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『剣の記憶 』
リューリャ・ドラッケン(ia8037)

●投幻

 ただ一つの道を突き進むためだけに誂えられた、特別な工房。その場所に通された竜哉(ia8037)はマイスターの手元を、己の駆鎧に手を入れる様に見入っていた。
 駆鎧は今、再び彼女の目指していた幻を纏っている。しかし竜哉という鍵が搭乗者として纏っていないからなのか、それともマイスターという鍵が技師として触れているからなのか。戦っていた時とは違い、幻はただの立体映像としてのみ存在していた。
(彼女の意思か)
 そう考えるのが妥当なのだろう。自らの希望が今、為されようとしているのだから。
 外装を外し、幾つも連ねられた部品を取り出す。その一つ一つを備えつけられた機械に繋いでいる。
「それは?」
「資料だ」
 初めて会話が生まれる。しかしマイスターの答えは簡潔過ぎた。
「設計図ですか」
 機械に表示される情報ではそうは見えないのだが、他に聞きようがない。
「そんなものこの幻で十分だ」
「なら」
「お前の癖を見るんだよ」
 強度調整に使うと答えるマイスター。何の変哲もない部品に見えるが、これまでの竜哉の操縦履歴が記録されているという。合わせて調整することで、竜哉の操縦意図をよりスムーズに実現させることができるようになるという。
「その部品全てに‥‥」
 ため息をはくように竜哉が呟く。記録用の部品は、それだけで随分な数が存在していた。
 普通の駆鎧であればそんなものは必要ないはずだ。
 この駆鎧は竜哉の情報を集めるために作られていた。その先に存在するはずの、竜哉の為だけの駆鎧を完成させるためだけに。

 この駆鎧を使い始めてどれだけの年月が経っているだろう。そろそろ8年は経つだろうか?
 その年月、どれだけ自分はこの駆鎧と戦場を共にしただろうか?
(それだけ先の事を考えて、この量ってことだよな)
 彼女はそれだけ先の事を見据えていたのだ。
 あの頃の自分は彼女がずっと近い場所に居ると思っていたから、彼女も同じように考えていてくれたその事実が純粋に嬉しい。
 だってそうだろう?
 彼女が死を選んだのはあの日のあの時。その時点でこの駆鎧はこの部品を全て積み終わっていたはずなのだから。
 これだけの量を、あの日のうちに積むことなどできないはずなのだから。
(本当に‥‥)
 全くもって頭が上がらない。

●独白

 どれだけの時間が経っただろう。やや透き通った状態の幻が、新たな外装と寸分たがわず重なっていく。残す部位も少なくなっていた。
「‥‥私は」
 ぽつり。沈黙の中にマイスターの声が落ちた。その手は今も休まず作業を進めているから、竜哉の反応は少し遅れた。
「研究が一番だった」
 マイスターは言葉を続けている。答えを求めているわけではないようすに竜哉は沈黙を守ることにする。
 それはマイスターの過去であり、未だ鮮やかな記憶であり、懺悔の始まりだった。

 オリジナルアーマーの発掘調査にほうぼうに出かけ、見つければその研究に没頭する。好きなことを仕事にした男が家族を顧みることはなかった。
 気付けば妻には先立たれ、娘が残った。
 妻という架け橋がなければ父として子として共に暮らすのは無理だと思った。女性らしい遊びすら教える事が出来ない自分にはどうしようもないと思った。親子のふれあいなんて言葉は浮かびもしなかった。
「こんな自分の近くに居るよりは、新たな道を選ばせたいと思った」
 そこで幸福を見つけてくれたらいい、それが自分に出来る父親としての最後の仕事だと思った。だから知り合いの技師の元に娘を行かせた。結局自分は技師でしかなく、それくらいしか伝手はなかった。
「願いは叶わなかったがな」
 娘はこんな自分の背を追いかけていた。自分が思っている以上に親子だったのだと気づいたのは、あの事故で娘を失った後だったのだ。
 顧みるべきだと気づいたのは、妻を亡くした後。
 手元に置いておくべきだと気づいたのは、娘を亡くした後。
 竜哉を責めるべきではないことくらい知っている。
 あいつの遺した夢を形にしてやるのが、本当に、最後に出来る父親としての仕事だということも知っている。
 だが、私はこの男を、試さなければいけなかった。
 娘の最期を知る男だからだろうか、娘が家族のように扱った存在だからだろうか。
 そうだ、俺はあいつの父親なのだと、誰かに示したかったのだ。

「俺の知る彼女は、貴方を尊敬していました」
 マイスターの話をするときの彼女の表情は、確かに愛情が籠もっていた。少なくとも自分はそう記憶していると伝える竜哉。その言葉を聞いてマイスターがどんな事を思ったかはわからない。今もまだ作業の手は止まっていない。
 ただ、一言だけが響いた。
「少しは‥‥救われた気がする」
 そうして最後の部品を取り付けた。幻と駆鎧が全て重なり合ったことで、淡い光が薄れていく。役目を終えた幻が消えているのだ。
「後は最後の調整だ」
 消えゆく光に気を取られていた竜哉に向けられる、淡々とした声。
「外に出てろ、気が散る」
 仕上げは集中したいからと、工房を追い出された。

●根源

 ‥‥カチッ
 竜哉の気配が離れたのを確認し、マイスターは地下への扉を開いた。隠し階段の存在は従者のからくり達にも教えていない、自分だけの秘密だった。
 階段を降りた先、駆鎧の真下にあるのは小さな泉。龍脈の吹き出るそれはいわば龍穴だ。残留思念を亡霊として形作り、物に宿る亡き者の想いを幻として再現することの可能な龍脈は、マイスターにしてみれば望む情報を鮮明に示してくれる技術の泉。
 その場に居なかったはずの過去も、これから起きるであろう未来も、この泉が示し、読み取ってきた。
 この龍穴を見つけた時はここしかないと思った。その真上に手がけた駆鎧が位置するように工房を作り居を構えた。
「‥‥これが最後の仕事だ」
 腕を振り上げる。そして槌を龍穴に振り下ろした。
 ほんのちいさな乱れがひびとなるだけで、龍脈はその行き場を見失った。ただ吹き出るままに、勢いのままに真上にと昇っていく。
 その先にあるのは竜哉の駆鎧だ。
「新たな練導機関がこれで完成する」
 言いながらも、男は虚しさを感じていた。
 この場所で作ってきたものは、龍穴から得た知識を元にしたものばかり。そこに自分の知恵も知識も技術も存在などしていなかった。ただ龍脈の示すとおりに、手足となって作るという行動を繰り返していただけだ。
(自ら作らぬものに価値はなかった)
 あの駆鎧は違う。娘が娘の力で作り出したものだ。ただ自分はその手伝いをしただけ。
 父親としてできることは、その設計思想をより忠実に再現できる、最高の動力を実現させることくらいだ。
(‥‥私は何をやっているのだろうな)
 自暴自棄になって、乞われるまま、ある若造にケヒニスを与えた事がある。それは死への道標として機能し、自分は新たな罪が増えた。
 そんな自分は今、今になって、父親になろうとしている。
(おい、見ているか‥‥)
 空へと伸びる練力の光の柱を見上げ、隙間から見える夜空を仰ぎ‥‥男はその場に倒れ込んだ。
「マイスター!」
 慌てて飛び込んできた竜哉の呼びかけは、聞こえていない。

●記録

 完成したばかりの駆鎧を操り、満身創痍のマイスターを運ぶ。ふもとの村で医者を探さなければならない。
(きっと、乗り越えたのだろう)
 それが何か竜哉にはわからない。ただ、マイスターの満足げな表情だけが強く、記憶に刻み込まれた。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
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舵天照 -DTS-
2014年12月12日

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