」

 そんなエルティアの代わりにそうやって、寄り道を促すのもまたシルヴェイラの役目だった。浮かべている微笑みは困ったようにも、諦めたようにも、けれどもどこか楽しげにも見える。
 シルヴェイラの言葉に、あら、とエルティアは次の本屋へ向かおうとした足を止めた。振り返ったシルヴェイラの、幼いころから見慣れた微笑みにこくり、首を傾げる。
 実のところ、エルティアは疲労というものを感じてはいなかった。むしろ大好きな本を前にして、まだまだ幾らでも動き回れそうな気もする。
 けれどもシルヴェイラが言うならばそうなのかもしれないと、頷いたエルティアは微笑んで頷きながらもこう言った。

「そうね。……シーラがコーヒーを淹れてくれれば、私は構わないのだけれど?」
「さすがに、ここじゃあね。帰ったら淹れるよ」

 そうして告げられた要求に、シルヴェイラは苦笑しながらそう約束する。それを聞いてエルティアは、満足げに「楽しみにしているわ」と目を細めた。
 幼馴染の贔屓目ではなく、シルヴェイラの淹れるコーヒーはエルティアの知るどんなコーヒーよりも美味しい。ついでに一緒に食べたいお菓子も所望すれば、それにも「はいはい」と苦笑しながら頷いてくれるのでまた、嬉しい。
 だから嬉しそうな輝く笑顔を浮かべ、約束よ、と念押しするエルティアにシルヴェイラは、解っていると大きく頷いた。そうして近くの小洒落たカフェへと再度彼女を促して、見事休憩させることに成功する。
 2人のデートは一事が万事、そんな調子だった。エルティアが興味の赴くままに本を買い漁り、目についた洋服屋でシルヴェイラが彼女の新しい服を見立てて――
 大通りの目ぼしい本屋を行き尽くして、次はどこに行けば本屋があるのか考えながら、何気なく曲がった路地は細く、どこか密やかな気配がした。軽く目を見開いてシルヴェイラを振り返ると、こちらも興味深げに眼を細めて路地の先を見つめている。
 ちょうど家と家、店と店の裏に面しているのだろうか、その路地には扉というものがほとんど見えず、人の姿もほとんどなかった。静かに真っ直ぐ伸びる石畳の先には、通りと同じ幅しかない、まるで空へと続いているかのような石の階段がある。
 まるで、秘密の抜け道を見つけたような心地が、した。この路地をまっすぐ歩いて、あの階段を昇ればどこか違う世界に続いているのではないか――そんな錯覚に、眩暈にも似た感覚を覚えて。
 そわそわするような弾む気持ちを胸に、どちらからともなく歩き出す。そっと足をかけた階段は、古いものなのかよく使い込まれていて、どこか優しい印象。
 そのままゆっくりと登っていくと、ふいに目の前にいっぱいの青が広がって、シルヴェイラとエルティアは小さく息を飲んだ。

「――ここから、街が見渡せるんだね」
「ええ……」

 何かを壊すのを恐れるように、小さく呟いたシルヴェイラの言葉に、頷くエルティアの声もささやかだ。それほどに、その青は――見渡す限りの青空はひどく美しく、澄み渡っていたから。
 階段を登りきった場所からは、街並みが一望できた。晴れ渡る空の下に広がる、賑やかで穏やかな極彩色の街並み――その向こうに広がる、煌めく碧を湛えた海。
 あたかも1枚の絵画のような、その光景にしばし、息を飲むように目を細めた。まるで、この景色を見せるためだけに誰かが彼らを招いたような、そんな心地がした。
 だから2人、心行くまでその美しい景色を見つめてから、再びゆっくりと歩き出す。美しい青と碧、極彩色に輝く街を眺めながら。




 帰り道には、ほんの少し遠回りをした。
 ヴァリオスの街全体を見渡せるような、少し街から離れた小高い丘――そこからは先ほどよりもさらに美しい、夕日に映える街が見渡せる。賑やかな人の営みによって作り上げられた街は、けれどもどこか喧噪とは無縁にも見えた。
 そんな街を横合いに眺めて楽しみながら、2人、並んで家路を辿る。買い込んだたくさんの本と、それから幾つかの服や小物は、全部シルヴェイラの腕の中。
 新しい本が楽しみで、エルティアはご機嫌な足取りだ。それをちらりと眺めるシルヴェイラも、やれやれ、と思いながらも口元に浮かぶ笑みは優しい。
 やがて自宅まで帰りつくと、エルティアは早速シルヴェイラに約束のコーヒーを所望した。

「お菓子も一緒にね。それまで、本を読みながら待っているわ」
「はいはい」

 言葉通り、買ってきた本を選びながらのエルティアに苦笑して、シルヴェイラはそう頷いた。そうして台所に向かう彼を見送って、エルティアはそわそわと、積み上げた本の一番上に手を伸ばし。
 ひとたびページを開けば、そこには彼女の知らない新しい知識が眠っている。それらにじっくりと目を通し、時には既知の知識についても新たな発見を得るのは、この上ない喜びだ。
 ゆえにいつも通り、窓辺に座って本を開くなり、あっという間に集中して動かなくなったエルティアである。それは、シルヴェイラが彼女の要望通りのコーヒーと、コーヒーによく合うお菓子を持ってくるまで、一瞬たりとも途切れることはない。
 そうしてシルヴェイラがやって来てからは、2人並んで同じ毛布にくるまって、コーヒーとお菓子を楽しみながら読書を、楽しむ。温かなコーヒーはいつも通りの美味しさで、お菓子もコーヒーによく合っていて、期待通りにとても美味しい。
 けれども、エルティアが軽やかに静かに響かせていたページをめくる音が、次第に途切れがちになった。あふ、と何度もあくびをかみ殺したものの、久々の外出に疲れたのだろうか、気づけば意識が途切れがちになり。
 ふいに、シルヴェイラの肩にことん、とエルティアがもたれ掛かってきた。おや、と彼女を振り返れば、まず最初に目に入ったのは読みかけの本を支える手が、力なく膝の上に投げ出された様子。

「エア?」

 呼びかけたシルヴェイラに、応えたのは規則正しい安らかな寝息だった。そっと顔をのぞき込んでみれば、寝顔すらも安らかだ。
 まったく、と微笑んでシルヴェイラは彼女の手から、読みかけの本を取り上げた。動かせば起こしてしまうかもしれないから、ずり落ち掛けた毛布をしっかり肩までかけなおしてやって、ついでに上着もその上から羽織らせて。
 安心しきった寝顔に、目を細めた。そっと彼女の髪を一房手に取り、柔らかく口付ける。

「――おやすみ、エア」

 そうしてささやかに、密やかにシルヴェイラは、エルティアへと囁きかけた。そんな2人を穏やかに、夜の帳が包み込んでいた。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /     PC名     / 性別 / 年齢 /     職業     】
 ka0726  /   シルヴェイラ    / 男  / 21  / 機導師(アルケミスト)
 ka0727  / エルティア・ホープナー / 女  / 21  / 闘狩人(エンフォーサー)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注、本当にありがとうございました。

幼馴染なお二人のまったりデート、如何でしたでしょうか。
いや、そこを目指したはずなんですが、何だろう、息子さんの苦労話になったような気がしないでもないですが、きっと気のせいだと信じたい今日この頃です。
一緒にお買い物をしている気分で、蓮華も楽しみながら書かせて頂きました。
どこかイメージが違うところなどございましたら、ご遠慮なくリテイク頂けましたら幸いです。

お2人のイメージ通りの、穏やかに過ぎる休日をくすぐったく紡ぐノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■イベントシチュエーションノベル■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2014年12月02日

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