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『その先への一歩 』
理心(ic0180)&結咲(ic0181)


 少しずつ日が沈むのが早くなってきた。大気に混じる冬の気配が濃くなるにつれ山を染める錦は頂から裾野へと広がっていく。秋が深まるこの時期、古びた山寺が一年で一番鮮やかに彩られる。西に傾きかけた陽光に色付いた葉が照り映える様は圧巻だが、生憎と今日の天気は雨だった。そのため小鳥や動物の気配もひそやかに、霧のように細やかな雨が葉や屋根を叩く静かな音だけが山寺を包んでいる。
 表からは見えない寺の裏側、雨天で風も冷たいというのに障子や襖が開け放たれている部屋が一つ。つい先日までとある男の子供が暮らしていた部屋だ。その子は罪人であった、次の誕生日に処刑されるはずの。そして子供はもう此処にはいない。表向きには死んだとされている。しかし処刑されたのではない。誕生日を前にとある男と一緒に旅立ったのだ。
 住人のいなくなった部屋を青年と少女が掃除をしていた。青年は子供の監視役であった理心、少女は子供の友人結咲だ。
 様々なものを詰めた行李を前に理心は溜息を吐いた。
「こいつは……いるのか?」
 手にしたのは菓子の包み紙。「いつまで経っても片付かないままでは邪魔だ」という建前のもと子供が残した荷物を整理していた。餞別代りに大事にしていたものくらい開拓者ギルド経由で送ってやる位はしてやろうかと思い立ったのだ。
 当然ともいえるが子供の荷物は驚くほど少ない。だから早く終わると睨んでいたのだが当てが外れた。この菓子の包みのように大事なものか否か判別つかないものが多々あり、その都度手を止め考える羽目に陥っているためだ。
 自分からみれば塵である。だがひょっとしたら友人と一緒に食べたものかもしれない、友人に貰ったものかもしれない、と眉間に軽く皺を寄せる。
「ガキの考えることはわからねぇからな……」
 ぼやいて包み紙をギルドに送るため行李へと突っ込む。そんな事を繰返しているうちに菓子の包み紙一つくらいで真面目に考えているのが阿呆らしくなった。いらなかったら向こうが勝手に処分すればいい。それくらい今自分が被っている面倒に比べればどうってことないはずだ、と開き直ることにしたのだ。
 とりあえず大事そうと思われるものは行李にまとめ蓋を閉めぐいと麻紐で括る。
「よし、これでこっちは終いだ。後は雑巾掛けと……」
 パン、パンと高らかに音を鳴らし手を払った。見渡す小さな部屋。住人も物もなくなったそこは自分が知っているより広く見えた。
「……」
 なぜ広く見えるのか……、思い当たった感情に面白く無さそうに眉を顰め、それを振り払うように部屋から庭へと視線を動かす。
 誰もいない庭、濡れて地面に張り付いた落葉。だというのに雨の音に混じり庭を掃く音が聞こえた。そういえば結局箒はあいつより背の高いままだったな……などとぼんやりと思い浮かぶ。
 チッ、と舌を打つ音。本人は望んでいないどころか心底面倒くさい事だと思っていたが、理心はその子の監視役であり処刑執行人であった。しかしその役目も子供が逃げた出したことによりこれで終わりである。
 あぁ清々した、と軽く肩を揉んだ。この気持ちは偽りでもなく、強がりでもない。だが……。
 いつか消える……いや己が殺さなければならない者に情を持つつもりなどなかったはずなのに。
「俺も、毒されたか……」
 自分の想いへの抵抗かもしれない、面白くないな、とわざと心の中で言葉にし、ぐしゃりと髪をかき上げた。
 それにしても、と皮肉気に唇の端を上げる。罪人である子供が逃げたことを知っているのはごくわずかだ。「鬼の子」と子供を恐れ忌み嫌い、一刻も早い処刑をとしきりに騒いでいた麓の村に住む者達は当然それを知らない。彼らには「罪人は死んだ」と告げてある。
 その時の彼らの顔ときたら。思い出して「クッ」と喉を低く鳴らす。
 嗤いたくなるのを堪えるのに幾許かの努力を必要としたほどに愉快だった。
 罪悪感から解き放たれたようなほっとした表情を浮かべる者、「逃がしたのだろう」と詰め寄る者、死した罪人の復讐を恐れる者……反応は様々だ。だが皆が皆、たとえ罪人の死を疑う者でも「アヤカシに食い散らかされた遺体でよければ確かめるか?」と言えば目を逸らす。そろいもそろって自分達で決着をつけるどころか結末を見届ける度胸すらない者ばかりだった。
 達者なのは口先だけ覚悟もなにもない。異質なものを恐れ、そしてそれを排除してくれる誰かを望む……。まあ、それが人かともその時は思った。
 渡り廊下に人の気配。
「掃除は順調ですか?」
 昼のお勤めを終えた尼僧が部屋に顔を覗かせた。
「後は雑巾掛けをしたら終わりだな」
 理心の足元に置かれた行李に尼僧は一度だけ視線をやったがそれに触れることはせず押入れへと向かう。
「そのように暗いところ一人で大変でしょう。私も手伝いますよ」
 押入れの中に潜り込み掃除をしている結咲に声をかけた。
「だいじょう、ぶ……」
 尼僧が雑巾を手に押入れに突入する前に結咲が中から顔を覗かせる。結咲はその胸に何かを大事そうに抱きしめていた。

 押入れの中は暗い。視力の悪い結咲では何かと不便だろうと当初理心が押入れの掃除をやろうとしてくれたのだが、自分の方が体が小さいからと半ば強引に押入れに入った。さして広くない押入れは物さえ出してしまえば躓くものもなく、雑巾掛けなど手探りでも問題はない。
 明るい場所でも世界は滲んでいるのだから、それが暗闇になったとしてもさして差はないというのもある。
 角まできちんと、と手を伸ばすと指先に触れる何か。布のようだ。目を凝らせば押入れの奥に丸まった布が落ちていた。
「これ、は……」
 拾い上げて顔の前へと持ってくる。それはてるてる坊主だった。雨の続く梅雨にこの部屋で暮らしていた友達と二人で作ったものだ。
「あーした、てんきに、なーぁれ…」
 簡単な節をつけた言葉が口から自然と零れた。そんな事を言いながら二人で軒や傘に吊るしたのを覚えている。雨は苦手、と言う自分に「これでへーき」と向けられた屈託の無い笑顔。その子は罪人とされていたが結咲の数少ない友達だったのだ。
 此処にいたら約束の日に処刑されてしまう。それは自身では覆す事のできない決定事項。だから友達が此処から逃げ出すことを望んでいた。
 そして自分の望み通り旅立つと聞いたとき心の底から安堵した。これで友達が死ななくてすむ、と。それは本当、でも……。
「  」
 誰にも聞こえないようにそっと友達の名前を呟き、二人で作ったてるてる坊主を胸に抱きしめる。きゅっと小さく胸が痛んだ。少しだけ寂しいのだ。一緒に居られなくなったことが。こうしてまた二人でてるてる坊主を作れないことが。

「二年後に」

 友達を助けてくれた男の言葉が耳の奥で蘇る。結咲が胸の奥にしまいこんだ言葉だ。それは誰に伝える事もなく、寧ろ誰かの目に触れたら壊れてしまう大切な宝物のように大事に大事にしまっている。二年は決して短くない、だがいずれやってくる。
 寂しさは二年待つ楽しみにすればいい。二年後に会えたら……。
「とて、も。 嬉し、い……」
 外から聞こえてくる尼僧の声に応えて結咲は顔を覗かせる。
「……これ、ボク、が貰っても、いい?」
 胸に抱いたてるてる坊主を差し出した。
「もちろん」
 尼僧が結咲の手の上からてるてる坊主を両手で包み込み、その胸へと戻してくれる。視線で理心に尋ねれば「貰っとけ」と一言。

 床と平行につけられた柱の小さな傷に尼僧は触れる。それは尼僧が子供の身長を記したものだ。
「もう……増えないのですねぇ」
 処刑予定の罪人が逃げたというのに尼僧は焦っている様子もなければ、罪悪感も抱いてなさそうであった。懐かしそうに傷を撫でる尼僧の目は優しく、寧ろ子供が逃げたことに満足そうにみえる。
「……アンタも、酔狂だな……」
 呆れたように理心は溜息と共に言葉を吐き出す。尤も尼僧はこうなることを望んでいたのだろう、と理心は思っていた。早くあの鬼の子を処刑をしてくれ、と村人が詰め寄る度に窘めていたのは尼僧だったのだから。
 尼僧の手元に理心は目をやる。どんぐりの背比べの傷はあの子供が此処で暮らしていた証。
 ほんの少し躊躇った後に「だが」と理心は続けた。
「……俺も……これで良いと思う」
 軽く目を瞠る尼僧に向けて理心は口元を綻ばせる。
 口元の力がふっと抜けたのが自身にも分かった。
(……俺は、今笑ったのか)
 果たして何年ぶりか、笑ったのは。皮肉気に唇の端を歪めるのとは違う。こうして意識もなにもせずふわりと笑みが浮かぶことなど久しすぎて、いつぶりかなんて思い出せない。
 全く、とその子供へ向け内心で零す。尼僧に、結咲に……子供と関わった者達が次々と浮かぶ。その中には自分もいた。
「どれもかれも酔狂ばかりだ……」
 尼僧のことばかり言えたもんじゃないな、と苦笑交じりの呟き。そして酔狂と言えば子供を拾っていった男……。「アイツはケモノではなく人だ」とあの男は躊躇い無く言い放った。
「人、か……」
 吐息と共に吐き出す。
 開け放した障子から差し込む一条の光。何時の間にか雨が止んだらしい。分厚い鈍色の雲の切れ間から傾きかけた午後の日差しが幾筋も射し込み山寺を囲む錦を照らす。
 村人たちも人だが、あの子供も、尼僧も、結咲も、あの男も、そして自分も人に違いない。
 濡れた葉は陽光を受け、一層鮮やかに煌き目に沁みた。理心は眼鏡の奥の双眸を細める。心の奥底に澱む何かにその光が届いたのかもしれない。確信ではない、まだ確信にはならない。でも今なら何か許せる気がした。
「……それも、悪くないな」
 自然と声が漏れていた。理心は尼僧へ顔を向ける。尼僧が嬉しそうに微笑んでいた。
「……俺も、山を出る。此処にいる役割もないしな……それに……」
 差し込む光から目を庇うように、浮かぶ感情を隠すように目を伏せる。理心自身、尼僧が彼の双眸に見た光を知らないだろう。
「今は前ほど人が嫌いじゃない……」
 そう告げてから、少し間を空けて「そんな気がする」と肩をすくめてみせた。理心の師匠でもある尼僧は何も言わずただ頷く。

 理心と尼僧、二人の脇で結咲は障子の桟に溜まった埃の拭き取り掃除中だ。懐には大切にてるてる坊主を収めている。二人の会話がそれとなく聞こえてきた。
 理心も此処からいなくなってしまうのだろうか……。きっとそれは友達と同じように良い事なのだ。でもやはり……。友達のあの子がいなくなった時と同じような気持ちが胸の真ん中に浮かんできてしまう、と懐のてるてる坊主をそっと押さえた。
「お前はどうする?」
 突然理心に話を振られ結咲は振り返る。理心が結咲を見ていた。
「お前はどうする? 此処にいるか?」
 もう一度理心が尋ねる。
 心の中を整理するように一度大きく瞬く。理心の傍は安心するし一緒に居たい、とも思う。でも……脳裏に浮かぶ顔。……話したい人もいる、のだ。
 理心の背に庭が見えた。水溜りに光が反射してきらきらしている。眩しい、な、と思う。友達も理心もそれぞれの道を行く。決めたのは自身。では自分はどうしよう……。
「……ボク、は」
 結咲はゆっくりと雨に洗われたばかりの透明な空気を吸い込んだ。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 外見年齢 / 職業】
【ic0180  / 理心  / 男  /  28   / 陰陽師】
【ic0181  / 結咲  / 女  /  12   / 武僧】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きましてありがとうございます。桐崎です。

今後皆さん、それぞれの道を歩く事になるのだろうなあ、と思いながら執筆させて頂きました。
理心様の微妙な変化が出ていれば幸いです。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年12月09日

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