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『鎖縁 』
辰川 幸輔ja0318)&朽木颯哉ja0046


 見上げる夜空は遠く、遠く。
 銀色に輝く星々を、線で繋いだのは誰が始めたことなのだろう。
 そこへ物語を結び付け、語り継ぎ、継がれてゆくものがある。想いがある。
 銀色の鎖は、今日も今日とて千切れることなく誰かによって繋げられるのだろう。
 環のひとつが綻べば、きっと誰かがひとつを繋ぐ。
 そうやって、いつまでも、いつまでも。



●side 幸輔
 街路樹の紅葉が綺麗だね、娘とそう話していたのはそれほど前ではなかったのに。
(すっかり、寒々しくなっちまって)
 葉の落ち切ったそれを見て、辰川 幸輔は適当に巻きつけたマフラーを鼻先まで持ってゆく。
 秋から冬へ季節は変わろうとしていて、気の早い街ではクリスマスの準備が始まっていた。

 ――いまはむりかもしれないけど…… ちゃんと、ともだちと、おはなしして?

 ふと過ぎったのは、昨年のクリスマス。『かぞくかいぎ』での、娘の言葉。
 『あれから』一年ほど、経とうとしている。

 思い出す。あの夜のことを。
 思い返す。それからの『自分』を。

 足を止める、冷たい風がマフラーを揺らして通り過ぎる。
 気の抜けた笑いを零し、幸輔は一年ぶりとなるアドレスを探すべく、上着のポケットへ手を差し込んだ。



●side 颯哉
 朽木颯哉は発信履歴さえ消えてしまっていた番号からの連絡に、切れ長の赤瞳を丸くした。
「どうしたんで?」
「ちょっと待ってろ」
 黒スーツの野良犬を踏みつけたまま硬直した当主へ、配下の一人が呼びかける。
 緊張した面持ちで颯哉は煙草を挟んだ右手で制し、通話に応じる。
「ああ、俺だ。いや、大丈夫だ。……はは、なに情けねェ声してやがる。…………わかった。夜なら、明日には空いてるぜ。気にすんな。それじゃあ」
 短い会話の間に、緊張で手は随分と汗をかいていた。
「……。ガラにもねぇ、な」
 肺の奥まで煙を吸い、吐き出す。深く深く吐き出してから、灰を落とし…… 足元の『野良犬』が悲鳴を上げた。
「っと、ワリィな。存在ごと忘れてた。おい、こいつふんじばって全て吐かせろ。今夜中にだ。明日の夕方には全てカタをつける」
「というと」
「明晩、予定が入った。今度ばかりは一時間遅刻とも行かないんでね」
 普段は留守を預け久遠ヶ原で生活をしている『朽木家当主』が直々に顔を出すのは、余程のこと。
 大きなヤマだが、彼が指示するのなら返事は『Yes』だ。




 ずっと守りつづけてきた距離に、関係に、日々に。
 亀裂を入れたのは、颯哉からだった。
 きっかけは些細なことで、つまり遅かれ早かれ訪れたことなのかもしれなかった。
 それでも。恋わずにはいられなかった。


 以前の関係に戻ることは、もうできない。
 苦しんだのは、幸輔だった。
 戻ることはできなくても、断ち切ることさえできなかった。
 不自然に避け続け、それでも―― ……繋がりを切らない方法を、探している。




 久しぶりに訪れる『馴染みの』バー、扉を前にして颯哉は足を止めた。左手の親指で、口元のほくろをなぞる。
(……辰のやつ、声、震えてたな)

 ――会えますか。颯哉さんの、空いてる時で良いんで

 なにを、切り出そうとしているのか。
 良い話か、悪い話か、いずれしかないだろう。
 悪い話ならば会わずとも―― それをしないのが、颯哉の知っている幸輔だ。
(お前くらいだよ、ここまで俺を引っ掻き回すのは)
 不安。緊張。そんな感情を、こんなにも引き出すのは。
 大切だから。恋しいと思うから。
 溜息は白い形となって、ふわりと消える。
「腹ァ括るか」
 どんな言葉が待っていても、会いたい気持ちが勝ってしまった。
 避けられた分だけ、募っていたのだと思い知らされる。
 苦く笑い、冷えたドアを押し開けた。

 静かに流れるジャズが、颯哉を出迎えた。
「いつもの」
 カウンター席へ既に居た幸輔の隣へ座ると、颯哉は短くオーダーを。
「……少し、痩せたか?」
 颯哉ができるだけ軽い調子で訊ねれば、命のやり取りの場だと言わんばかりの重い表情で幸輔は首を横に振る。
(……だよ、な)
 ヤア、ヒサシブリ
 ヨオ、ゲンキダッタカ
 そんな簡単に、会話ができるわけがない。

 沈黙と、緊張と。その間に、細いカクテルグラスが差しだされた。

 乾杯をするでなく、指先を伸ばした颯哉へと幸輔が口を開いた。
「長く…… 避けてて、すみませんでした」




 どう切り出そうか。
 なんといって話せば、誤解無く伝わるだろうか。
 待ち合わせより三十分も早く着いて、幸輔は延々と考え続けていた。
 気持ちが定まったから連絡を入れたはずなのに、吹けば飛びそうなほど心許ない。
「正直…… 裏切、られたって 思いました。すみません、恨みもしました。颯哉さんは、知っててくれてるって……だから」
 あの、夜のことは。
「でも」
 バーに似つかわしくないビールジョッキ――泡は消え、一口もつけられていない――を握り、血を吐くような思いで幸輔は言葉を続ける。

「俺が、知らなかった……だけ、で。知らなかったとはいえ…… 俺は、ずっと、颯哉さんを傷つけてた」

 隣で、微かに息を呑む気配。
 何かに固定されているかのように、幸輔はジョッキへ視線を落としたまま、そちらを見ることはできなかったが。
「ショックで 恨んで それでも…… アドレスから削除できなかった」
 記憶も、記録も、消すことはなかった。切ることは、出来なかった。
「娘にね、言われたんですよ…… 『きらいになったなら、おともだちをやめちゃえばいいとおもうの』って」
 盛大に咽こむ気配。
「……話したのか?」
「話しちゃいませんけど、ちょっとばかり悩み相談の流れに」
 呆れ声に、笑いが混じる。微かに、空気が軟化したようだった。
「それで、ハッとなって…… 会わない間、ずっと繋がりを切らない方法を探してました」
「長ェな。一年経つぜ?」
「……颯哉さんの事、どうしても嫌いになれなかった」
「嫌いになる、努力はしてくれてたんだな」
「しました」
 視界の端で、パリッとしたスーツの肩が揺れている。胸元のシルバーが覗き、店内の照明に反射して輝いた。
「まだ……、俺の気持ちはよく分かりません。だから、これは俺の我儘だ」
 そこで、言葉を切る。
 この先は、残酷なことかもしれなかった。
 そう思えば決意も鈍るが、今日は、それを伝えるために颯哉を呼んだのだ。
「できるなら、颯哉さんの気持ちとちゃんと向き合って……考えたい。けど、アンタが会いたくないっていうなら、もう会わない」




(破格の扱いだ)
 こちらを一瞥もせず、つっかえつっかえ語る幸輔の横顔を見るとはなしに見て、颯哉は思う。
 久しぶりに聞く想い人の声は、耳に心地いい。
 感情を殺しきれない表情と。すぐそばに感じる高い体温。
 こうして肩を並べるのはしばらくなかったというのに、当たり前のような空間。
(縁なんて、たたッ切られて仕方がねェもんだろうよ……)
 ずっと耐えてきて、耐えてきて、箍が外れた時には遅かった。
 それだけのことをした自覚は、あった。

「今更、何を言ってやがんだ」

「颯哉さ」
「こちとら、待つのなら慣れてンだよ」
 ようやく振り向いた男の額を、ビシリと人差し指で弾いてやる。
「時間なんざ、いくらでも掛けてくれていい。その内の決断として、俺を選べないっていうならそれでもいい」
 颯哉は軽く笑い飛ばしているつもりだったが、その表情はだんだんと泣きそうなものになっていた。

 あの日。
 幸輔が何より嫌うことを、知っていた。
 知っていて、自分を止めることができなかった。
 もう―― この縁も、終わりだろうか。覚悟はあった。
 なのに。

「悩んで出してくれた答えなら、それ以上に嬉しいモンはねェよ」

 欲しいと思うものは、天より遠い。
 星のようなその煌めきを撃ち落とす代償の大きさは、よく知っているつもりだった。
 それなのに。
 天に輝く星は、まだ、そこに在るというのか。

 嗚呼。泣きそうだ。




 音を立てて、颯哉の胸元からシルバークロスが落ちた。
「ッと。縁起でもねェ」
「大丈夫ですか」
「鎖がひとつ、外れただけだ。明日にでも直すさ」
 環のひとつが綻べば、それを繋ぐだけのこと。
「……」
「どうした?」
「あ、いや…… ちぎれても、戻るのかって」
「たいそうなモンじゃないだろ。ま、珍しくはあるが――……」
 いつになく驚いた表情の幸輔に、颯哉こそ不思議に思う。それから、納得した。

 ――ずっと繋がりを切らない方法を……

(切れたって、また繋げりゃいい。直しゃいい……。できることも、あるんだよな)
 時間が欲しい。向き合いたい。考えたい。
 幸輔が言ったのは、つまりそういうことだ。
「痛っ 颯哉さん、なんですか急に!」
 今度は肩を叩かれて、今度こそ幸輔は仏頂面になる。
 普段通りの空気に戻る。

「なあ、辰。俺は、お前に惚れてるよ。……辰が笑ってくれりゃ、それでいい」
「また、アンタはそういう……っ」

 冗談ではないことを。
 悩ませることを。
 考えるべきことを。
 
「ま、今日は久しぶりだ。難しいこと考えるのはヤメにして、美味い酒を飲もうや」
「……はい」
 タイミングよくバーテンダーが差しだしてきたグラスとジョッキをそれぞれに取り、鳴らす。


 ほどなく、雪の季節となるだろう。
 降っては融け、なかなか積もらぬ雪のように。
 それでいて気まぐれに真白な雪原を見せ、困惑させるように。
 いつか見える、あるいは見えないかもしれない『答え』は、地上に在るのかもしれない。天上で輝いているのかもしれなかった。

 想いだけは、切れることなく。



【鎖縁 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0318/ 辰川 幸輔 / 男 / 42歳 / 阿修羅】
【ja0046/ 朽木颯哉 / 男 / 32歳 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
時が流れて、出た答えは―― ……星の光のように遠くで見えて、いるような。
お楽しみいただけましたら幸いです。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年12月12日

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