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『死神の温もり 』
ニノン(ia9578)&ウルシュテッド(ib5445)


 ハロウィンパーティーも終わり、子供達も寝静まった静かな夜更け。
 ニノン・サジュマンとウルシュテッドは二人、大人の時間を楽しんでいた……といっても暖炉の前でお茶をしていただけなのだが。
「本当にそなたは料理が上手い」
 ウルシュテッドが作ったという生姜を利かせたクッキーは甘い香りのするお茶に良く合っている。
「ニノンのパイも美味しい。子供達もとても喜んでいた」
「当然じゃな」
 得意そうに顎をつんと上向かせるニノンにウルシュテッドが肩を震わせた。

「トリィック オゥア トリィイト!!」

 唐突に響く心地良い空気を引き裂く声。驚く二人の前に南瓜のお化けがランタン片手に現れた。

「アレレ アレぇ? オ菓子ハ? ナイの? ナァイの? ソレナラ、ソレナラ 」

 ケタケタケタと高笑い。南瓜はランタンを振る。

「悪戯ダァ!」

 星が飛び散り、そして世界が暗転した。


 髪をすっぽりと覆うプラトークが砂埃を巻き上げる風に煽られる。飛ばされぬようニノンは布を押さえた。
 砂塵の向こう浮かぶ光景。ニノンは戦場に立っていた。大気を震わせる銃声に爆発音。埃塗れの風に混じる血と硝煙の匂い。馬の嘶きが風に乗り届く。人々の怒声、剣戟の音は遠い。前線はここより先だろう。
 翻る旗印は記憶にない。ここはどこじゃ、と呟こうとして口の中が乾いている事に気付く。
 間近で撃鉄を起す音。
 少し先の岩陰に腹這いでマスケット銃を構える黒尽くめの男。被るフードが風に揺れ横顔が覗く。
「なっ……」
 ニノンは息を飲んだ。顔の下半分をマスクで覆い、目深に被ったフードのせいで顔は良く見えない。だがその目元には見覚えがあった。年若いが先程まで一緒にお茶を飲んでいたウルシュテッドだ。
 そう認識した刹那、視界が反転した。大地に押し付けられる。捻られた腕がミシリと軋んだ。
「所属を言え」
 低い感情の篭っていない声、ニノンの首筋に当てられる刃。声も若干違えど、彼にとても良く似ていた。
 顔を確認しようとニノンは体を捻る。それを反抗と判断したのか男が背に膝を乗せ体重をかけた。彼の長い髪の先がニノンの眼前に揺れる。
「ぐっ……」
 圧迫感にニノンは思わず呻く。だが掛けられる体重にも構わず体を捻った。
「動く……」
 耳元で唸りを上げて強い風が吹きぬける。プラトークが風に攫われ、ニノンの金色の髪が舞う。
 フードの奥、男の双眸が僅かに見開かれた。重なる視線。
(……これは)
 ニノンは掛ける言葉を失う。
 身体は一回りは小さく、顔立ちもまだ少年っぽさが残っているがウルシュテッドだ。しかし感情を殺したかのように何も浮かばぬ双眸はニノンの知っている色よりも冷たく暗い。
(どういう、ことじゃ……)
 光のない瞳が、纏っている空気が自分の知っている彼と重ならない。殺気を孕んだ己以外を拒む空気がびりびりと肌に触れる。
 小さい舌打ち。ウルシュテッドはニノンを後ろ手に縛り上げると岩陰に転がし、「後で詳しいことを話してもらう」と言い捨て再び狙撃へと戻っていった。

「……あの女は?」
 気付けば女の姿が消えていた。逃げられた、いや至近距離で自分に気付かれずに逃げ出せるとも思えない。
「敵のスパイか……」
 女だからと油断してはいけないことを数々の戦場を渡り歩いているウルシュテッドは知っていた。
 だがあの女は……。砂塵に舞った美しい金色の髪。上質な翡翠を思わせる双眸、とても美し……と思いかけてから慌てて戦場には場違いだ、と思い直す。
 忽然と背後に現れた時は焦りもしたがあの女は驚くほどに無防備だった。そもあんな目立つ格好のスパイなどいるものか。だが近隣の住人とも違う……。
「戦場には魔物がいる、か……」
 傭兵達の間ではごく当たり前の認識だ。神は信じていないがウルシュテッド自身例に漏れず戦場に魔物は存在すると思っている。
「もう一度……」
 会いたい、触れたい……彼女の腕を掴んだ手を見下ろした。しかし一発の銃声がウルシュテッドを現実に引き戻す。
「ここは戦場だ……」
 再びマスケット銃を構えた。


 乾いた銃声。腹に感じる衝撃。そこにやった手がぬるりとした何かに触れる。
 ウルシュテッドは糸の切れた操り人形のように膝をついた。手で傷口を押さえても血は溢れてくる。そのまま前のめりに倒れた。内臓が焼けるような感覚。
「っか……はっ……」
 立てなくなったら終いだ。だから必死に土を引っ掻きもがく。だがほんの少し前まで自在に動いていた四肢は言う事を聞いてくれない。
(俺は……死ぬ、のか……)
 転がったままぼんやりと思った。身じろぐたびに腹から溢れた血は大地に広がっていく。
「あ……ぐっ」
 血はこんなにも熱いというのに冷え切った身体。不意に足音が聞こえた。
 足音が止まり影が覆い被さる。誰か自分の無様な死様でも見学でもしに来たのか、いい趣味をしてるとそいつを見てやろうと顔を上げる。
「……ぁ」
 頭に巻いた布から覗く陽光の如き金色の髪……彼女だ。あの時の……。

 強い血の匂い。折れた旗印。燻る火、脂肪の焼ける粘着いた空気。
 また戦場だった。ニノンは肩にかかったままのプラトークを巻きなおし歩き出す。
 探すのは先ほどの戦場で出会った若いウルシュテッド。此処に彼がいる、何故か予感めいたものがあった。
「尤も……」
 あの少年は彼とは思えぬほどに荒んだ目をしておったが……と口元に苦笑を浮かべる。
 爪先がぬかるみを踏んだ。土と混じる黒ずんだ赤。血溜まりに倒れる黒尽くめ。茶色い柔らかな髪が血に広がっている。
「……ま、た  アン タ  か……」
 男が顔を上げた。

 もう一度会いたい、言葉を交わしたい、願わくば触れたい、と思った女性がそこにいる。やはりその姿は戦場に似つかわしくないほどに美しかった。
「俺は  ツイ……て、る」
 彼女に向かって手をのばした。戦場に潜む魔……美しい死神に向かって……。
 彼女の手は死神とは思えないほどに温かかった。こうして彼女に看取られるなら悪くない……次第に視界が暗くなってくる。
 間近に迫る最期の予感に背筋がぞくりと震えた。途端、ガタガタとみっともなく鳴りそうになる奥歯を噛み締める。
「まだ……」
 死にたくな……違う、頭の中で自分の言葉を否定する。死ぬわけにはいかない。無理矢理思い浮かべたのは自分が守ると決めた二人の姪。彼女達に読み聞かせていた本がまだ途中だ。続きは帰ってきてからと約束した。
 だからまら死ぬわけには……血が止まらない。身体の震えも……。
「まだ……まだ……まだ……」
 俺が死んだらあの子等を守るのは誰だ、必死に考える。だがすぐに言葉は消え、自分を飲み込もうと反り立つ闇色の大波が見えた。
 帰らねば……あの子等の待つ家に……帰らねば……かえら……。闇が視界を覆いかける。絶望がウルシュテッドの足を掴んだ。
 反射的に溺れる人のように彼女の腕にしがみ付いていた。
 自分の中に渦巻く死への恐怖。家族への想いも自尊心も何もかも飲み込んで。
(死にたくない……怖い、怖い……怖い……)
 背筋に感じる冷たい死の吐息。
 彼女の双眸と視線が交差する。優しく静かな瞳。どうせ逝くなら……。
「頼む……」
 最期に死神の慈悲を……。俺が恐怖で狂う前に……。戦場に現れる美しい死神は死を前にした戦士に慈悲を与え、死者の国へと連れて行く、昔読んだ物語のように。
「ウルシュテッド……」
 彼女が何か言っているが、よくわからなかった。だが名を呼ぶ声だけはしかと耳に届く。
 今すぐ、楽に――言葉は死神に奪われる。温かい死神の口付け。
 目の前に広がる優しい光。意識がふわりと溶け出していく。
 生きたい、と思った。

 泥と血で汚れた顔は、死の影が色濃く落ちている。男が仰向けにひっくり返った。腹部の傷口を押さえる手を血は赤く染め上げている。銃弾に貫かれたのだろう。
「俺は  ツイ……て、る」
 こんな美人が看取ってくれるとは……と上がる唇の端。声は聞き取り難く、笑みはただ引き攣ったように見えた。伸ばされた血濡れの手をニノンは膝をつき掴む。
「まだ……」
 ウルシュテッドが苦しげに息を吐く。暗い緑の双眸はニノンへと向いている、だが実際彼女が見えているかはわからなかった。握る手が震えている。
「読みかけの本が……」
 あの子等を……、まだ……、守らねば……戦慄く唇が言葉を繰返す。涙が汚れた頬に跡を作る。
 まだ……まだ……。繰返す言葉は荒い呼吸にますます聞き取り難くなってくる。
(あの子等とは……)
 彼の家族、二人の姪のことだろうか。死の間際であっても、このような若い時分であっても彼は一人の責任を背負う男だった。家族の事を想い、そこへ戻ろうとする姿にニノンは自分の良く知る彼を見た。
 たとえ纏う空気が違えども……彼は彼で……。いきなり強く腕を掴まれた。
「……いっ」
 ギリギリと指が腕に食い込む。とても死に瀕した者の力とは思えない。
 迷子のような縋る視線は何かを必死に訴えている。
 震える彼の身体。ニノンは彼の体を支えるように背に手を回し抱きしめる。ウルシュテッドの手がニノンの腕を這いずり上った。
「た、の……む」
 耳元で囁かれる声は泣き出すのを堪えているようだ。
「最期に……」
 小刻みに揺れる双眸……。
「そんな目をしたまま、死んではならぬ」
 ニノンは頬に手を添えた。
「わしのキスを受けるには十年早い……」
 言葉とは裏腹に顔を近づける。彼の名をそっと呼ぶ。
(……わしは……)
 不意に浮かんだ彼の顔。わしはそなたが好きかもしれぬ、春に告げた言葉……あぁ、と目を伏せた。
(本当はいつも彼にこうしたかったのかもしれない……)
 潤いを失った彼の唇に重ねる自分の唇。口の中に広がる血の味。
 こうして互いの温もりを伝え合う事で自分は傍にいると、伝えたかったのやもしれぬ……と。
 男が腕の中で意識を手放した。苦しげに歪んでいた顔は落ち着いている。


 薄く開いた視界一杯に飛び込んできたのは、見慣れた食卓の古い傷。
「……っ!」
 体を起し同じように突っ伏して寝ているウルシュテッドの投げ出された手に己の手を重ねる。
「温かい……」
 ほぅ、と零れる安堵の吐息。
 あの夢はなんだったのであろうか。戦場に立つ年若い彼が血の海に沈む姿……。
 縋るような双眸を思い出す。いまや彼は三人の子を育てる父であり、頼りがいのある大人の男だ。だが時折彼の双眸を揺らす感情はあの時の彼と同じもの。寄る辺のない子のような……。
 重ねた手に少しだけ力を加える。
 いつか今見た夢の話を聞こうと思う……。
「時間はいくらでもあるしのう」
 そう二人の時間はこれから先、幾らでもある。自分はもう決めたのだから。彼の家族になると。
 唇に触れる指。あの時の口付け……。浮かんだ想い。
「わしが……」
 傍にいてやろう……。
「ところで十年は経ったのだろうかのう」
 眠る彼を起さぬように静かに笑んだ。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名       / 性別 / 年齢   / 職業】
【ia9578  / ニノン・サジュマン / 女  / 20代後半 / 巫女】
【ib5445  / ウルシュテッド   / 男  / 31歳   / シノビ】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きありがとうございました。桐崎です。

こちらはニノン様によるウルシュテッド様の過去探訪となります。
普段見せない弱いところ情けなさが覗く瞬間というのはとても胸に訴えかけるものがあるな、と思いながら執筆させて頂きました。

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
HC仮装パーティノベル -
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舵天照 -DTS-
2014年12月02日

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