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『灯の下、仮面は笑う 』
ブルノ・ロレンソka1124)&イオ・アル・レサートka0392


 綺麗に整えられた石畳の道沿いに高い塀が続く。
 裕福な商人達が居を構える一角に、目的の屋敷があった。
「招待状をお持ちですか」
 慇懃ながら有無を言わせぬ調子で、大柄で筋肉質な男が腰を屈める。
 ブルノ・ロレンソは無言のまま、胸ポケットに挿していた優美な透かし彫りを施した金色の栞の様な物を差し出す。
「失礼致しました、どうぞ中へ。主人がお待ちしております」
 恭しい礼で送られながら、ブルノは歩みを進める。
 正面の扉に手をかけて待つドアマンは、ブルノではなく、彼と腕を組むイオ・アル・レサートの深いスリットに目を奪われているようだった。
「……躾が悪いな」
 ブルノの低い声の評価は、さっと開いた扉から漏れる宴の物音にかき消された。
 イオは通り抜けざまに、敢えて妖艶な流し眼をドアマンにくれてやる。

 とある歓楽街の一隅に『魅惑の微笑み通り』と呼ばれる小さな通りがあった。
 その一帯の店を取り仕切るオーナーがブルノである。
 ある日のこと、その中のイオが勤める店にふらりとブルノが現れた。
 奥の席に落ちつくと、イオを呼ぶ。
「おまえ、社交ダンスはできるな?」
「もちろん。と言いたいところだけど、要求レベル次第ね」
 説明を促すように、グラスに酒を注ぐ。
「仮面舞踏会に付き合え」
 紫煙を燻らせながら、ここの所派手に遊んで行く客の名前を挙げる。
 ここは密談にはもってこいの席で、他の客に会話を聞かれる心配はない。勿論、店の者を除いて、ではあるが。
 ブルノによると、その若い商人の屋敷で催される仮面舞踏会には貴族や商人が密かに集まり、出処の怪しい美術品や宝飾品のオークションが行われるらしい。
「是非にと言われて、顔を出すことにしたんだが。まあそんな場所だ、一応護衛が欲しい。どうせ隣に並べるなら若い美人がいいと思ってな」
 値踏みする様なブルノの視線がイオに向けられる。
「そういうことなら喜んで。オーナーのエスコートもあれば完璧に熟せるわ」
 嫣然と微笑み、イオはブルノの申し出を承諾した。



 会場には様々な装いを凝らした男女が華やかに笑いさざめいていた。
 だがイオとブルノが奥に進むと、視線がそれにつれて移動する。
 今夜のイオの装いは好みの煩いブルノにも文句のつけようがない程だった。
 高く結い上げたピンクゴールドの髪はそれ自体が宝冠のように煌めき、赤い揚羽蝶を象った仮面からは、最高級の紅玉のような瞳が覗いていた。ビスチェの胸元は、白く滑らかなデコルテを強調するように敢えてアクセサリーをつけていない。シンプルな型の赤いドレスはボディラインを際立たせる黒い刺繍が帯状にあしらわれ、一足ごとに大胆なスリットから魅惑的な脚が覗く。
 一方、ブルノのスーツは自分の影を纏うように、余計な皺のひとつもない完璧な仕立てだった。いつもは着崩しているシャツもきちんと糊の効いたタイで飾られている。黒いリボンで留められたシンプルな黒い仮面の下では、銀の瞳が辺りをさり気なく観察していた。
「成程、豪勢なもんだな」
 壁際には見事な絵画、美しい陶器の壺、凝った細工の彫刻などが飾られている。
 よく見れば、それぞれの近くには常に体格のいい給仕の姿。
「見張りを兼ねているようね。つまりあれが?」
 イオの問いに、ブルノが黙って頷く。
 並んだ調度品はほとんどが今夜の『商品』なのだった。

 不意に若い男の囁き声が耳に届く。
「ようこそお越しいただきました、お楽しみ頂いてますでしょうか?」
 流行の最先端の派手な色遣いの上着を着た男は、今夜の主催だった。
 傍には艶やかなドレスの女が微笑んでいる。その髪から首元から細い腕まで、豪華なアクセサリーがこれでもかと飾られていた。これも『商品』なのだろう。
「中々に興味深い。流石だ、と言いたいところだが」
 ブルノは口元に酷薄な笑みを浮かべる。
「派手すぎるのは好みじゃない」
 男は柔和な微笑を崩さなかった。目の表情も孔雀色の仮面に隠れて、よく分からない。
「それは御忠告ということでしょうか?」
 声音も先程と余り変わった様子はなかった。
「いや、単に俺の趣味の話だな」
「成程、よく覚えておくと致しましょう」
 男は立ち去りかけて、足を止める。時刻を告げ、意味ありげに頷くと、今度こそ二人から離れていった。



 控え目だった音楽が華やかで明るいダンス曲に変わり、数組の男女が楽団のすぐ前の開けた空間に移る。
「少し踊るか」
「喜んで」
 ブルノはイオの見事なカーブを描く腰に手を添え、リードして行く。
 音楽に合わせつつ巧みにイオを導き、他のカップルと接触しそうになると見事なターンでかわす。
「流石オーナー、リードがお上手ね」
「煽ててもボーナスは出んぞ」
「あら、折角褒めたのに?」
 控え目なくすくす笑いが、紅をさした唇から漏れ出た。

 思えば不思議な男だ。
 流れ者の自分を拾って居場所を与えてくれた恩人を、イオはそう思う。
 いつも物静かで、無駄口を利かず、底知れぬ威圧感を他人に与える。
 どう見ても堅気とは思えないが、身につける物の趣味は良く、こういったダンスなども器用にこなす。
 そして自分の店に関わる者には気前がよく、良い雇い主と言っていい。
 つまりこれは誰をも特別扱いはしないということでもある。今回のようにイオを選んで連れ出すのにも、他意はない。単に今回の目的に適任だと思っただけだろう。
 イオにもそれは分かっている。逆にもしもブルノがイオに対して特別な感情を持っていたなら、イオの方で逃げ出していたかもしれない。
 報酬分だけ、それ以上でもそれ以下でもない関係。それが一番信頼できるのだ。


 音楽に混じって、街の時計台の鐘の音が聞こえてきた。
 屋敷の主が告げた時間である。
「さっきの……」
 イオが口を開いたその時。
 轟音と閃光に、屋敷が震えた。



 優雅にダンスを踊っていたイオの身体が、赤い燐光を放つ。
 と思ったのも束の間、イオは躊躇うことなく手近のテーブルを横倒しにし、その簡易バリケードの陰にブルノの腕を掴んで引っ張り込む。そして自身はブルノを背後に庇うように身構えた。
 テーブルの上に並ぶ物が転げ落ちて派手な物音がしたはずだが、誰もそんなことは気にも留めていない。
 悲鳴、怒号、物の割れる音。それらが何かが焦げる匂いと混じり合い、宴席は混乱の只中にあった。
「何があったのかしら?」
 低く呟くイオの肩を、大きな固い手が軽く叩いた。
「ずらかるぞ」
「……?」
 横目で見遣ると、ブルノは平然と親指で出口を示す。
「でも、襲撃が何処からなのかまだ確認できないわ。もう少し様子を見て」
「大丈夫だ」
 物事に動じない男だとは思っていたが、流石におかしい。
 そう訝しみつつも、イオはブルノと共にパーティー会場を後にした。


 室内に駆けこんで行く用心棒達の注意を引かないよう、廊下をやり過ごし、玄関を抜ける。門を出た所で仮面を外すと、まるで無関係と言わんばかりに堂々とした足取りで屋敷を離れていった。
「……ねぇ、オーナー?」
 イオが少し棘のある声音で言った。
「なんだ」
「もしかして、爆発のこと知ってたんじゃないの?」
 ブルノが顔を向けると、イオが形の良い眉をぎゅっとしかめている。
「さあな。だが調子に乗りすぎると怨みも買うだろうさ。奴には良い薬になったろうよ」
 そう言いながら、ブルノはゆったりとした動作で煙草を取り出した。
 普段ならその気配を察して、イオは素早く手持ちのマッチを擦る。だがその両手は腰にあてられたままだった。
 ブルノは自分でマッチを擦って火を点けると、旨そうに煙を吸い込む。

 その横顔をイオが睨みつけていた。
(絶対、知ってたわね?)
 危険に晒された事を怒っている訳ではない。それは承知の上での護衛だからだ。
 だが。
「もう、本当に驚いたのよ?」
 驚かされた事がイオには不本意なのだ。
 先に一言でも言っておいてくれれば、違う行動も取れたというのに。
 大立ち回りのお陰で、気に入りのドレスもスリットどころではない酷い有様だ。
「だがお前は俺の見込み通りに動いてくれた」
 ブルノは僅かに口元を緩めた。
「お前みたいに若くて美人で、強い女ってのはそうそう見つからなくてな。こういう危険に対応できる奴となれば、尚更だ」
「だから?」
 これだけ褒めたのに、まだイオは口をへの字に曲げている。
 流石のブルノも苦笑するしかない。
「分かった分かった。お詫びに新しいドレスと、それに合う靴を買ってやる」
「……とびきりのをよ?」
「勿論だ」
 だがイオはまだ眉をしかめている。
 最初から爆発の件を教えなかったのは、どんな事態にも対処できると自分を信頼していたということだろうか。それとも、試してみたのか。
 だがそれを追及するのも無駄なことだ。ブルノにその気がなければ、決して語りはしないだろう。
 ひとつ息を吐くと、イオはブルノの腕に掴まる。
「いいわ。それで今回の仕事の追加分にしておいてあげる」
 試されたにせよ、信用されていたにせよ。雇い主の期待にこたえるのが、プロの仕事なのだから。
 ブルノはちらりとイオを見て、僅かに目を細める。その表情はどこか満足げにも、そして楽しそうにも見えたのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1124 / ブルノ・ロレンソ / 男 / 55 / 『魅惑の微笑み通り』オーナー】
【ka0392 / イオ・アル・レサート / 女 / 19 / 妖艶なる紅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、仮面舞踏会での一幕のお届けです。
裏社会に生きるお二人の矜持や覚悟など、イメージから外れず描写できていましたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
HC仮装パーティノベル -
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ファナティックブラッド
2014年12月08日

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