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『ガラスの向こうに見える物 』
ファーフナーjb7826)&小田切ルビィja0841)&巫 聖羅ja3916


 表通りを避けて入りこんだ路地裏を白い煙が漂っていく。
「この通りもか」
 ファーフナーはもうほとんど諦めたような、そして呆れたような声で呟く。
 狭い窓枠に並ぶのはジャック・オ・ランタン。ハロウィンの夜とあって、ガラス窓一枚隔てた向こうでは仮装した子供たちが走りまわり、お菓子を抱えて笑っている。
 ファーフナーにとっては空の星程も遠い世界に思える一家団欄の光景だった。
 見た物を頭の中から追い出すように首を振る。それから少し考え、また道を折れた。
 この道はオフィス街に続いているはずだ。
 昼間の仕事をする人間達が消えた街は、静かに眠りについていることだろう。

 思った通り、大通りにはほとんど人影はなかった。
 ファーフナーは思わず、安堵の吐息をつく。だがその安寧は余りにも早く過ぎ去った。
「おじさま! こんな所で何してるの?」
 咄嗟に身がまえ、近くのビルの陰に飛び込もうとした身体に反し、思考が声の主を判別する。
 咥え煙草をゆっくりと口元から外し、いつも通りの静かな声で問い返した。
「……お前こそ、何をしてるんだ」
 真ん丸な目をしてこちらを見ているのは、巫 聖羅だった。
「何って、これよ」
 聖羅は悪戯っぽく肩をすくめると、抱えていた紙袋から取り出した物をファーフナーに見せた。
 何たることか。さっき背を向けたはずのカボチャの怪物が、そこで笑っているではないか。
「ハロウィンの夜だもの、パーティーの準備の買い出しにね」
 ファーフナーは眉をしかめたが、止めろと言う訳にも行かず、ただ煙を吐き出した。
「そうか。御苦労なことだな」
 突然、聖羅がぱっと顔を輝かせた。
「おじさま、暇かしら」
 返事をするより先に、しなやかな指がファーフナーの袖を捉える。
「どうせ暇なら、これからちょっと付き合ってくれませんか?」
「付き合う? 何をだ」
「だめかしら?」
 聖羅は懇願する様に顔を見上げて来た。
 ファーフナーは女子供に好かれるタイプではない。少なくとも自分ではそう思っているし、実際これまでに好かれていると思えるような機会はなかった。
 だがこの娘は、どういう訳か自分を恐れない。恐れないどころか、気がつくとこうして、こちらの懐に飛び込んで来ているのだ。しかもそれを煩わしいとも、不快だとも思わせない。
 ふと気がつくと、路地裏で感じた疎外感のようなものも何処かへ消え去っていた。
(……変わった娘だ)
 ファーフナーは降参とばかりに軽く片手を上げると、聖羅の紙袋をひょいと取り上げた。
「また随分と買いこんだな」
「有難う! こっちよ」
 聖羅は嬉しそうに、ファーフナーをオフィス街の一角へと導いて行った。



 ファーフナーと並んで歩きながら、聖羅はその横顔を覗き見た。
 街灯の白っぽい明かりに照らされて、深い皺を刻んだ顔は影絵のようだった。
 迫力のある容貌は、映画で観た外国のギャングのボスみたいだと思う。
 勿論、昼に見てもその印象はあまり変わらない。
「怖そうなおじさんね」
 初めて見かけた際のファーフナーの印象だ。聖羅ぐらいの年頃の娘なら、当然の感想だろう。
 だが怖そうなおじさんは、実に有能で冷静な同士だった。
 死線をくぐり抜けて生還した時に改めて見たファーフナーは、「頼りがいのあるおじさま」になっていたのだ。
 そうして一度近付いてみると、渋い表情が本気で怒っている訳ではないとわかる。
 ばったり見かけると鬱陶しそうに進行方向を変えるのも、気にならなくなってきた。
 それどころか明らかに逃げるおじさまを追いかけて、色々と構うようになったのである。
 聖羅だって本気で嫌がっていたり、怒っている相手の事は分かる。
 なんだかんだでファーフナーは、付き纏う聖羅を邪険に追い払ったりはしないのだ。
 渋面も何度か見ているうちに、単に困っているだけなのかと思うようになっていたのだ。

 もしかすると聖羅は、生き別れたままの父親の面影をファーフナーに重ねていたのかもしれない。
 自分と兄を置いて行方をくらました父親。
 聖羅の記憶の中ではもう顔も姿もおぼろげだが、静かな物腰の中に潜む重々しい何かの印象はまだ心に残っていた。
 そういう物を敏感に感じ取るのは、聖羅の中の巫女の血か、それとも遠く祖先に連なる人ならぬ存在の血か。
 それは分からないが、理屈を超えて、聖羅はファーフナーに親近感を持っていたのだ。
 だから今夜巡り合えたことが、素直に嬉しかった。
(でもお父さんの替わりなんて言ったら、流石に怒られるかもしれないわね)
 クスッと小さく笑う聖羅の声を、ファーフナーが聞き咎めた。
「なんだ? 突然」
「なんでもないわ。ああほら、着いたわよおじさま!」
 暗いオフィス街の中に、ぼんやりと光るガラス張りの一角が浮かび上がっていた。



 白い壁いっぱいに、大小様々な額が並んでいた。
 小田切ルビィは入口付近まで下がり、明るい室内を見渡す。
 歪んでいる額はないか、額の配置バランスはおかしくないか。点検を済ませると、満足げに目を細めた。
「ま、こんなモンか。ちょっとした個展ってカンジだぜ」
 そこは、少し広めのリビング程の画廊だった。
 入口のある面はガラス張りで、歩道から中が覗けるようになっているが、今はカーテンを引いてある。
 それ以外の三面は控室に続く小さな出入口以外、全て壁。
 飾られている額は全て写真だ。今年一年かけて撮り溜めた、ルビィの作品である。
 知り合いの画廊主の好意に甘えて、空いている日に聖羅とささやかな展示会兼パーティーをするのが、毎年の恒例行事だった。

 学園の行事や、依頼で関わった沢山の人々。その他にも、暇を見つけては出掛けて撮った景色など。
 眺めていると様々なことが思い出されて、時間はあっという間に過ぎていく。
「ま、特にここんとこは色々あったしな」
 ルビィの端正な横顔が、一瞬驚くほど険しくなる。
 だがすぐに何事かに気付き、時計を見た。
「どこまで買い物に行ってンだ? 何かあったんじゃないだろうな……」
 思わずドアを開き、外の通りに身を乗り出した。
 そして目に入った姿に、ルビィが声を上げる。
「聖羅、遅かったじゃ無ェか……って! 何でファーフナーの旦那が居んだ?」
「兄さん、お待たせ! 途中でおじさまに……あ、違うわおじさま! そういう意味じゃないから!!」
 邪魔なら帰る。そう言わんばかりに無表情のまま足を止めたファーフナーを、聖羅が中へ引っ張り込んだ。
 ルビィはいつも通りの感情を押し殺したファーフナーの顔と、珍しく子供っぽい表情の妹を見比べ、小さく笑う。
「まぁ毎回二人っきりの個展じゃ味気無いしな? 旦那、迷惑でなきゃ付き合ってくれよ」
 ルビィが少し気取った仕草で、ファーフナーを奥へと誘った。



 ファーフナーは部屋の中央に据え付けられた、簡単なテーブルセットの前に座らされた。
「おじさまは記念すべき初めてのゲストね! 少し待っててね、すぐに用意するから!」
 聖羅は荷物を抱えて、猫を思わせる足取りで控室へと消えた。
 ルビィと残されたファーフナーは間を持て余し、部屋をぐるりと見渡す。
「写真……か。お前が撮ったものか?」
「ああ。毎年こうして並べて、色々反省したりするんだ」
 ルビィもまた部屋を見渡す。
「このときはもっと露出を絞るべきだったとか、もっと大胆な構図にすりゃァ良かったとか、な」
「成程な」
 そうは言った物の、ファーフナーには写真はさっぱり分からない。
 というより、写真には良い思い出がなかった。
 ファーフナーの知る写真と言えば、組織に所属した時に登録用に撮られる物か、あるいはお尋ね者の張り紙である。どちらも大抵、余り愉快な物ではない。
 だが、並んだ額の中に収まった写真は、そのどちらでもなさそうだった。
 ファーフナーは立ち上がると、順に見て回る。

 ルビィは少しくすぐったいような気持で、それでも観賞を邪魔しないように黙っていた。
(聖羅の奴、面白い客を連れて来たもんだぜ)
 ルビィには初対面で、ファーフナーが本来は「闇の世界の住人」である事が分かっていた。
 何を思って彼が学園に来たのか。闇をどうやって受け入れたのか。
 興味がないわけではないが、そんなことをほじくり返すつもりもない。
 大事なのは信頼に足る相手か否か。
 その点は、共に出た戦場でよく知っていた。ルビィにとって、背中を預けられる程に信頼できる稀な撃退士なのである。
 謎は残るが、今はそれで充分だった。


 ファーフナーにはルビィの戦闘能力が高いことは分かるが、彼の撮影した写真の良し悪しは分からない。けれど何故か惹きつけられた。
 額の中で笑っている学生達。
 それはまるで窓の向こうの一家団欒のように、遠くに思えた。
 別の額には、青い海と白い雲。また別の額には、燃えるような夕焼け。
 いわば、これらはルビィの目を借りて見た光景なのだ。
 ルビィが心を動かされた物、とどめておきたいと思った一瞬。
 証明写真が嫌いなのは、他者の視点を思わせるからだ。それが自分の物であれば、嫌悪感は一層増す。他人から見ると自分はこんなにも煤けて疲れた存在なのだと、まざまざと思い知らされる。
 だがルビィの目を通して見る世界は、彩りに溢れ、みずみずしい。
 自分と同じような暗い血を持っているだろうに、かさかさに乾いた世界もルビィにはこんな風に見えるのかと、ファーフナーは内心驚いていた。
 同時に感じたのは胸を刺す痛み。これは嫉妬か、それとも悲しみか。



「あら、まだ何も用意できてないじゃない! 兄さん何してたの!?」
 聖羅の呆れ声がファーフナーを現実に引き戻した。
「悪い悪い、ちょっと写真見直してた」
 ルビィが言い繕い、紙袋を広げる。
 暫くして、カボチャのお化けが床に並び、テーブルには沢山の料理や菓子が並ぶ。
「ハッピー・ハロウィーン!」
 聖羅がおどけた調子で言って、クラッカーを鳴らした。
 頭から垂れ下がるリボンをファーフナーが黙って避けると、聖羅とルビィが堪え切れずに笑いだす。
 勿論、小さなデジカメがその瞬間を捉えていた。
「本当にお前は写真が好きなんだな」
 ファーフナーがその写真は残すなと言いたいのを押さえて、呟いた。
「好きっつーか……人生の目標だからな」
 ルビィは偉大な先人達の名前を次々に挙げ、その業績を褒め称えると同時に、いつか自分も彼らに追い付くのだと熱く語る。
「大抵の奴は鼻で笑うが、俺ぁ本気だぜ? そして、将来の夢はピューリッツァー賞だ!」
「何だそれは」
 ファーフナーがにこりともせずに尋ねた。
「旦那は知らねえのか?」
 熱心にその賞の意義、そして価値を語るルビィ。
 ファーフナーにはその説明自体は余りよく分からなかった。
 ただ分かったことは、ルビィの夢がかなり大きなものであるだろうこと。
 そして少し前の自分なら、夢何ぞを語るような奴は大嫌いだっただろうこと。
 けれど今は若者の夢を鼻で笑う気にはなれなかった。
 それどころか何か眩しい、貴重な物を見ているような気分にすらなる。

 そんな夢想は、またも聖羅の声で途切れた。
「兄さんたら、おじさまが呆れてるわ。早く食べないと、折角温めたお料理が冷めちゃうわよ?」
「お前は本当に、いつも冷静だよな!」
「女ってのはいつだって現実的なもんだ」
 ファーフナーの意外な言葉に、二人が同時に顔を向けた。
「なんか、面白い話が聞けそうじゃねえか。詳しく話してもらおうか?」
「おじさま、もしかしてご結婚なさってたの!?」
 身を乗り出す兄妹に、ファーフナーが思わず身体を引いた。


 画廊のガラスの向こう、歩道を歩く者は見るだろう。
 半ばカーテンを引かれた部屋の中、明るい卓を囲む一団を。
 内に秘めた悲しみも苦しみも、今はひとときの宴に覆い隠して。
 誰もが皆、そうして日々を懸命に生きているのだ。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7826 / ファーフナー / 男 / 頼れる背中】
【ja0841 / 小田切ルビィ  / 男 / 折れない心】
【ja3916 / 巫 聖羅 / 女 / 寄り添う光】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました。ささやかなハロウィンの光景のお届けです。
それぞれの心の動きや距離感が、イメージ通りに描写できていれば幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
HC仮装パーティノベル -
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エリュシオン
2014年12月05日

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