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『狭間と狭間の交わる場所で。 』
ヘスティア・V・D(ib0161)

 不意に現れた気配に、マナウス・ドラッケン(ea0021)はふと顔を上げて目を瞬かせた。
 空が蒼から紅へ、そして紫へと移り変わってゆく黄昏時――誰そ彼れ(タソカレ)時。昼と夜、此方と彼方の境が曖昧になると言われるひととき。
 感じ取れる気配のままに、縁側の向こうに広がる庭へと眼差しを巡らせれば、誰も居なかったはずのそこに忽然と現れた人影が、ある。それは見知らぬ、けれども見知った相手。
 『彼女』の姿につい目を見張ったのは、驚嘆だったのか、それとも感嘆だったのか。そんなマナウスをまっすぐに見つめて『彼女』は、ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)は武人らしい実直な足取りで迷いなく、力強く向かってきて。
 ぺこり、大きく頭を下げた。

「竜の兄ちゃん、あたしの相手を頼む」
「相手‥‥?」

 そうして告げられた言葉は、ひどくシンプルで実直だ。それは武の嗜みがあるからと言うよりは、ただ単純に彼女のまっすぐな人柄のたまものだろう。
 ゆえに告げられたストレートな、無駄がいっさい省かれ過ぎていて人によっては全く意味の伝わらない言葉を、マナウスもまた怪訝な素振りで繰り返してみせた。だが、それはあくまで素振りでしかない。
 その証拠にマナウスの手は、すでに己が得物へと伸びていた。それにもちろん、ヘスティアも気付いてニッ、と笑う。
 野生の獣を思わせる、ひどく楽しげな笑み。凶暴な意志を秘めているように見え、それゆえに彼女をいつも以上に輝かせる表情。
 その表情のまま、ふいにヘスティアが動いた。ぐん、と大きく身体を沈めて視界から消えた瞬間、そのままの体勢から渾身の一撃を放つ。
 常人ならばそれで勝負が決まったに違いない不意の一撃は、けれどもマナウスに易々といなされた。ガキッ、と武器がぶつかる鈍い音と共に、ヘスティアがとんぼを切って素早くマナウスから距離を取る。
 予想していたのだろうか。それともただ単純に、ヘスティアを遙かに上回る戦闘センスがマナウスの身体を動かして、彼女の不意打ちを防がせたのだろうか。
 どちらとも判らなかった。そして、どちらでも良いことだった。

「そうじゃなくちゃ面白くないよな‥‥ッ!?」
「そうか?」

 ますます笑みを深くして、得物を握る手に力を込めたヘスティアは、心底嬉しそうに叫びながらマナウスへと踊りかかった。そんなヘスティアを見つめるマナウスの表情はといえば、どこかじゃれかかってくる子猫を微笑ましく見つめるようなそれだったけれど。
 大振りに見せかけて繊細、緻密と見せかけて大胆。戦闘センスと言えばまさしくヘスティアこそ、己が本能の導くままに得物を操り、直感で体を捌いてマナウスに挑みかかってくる。
 それは、無理な体勢から放たれた最初の一撃ほどに易々捌けるような、軽い攻撃ばかりではない。だがマナウスにとっては、見極めるのに苦労するほどのものでもなくて。
 タイミングを測って得物を合わせ、相手の勢いを利用して弾き飛ばした両手剣が、くるくると宙を舞った。だがマナウスもヘスティアも、その行方を追いかけはしない。
 一体どこから取り出したものか、ヘスティア自身も判らないままに、彼女の両手には新たな得物。切っ先が鋭く光る双剣は、手のひらに不思議なほどしっくり馴染む。
 ゆえに両の剣を握って、ヘスティアは再びマナウスへと挑みかかった。ふた筋の鋭い光が黄昏の空気を切り裂いて、違う方向からときに同時に、ときに時間差を付けて襲いかかる。
 右に、左に、上に、下に――手数の多さが勝負とばかりに、繰り出される攻撃はけれどもマナウスにせいぜい、髪の毛一筋ほどの傷しか付けはしない。その間にヘスティアの方は、身体十のあちこちが切り裂かれ、血が滲み、ぼろぼろになっていく。
 だがそれでもこの戦いは、仕合は止まらない。止めたいだなんて、これっぽっちも思えない。
 両手剣から双剣へ、槌へ、戦斧へ――次々に得物を変えて戦いを挑み、倒されてはまた挑む。己の得意の得物はあれども、それにこだわらずに使えるもの、役に立ちそうなものは何でも利用して勝とうとする。
 その様子は、ひどく楽しげで。眼差しを交わし、紡がぬ言葉を拳に乗せて語り合う時点で、明らかに何かが間違っているようにも感じられるのだが、そこはご愛嬌と言うべきか、この2人なら仕方がないと言うべきか。
 残念ながら、それが判る人間はこの場には居ない。ただ、2人の荒々しくも楽しげな息遣いと足音、激しく武器のぶつかり合う音が響くのみだ。
 黄昏が、終わる。紫に染まった空から最後の色彩が失われて、やがて夜の闇へと染まる。
 その、中で。

――ドゴ‥‥ッ!!
「グ‥‥ッ!?」
「チェックメイト、だな」

 永遠に続くかに見えた2人の戦いにも、ついに終止符が打たれた。長槍を振り回すヘスティアの腹に、マナウスが放った一撃が見事に食い込んだのだ。
 一瞬、時が止まった。肺の中の空気をすべて吐き出して、それでも足りなくてせり上がってくる何かを、かろうじて堪え。
 吐き出した方が楽になったかと気付いたが、後の祭りだ。腹が痛いよりも何よりも、ひどく重い。
 例えようのない不快感を堪えながら、ヘスティアは震える声を意志の力で絞り出した。

「兄、ちゃ‥‥あ、とで‥‥」
「‥‥‥ん?」

 涼しい顔のマナウスが、小さく首を傾げてみせる。そんな男に、話があるのだと絞り出すように告げた言葉は、果たして届いていたものか。
 それを確かめることなく、ヘスティアはそのままどさりと地に倒れ伏した。だが、その表情はひどく満足げだ。
 身体中が傷ついてぼろぼろという以上に、レディのたしなみだとか淑女の恥じらいだとか、そんなものとはいっさい無縁の大の字で倒れているヘスティアを、マナウスはやれやれ、と見下ろした。そうして吐き出した息は、どこか暖かかった。





「やっぱ竜の兄ちゃんはつえぇぜ!」

 暖かな湯で身体の汚れを落としながら、ヘスティアは満足げに頷いた。先ほどの戦いを思い出し、身体がふるえるほどの興奮と歓喜にぞくぞくする。
 戦いに生きるヘスティアにとって、もちろん勝つこと自体は最大の喜びであるのだけれども、それと同じくらい『自分より遙かに強い相手』と拳を交える喜びは強い。決して敵わない相手に、それでも敵うことを、一手でも相手に届くことを目指して死力を尽くす――その喜びは、もしかしたら理解してもらえる相手は少ないのかもしれないけれど。
 幸いヘスティアの周りには、その喜びを分かちあえる、少なくとも理解してくれる幼馴染が数多くいる。へへ、と彼らの顔を思い浮かべて嬉しくなりながら、ヘスティアはずたぼろになった身体を清め、酷使された筋肉をもみ解した。
 そうしてさっぱりとした気分で、湯でぬくもって暖まった身体そのままの軽い足取りでヘスティアは、酒とつまみを手にマナウスの元へと向かう。――自分は、彼と話をしに来たのだ。
 探し回る必要もなく、マナウスはヘスティアと最初に出会ったあの縁側で、座って月を見上げていた。彼女が声をかける前に振り返ったのは、気配を察したというよりも、単純に彼もまた彼女を待っていたからだろう。
 当たり前に用意された、マナウスの傍らの円座に腰を下ろして、ドンッ! と酒瓶を置く。用意したつまみはけれども、どれも酒を楽しむための添え物に止まる程度のもので、決して量も多くはない。
 これもさすがはマナウスと言うべきなのか、すでに用意されていた酒杯に注いだ酒が月を映して、きらきら輝いた。互いに酒杯を軽く掲げて、月を飲み込むように口をつける。
 澄んで輝く月が、美しい夜だった。一杯目はあっという間に飲み干してしまって、互いの酒杯を満たしての2杯目は、先より少しだけ味わって。

「そういえばさ‥‥」

 酒杯を重ねながら取り留めもなく、月の光の下でヘスティアは、幼馴染たちの近況を語り始めた。例えば、胃痛持ちのヘタレは結婚してすっかり尻に敷かれてるとか。弟のラブっぷりが暑すぎてたまらないとか。
 そんな他愛のない事柄を、ヘスティアは身振り手振りを加えながら、面白おかしく語って聞かせた。そのヘスティアの話を、じっと聞きながらマナウスはもくもくと酒を傾け続ける。
 語って、語って、語り続けて。自分自身の勢いを高めるためにも、思いつくままにどんどん語って。
 思いつくままを語り尽くして、ふと途切れかけた言葉の勢いを、逃さぬように意を決して、その言葉を紡ぐ。

「なぁ、竜の兄ちゃん。俺にくれねぇか?」

 そうして告げた名は、ヘスティアの片翼たる青年の名前。幼馴染であり、そうではない少年であり――かけがえのない相手。
 ふた色の瞳が真剣な光を宿して、マナウスを見据えた。彼が欲しいのだと、全身で訴えた。
 彼が自分だけのものにならないのは知っている。もしかしたら永遠に、彼が自分の夫になったとしても、彼は自分だけのものではない。
 そんな事は知っていた。それでも、彼が欲しかった。
 だからと、訴えるヘスティアの眼差しを見返したマナウスの瞳は、どこか不思議な色を帯びている。そこに浮かぶ感情を的確に言い表す言葉を、ヘスティアはきっと知らない。

「君も知ってのとおり、あの子は私の子じゃない」

 そう告げたマナウス自身もまた、その感情をたった一言で表せる単語を、もしかしたら知らないのかもしれなかった。ただ、事実を紡ぐしかない。
 感情、そんなものを差し挟んでいるのかどうかすら解らない。解らないけれども、心の奥底ではきっと、何もかも解っている。
 だからマナウスはただ、事実を事実と紡ぐだけ。

「あの子の目は何かを背負ってきた目だ。君も、出来れば一緒に支えて欲しい」
「おうよ!」

 そうして告げられた言葉に、けれどもヘスティアはニッと笑って力強く頷いた。晴れやかな笑みは、立ち合いの際に見せた獣のようなそれとは似ても似つかない。
 それでもどこか伸び伸びとした、野に生きる獣を思わせる笑顔でヘスティアは、えへんと大きく胸を張った。

「てか、あいつ捕まえたの俺だぜ? そこらは、な? ‥‥しかし、にーちゃん老けたな、そんなこと言うなんて‥‥ッたぁぁぁぁぁぁッ!?」

 そうして、にやにやとマナウスをからかおうとしたヘスティアは瞬間、無言で繰り出された強烈なデコピンを受けて悲鳴を上げた。真の強者は、デコピンすらも絶大な破壊力を持つとでもいうのだろうか。
 たまらず悶絶し、縁側で額を抑えてごろごろ転がっているヘスティアを、マナウスが涼しい顔で見下ろしながら、酒杯に新たな酒を注いだ。酒瓶は、もう半分ほどが空になっている。

「自業自得だな」
「ぐ、うぅぅぅぅ‥‥本気で痛ぇぞ、兄ちゃん‥‥ッ」

 涙目になりながら、ようやく起き上ったヘスティアが文句を言ったがどこ吹く風。となれば、何としてもぎゃふんと言わせてやらねば悔しいと、ヘスティアは懲りもせずに額をさすりながらにやりと笑い。
 口にしたのは彼女の良く知る、半身たる相手の父たる相手のこと。

「しかし、おやっさんの‥‥あの仮面はないわ〜。竜の兄ちゃんの指示か?!」
「‥‥しらんッ」

 ドラッケンの長、彼であって彼ではない存在の事に言及されて、マナウスはふいとそっぽを向く。触れて欲しくない事だったのか、それとも。
 ニヤリ、笑った。このネタはどうやら追求すると楽しそうだと、本腰を入れてからかう体制に入ったヘスティアの次なる絶叫が、辺りに響き渡るまではもう少し。


 それは、夜がすっかり更けるまで続いたのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /    PC名     / 性別 / 年齢 / 職業 】
 ea0021  / マナウス・ドラッケン / 男  / 25  / ナイト
 ib0161  / ヘスティア・ヴォルフ / 女  / 21  / 騎士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注、本当にありがとうございました。

お嬢様と息子さんの『世界を越えるお話し合い』の物語、如何でしたでしょうか。
何でしょうね、いつもなぜだかお嬢様は活き活きと動き回っていらっしゃるご様子が目に浮かぶようです、はい(
息子さんはお預かりさせて頂くのは初めてでしたが、色々拝見したり、懐かしく思い返したりしながら精一杯描写させて頂きました。
どちら様も、どこかイメージが違うところなどございましたら、ご遠慮なくリテイク頂けましたら幸いです。

お二人のイメージ通りの、曖昧な境の向こうとこちらを繋ぐノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■イベントシチュエーションノベル■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年12月08日

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