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『赤い微笑み 』
ガイ=ファング3818


 その少年は、強さを求めていた。
 ガイ・ファングの目から見て、格闘家として素質を持っている、とはお世辞にも言えない少年だった。
 ひたむきに強さを求める、その思いの純粋さはしかし、なまじ素質に恵まれてしまった自分よりも遥かに上だった、とガイは思っている。
 その少年に、だからガイは、いささか厳しい稽古をつけた。
「まったく……よくまあ食らい付いて来やがったよな、あいつ」
 全身に泥を塗りたくりながら、ガイは懐かしい思い出に浸っていた。
 とある森林地帯の奥に広がる、泥湿地である。
 この近くに棲む蛮族の村へと乗り込むため、保護色をまとっておく必要があるのだ。
 筋骨隆々たる身体に褌を締めただけの力強い半裸身を、ガイは泥に浸していた。
 泥と一緒に、無数の蛭が全身あちこちに貼り付いて来る。
 それらを引き剥がしながら、ガイは思い出を甦らせていた。
 以前とある町の武道場で、雇われ師範代を数ヶ月、務めた事がある。
 その少年は、大人の弟子よりも熱心に道場に通い、ガイを一方的に尊敬し、師と仰いでくれた。
 俺も、ガイ先生みたいに強くなりたい。
 そんな事を言ってくれる少年をガイは甘やかさず、鍛え上げた。
 どれほど素質に乏しい者でも、鍛えれば、ここまでは強くなれる。
 そんな程度の実力にようやく達した頃の、ある日。少年は道場に来なくなった。
 両親のもとへも帰っていなかった。
 姿を消してしまった少年を、ガイは探し回った。
 見つけたのは、3日後である。
 少年は、裏通りにいた。
 たちの良くない連中がたむろする安酒場に、入り浸っていた。
 麻薬を売りさばくゴロツキの集団に、少年はいつの間にか加わっていたのだ。
 そして酒場の床に這いつくばる、1人のみすぼらしい老人に、暴行を加えていた。
 あれほど純真に、ひたむきに武の道を志していた少年の目は、暴力に荒み、欲望に濁りきっていた。
 道場では決して見せなかった顔をしながら少年は、老人を殴り倒し、蹴り転がしていた。
 その老人が、どうやら麻薬を値切ろうとしていたらしい。
 周囲のゴロツキどもに囃し立てられながら少年は、道場で習い覚えた技術を、ただ弱者を痛めつけるためにのみ使っていた。
 弟子である少年が、このような場所でこんな事をしている。それをガイは、教える身でありながら見抜けなかったのだ。
 ガイはまず、そこにいたゴロツキどもを1人残らず、死なない程度に叩きのめした。
 その後、少年を、顔が倍近く腫れ上がるほどに張り飛ばし、連れ帰って彼の両親に引き渡した。
 そこで一安心してしまったのは、言い訳のしようもない甘さであった。
「今更してやれる事なんて何にもねえ……そいつは、わかってる。にしてもだ」
 顔面に泥をなすりつけながらガイは、森林の一角を睨み据えた。
 この先に、蛮族の村がある。
 麻薬を栽培し、ソーン本土の様々な犯罪組織に売りさばいている者たちである。
 あの純粋でひたむきだった少年の心も、麻薬で汚れた。
 同じような悲劇を、ソーン各地で引き起こしている、その元凶たる者たちが、この先にいる。
「顔が2倍に腫れる……程度じゃ済まさねえからな。てめえらは」
 頬から引き剥がした蛭を1匹、ガイは指先で弾いて捨てた。


 はらわたは煮えくり返っている。
 事を荒立てるのは、むしろ大歓迎。そんな気分であるのは確かだ。
 ガイはしかし今しばらく、それを抑え込む事にした。
 自分1人の、単純な暴力のみで出来る事など、たかが知れている。以前とある軍神の寺院において集団戦を経験した際、身にしみて理解した事実である。
 それでも単身で戦わなければならない、今回のような場合は、せめて敵戦力の大まかな規模、それに戦場の地形くらいは事前に把握しておくべきであった。
 まずは地形である。
 麻薬の栽培場は、まるで難攻不落の城塞の如く、切り立った岩壁に囲まれていた。
 その岩壁の一角に、部隊規模の人数が辛うじて出入り出来る裂け目があり、そこが言うならば城門であった。
 当然、守りは固い。
 裂け目には、巨大な人工の扉が取り付けられていた。
 扉はもちろん厳重に施錠され、なおかつ武装した男たちによって警護されている。
 蛮族とは言え、高い金属加工の技術を持っているようだ。屈強な身体に鎧をまとい、大型の槍や戦斧を携え、なおかつ奇怪な仮面をかぶった男たちが、油断なく扉を守っていた。
 全員を叩きのめして正面突破を敢行したい思いを抑え、ガイは岩壁をよじ登った。
 そのために泥を浴び、保護色を身にまとったのだ。
 断崖の上り下りは以前、とある霊山で修業した際、嫌と言うほどやらされたものである。
 筋骨たくましい巨体を、滑らかに忍びやかに登攀させてゆくガイに、蛮族の戦士たちは1人も気付かなかった。
 そしてガイは今、岩壁の頂上から、栽培場を見下ろしている。
 栽培されているのは、少なくとも真っ当な農法で育てられたわけではなさそうな植物の群れである。
 樹木と言っても良さそうなほど太く高く伸びた茎。その頂点で、人の頭ほどもある球形の果実が、嫌らしい笑顔のような模様を浮かべている。
 そんな植物が生って立ち並ぶ様は、まるで無数の晒し首がニタニタと笑っているようでもあった。
 門番たちと同じく奇怪な仮面を着けた、だがどうやら戦士ではない、呪術的なローブをまとった蛮族が数名、何かをしている。仮面の口の裂け目に、短い棒のようなものを差し込み、くわえている。
 いくらか長めの煙草……いや、笛であった。
 それらが、悲鳴のような嘲笑のような音を禍々しく奏でている。
 無数の晒し首が、ニタニタと笑いながら涙を流した。
 生首のような果実から、涙のように溢れ出す樹脂。
 これを乾燥させ、粉末状に加工したものが、あの麻薬である。
 特殊な笛の音に反応し、麻薬の涙を流す植物。ガイが、自分なりに調べ上げて入手した情報である。
 あの少年を張り飛ばし、連れ戻した、その翌日。
 ガイは少年の好きな食べ物を携え、彼の自宅を訪れた。
 また1から鍛え直してやる、道場へ来い。そんな話をするつもりだった。
 扉を叩こうとした、その時。血の臭いが漂って来た。
 ガイは無礼を承知で扉を蹴破り、家に上がり込んだ。
 少年も、彼の両親も、血まみれで倒れていた。父親は腹を刺され、母親は首筋を切られていた。
 少年自身は短剣を持ち、自分の全身の皮膚を切り裂いていた。
 虫が。俺の身体ん中で、虫が這いずってる。気持ち悪いよう、ガイ先生。そんな事を言いながらだ。
 麻薬の売買に手を染めながら少年は、自身もまた麻薬を常習し、正気を失っていたのだ。
 ガイが絶句している間に、少年は倒れた。出血多量、すでに手遅れであった。
 血まみれの身体を、抱き起こしてやる。ガイに出来るのは、それだけだった。
 ごめんよ、ガイ先生。
 少年の最後の呟きを思い出しながら、ガイは跳躍していた。
 筋骨隆々の巨体が、泥をまとったまま、岩壁上から麻薬畑へと落下して行く。怒りの咆哮を轟かせながら、まるで宙を裂く隕石のように。
 墜落とも言うべき着地。地面に、巨大な足跡が刻印される。
 その足跡を中心に、波紋が生じた。気の力の波紋。それが地響きと共に渦巻き、荒れ狂い、蛮族の呪術師たちを吹っ飛ばす。
 吹っ飛んだ呪術師たちが、空中でことごとく破裂する。
 だが、気の波紋をふわりと回避し、軽やかに着地した者もいる。
「何者……そうか、我らの利権を狙っているのだな」
 呪術師が、仮面の下で笑っている。
「ソーンの愚かな人間どもが、自ら身を滅ぼしながら我らの金蔓になってくれる。この旨味を手に入れるためなら命の1つ2つは惜しくあるまい、ゆえに死ね! この畑の肥やしとなれ!」
 あの門番らを含む蛮族の戦士たちが、猛然と現れ、殺到して来る。
 襲い来る彼らを見据えながらガイは、着地直後の屈んだ姿勢から、一気に身を起こした。
 右の拳を、高々と突き上げながらだ。
 たくましい巨体が、全身の筋肉を螺旋状に捻りながら天空を殴る。
 その螺旋が、燃え上がった。
 燃え盛る炎の竜巻が出現し、吹き荒れていた。
 蛮族が、戦士たちも呪術師も一緒くたに火葬され、遺灰が熱風に舞う。
 涙を流しながら微笑む植物たちが、片っ端から焦げ砕けてゆく。
 ガイの視界の中、それは少年の血まみれの笑顔と、一瞬だけ重なった。


 燃え砕けずに残った、いくつかの仮面と笛。
 蛮族の遺品であり、討伐の証拠品でもある。
 それらを、象頭の大男は、ろくに確かめもしなかった。
 偽物でごまかしなど、ガイ・ファングがするはずもない。そう頭から信じきっている様子だ。
「ほい、お疲れさん……と」
 金貨の詰まった大袋をガイの眼前に置きながら、象男は言った。
「浮かない顔だね。何か思うところのあった仕事と、そういうわけかな」
「思ったって、どうしようもねえ……そいつは、わかってるつもりさ」
 それだけを、ガイは応えた。
 賞金が入った。
 飯を食らい、酒を飲む。他に、出来る事など何も思いつかなかった。 
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2014年12月10日

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