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『君へ会いに行く 』
ウルシュテッド(ib5445)&ニノン(ia9578)


 ハロウィンパーティーも終わり、子供達も寝静まった静かな夜更け。
 ニノン・サジュマンは厨房の椅子に腰掛け、湯が沸くのを待っていた。広げた手はこの季節水仕事をすれば当たり前だが少し荒れている。
 それでも子供の頃に比べれば……と、浮かぶ思い出を頭の片隅へとおいやりニノンは立ち上がる。
「茶葉はどれにしようかのう」
「お勧めはコイツかな」
 見上げた棚に並ぶ茶葉の瓶、背後から伸ばされた手が端の一つ取り上げた。この家の主、ウルシュテッドだ。
「子等はもう寝たのかえ?」
「ぐっすりだよ」
 ウルシュテッドには三人の子供がいる。今日のハロウィンパーティーも子供達のためにとあれこれ二人で準備したのだ。
「では今からは大人の時間じゃな」
 ニノンはウルシュテッドが選んだ茶葉を受け取った。

 10月の終わりにもなると夜は冷え込んでくる。ウルシュテッドは居間の暖炉に薪をくべ火を起こした。
「上に何か羽織れば良いではないか」
 お茶のトレイを手にニノンは呆れた様子だ。彼女は一見華やかな御嬢さんだが、幼い頃経済的に苦労したためか中々贅沢に厳しい。
「君が俺を温めてくれるなら喜んで火を消すが?」
 しれっとのたまうウルシュテッドにニノンは「このままで良い」と食卓にカップを置く。
「本当にそなたは料理が上手い」
 もう一枚、とニノンがクッキーを皿から摘む。生姜を利かせた大人の味、この時のためにウルシュテッド自ら準備していたものだ。
「ニノンのパイも美味い。子供達もとても喜んでいた」
 サクリとウルシュテッドがフォークでパイを崩す。
 今日のこと、料理の話……炎の爆ぜる音を聞きながらの他愛のない会話。
 時折訪れる無言の時間すらも心地良い。

「トリィック オゥア トリィイト!!」

 唐突に天井から降ってくる声。驚く二人の前に現れたのはランタンを掲げた南瓜のお化け。

「アレレ アレぇ? オ菓子ハ? ナイの? ナァイの? ソレナラ、ソレナラ 」

 ケタケタケタと笑う南瓜はランタンを振る。

「悪戯ダァ!」

 星が飛び散り、そして世界が暗転した。


 一面の銀世界。ウルシュテッドは周囲を見渡す。
(どこかで見た……な)
 故郷ジルベリアの冬の風景だが良く知る街ではない。しかし記憶はこの光景が懐かしいと告げていた。例えばあそこに見える古い大きな家の飾り窓など……。
 額に当てた手は幼い少年の手。そういえば視界も低い。どういうことだ、と抜いた刀身に映ったのは十二、三歳の自分。どうやら子供の頃の夢をみているらしい。
 その古い大きな家の飾り窓が押し開かれ少女が外を覗く。
「ニノン……っ!」
 ウルシュテッドが上げる驚きの声。少し幼いが少女はニノン、その人であった。
 声に気付いた少女と重なる視線……ウルシュテッドの意識がその翠の双眸に引き寄せられる。

 鍋を抱えニノンが居間へと現れた。
 居間の暖炉に揺れる弱々しい炎、部屋は暖まりきらずに足元から冷気が這い上がってくる。食卓を囲む粗末な身形の六人の子供達。皆幼いが、中でも一番幼い子は二、三歳といったところか。
 足元にはアル=カマル産の豪奢な刺繍が施された絨毯が敷かれている。壁際にも重厚な飾り棚。だが絨毯は日に焼け色褪せ、棚も角が毛羽立ち古びていた。屋敷も調度もかつてはさぞ立派だったのだろう、と思わせる。だが今はその面影のみ。
「待たせたのう。夕食じゃ」
 ニノンは皿にスープをよそっていく。野菜屑のスープとパンだけの質素な食事。
 食事の間、彼女は幼子の世話をするだけで自分は一口も口にしていない。

 ニノンは奥の部屋へと向かう。薄暗い室内に響く咳。窓際の寝台に寄ると、咳き込む老女の背を擦った。
「わしは大丈夫じゃ。それより薪と炭は足りておるのか?」
「おばば様はわしらの心配よりも自分が元気になることを考えてくれれば良いのじゃ」
 老女の手に己の手を重ねるニノン。
 ランタンの揺れる灯に浮かぶ老女の面差しはニノンと似ていた。その口調も聞き覚えがあるものだ。
 居間から聞こえてくる子供の泣き声。すぐさまニノンが立ち上がる。
 心配そうな老女が何か言う前に「大丈夫じゃ」と笑顔を浮かべ部屋を後にした。
 ぱたん、と閉じた扉にニノンは背を預ける。大きくなる泣き声に子供達がニノンを呼んでいる。
「大丈夫、大丈夫じゃ……」
 己に言い聞かせる言葉に混じる溜息。胸の前で握る皸だらけの手。
 顔をあげるとニノンは足早に居間へと戻った。
 子供達を寝かしつけた後、ニノンは擦り切れた外套を羽織り外に出る。夜の間降り続ける雪に閉じ込められないよう玄関と勝手口周辺の雪掻きをしなくてはならない。
 ニノンの頭に肩に降り積もる雪。
 暖炉脇に翌日分の薪を運び込みニノンは外套を脱いだ。
 悴む手を擦り合わせ息を吹きかけ温める。子供達が寝てすぐに暖炉の火は落とした。部屋の中だというのに吐息が白く立ち上る。
 溜息が静寂に落ちる。おばば様や子供達に見せる笑顔はそこにない。まるで世を諦めた老人のような瞳。

 昔は沢山の子供らの面倒をみたものじゃ、彼女が自分の過去について語った数少ない言葉。彼女は過去を家族をあまり語らない。ウルシュテッドも踏み込む勇気もきっかけも掴めないまま尋ねずにいた。
 辛く苦しい生活だったのだろう、と想像はしていた。だが実際はどうだ。
 こけた頬、荒れた手、溜息……。彼女の苦労を察していいる、などと分かったような口を! 自身を叱り飛ばしてやりたい。
「大丈夫じゃ、大丈夫……」
 呪文のように繰返される言葉。

「そなたのような大人が近くに居れば、わしの過去も少々違っていたかもしれぬな」

 彼女がふと漏らした一言がウルシュテッドの脳裏に蘇った。彼女には今助けが必要だろう。
(だが……俺に何ができる?)
 ウルシュテッドは自問する。
「さあ、繕い物を終わらせてしまおうかのう」
 作られた明るい声音はウルシュテッドの胸を刺した。

 くぅ、と小さな音。繕い物をしていたニノンは軽く腹を押さえる。
「これを終えたら寝る前に水を汲んでおこうか……」
 空腹を紛らわせる為にやるべきことをわざと声に出す。
 十歳の頃、商売が失敗した。親族経営の商いのためニノンの親だけではなく一族の大人達は皆出稼ぎに行かなくてはいけなくなった。
 子供である自分達は祖母のもとへ預けられる。一番年上のニノンは必然的に祖母を助け、家事や子供達の面倒をみるようになった。更に数年後、祖母が倒れた。そこからは頼る大人もおらず、ニノンは一人で子供の世話に祖母の介護に、皆を支えてきた。
 それは仕方がない、と思っている。一族協力してやっていかないといけない時期なのだ。
 いずれ幼い従兄弟たちも成長する。それまでは……。だが……、と溜息。その時を想像することはできない。
「……なんじゃ?」
 外から聞こえる物音。こんな時間に客人だろうか、と立ち上がり窓を開ける。
 冷たい風が室内に僅かに残った温もりもあっという間に奪っていく。
「ニノン……」
 誰かに呼ばれた気がした。
 少し先に自分より少しばかり年上の少年がいる。従兄弟の友人だろうか。

「……の友達だろうか?」
 声に我に返ったウルシュテッドは無意識にうちに胸を押さえていた。たった今見えていたのは……。
「……いや、親の仕事について来たところ」
「なら早々に帰るがよい。今宵は雪が積もるぞ」
「ねぇ、少しいい?」
「なんじゃ?」
 呼び止められ訝しげに眉を寄せるニノン。
「あー……えっと……」
 子供の頃に出会うことができたのならば何か力になりたい、と思っていた。そして今まさに。
 「此処から一緒に出て行こう」と物語ように彼女へ手を差し伸べることも、ささやかだが援助することだって……。これは夢だ。
 だが……。
 先程の光景が胸を過ぎる。辛さも、苦労も全て飲み込んで家族の前では気丈に振舞う姿。家族を支えようと必死に立つ姿。その小さな肩が、背中が、彼女の生き様がたまらなく愛おしかった。
 たとえ夢でも彼女の心を覚悟を自分が手折る訳にはいかない。彼女の過去を否定できるものか。
 黙り込んだウルシュテッドにニノンの表情が険しくなる。それが今の彼女と重なって口元に笑みが浮かんだ。
「……俺、君に一目惚れしたみたいだ」
 そして思わず口から出た言葉。綺麗な翠の目が瞬く。

 二人の間に流れる沈黙。

(やってしまった……!!)
 頭を抱えて蹲りたい。いや今すぐ雪の中に飛び込みたい。
 ドサリ、と屋根から雪が滑り落ちた。止まっていた彼女が「面白い冗談じゃ」と小さく噴出す。初めて見た幼い彼女の笑顔。
「……」
 普段彼女は笑えているのだろうか、そんな事を思った。それが顔に出たのか、ニノンの視線が遠くを見つめる。
「こんなことはいつか終わる……」
 白い息と共に吐き出された独白。ウルシュテッドは雪を掻き分け窓の下まで行く。
「その『いつか』に叶えたい夢はあるかい?」
 じっとニノンがウルシュテッドを見つめた。
「自分の……」
 言葉の途中でニノンは飲み込む。
 小さな缶と飴を差し出すウルシュテッド。缶の中は肌荒れに利く軟膏だ。
「水知らずの人からものを貰うわけにはいかぬ」
 押し返そうとするニノンの頭にウルシュテッドは手を伸ばし、ゆっくりと頭を撫でた。
「……っ?!」
 怒ったような照れたような表情。今ならきっと「子供扱いするでない」と暴れたことだろう。
「今はこれだけだけど。将来君に贈りたいものがあるんだ」
 これは君と出会えた記念、とその手に軟膏と飴を握らせた。冷たいニノン手に温もりを分けるようにぎゅっと握る。
「だからまた会おう」
 約束だ、と言い残す前に再び景色が暗転する。


 手に触れる温もり。
「……ん」
「涎がついておるぞ」
 顔を上げるとニノンが頬を指差す。慌てて拭うと「冗談じゃ」と笑われた。
(幼い彼女は……)
 あれから笑うことができただろうか。胸の中がじくりと痛んだ。
 ウルシュテッドの手にじんわりと伝わる温もり。あの時、自分の体温は彼女に伝わっただろうか……。
 不意に視界が歪み頬を熱が伝う。ぽたり、ぽたり、とテーブルに染みが生まれた。
「ニノン……」
 落ち着いてからハンカチを求め探ったポケットからいつかと同じ飴と軟膏が出てくる。そうだ彼女のために用意していたのだ。
「家事のお供だ」
 みすみす君の手が荒れるのを見過ごせないからね、と笑って手渡した。
 ニノンの手をウルシュテッドは己の手で包んだ。小さく冷たい荒れた手を思い出す。
(俺は……君に苦労をかけるだろう……けれど……)
 全てを一人で背負い立っていた幼い彼女。
(二人なら……)
 全て二人で分かち合って……。

 水仕事を終えたニノンは軟膏の蓋を開く。
(あの頃はこんな風に手入れをする余裕もなかったのう……)
 生きていくだけで一杯、一杯。自分を気遣う余裕なんてあるはずもない。
 だから祖母の家を出たあの日……。
(これからはわしは自分のためだけに生きると誓ったのじゃ……)
 ふわりと香る甘さは蜂蜜だろうか。手に乗せ丁寧に広げていく。
「だというのに……」
 苦笑を零す。結婚するつもりなどなかった。彼と出会うまでは。
(わしとは正反対の生き方……)
 自分のなすべき事のために最善を尽くそうともがく彼の姿に心を揺さぶられた。
 もう二度と誰かのために自分の人生を捧げるのはまっぴらだ、と思う。
(……でも)
 軟膏を塗った手を灯に翳した。
(誰かと一緒に生きるのなら悪くない……)
 使い終えた軟膏を棚に戻そうとし、おやと首を傾げる。
(そういえば……)
 頭の片隅に眠る幼い頃同じように軟膏を貰った記憶。使うのが勿体無くて大切にしまい込んだ軟膏はどこに行ったのか……。
「……あの軟膏、使い損ねたのう」
 あれをくれたのは……。記憶の中の少年を思い浮かべた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名       / 性別 / 年齢   / 職業】
【ib5445  / ウルシュテッド   / 男  / 31歳   / シノビ】
【ia9578  / ニノン・サジュマン / 女  / 20代後半 / 巫女】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きありがとうございました。桐崎です。

こちらはウルシュテッド様によるニノン様の過去探訪となります。
幼いニノン様は軟膏は使い損ねたようですが飴は舐める事ができたのでしょうか?

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
HC仮装パーティノベル -
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舵天照 -DTS-
2014年12月02日

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