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『えにしさらえ 』
点喰 縁ja7176


 燃え盛る夏が終わりを告げ、ゆっくりゆっくり秋が来る。
 秋というのは境目が非常に曖昧で、いつ始まっていつ終わりなのか、気が付いたら『そう』であるようなもので。
『もしもし、縁さん? 今から家を出るけど、何か買い足していくものとかあるかな?』
「あー、でぇじょうぶ。お招きするのはこっちだ、ゆかりはお客さんの気持ちでドーンと」
『あはっ。わかりました。それじゃ、ドーンと行きますね!』
 ゆかりちゃん。
 縁先輩。
 一年と少し前までそう呼び合っていた点喰 縁と杷野 ゆかりが、こうしたやりとりをするのもまた、四季の移り変わりのように『そう』となっていた。

 ――お昼ご飯を、食べにおいで。

 これといった用事も仕事もトラブルもない休日、縁は恋人のゆかりを自宅へ呼んだ。
 自宅といってもアパートタイプの寮で、家族たちと賑々しく同居しているのだが……
 陽気な家族たちは、直前に実家へ呼ばれて帰省と相成った。
 黙っているのも不自然なので『二人っきりになるけんど』と事情を伝えたところ、『お土産リクエスト忘れちゃった……!』との切り返しだったので、まあ、大丈夫。違う形の不安はあるが。
 爽やかな風に、陽光だけがポカポカと。
 緊張と安堵がないまぜになったようなそれは、縁の胸中を表しているようだった。




 チャイムと同時に金色オムレツがお皿の上へ。
「お邪魔しまーす! わあ、いい匂い!」
「ちょうど、できたところだ。ほい、スープとサラダ」
「デザートは持ち込んでみました! 見て見て、猫大福! 来る途中に、うっかり衝動買いしちゃった!!」
 猫神神社を思い出すよね。
 縁の地元にある、非常に福々しい神社。楽しかった夏祭りの記憶は鮮明に残っている。
 縁に案内されるまま卓につき、ゆかりは手にしていた紙袋を広げる。
 猫の顔を模った小さな大福が四つ。豆、よもぎ、いちご、梅。後者二つは、可愛らしい薄紅色だ。
「こいつは豪勢だねぇ」
「もっとね、種類はあったんだけど。モンブランとか、ティラミスとか」
「……良い選択だったと思うよ?」
 指折り数える少女へ、縁は貼りついたような笑みを浮かべた。
「って、せっかく時間ピッタリに作ってくれたのに冷めちゃうね……! すごいな、あの電話で時間を逆算して?」
「オムライス自体は難しいこたぁないからねぇ。一番のタイミングで提供するために全力は出すってもんで」
 ゆかりが猫大福を持ち込んだのなら、オムライスにはケチャップで猫が描かれている。
 彼女の周りを、興味深そうにガラス玉のような目を輝かせ、二匹の猫が歩き回っていた。
「お前らには、先にやったろうが。っとと、それじゃあ二匹に奪われちまう前に、食べるとしようか」
「はい」
 猫に翻弄される飼い主が可愛くて、ゆかりはクスクス笑った。




 ふわとろ卵のオムライス。
 トマトベースのスープは、体の芯から暖まる。
 そして自家製ドレッシングで温野菜サラダ。
「ふわーー、美味しかったです……。ごちそうさまでした!」
「お粗末さんでした」
 たっぷり堪能し、二人で手を合わせ。
「お茶は私が入れますから、縁さんはゆっくりしていてくださいね」
「ほーい」

 食器を洗う音、お湯が沸く音。
(平和だねぇ……)
 日当たりのいい場所で、二匹の猫が折り重なって丸くなっている。
 窮屈じゃなかろうかと思うこともあるが、それが彼女たちのベストポジションらしい。
 そんな猫たちのまどろみのように、暖かで、柔らかな、安心がここにある。
「そろそろ、髪切ろうかねぇ」
 縁が言葉にしたのは、ゆかりがアツアツのお茶を運んできたタイミングだった。
「え? ……え???」
「ゆかりが残念そうな顔すっからうっちゃってたけど……」
 両手で湯呑を包み込み、一口すすって間をおいて。ゆっくりゆっくり、縁は説明する。
「『迷いなく、自身のすべてをかけたいもの』が見つかったら切り落そうって。伸ばし始めの時に決めててねぇ……」
 それは、縁の甘くて酸っぱくてほんのり苦い、初恋の思い出に関わること。
「こんな伸びるまで、かかっちまったけどさ」
 『迷いなく、自身のすべてをかけたいもの』の前で、青年は頬をかきつつ照れ笑いを見せた。
「縁さんが、そう決めてたなら…… 私からは何も……」
 何を反対出来るでないと、いちご大福を手にしたままゆかりは動きを止めて。
 むしろ、自分の行動が彼の決意を鈍らせていたのかと思えば申し訳なくもある。

「あ、そうだ。いっそ頼んでもいいかね?」
「わかりまし、…… ……えええええええ!!!?」

 ゆかりの表情が微かに翳るのを見て、縁は努めて軽い調子で提案した。



●side ゆかり
 工具ばかりの家かと思えば、散発用のはさみもあった。
 大福を堪能後、改めて手渡され…… ゆかりは、縁の尾のような長い髪と自身の手元を何度も見比べる。
(本当に、私が切っていいのかしら……?)
 ゆかりが、女子だからだろうか。髪を切るということは、まるで失恋の象徴のようで。
 ――迷いなく、自身のすべてをかけたいもの
 それは願掛けの類なのだろう。前向きなものなのだろう。
(こんなに、伸びるまで)
 彼に、そこまでの決意をさせるに至ったことは、何だろうかと疑問に思わないわけではないが、彼が触れないのならゆかりから尋ねることもしなかった。
(……前へ進むきっかけにって、心が思っているってこと、なのかな)

 爽やかな秋晴れの日。
 窓からは少し褪せた太陽の光が差し込む。
 ひだまり特等席で、折り重なって猫たちがまどろむ。
 なんて平和な。なんて静かな。なんて――……

「それじゃあ……。行きます。不慣れながら、精いっぱい、頑張りますね」
(……縁さん。私を選んでくれて、ありがとう)
 大切なきっかけに、自分を選んでくれて。
 出会ってくれて。
 優しくしてくれて。
 オムライス、美味しかったです。
 夏祭り、また行きたいね。
 風邪を引いたら、今度は私に連絡くださいね?
 12月―― また、二人の誕生日が来るね。

 しゃきん。
 しゃきん。
 ゆっくり、ゆっくり、はさみが動く。青年の、色素の薄い髪を落としてゆく。
 二人が出会う、その前からずっと彼と共に居て。
 二人が出会ってからも、共に居た。
 遠い遠い思い出を振り払うように、髪が切り落とされてゆく。



●side 縁
「ふわ!?」
「!?」
「な、なんでもねぇ、刃先が耳裏に当たって冷たかっただけで」
「ご、ごめんなさい、……難しいですね……」
「面倒に考えるこたぁないさ、こう、ザクザクっと」
 姉の鏡を拝借しての断髪式。
 鏡越しにゆかりの表情がくるくる変わるものだから、つい肩を揺らした縁に責がある。とも言えず。
 ただ、彼女はとても丁寧に丁寧に、髪を切ってくれた。
 これが、大切な儀式であるかのように。
(なんてことないように話したつもりなのに、なんだか察せらてるのかねぇ……)
 好奇心旺盛で活発、かといってそれが行き過ぎて人の心へ土足で踏み込むようなことはしないゆかり。
(面はゆいってぇか……)
 ずっと、想いの根底にあった『初恋の先生』。
 振り切るために、願掛けまがいで髪を伸ばし始めるほどの。
 けれど、気が付けば――それは、夏と秋の境目のように曖昧で、しっかりとして――もっとずっと大切な、大切にしたいという存在が縁の胸の中に住んでいた。
 髪を切るきっかけとなった当人に、こうして切ってもらうなんざ、どれだけの果報者か。
(ゆかりはカワイイなー)
「縁さん?」
「はい!!?」
「首、ちょっと下を向いてもらっていいでしょうか。この辺り、切りにくくて……首筋に刃が刺さっちゃいそう」
「なんたる」




 結局のところ、何年ほど伸ばしていたことになるのだろう。
 その間、色々な『縁』があったと、床へ広げた新聞紙に散らばった髪を眺めて縁は顎を撫でる。
 他に散っていないかかき集め、畳んで、屑籠へ。
 切り落とされた紙はそれまでだけれど、かき集めて来た『縁』は、これからも彼と一緒だ。
「あーーーー、これは、軽い。いい塩梅だねぇ」
「ほんと? 良かった!」
 ゆかりが、心からの笑顔。そして。

「おめでとう、生まれ変わった縁さん! これからの貴方の未来に、たくさんの祝福が訪れますように」 
 その未来を、どうか共に歩んでゆけますように。

「迷うことなく、俺の全てをゆかりに懸けるさ」
 かき集めた幸福と、共に。


 幸せ・平和の象徴のように、二匹の猫がウニャウニャ鳴いては寝返りを打ってゴロゴロと床に散らばった。
 穏やかで暖かな、秋の日のこと。



【えにしさらえ 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja7176/  点喰 縁 /男/19歳/アストラルヴァンガード】
【 ja3378/杷野 ゆかり/女/17歳/ ダアト 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
穏やかな一日、もしかしたら記念すべき一日、お届けいたします。
お任せ部分を全力で盛り込んでみました。
『えにしさらえ=縁竹杷』、造語ですが『縁』を『竹杷(さらえ)』でかき集めるということ。
お二人のお名前から拝借いたしました。
楽しんでいただけましたら幸いです。
■イベントシチュエーションノベル■ -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年12月04日

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