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『世界はこの手の中に 』
杠葉 凛生(gb6638)&ムーグ・リード(gc0402)


 地平線の彼方に、大きな太陽が沈んでゆく。
 乾いたブッシュや転がる岩の影が長く長く、こちらへ向かって伸びていた。
 雲の無いアフリカの空は赤い夕陽をただ見送るだけ。
 この地へ来たばかりの頃、杠葉 凛生はその壮大さに息を飲んだものだ。
 二年の間に日常となった日没だが、今日は特別。ハロウィンパーティーの日だ。
 ふざけ合う子供の声が、建物の陰から聞こえてきた。
「おい、ちゃんとヤギの小屋は掃除したんだろうな!」
「したよー!」
「サボってやがったら、パーティーからつまみ出すぞ!」
「ちゃんと終わってるよー!!」
 ひょこりと顔を出した子供達が、白い歯を見せて笑った。その目はキラキラ光っている。
 凛生がサングラス越しにわざと睨みつけると、歓声をあげて子供達はまた建物の陰に引っ込んで行った。
「……ったく、しょうがねぇガキどもだぜ」
 きつい言葉づかいとは裏腹に、その声音は優しい。
 凛生はこういう瞬間に、自分自身の変化を強く感じる。
 昔はこんな風に睨みつけるまでもなく、子供達は自分に近寄って来なかった。怖いと泣かれたことも一度や二度ではない。だから自分には子供の相手など柄じゃない、と思っていたのだ。
 それがどうだ。
 今やそこらの男など目じゃない程の子沢山である。
 毎日何かしら騒動を起こし、冗談みたいな出来事を巻き起こす連中のお陰で、日々は驚きに満ち、新鮮で楽しいものになっていた。
 それこそ、のんびり夕陽を見る暇もない程に。

 勿論、皆、凛生の実の子供ではない。
 バグアに侵略されて荒れたこの土地には、親を亡くした子供が多くいた。
 傭兵生活でできた蓄えで、そんな子供達を引き取る孤児院兼学校を設立したのだ。
 戦禍はまだ生々しく、誰もが日々を生きるのに必死だ。
 決して薄情な訳ではなく、自分の家族を守ることで精一杯で、赤の他人を省みるゆとりがないのだ。

「……凛生サン、どう、シマシタ?」
 ムーグ・リードが長身を屈めて、窓から覗いていた。
 凛生に新しい価値観と、新しい生き方を与えた張本人だ。
 ムーグの穏やかな眼差しは優しく、大型草食動物のそれに似ている。
「いや、ちょっとヤギ小屋を見て来る。すぐに戻る」
「ワカリ、マシタ」
 ムーグは、夕陽に長く影を引き歩いて行く背中を暫く見つめていた。
 戦火の中で幾度あの背中を頼りにしただろう。
 ムーグにとっては師であり、恩人であり、そして今は最も大事な存在。
 バグアに襲われたこの地を捨てて逃げたムーグが、もう一度戻ることができたのも凛生のお陰だった。
 故郷の将来の為に何かできないだろうか?
 漠然としたムーグの思いに夢という形を与え、それを叶える手段を教えてくれた人。
 想いを言葉にすることが苦手なムーグには、感謝や敬愛を伝える術がわからない。
 だから、せめて。
「ねえ次はどうするのー?」
 子供の声で我に帰る。
「ソウ……デスね。コノ、カボチャ、ツブシ、マス」
 茹であがったカボチャがほかほかと湯気を立てていた。
「ヤケド、気を、ツケて、クダサイ」
「はあーい」
 元気な声に、ムーグが微笑む。
「パーティ……楽シみ、デス、ネ」



 宿舎に戻った凛生は、大荷物を抱えている。
「しかしよく考えてみりゃ、アフリカのお化けってこんなのか?」
 古くなったシーツや、ぼろ布や、藁や、木の枝、そして紙で作った魔女の帽子。
 まずハロウィンの説明が厄介だったが、そこは凛生が解決した。
「とにかくお前らは仮装して、菓子食ってりゃいいんだよ」
 ……大丈夫か、ハロウィン。
 ご馳走の担当はムーグに任せて、凛生は仮装の準備を担当する訳だが。
 大前提で、吸血鬼だとか、ミイラ男だとか、魔女だとかがアフリカに居るのかが判らない。
「まあ、仮装なら何でもいいってぇ話だしな」
 ふと顔をあげると、数人の子供達が部屋を覗き込んでいた。
「おう、丁度良かった。こっち来い」
 ぞろぞろと入って来た子供達に、材料を見せる。
「お前ら、これでお化けの格好しろ。思い切り怖くな」
 ニヤリと笑ってみせると、共犯者達は真剣な顔をして頷く。
 そして出来上がったお化けは……やはり凛生の想像を超えていた。
 角のついた草食動物の頭がい骨を頭に乗せ、身体に巻いたぼろ布に枯れ木を飾りつける。野戦仕様と呪術師の混合物とでもいうような、謎のお化けだ。
 別の子供は、ミイラ用の包帯を幾本も頭から長く垂らして、頭頂部には冠のように大きな花を据え付けていた。
 成程、よくわからん。
「できたか。よし、じゃあ食堂に行くぞ」
 小さなお化け達を引き連れて、蝋燭を持った凛生が廊下を先導して行く。

 夕日はすっかり沈み、都会とは違う、真の闇が大地を覆っていた。
 明かりを落とした宿舎の食堂は、ほとんど真っ暗である。
 そこに現れたのは謎のお化け達。
「きゃああああ」
「うわあああん」
「ギャアーーー」
 ウケた。いや違う、想像以上に怖がらせたらしい。
 泣きながら逃げまどう子供、ムーグにしがみついてぶるぶる震えている子供。
 思えばハロウィンのお化けなど都会の子供達にとってはキャラクターにしか過ぎないが、自然の脅威と共に生き、バグアと遭遇した記憶も新しい子供達にとって、異形の存在は余りに恐ろしいものなのかもしれない。
「ああほら大丈夫だ、泣くな泣くな。おい、もうそのお面取れ」
 ノリノリで仲間を追いかけ回す子供の首根っこを、凛生が掴んだ。
「悪いお化けは俺がちゃんと始末……じゃねぇ、追っ払ってやるからな!」
 廊下に連れ出し、仮装を取り上げる。
 ムーグは縋りつく子供達を抱きしめながら、笑いを堪えていた。

 ようやく子供達も落ち着き、ご馳走の並んだテーブルに着く。
「これね、アタシが潰したかぼちゃのサラダだよ!」
「上手く出来てるじゃねぇか、どれ」
 小さめのカボチャのランタンが笑うテーブルを、皆で囲む幸せ。
「凛生サン」
「ん?」
 ムーグが新しい皿を運んで来た。
「凛生サン、のタメ、ワショク、を作ッテ、みマシタ」
 見れば、カボチャの煮付けらしきものだ。
「へぇ、懐かしいな」
 凛生の胸を、古い記憶が締め付ける。
 だが表情には一切出さず、心づくしの料理をじっくりと味わった。



 子供達の作ったお菓子をみんなで食べ、一緒に片づけを済ませる。
「おやすみなさーい!」
「ハロウィン、またやろうね」
 別に包んだお菓子を大事そうに抱えて、それぞれが自分の寝床へ引き取っていった。

 子供達が夢の中に遊ぶ頃、凛生とムーグは差し向かいで食堂に落ち着く。
「やれやれ、とんだ大騒ぎだったぜ」
 そう言いながらも満足そうな凛生の前に、小さな包みが差し出された。
「アナタ、に、デス」
「ん?」
 中身はカボチャのクッキーだった。おばけやコウモリの形をした綺麗な菓子は、子供の手によるものではないことは明らかだ。
 凛生が頬を緩ませた。
「ありがとよ」
 その笑みにはかつての刺々しさは無く、穏やかで優しい瞳がムーグの姿を映している。


 全てを失い、絶望に打ちひしがれていた頃。
 凛生は自分がいつか、手作りの菓子を受け取って、心から喜べる日が来るなどとは思いもしなかった。
 ひとり取り残された苦しみは寝ても覚めても凛生を苛み、一日も早く自分も愛しい者の元へ行かせてくれと、それだけを願い続けていた。
 危険と隣り合わせの日々の中でも、生き残る喜びよりも死ねなかった絶望が心に折り重なって行く。
 それを変えたのは、ムーグの存在だった。
 初めは、同じ小隊に所属する、どこか自信なさげな隊員として。
 いつしか自分を追うその視線の意味に気付き、凛生は戸惑いもした。
 同性であるだけでなく、年若いムーグにとっては、その感情は余りプラスにならないだろうと。
 そんなふうに相手のことを考えている自分に気付き、凛生は次に恐れた。
 失うことにはもう耐えられない。ならば、最初から持たない方がいい。
 何より、自分に何かあった時。純粋なムーグの心をこの喪失感で曇らせたくない。

「光陰、矢ノ、ゴトシ……デシタ、カ」
 静かなムーグの声。凛生は今では誰よりも近い、その存在の柔らかさに安らぐ。
「凛生サンの、故国の、コトバ、と」
「ああ。もう二年経ったんだな」
 蝋燭の明かりに照らされた横顔には、ムーグの知らない経験が刻みつけた翳がこびりついている。
 それでも今、凛生はここにいる。
 かつては強く、刃物のように鋭い光を放つ瞳はどこか危うく。
 時に戦火に身を焼こうとする背中に縋りついた日もあった。
 だがとどめようとする手そのものが凛生を縛る枷だと知り、距離を置いたこともあった。
 けれどムーグが戦禍に身を投じたのは、根強い後悔の故。
 もう逃げない。大事な物を捨てたりしない。
 その想いの強さを、いつしか凛生は受け入れていた。
 今、ムーグの夢に寄り添ってくれるただ一人の人。今の幸せは、子供達の笑顔と、この人に支えられている。

「だが、まだ二年だ」
 大地は荒れたままで、哀しい目をした子供達もまだ多い。
「ソウ、デス、ね」
 夢に続く道は長く、険しい。
 それでも、この人と一緒なら……。
 テーブルに置かれた凛生の手を、ムーグの両手が包む。
「凛生サン、ニハ、感謝しテ、マス」
「何を、今更……」
 凛生は苦笑いを浮かべた。
「今更。デも、今、言ッテ、オキタカッタ」 
 ムーグの短い言葉は、どんな饒舌な演説よりも胸に迫る。
 ギリギリで生きた日々で知ったことは、大事なことはすぐに伝えるべきだということ。
 いつか失う日が来ることが避けられないなら、共にある今の日々の小さな幸せ、積み重ねる一瞬一瞬こそが永遠の宝物。

 私の世界は貴方のために。貴方は私の世界の全て。

 今、世界はこの手の中にある。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【gb6638 / 杠葉 凛生 / 男 / 50 / 夢に添う者】
【gc0402 / ムーグ・リード / 男 / 21 / 夢を紡ぐ者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、戦乱の後にようやく訪れた傭兵達の平穏の一幕です。
敵は消えても、生きるための戦いはそれぞれに続いているのですね。
CTSのご依頼は初めてですが、イメージを損なっていなければ幸いです。
ご依頼、誠に有難うございました。
HC仮装パーティノベル -
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CATCH THE SKY 地球SOS
2014年12月10日

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