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『プレゼント 』
ヘルマン・S・ウォルターjb5517

 ひらりと雪の結晶が舞い落ちる。
 木々から鮮やかな色が失われ、代わりに色とりどりの電飾に彩られる十二月。
 軽快な音楽に包まれる街中を、ヘルマン・S・ウォルターは歩んでいた。
「あれは……」
 前方から一人の青年が歩いてくる。マフラーにうずめた顔が知っているものだと気付き、歩みを止める。
「これはこれは。楓殿ではありませんか」
「お前は……」
 冬風に揺れる黒髪と、燃えるような紅い瞳。
 ヘルマンに気付いた八塚 楓が、驚いた様子でこちらを見つめている。
(ああ……これは夢なのでございますね)
 でなければ、彼とこんな場所で出会うはずがない。ヘルマンはそう納得すると、楓に向けて語りかける。
「クリスマス、というのですな」
「え?」
「人の子はこのようなお祝いをするのだと、楽しみながら歩いていておりました」
「ああ……」
 楓もゆっくりと辺りを見渡す。赤や黄の装飾で飾られたツリーを見つめるその瞳は、どこか懐かしげにも見える。
「楓殿。よろしければ、少し爺やの娯楽に付き合って頂けますと幸いに存じます」
「……なんだ」
「クリスマスの雰囲気を楽しみたいと思いましてな。ご一緒にいかがですかな」
 楓は何も答えなかった。それを無言の承諾だと受け取ったヘルマンは、ではと先を指し示す。
「参りましょうか」
 二人はクリスマス一色の街並みを、当てもなく歩く。ヘルマンは周囲の様子に瞳を細め。
「私めにはあまり馴染みがございませんが、賑やかなものですな」
 見ているだけで、なぜだか温かい気持ちになれる。
「……俺と歩いていて楽しいか?」
「ええ。まるで孫とクリスマスを楽しむ爺やの気分ですぞ」
「そ……そうか…」
 ヘルマンは楓を連れ立って、目に付いた店に入っていく。焼きたてのバウムクーヘンを食べたり、クリスマスツリーを見て回ったり。
 プレゼントコーナーにさしかかったとき、ふと足を止める。
「おや、面白い品がありますな」
 手に取ると、楓の前で広げてみせる。
「ほーら楓殿、透け透けパンティですぞ」
「なっ……!?」
 そのデンジェラスな形状に楓の顔はみるみるうちに真っ赤になる。
「ふむ、どれが楓殿に似合いますかな」
「いいいいや待て、俺は履かないしいらないぞ!」
「おや、それは……真に……残念……ですな」
「心底残念そうな顔をするな!」
 慌てふためく相手に、ヘルマンは好々爺の笑み。
「冗談ですぞ、楓殿。それにしても、人間の贈り物は様々なものがございますなぁ」
 相手のために選ぶひとときは、きっと幸せなものなのだろう。ヘルマンは楓の方を振り向き。
「では、楓殿は何をお望みですかな?」
「は?」
「欲しいものがあればさしあげましょう」
 驚いた様子の楓をまっすぐに見つめる。
「以前もお約束したでしょう?」
 貴方の前で誓った言葉。
「貴方に告げた全てを、貴方が望んだ全てを、私は必ず全う致しますので」
「なんで……」
 楓はそう言ったきり、言葉が続かないようだった。そのまましばらく立ちすくんでいたが、やがてぽつりと言葉を漏らす。
「……皮肉なものだな」
 静かな声音。癖のない黒髪に雪が舞い落ちる。
「人としての生を捨ててから、お前……みたいなのが現れた」
 もっと早くに出会っていれば、何かが変わったのだろうか。悪魔の隷属に身を堕とすこともなかったのだろうか。
 そう考えてみても、全てはどうしようもないことなどわかりきっている。それなのに何度も頭をよぎっては、打ち消してきたのも事実で。
「……俺には未だにわからないことがある」
 続きを待つヘルマンに向け、問う。
「何故お前たちはこんな俺を構おうとする?」
 自分の生からも逃げ出した上に、多くの命まで奪った。
「俺が臆病で、卑怯で、救いようのない人間だということは、お前だってわかってるはずだろう」
 同情か。
 哀れみか。
 そう考えた事もあったが、同情だけでこんな事ができるとは思えない。彼らは命を賭してまで自分を救うと言い切ったのだから。
 問われたヘルマンは当たり前のように答える。
「貴方だから、でございますよ」
「俺……だから?」
 困惑する相手に、ヘルマンはやや困ったように微笑み。
「感情というものは難しいものですな。言葉ですべてを説き明かせるのなら、楽なのですが」
 ひとつひとつ言葉を選ぶように、贈る。
「貴方と出会い、貴方を知り、貴方と向き合った。それだけで私にとっては十分なのです」
 こちらを見つめる燃えるような紅い瞳。
 ゆらゆらと魂が揺れ動くさまに、いつしか魅入ってしまったのは自分の方だから。
「誰かのために命を賭けたいという想いは、理屈ではないと思っております」
 研ぎ澄まされた危うさと、全てを受け入れる献身が紙一重で絡み合う。
 それは純粋で、神聖で、罪深いもの。
「……なら、その感情はどこからきている?」
「それは秘密でございますな」
 いたずらっぽい笑みを浮かべるヘルマンを見て、楓はむうと唸る。けれどそれ以上は何も言わなかった。
 ヘルマンは一度視線を落とした後。再び彼と向き合い、穏やかに笑む。
「――夢だから告げられますな」
 怪訝そうな瞳に向け、はっきりと言い切る。
「楓殿、私は貴方を必ず殺します」
 楓は何も言わず、ヘルマンを見つめている。その表情は先程と打って変わり、静謐な色を湛えていて。
「あの日の言葉通りに、貴方の魂を解放するために」
 そしていつか、輪廻の先で本当の幸いを見つけるために。
「貴方を欲しい気持ちはありますが、貴方は誰のものでもありません。貴方の全ては貴方だけのものですから」
 届けるのは、深く包み込むような響き。
「貴方が私のものになることは決してございません」
 ただ。
 これだけは告げておきたいと思う。
 告げるのを許して欲しいとも思う。
 それは変わることのない事実と、ほんの少しの自己主張。

「だから私が、貴方のものです」

「な……」
 贈られた予想外の言葉に、楓の動きが止まるのが見て取れる。その顔には、驚愕の中にわずかな戸惑いが浮かんでいて。
 口を開いて何か言いかけては、かぶりを振る。
 視線をさまよわせ言葉を探すが、うまくいかないのだろう。やがて限界に達したのか突然マフラーに顔をうずめると、そのまま黙り込んでしまう。
 長い長い、沈黙の後。
「……俺は」
 聞こえてきたのは今にも消え入りそうな声。
「こういう時、なんて返せばいいのかわからない……」
 どうやら、対応しきれない状況に陥っているらしかった。うつむいたままの姿は、どこか子供のような無防備さがあって。
 そんな彼を見て、ヘルマンは思わず微笑ってしまう。
「お……おい、笑うな!」
「これは失礼しましたな。あまりにも微笑ましくてつい」
「くそ……」
 耳まで真っ赤にして睨む瞳へ、好々爺の表情で告げる。
「貴方がそういう顔ができるのだと知れて、満足です」
「か、からかうのはよせ……」
「いいえ、からかってなど。先程お伝えしたことは本心でございますよ」
「うっ……………………………………………うん…………」
 楓はマフラーの中に顔をうずめたまま、しばらく何かもごもごとしていた。やがて懐から何かを取り出すと、逡巡しつつヘルマンに向かって差し出す。
「おや、何ですかな」
 受け取ったのは、クリスマスカラーのラッピングがされた小箱。開けてみると中にはサンタクロースの形をしたクッキーが詰まっている。
「じ……自分で食おうと思って買っただけだ。気が変わったから………………やる」
 楓は目を合わせようともしないが、こちらの反応を窺っているのがありありと分かる。
 ヘルマンは大事そうに小箱を両手に収めると、にっこりと笑んでみせ。
「ありがとうございます。大切にいただきましょう」
 ほっとしたように表情が和らぐ。誰かに受け入れられることに慣れていない彼だからこそ、それがとても貴重なもののようにヘルマンには感じられた。
(ええ、大事にしますとも)
 ヘルマンは思う。
 他者に受け入れられる安心感を。愛され保護される幸せを、少しでも知ってもらえただろうか。
 少しでも、届いただろうか。
 そうであればいいと、願う。

 楽しい時間は、瞬く間に過ぎるもの。
 別れの刻が近付き、ヘルマンは穏やかに切り出す。
「今日はお付き合いいただき、ありがとうございました。とても楽しい時間を過ごせましたぞ」
「……俺も」
 その先は何を言っているのかわからなかったが、向けられた仏頂面にほんの少し名残惜しそうな色が浮かぶ。ヘルマンはいつも通りに微笑んで。
「それではまた、お会いしましょう」
 終わりを告げる言葉とともに、周囲が白い光に包まれていく。
 夢が終わるのだと悟った刹那、彼の瞳に映るもの。

 ――ああ、ようやく見られましたな。

 光の中、届く声と共に。

「ありがとう」
 
 それはぎこちないながらも、初めて向けられた微笑みだった。



 朝。
 目を覚ましたヘルマンは、ゆっくりと身体を起こした。
 いつも通りの朝。
 いつも通りの日常。
 窓を開けると、きりりとした冷気が頬をかすめていく。昨夜降った雪がうっすらと路地に積もっているのが見え。
 無言のまま、空を見上げる。冬晴れの空は、穏やかな陽差しで雪化粧の街を照らしている。
 穏やかで優しい、クリスマスの朝。
(……そう言えば)
 ふと、夢のことを思い出す。
 別れ際、楓のマフラーの隙間から何か光るものが見えた。
 それがチェーンに繋がれた指輪なのだと気付き、ひとり微笑む。
「悪魔である私にも、今日だけは願い事が許されますかな」
 そう、願うのはただ一つ。
 いつか、輪廻の向こう側で。

 ――今度こそ幸せな貴方を見守れますように。

 その魂が二度と、捕らわれることのないようにと。
 枕元におかれた小箱が、陽だまりの中でかさりと音を立てた。

 
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/外見年齢/プレゼント】

【jb5517/ヘルマン・S・ウォルター/男/78才/愛】

 参加NPC

【jz0229/八塚 楓/男/22才/感謝】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております。
この度は発注ありがとうございました!
とても素敵な発注文に、うまく表現できるかどきどきしながら書かせていただきました。
幸せで優しいプレゼントへのお礼が、少しでも伝われば幸いです。

snowCパーティノベル -
久生夕貴 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年12月09日

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