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『やさしいお日様の下で 』
日比谷日陰jb5071)&日比谷ひだまりjb5892)&日比谷日向jb5893


 瑠璃色の空は高く、高く。
 端っこに引っかかっていた綿毛のような雲は、山の稜線に隠れてしまった。
 代わりに空を縁取るのは目に沁みる程の赤、そして金。
 暖かな日差しに照らされて輝くような錦秋の光景である。
「ほら叔父様! 早く早く!」
 日比谷ひだまりが走っていくと、その僅かな風に赤く色づいた葉がはらはらと落ちる。まるで落葉とダンスするようにひだまりがくるりと回ると振り袖がひらひら、ひらひら、まるで蝶が舞うようだ。
「ひぃ、あんまり急いでころぶなよ?」
 そう言って、日比谷日陰は喉から湧きあがる欠伸を噛み殺した。
 日比谷日向は並んで歩く日陰の肩から、そっと深紅色の楓の葉を取り除く。
「あー、ついてたか、有難うな」
「……すごい、赤……だね」
 目の上に落葉をかざして、日向は僅かに目を細めた。

 気持ちの良い秋晴れの一日、縁側でごろ寝を決め込んでいた日陰に、ひだまりの元気な声が襲いかかった。
「ほら叔父様! 折角のお休みに、ごろごろしっ放しは勿体ねーのですわ!」
「あ? ……休みの日にごろ寝しないで、いつするんだっての……」
 枕に仕立てた二つ折りの座布団に埋もれるように、日陰は寝返りを打つ。
 その身体が、前後にゆらゆら揺れた。
「ん、もう! 叔父様はそんなこといって、いつでもごろ寝してやがるのですわ!」
「あー……頼むよ、今日はいい天気なんだし……」
 ひだまりに揺すられながら、座布団で耳をガードする日陰。
「良いお天気なのです、だから紅葉狩りに行きたいのです!!」
 ひだまりは小さな拳でぽかぽかと日陰の背中を叩いた。
「もみじがりぃ〜……?」
 それって山歩きってことじゃないか。日陰はますます身体を縮める。
 ふと、庭先に日向がひっそり立っているのが目に入った。日陰は顔をあげる。
「……これ……」
「どうしたんだ、それ」
 起き上がって見れば、大きな籠にいっぱいのサツマイモ。
「……外で……焼き芋、すると……美味しい、って、聞いた……」
 いつも通りの余り感情の起伏のない表情。だが、いつも見ている身内には分かる。
 日向の瞳が、キラキラしている。
「……食べたいのか?」
 こくり。
 芋を抱えて、日向が頷いた。
「これで決まりましたわ! 焼き芋と紅葉狩りに行くのですわっ!」
 日陰はまだ眠そうな目のままで、ぼさぼさ頭を掻いた。
 どうやら拒否権はないらしい。



 それでも今を盛りの紅葉は、流石に見事だった。
 色合いの違う赤や金、それに常緑樹の緑が混ざる山肌は、自然の紡いだ巨大なパッチワークのようだ。
 足を踏み入れれば、柔らかな落ち葉の感触。息を吸えば暖かな山の匂い。頭上には見事な青空と、光を透かす紅葉が続く。
「一番いい時期だったかもな」
 日陰も紅葉の見事さを認めざるを得ない。
 ひだまりが日陰の腕を掴んで、得意げに見上げて来る。
「ほらあっちですわ、ちょっと木が開けて……きゃっ!?」
「ひだまり!!」
 慌てて伸ばした日陰の腕に、ひだまりはしっかりとつかまり何とか踏みとどまる。
「だ、大丈夫なのですわ!!」
「だから言わんこっちゃない。山で転んだら大怪我しちまうぞ」
「転んだりしないのですわ! ひだまりだってもう大人なのですわ!」
 お気に入りのクマ耳帽子をぐいっと被り直し、プイと顔をそむけると先に立って歩き出す。
「おいおい、それの何処が大人なんだ……」
 日陰が小さく笑う。

 びっしり続いた紅葉のトンネルが途切れた所は、小高い丘だった。
「おー、良い眺めだな。ここらでゆっくり……」
 弁当でも。もう荷物を下ろし、そう言いかけた日陰だったが、日向に袖を引かれる。
「……あそこ……」
 山の稜線の少し先、紅白の幕がちらついていた。耳をすませば風に乗って、微かな笛や太鼓の音も聞こえて来る。
「お祭りですわ! 見逃す手はねーですの!!」
「やれやれ……祭なんか珍しくないだろうが。本当に子供だな」
「私は……もう子供ではな……いよ。叔父上」
 ひだまりについて、日向もスタスタと歩きだした。
 日陰も諦めの溜息をひとつ、それから荷物を担ぎ直して後に続く。

 祭の会場は思いの外、すぐ近くにあった。
 日陰達が歩いてきた方向とは反対側に集落があり、結構立派な鳥居が見える。
 参道には出店が並んで、そぞろ歩く人々を賑やかな声やソースの匂いが呼んでいた。
「へえ、結構でてるな」
 昔懐かしい綿菓子に焼きもろこし、ヨーヨー釣りなどに混じって、キャラクターグッズやアイドルの写真が並ぶ籤引きや、エスニック料理の屋台もある。
「叔父様、あれなんですの?」
 ひだまりの目が一点を見つめていた。
「ん? ……ああ、林檎飴か」
「りんごあめ?」
 割り箸に挿した拳大の赤い飴が電球の灯を受けて煌めいている。良くある光景だが、どういう訳かその輝きには誰もが心惹かれてしまう。
「綺麗ですわ……!」
 ひだまりもその一人だった。
「あー……あれは食ってもあんまり旨くないんだぞ。……欲しいのか?」
 ひだまりはひたすらこくこくと頷く。
「……しょうがないなあ」
 財布を取り出すまでもなく、既に店主は待ち構えてこちらに愛想笑いを向けていた。
「これがいいんだな?」
「姉様の分もですわ!!」
「……え……」
 日向が返事をするのも待たずに、ひだまりは両手に一本ずつの真っ赤な飴を受け取っていた。
「はい、姉様!」
「……ありがとう」
 真っ赤な宝石のような林檎飴は、ひだまりの瞳の輝きと少し似ていた。



 屋台の喧騒を離れ、少し山道を下る。
「川があると良いんだが……ああ、こっちだ」
 足元の落ち葉が僅かに湿り気を帯び、せせらぎの音が聞こえてきた。
「よし、弁当はあそこで食うか」
 日陰は河原の少し上の、光の当たっている場所を指した。
 行ってみると乾いた地面は暖かく、敷物を広げるのに充分な広さがある。
「よし、まずは焼き芋の仕込みだな」
「叔父様、ひだまりもお手伝いするのです!!」
「……何を、すれば……いいのか、な」
「よし、じゃあまず芋を川で洗ってくれるか? ……と、そうそう」
 日陰が自分の頭をちょんちょん、と示して笑った。
「ひゅう、ここならもう大丈夫だぜ」
「……」
 日向はこくりと頷き、目深にかぶっていたフードを脱いだ。
 頬を撫でる涼しい空気に、ほっと息をつく。
 本当は暑がりで、こんな暖かい日にフードを被るのは好きではない。けれど人間達の目を気遣って、頭の上にぴょこりと飛び出たクマ耳をこうして隠していた。
 天界の血を引く存在を、快く思わない者もいるだろう。
 普段の日向は黙って、自分の本来の姿をそっと押し込めているのだ。

 せせらぎは美しく、時折落ち葉を乗せて流れていく。
「ここも綺麗ですわ……!」
「ひぃ、袖……濡らさないよう、に」
「そ、そうでしたわ!」
 ひだまりは慌てて袖をたくしあげる。
「ひぃ、こっちに……お芋、渡して」
 川べりで日向が屈み、流れに手をつける。ひんやりとした水が心地よかった。
 土のついた芋を日向が洗い、綺麗になった芋をひだまりに手渡して行く。
「姉様、ひだまりもお手伝いするのですわ」
「大丈夫……もう、終わる」
 最後の芋を洗い終え、日向が立ちあがった。

 元の場所に戻ると、日陰が既に準備を整えている。
「丁度いいぐらいだな。よし、芋をこっちに」
 新聞紙とアルミホイルに包み、地面に掘った穴にうずめる。その上に乾いた落ち葉を乗せ、火をつけた。
 何だかんだでこうなると、日陰は働き者だ。
 出かけるまでは面倒くさいとごねて、出て来てからも仕方なしに来たという雰囲気を漂わせていたが、可愛い姪っ子の笑顔には勝てない。
「さて、と……火を見張りながら弁当にしようか」
「了解なのですわー!!」
 ひだまりが早速、可愛い風呂敷包みを開いた。
 出てきたのはアルミホイルの塊が幾つか、それとプラスチックのお弁当箱。アルミホイルの中身はおにぎりだ。
「これがおにぎり、これがおかずなのですわ!」
「お、ご馳走だな! 流石に腹が減ってたんだ、早速貰おうか」
 おにぎりの形はちょっといびつだし、卵焼きはちょっと焦げているけれど、青空の下でみんなで食べるお弁当はどんなご馳走よりも美味しかった。
「うん、ひぃの卵焼きは美味いな」
「またいつでも作ってあげるのです、でも叔父様がごろ寝しねーでちゃんと起きたらなのですわ」
「うへ……」
 日向は黙々とおにぎりを食べている。
 その視線はずっと、目の前で暖かく燃える焚火に注がれていた。



 お弁当を綺麗に平らげて、ポットのお茶を飲んでしばらくのんびり。
 ちろちろと弱く燃える火を見て、日陰が腰を上げた。木の枝で中を軽くつつき、様子を見る。
「そろそろいいと思うんだが」
 燃え残る火を避けて取り出したアルミホイルの塊を、軍手をはめた手で払う。
「ほら、お待ちかねの焼き芋だ。ひゅう、熱いから火傷しねぇように気を付けろよ?」
「……うん、有難う」
「ひぃも、ほら」
「これが焼き芋ですの!?」
 日陰は笑いながら、真黒になったホイルを開いて見せた。
「ほら、こうやってみろ」
 日向は日陰の手元からすぐに自分の手元に視線を移し、同じように開いてみた。
 新聞紙を取り除くと、紅色の芋が顔を出す。
 力をかけて二つ折りにすると……。
「……すご、い」
 黄金色の身が湯気をあげ、甘い香りが鼻をくすぐる。
 急いで皮をむき恐る恐るかじりつくと、何とも言えないねっとりとした食感、独特の風味が口いっぱいに広がった。
「すっごく甘いのですわ!! お砂糖をまぶした訳じゃねーのですよね!?」
 ひだまりが自分の芋にかじりつき、思わず声をあげる。
「こうやって焼くと甘くなるんだ。どうだ、ひゅう?」
「……おいしい……」
 皮をむくのももどかしげに、日向は甘い芋にかじりつく。
 普段はフードの中で小さくなっているクマ耳が、ぴこぴこせわしなく動いていた。日向の表情はいつも通りだが、耳が動くのは喜んでいる証拠である。
 ひだまりは急いでポットのお茶を紙コップに注いで、二人に手渡した。
「叔父様、はい! 姉様も! お芋は美味しいけど、喉に詰めたらとんでもねーですの!!」
「全くだ。ありがとな、ひぃ」
 ひだまりの顔に花咲くように笑顔が広がる。

 暖かく明るいお日様は、並んで座る皆を明るく照らす。
 また一枚、金色の葉がせせらぎに運ばれて行った。
 静かで、優しくて、穏やかな時間。
「ほんとに、綺麗だ……ね」
 日向がぽつりとつぶやいた。
「うん、綺麗だな」
「家族……で来れて良……かった」
 こくりと小さく頷き、日向は残りの焼き芋を平らげる。
「そうか。なら、ごろ寝を諦めた甲斐があるってもんだぜ」
 笑いながら日陰が日向の頭をくしゃくしゃと撫でた。
 お弁当が美味しいのも、お芋が美味しいのも、きっとみんなで食べたから。


 綺麗な落ち葉と赤い林檎飴、そして楽しい思い出をお土産に。
 皆で手を繋いでの帰り道。
 ひだまりがくすぐったそうに笑う。
「なんだかこうしていると、心の中がポカポカしますの!」
「……うん」
 日向も頷く。
 並んだみっつの長い影は長く長く伸びていく。
「……また、焼き芋、食べたい……な」
 フードの陰から日向が遠慮がちに呟く声。
 日陰は一瞬ぎくりとする。だが、ごろ寝の幸せと、二人の笑顔を比べて、小さく溜息をついた。
「また連れてってやるさ」
 ひだまりが手を離し、小指を差し出す。
「本当ですの、叔父様!? 約束破ったら、承知しねーのですわ!!」
「はいはい、約束な」
 両手の小指はひだまりと日向の指にしっかり捉えられる。
 その約束を、西に傾いたお日様が優しく見守っていた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb5071 / 日比谷日陰 / 男 / 32 / 頼れる叔父様】
【jb5892 / 日比谷ひだまり / 女 / 15 / おひさまの笑顔】
【jb5893 / 日比谷日向 / 女 / 17 / 寄り添う心】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、家族水入らずの紅葉狩りのお届けです。
皆様がそれぞれお互いを思い遣っておられることがご依頼の文章から伝わり、何だかほっこりしました。
それが上手く表現できていましたら幸いです。
この度のご依頼、有難うございました!
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エリュシオン
2014年12月12日

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