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『天の梯子は尚遠く 』
ジェールトヴァka3098

●ハロウィンの日
 うららかな秋の日差しが聖堂の壁を照らしていた。
 小さな古ぼけたエクラ教の聖堂だが、金色の光を浴びて白く浮かび上がる様子は、この世ならぬ美しい世界を思わせる。
 ジェールトヴァは眩しそうに目を細め、暫しその美しさに見とれていた。
 だがすぐに、太陽の高さに気付く。
「おっとこれはいけない。遅刻してしまうな」
 掃き集めた落ち葉と箒を片付けると、建物の中へ急ぐ。

 それから少し後。
 ジェールトヴァは、大きな袋を載せた荷台をロバに引かせつつ乾いた道を歩いていた。
 髪こそ見た目の年齢相応にすっかり白くなっていたが、エルフにしては大柄でがっしりした体つきだ。まだまだ現役のハンターである。ハンターの仕事で外出する以外は、神に仕える日々を送っている。
 やがて道の先に低い建物が見えてきた。と思うと、もう門の所で子供たちが群れていて、こちらに向かって手を振っているではないか。
「わあっ、きたよ! ほらほら!」
「きょうかいのせんせーだ! せんせー!!」
 子供たちはお化けカボチャを抱えたり、シーツを頭から被ったり、思い思いの奇妙な扮装を楽しんでいる。
 ジェールトヴァは穏やかに微笑んで手を振り返した。
 今日はハロウィン。この孤児院の子供たちにお菓子を届けるのが、毎年恒例の行事となっているのだ。

 エクラ教はリアルブルーの宗教が、クリムゾンウェストの精霊・祖霊崇拝と結びついて成立した。その為、組織の成り立ちや教義、行事などは、リアルブルーの影響を色濃く受けている。
 ハロウィンもその一つだ。元々はリアルブルーの収穫祭であり、秋から冬へと季節が移り、昼の長さと夜の長さが逆転しつつある頃の節目の行事だ。
 昼と夜はそれぞれが生者と死者の世界でもある。昼夜の長さが等しくなる日、この世と霊界との間に門が開き、先祖の霊が帰ってくる。彼らを迎えるための祭が、今の形で伝わっているという。

 はしゃぐ子供たちにお菓子を配り、一緒に歌を歌い、暗くなる前にジェールトヴァは聖堂に戻って来た。
 短い秋の日はもう森の向こうに隠れようとしていた。
 全ての窓や扉をきちんと閉め、香木を混ぜた魔除けの篝火を祭壇に灯す。
 しん、と静まり返った聖堂には、夜気が忍び寄っていた。
 ついさっきまで一緒に過ごした賑やかな子供達の声が耳に残り、寂寥感は一層深くなる。
 ジェールトヴァは静かに跪き、夕べの祈りを唱え始めた。


●オラトリオの夢
 日付も変わろうという頃、細々とした用事を終えてジェールトヴァは再び聖堂へ戻る。
「一応祭壇を確認しておくかね」
 扉を開くと、篝火に照らされた祈祷台が目に入った。そこは神々しく、清浄な光に満ちている。
 まるで吸い寄せられるように近付いたジェールトヴァは、冷たい祭壇に膝をついた。
「困ったことだね。私自身が一番、貴方を信じ切れていないようだ」
 人々を前に、偉大なる神の奇蹟を、愛を説く聖職者。
 だが子供達に聖職者としてではなく「先生」と呼ばせる程に、誰よりもジェールトヴァ自身がその立場に疑問を抱き続けている。
 彼は、いわゆる善良な人々よりもずっと切実に、必死で指を伸ばし、救いを得ようともがき続けている罪人だからだ。

 人は生まれ落ちた瞬間から罪を背負うという。
 だがジェールトヴァの出自は、他人よりずっと重い原罪を彼に課している。
 彼がエルフにしては特異な容姿なのは、その刻印であるように思われた。
 そして彼は、生きていく中で多くの罪を重ねた。他の生き方を知らなかったのは本当だ。だが、罪は罪だ。
 そんな生活の中でも大切な物を得た。だがジェールトヴァは、それすらも己の欲を満たすのと引き換えに失ってしまった。
 いや、引き換えにするだけの価値はあった。
 手に入れた物はジェールトヴァにとって、自分の命にも等しい物だったのだから。

 面影はひとときとして忘れることもなく。
 人生に彩りを与えてくれた喜びは、喪失の苦しみを置いて過ぎ去り、心を引き裂く。
 エルフの長い生は、人と共に生きるには辛いものだった。
 手に入れては失い続け、それはあたかも彼の罪を咎めるように消えてゆく。喪失感は幾重にも重なり、彼の背中に厚く圧し掛かる。
 その重さに耐えきれなくなったある日、ジェールトヴァは神の前に跪いた。それからずっと、今もこうして跪いている。

 ふと何かの気配を感じて、ジェールトヴァは顔を上げた。
 柔らかく暖かな光が辺りに満ち、聞こえるのは唯、時折はぜる薪の音だけ。
 だがジェールトヴァの赤い瞳は大きく見開かれ、一点を凝視したまま動かない。
「まさか……」
 そこにあるのは、己の命とも思う妻子の姿だった。
 その温もり、肌の滑らかさ、髪の香り。
 遠い昔の記憶が一時に押し寄せ、時は激しく逆流し、ジェールトヴァは眩暈を覚える。
 一方で、歓喜は老人の肌を若者のように輝かせていた。
 が、次の瞬間。目の前の二人が「二人」であることに気付く。
「おい、あいつは……あいつはそこに居ないのか? それとも私には会いたくないということか?」
 女は慈しむような、悲しむような、曖昧な表情のまま首を振った。
 唇が僅かに開かれると、懐かしい声が囁く。
「そうか、居ないのか……」
 ジェールトヴァはそう呟き、少し迷った後に、躊躇いがちに両腕を広げた。
 宝物を抱き止めようとするかのように……。


 気がつくと、東の窓が一面薔薇色に染まっていた。
「朝、か……」
 まだ夢の中に居るようにジェールトヴァはひとり呟いた。
 ハロウィンの夜の奇蹟は、ついに彼にも訪れた。
 ただの夢だったかもしれない。だが生きていくには何か縋る物が必要だ。
 二人は会いに来てくれた。それは彼にとっては、かけがえのない事実。
 朝焼けは次第に薄れ、東の窓からは朝日が差し込んでくる。
 窓に区切られ、幾本もの光の帯となって降り注ぐのは、天の梯子。昇り切った先には神の国があるという。

「お互い、まだあれはお呼びではない、ということなのかな」
 昨夜、妻の幻は言った。愛しい者を自分に委ね、姿を消した忘れ難い友も、まだあれを昇ってはいない。
 ならば何処かで生きている。いつか探しだしてみせる。
「さあ……祭りの後片づけを、しなくてはね」
 立ち上がるジェールトヴァの足元は、昨夜よりも少し力強く。
 彼に償いたい、赦されたい。
 それが勝手な願望にすぎないとしても、先に見える小さな光を頼りに、今日もまた歩き出す。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3098 / ジェールトヴァ / 男 / 70 / 永き祈り人】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました。ハロウィンの奇蹟のエピソードになります。
色々とお気遣いいただきまして有難うございます。私の方は全く問題ありません、寧ろ光栄です!
今回のエピソードのPC様は謎の多い方ですので、クリエイター以外に確認できない部分については、かなりぼかしております。
イメージを損なっておりませんように、と願いつつ。
この度はご依頼いただき、誠に有難うございました。
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ファナティックブラッド
2014年12月08日

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