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『鬼と子鬼、とある初冬の日常風景 』
秋野=桜蓮・紫苑jb8416)&百目鬼 揺籠jb8361


 師走ともなると、もう辺りはすっかり冬の装いだ。
 黄色や赤に色付いた街路樹の葉が木枯らしに吹き散らされ、街灯の光の下で舞っている。
「流石に冷えますねぇ」
 着物の懐から出した手に息を吹きかけながら、百目鬼 揺籠(jb8361)は家路を急いでいた。
 いつもの道、アルバイトの帰り道。
 その道すがらに、子鬼の住むアパートがある。
 バイト帰りにその前を通る時、右から二番目の窓の明かりを確かめるのが、もう癖の様になっていた。
 仕事上がりは大抵夜中、日付を超える事も珍しくない。
 それでも、あの窓からは殆どいつも、明かりが漏れていた。
「今日は少し早めに上がらせて貰いましたから、寝てる筈ぁないと思いましたが……」
 案の定、だ。

 手招きする様な暖かな光を目指して、揺籠は鉄板の軋む外階段を上がって行く。
 明かりの漏れる部屋の前に立つと、安っぽい作りのドアが勝手に開いた。
「どーめきの兄さん、お帰りなせぇ!」
 待ち構えていた様に、子鬼――秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)が飛び出して来る。
「紫苑サン、声がでけぇですよ……もう夜中なンですから」
 それに、子供はとっくに寝る時間だ。
「しゃあなしでしょ、ねむくねぇんですもん」
 悪びれた様子もなく胸を張って見せた紫苑は、揺籠の腕をぐいぐいと引っ張って中に招き入れる。
 夜中の一人に慣れてはいるが、だからといって寂しさが減るわけでもなかった。
 寧ろ慣れた分だけ募る事もあるのだ――特に、木枯らしが窓を叩くこんな夜には。
 それは、揺籠にも覚えのある事だった。
 だから余り強くは言えない。
「まったく、早く寝ねぇと育ちませんよ」
 そう言いながらも、ついつい甘やかしてしまうのだ。
「これ! これやったら、ちゃんとフトンに入りまさ!」
 紫苑は揺籠の手にゲームのコントローラを押し付ける。
 本体にはディスクもセットされ、既に対戦の準備は万端に整えられていた。
「マリモカートですかぃ、紫苑サンそれ好きですねぇ」
 それは赤と緑のマリモ兄弟が、彼等を踏み潰して粉々にしようと企む悪者コッパと、レースで戦うゲームだ。
「おれ赤マリモ! 兄さんはコッパでさ!」
「いつもいつも、なんで俺が悪役なんですかぃ」
 そう言いつつも、揺籠はTVの前に正座してやる気満々。
「いいですか、一本勝負ですよ? 勝っても負けても恨みっこなしでさぁ」
「兄さんおれにかてると思ってんですかぃ?」
 にひ、と笑ってゲームスタート。
 言うだけあって、最初から全開で飛ばす赤マリモ。
 すぐさまそれに追い付いたコッパだが、カーブでの位置取りが甘かった。
 内側から抜きにかかった赤マリモに当てられ、弾かれてコースアウト!
「あっ! てめコラ何しやがんでぃっ!?」
 思わず本気の喧嘩モードに突入する、大人げない大人。
 しかしそれでも、子供の腕には敵わない。
「兄さん、自分の体ぁかたむけても、このヘアピンはまがりきれねぇですぜ?」
「黙ってなせぇ!」
 ぐいーん。
 すっかり没入し、コントローラと一緒に自分の体も右に行ったり左に来たり。
 だが赤マリモとの差は、縮まるどころかますます開いていく。
「だいたい車の運転なんてもなぁしっかりハンドル握ってやるもんでさ、こんなチマチマしたモンで……あっ!」
 紫苑、ちゃっかり自分だけハンドル型のコントローラだった。
「だって、これいっこっきゃねぇんですもん」
 でも仕方ないから貸してあげる。
 ほい、プレイヤー交代。
「これで勝利は俺のモンですぜ!」
「あっ、兄さんそれぎゃく! ぎゃくに走ってまさ!」
「こっちが近道なんですよ!」
 ない。
「兄さんブレーキ――それアクセルでさ……っ!」
「あーっ!」

 そして気が付けば午前三時。
 誰ですか一本勝負なんて言ったのは。
「っくし! ぅーさみぃ……」
「っと、いけねぇ遊びに夢中で気が付きませんでしたね。何か羽織るモン……」
 あれ、もしかして冬物の服とか持ってない?
 制服だけ?
「布団に潜っちまえば、あったけぇですよ」
 言われて、紫苑は冷えた布団に潜り込む。
「さっみ!」
「冬ですしね、明日冬服でも買いに行きますか」
 それに、炬燵も。
 電気ストーブはある様だが、それだけでは寒いだろう。
 日本の冬には欠かせないアイテムであることだし。
「あったかいふく……買いにいくんです、かぃ……?」
 むにゃ、すぅ。
「お休みなせぇ、良い夢を」
 寝入った事を見届け、揺籠はそっと部屋を出た。
 玄関先に置かれた枯れた植木鉢の下から鍵を取り出して戸締まりし、また元に戻す。
 支柱が刺さっているところを見ると、夏休みの宿題の名残だろうか。
「ついでに何か花でも買って来ましょうかね」
 足音を忍ばせ、揺籠はそっと階段を下りて行った。


 そして翌朝。
「兄さん、それ……っ」
 眠い目を擦りながら外に出た紫苑は、いっぺんに目が覚めた。
 クルマだ。
 どうやらレンタカーを手配して来たらしい。
「……兄さんがきかいつかってるぅ……」
「失礼ですねぇ、流石に車位乗れまさ。免許だって持ってますよ」
「えっ」
 がたびくしている紫苑に、軽くデコピン。
 でも、でも、昨日のアレ、あの惨状を思い出すと……これは遺書とか書いておくべきか。
 しかし揺籠の次の一言で、心配も不安も、からかい気分も、全てが吹っ飛んだ。
「コタツ買うならいるでしょ」
「こたつ! こたつ買うんですかぃ!?」
「あの部屋に置くんですから、小せぇやつになるでしょうけどねぇ」
「こたつ! こたつ!」
 早く、早く行こう、今すぐ行こう、信号なんか無視して良いから――いや、そこは守りましょうね。

 デパートの駐車場に車を停めて、真っ先に家電フロアへ。
 三回くらいやり直したとか、それでもまだ曲がってるとか、そんな事は気にしない。
「兄さん、早く早く!」
 今日は週が明けてすぐの平日、しかもまだ午前中で客も少ない。
 値切るには絶好のタイミングだ。
「週末に売れ残ったモンは早いとこ売っちまいたいでしょうし、この時間帯なら店員もじっくり相手してくれるってモンでさ」
 家電を値切るのは常識、いや寧ろ礼儀と言って良いだろう。
 そして――

 しおんは ねんがんの こたつを てにいれた!
 しかも げきやすだった!

 そうびしますか?

>はい
 いいえ

「こらこら、ここで潜ってどうすンですかい。まだ買い物があるでしょう?」
「そうだ兄さんミカン! こたつにはミカンが乗ってるモンでさ!」
「はいはい」
 一度戻って車に積んで――
「ミカン! ミカン!」
「生モンは最後ですよ。まずは着る物を何とかしねぇと――オモチャも後ですからね?」
「えー……」
 ずるずると引きずられる様にして、やって来たのは子供服売り場。
「紫苑サンも、ちっとは洒落っ気あんの着ても良いんですぜ? ほら、こんなのとか」
 揺籠が一着を手にとって、紫苑の前に合わせてみる。
 波打つミニスカートが二段重ねになった、フリルたっぷりのワンピースだ。
 フリルの下からは繊細な模様のレースがちらりと見え隠れ、動くとそれがふわふわ揺れて、柔らかに踊って見せるのだろう。
「白が良いですかねぇ、ピンクや水色もありますし……ああ、黒だと甘すぎないし、良い感じですかねぇ?」
 揺籠は取っ替え引っ替え、着せ替え感覚で次々に当ててみる。
 しかし肝心の本人は、仏頂面でそっぽを向いていた。
「ふだんからこんなひらひらしてんの、うごくときじゃまでしょぃ」
 んっ、と突っ返す。
「こんなんばっか見立ててっから、ロリコンって言われるんですぜ?」
 とは余計な一言だった。
「誰がロリコンですかぃ」
 再びのデコピン。
「そうですか、残念ですねぇ。こんなの着て会いに行ったら、お父さんもさぞかし喜ぶだろうと思ったんですけどねぇ」
「……っ!」
 まあ、気に入らないなら仕方ないね。
 戻しておきましょう、そうしましょう、ニヤニヤ。
 無難なシャツにセーター、部屋着のスウェット、パジャマ、手袋、マフラー、もこもこタイツや毛糸のぱんつ――
「女の子はお腹を冷やすと良くねぇんですよ?」
 そっと売り場に戻そうとした手を掴み、毛糸のぱんつをカートに戻す。
 しかし、フリフリワンピを一番下にこっそり突っ込んだ時は、見て見ぬふりだ。
「上着はダッフルコートなんか似合いますかねぇ」
 後はついでに、下着も新しくしておこうか。
 炬燵を値切りまくったお陰で、資金には余裕がある。
「兄さん、ほら、あれ」
 お金が浮いたなら、そこはゲームで沈めたらどうだと、紫苑はオモチャ売り場を指差す。
 子供服とオモチャの売り場が同じフロアにあるのは、どう考えても売り手の陰謀としか思えないが、それはさておき。
「マリモパーティ、新しいのが出てやすぜ?」
「紫苑サン、まだ前のヤツ全部遊んでないでしょうが」
 何でも新しいのを欲しがるもんじゃありません。
「ちぇー、にーさんのけちー、いけずー」
「はいはい、何とでも。ほら、ミカンと……お父さんのお土産買うんでしょう?」
「あっ、そうでさ!」
 揺籠兄さん、妹分の操縦法を心得ていらっしゃる。
「ダルドフさんどんなの好きですかねぇ」
「そりゃもちろん、おさけでさ!」
 酒にも色々あるけれど。
「お父さんはあまいのより、からいおさけの方がすきですかねぃ」
 確か、甘いお菓子は苦手だって言ってた。
 後は酒の肴と、今晩のおかずと――ミカン。
 ミカンを入れるカゴも欲しいな!

 両手いっぱいの荷物を車に載せて、でもこのまま帰るのも少し勿体ない気がする。
 せっかく出て来たんだし、荷物運びで少し疲れたという事にして。
「喫茶店にでも寄っていきましょうか?」
「いく! おれ、パッフェ食べてぇでさ!」
 あれ、この光景はどこかで見た様な。
「でもバケツは遠慮してくだせぇよ?」
 わかってる。
 あれはもう、うん。

 以前と同じ席で通常サイズのパフェを食べながら、紫苑はポケットから小さな紙包みを取り出した。
 少し皺になったものを適当に伸ばしてから、ずいっと差し出す。
「何です?」
「兄さん自分じゃ買わねぇと思って、さっきこっそり買っといたんでさ」
 中身は大人用の分厚い手袋だった。
「兄さんがゲームへたくそなの、きっといつも手がひえちまってるからですぜ!」
 どや、この名推理!
「下手くそは余計ですけどね」
 押し戴いた揺籠は苦笑い。
「でも、ありがとうございます。大事に使わせて貰いますよ」
 にぱっと笑った紫苑の頭を、わしゃわしゃと撫でた。


 鬼と子鬼の、そんな日常。

 あれ、でもこれで負けたら正真正銘の下手っぴぃ――?



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb8416/秋野=桜蓮・紫苑/妹分】
【jb8361/百目鬼 揺籠/兄貴分】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました。

自分も昔、学校がない日は大人が遊び相手でした。
そして大人というものが、実に大人げない生き物である事を学習……(

お楽しみ頂けると幸いです。
HC仮装パーティノベル -
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エリュシオン
2014年12月05日

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