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『桜の花びら、舞うように 』
強羅 龍仁ja8161


 出会いは高校生の頃。
 結婚したのは、それから三年後。
 新しい命を授かり、そうして一年。
 仕事はキツいが、家族の為だと思えば苦にならず。
 自分が働きが家族の生活を支えているのだという実感があればこそやりがいも出る。


 ずいぶんと御機嫌だな。
 週末の退社時間。上司に呼び止められ、龍仁の心臓はドキリと跳ねた。
 悪いことはしていないのだが、生来の口下手からどう説明したものかとうろたえてしまう。
「あ、いや…… その。明日、出かける予定があって。息子の誕生日なんです、1歳の」
 照れ隠しに鼻の頭をかく。上司は、ニヤリと笑って見せた。
「そいつは目出度いな。もう、そんなになるのか。ちょっと待ってろ」
「え」
 予想外の言葉に、龍仁の茶の瞳が丸くなる。
「いつも頑張る可愛い部下に、俺からも祝いを出そうじゃないか」
「そんな、悪いです――」
「家で待ってるカミさんに、渡してやれ。試供品で悪いが」
 試供品サイズのハンドクリーム。小さなそれが、龍仁の大きな手のひらへ乗せられる。
「うちのカミさんが、よくわからんが高価いもんを買ってきてなぁ。それについてきたものだから、悪かないはずだ」
「へぇ……。ありがとうございます。感想、聞いてきますね」
「やめとけ、うちのが調子づくだけだ」
 言いながら、上司も照れ臭そうにしている。なんだかんだで、この人も家族を大切にしているから、こうして龍仁にもよくしてくれていた。
 体つきが大きく目つきも鋭く、立っているだけで威圧感を与えるような龍仁へ、物おじせず接してくれる人。
 思えば高校時代からそれで貧乏くじも良く引いていたが、結果的には信頼できる人と出会えるきっかけにもなっていた。
 息子の誕生日だからと『息子へ』ではなく、家庭を守る『妻へ』プレゼントというのも、らしい気がする。
「良い日になるといいな」
「はい」
 年相応の青年の笑顔で、龍仁は家路を辿った。




「ずいぶん、支度に時間がかかるな?」
「久しぶりなんだもの、こうしておめかしなんて」
「おめかしって…… お前なあ」
 呆れる龍仁の腕の中、息子がキャッキャと笑っている。

 息子の1歳の誕生祝に、外食でも。

 龍仁が妻へ切り出したのは、一ヶ月近く前だというのに。
 何処にしよう、何を着よう、はしゃぐ姿は少女の頃に戻ったようで、毎日が楽しくて。
(といっても、世間じゃまだまだ『若い』うち、なんだよな)
 鏡の前でくるりと回って見せる妻の仕草を眺めながら、龍仁は己の硬質の髪へ指を差し込んだ。
 互いに、23歳となっていた。
 高卒で働きに出て、結婚して子供が生まれて……
 龍仁は家族を養うために仕事量を増やし、妻は夫を支え子を育てることに懸命だった。
 充実した日々は、ハイペースで回っている。
 高校の同級生たちは、大学を卒業してようやく社会人一年目を迎えて四苦八苦しているはず。
「でも、ちょっと心配」
「何がだ?」
「龍仁さんのごはんより、美味しいお店に出会えるかしら?」
 それが、あまりにも真剣な表情だから。柱に顔を押し付けて、龍仁は笑いをこらえることに必死だった。
「晴れて良かったじゃないか。家族そろって遠出もできるようになった。良い天気の中で食べる飯は誰が作っても美味い」
 予約をしたのはテラス席。天気予報まで念入りに確認してのことだ。
「だーだ、だー!」
「はいはい、暴れるな、っと。うん、歩きたいのか?」
 腕の中でジタジタするワンパク坊主へ、仕方がないなと龍仁は腰を下ろして手を繋いでやる。
 子供の成長は早いもので、つかまり立ちなら何とか。そのうちに、片時も目が離せないヤンチャ盛りが待っている。
「おかーさんは、もう少し時間がかかるみたいだからな、こっちで遊ぶか」
「きゃっきゃ」
 意思を伝える明確な言葉は未だ覚えていないが、こちらの言葉は何となく伝わっているようで、それがまた楽しい。
 仕事でくたびれて帰ってくると、妻がその日の『息子が覚えたこと』を教えてくれる。
 新しい発見を聞きながらの夕飯は、何より美味い。
 そうして翌日には、会社でそんな報告を同僚にするものだから、からかいの対象にされているわけだけれど。


 幸福とは、きっと家族のことだ。
 今の龍仁なら、そう信じることができた。
 妻と、息子と、自分と。三人で歩む日常こそが幸福であり、子の成長と共に永遠のように続くのであろう。


 息子と居間で遊んでいると、奥からようやく女神さまがおいでなすった。
「ごめんなさい、遅くなって」
「予約の時間には余裕がある、気にするな」
 古い着物をリメイクして手作りした、カシュクールワンピースはインナーに合わせてもスマートなシルエット。
 着物にあしらわれている柄が、髪を飾る簪と同系統の色合いでバランスがいい。
「……ん、簪が少し曲がってるぞ」
 支度が出来た妻へ、龍仁が右手を伸ばす。髪に揺れる桜の簪を、そっと直してやる。
 龍仁から彼女へ、初めて贈った誕生日プレゼントで、大切な日には必ず挿頭しているものだった。
 買った当時には精いっぱいの、安物の簪。
(今なら、新しくて良い代物を買ってやれるんだが……)
 『これが良いの』と、遠慮でもなんでもなく微笑んでみせる妻の姿が目に浮かぶものだから。
「似合ってると思うぞ」
 そのまま、指の背で妻の頬に触れれば、彼女は桜が咲くようにふわりと笑った。
 息子がよく笑うのは、彼女譲りだと思う。




 乗り換えバスを待つ間、息子は龍仁の腕の中でうつらうつらと眠りはじめていた。
「見て、龍仁さん。この子ったら、眠りながら笑ってる」
「本当だ、器用だな……。お前に似たんだ」
「あら、龍仁さん似よ。二人とも、おんなじような寝顔をしているわ」
 ぐいー、と妻の人差指が龍仁の眉間を伸ばす。
 ふわり、花の香りが龍仁の鼻先をくすぐった。聞けば、昨日もらった例のハンドクリームをさっそく使ってみたのだそうだ。
 他愛のない会話をしているところで、不意に息子の表情が変わった。何かにむずがって―― ちがう、


 息子の泣き叫ぶ声と。
 爆発音が、重なった。
 



 近隣のビルから煙と炎が上がる。
 悲鳴と人の波が、音と形として近づいてくる。
「えっ、何……? 事故かしら」
「煙が近づいてるな、俺たちも避難を――」
 左手に息子を抱き、右手で妻の手を握り、龍仁は騒ぎの方向をちらりと見る、そして絶句した。

 ――なんだ、あの化け物は

 茶褐色の鱗に覆われた胴体は、この距離から見えるということは4mはあるのだろうか。
 そして節足動物のような脚が3対。金色に光る目。口と思しき部分には鋭利な牙。
 蜘蛛と毒蛇を掛けあわせたような――…… そんなものが、2、3体ほど人間たちを襲っている。
 脚が振り下ろされるたび、悲鳴の波が大きくなる。
 真っ赤な飛沫が上がる。




 名づけられた感情を、大切に大切に育ててきた。
 芽を伸ばし、葉を広げ、そうしてやがて、花が咲く。
 いつの日か実を付け、種となり、増えてゆく。
 時を重ね、幾つも幾つも、花は開いてゆくだろう。
 花咲く道を。星空の下を。ずっとずっと、共に歩いてゆこうと誓った。
 新たな命と、三人で。


 この幸福は永遠に続くと、夢見る少女のように信じていた。




【桜の花びら、舞うように 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8161/ (強羅) 龍仁 / 男 / 父 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
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2014年12月08日

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